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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第七章 難渋 ~伊級調教師編~
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第43話 戦後

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(伊級)

・岡部梨奈…岡部の妻、戸川家長女

・岡部菜奈…岡部家長女

・岡部幸綱…岡部家長男

・戸川直美…梨奈の母

・戸川為安…梨奈の父(故人)

・最上義景…紅花会の相談役、通称「禿鷲」

・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将

・最上義悦…紅花会の会長、義景の孫

・大崎…義悦の筆頭秘書

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和

・大宝寺…三宅島興産相談役

・櫛橋美鈴…紅花会の調教師(呂級)。夫は中里実隆

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・杉尚重…紅花会の調教師(伊級)

・松井宗一…樹氷会の調教師(呂級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(伊級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・畠山義則…伊級の自由騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・能島貞吉…岡部厩舎の主任厩務員

・新発田竜綱…岡部厩舎の調教助手

・垣屋、花房、阿蘇、大村、赤井、成松…岡部厩舎の厩務員

・真柄、富田、山崎…岡部厩舎の用心棒兼厩務員

・西郷崇員…岡部厩舎の厩務員

・坂井政則…紅花会の厩務員

・小平一香…岡部厩舎の女性厩務員、父は小平生産顧問

・長野業銑…岡部厩舎の調教師補佐

・関口氏勉、高橋圭種、遊佐孝光…岡部厩舎の厩務員

・香坂郁昌…大須賀(吉)の契約騎手

・栗林頼博…清流会の調教師(伊級)

・松下雅綱…栗林厩舎の契約騎手

 瑞穂中が歓喜に包まれた。

月の頭から、新聞が歴史的な日になるかもしれないと煽りに煽っていた。

特集放送も何本も組まれていた。

そのせいで、各地の競竜場には大画面で中継を見ようと観客が押し寄せた。

常府競竜場も過去最高の観客数だったらしい。

竜券の売上も二位に大差をつける史上最高額になったらしい。


 表彰式は、観客席からの「岡部! 岡部!」の大合唱の中で行われた。

義悦が五重銀盃を掲げると観客から大歓声が沸き起こる。

その後、岡部、服部、稲妻牧場の場長が表彰を受けた。

その都度、拍手と歓声が沸き起こる。


 口取り式の間も、延々と歓声と拍手が鳴り続いている。

岡部が観客に手を振ると歓声は大歓声に変わったのだった。




 その日の夕方、競争後の記者会見が開かれた。

岡部、服部以外に、織田、スィナン、ブッカ、ベルナドットが参加。

スミスは決勝に残れなかったからと辞退し、ドレークとラムビーは出席を拒否したらしい。


 当然、勝った岡部と服部が中心となる会見だった。

その中でちょっとした悶着があった。

ベルナドットは主三国を代表して、「これだけ強い竜なのであれば、秋にはぜひ世界に出て来て欲しい」と述べた。

これを通訳が訳した後の事だった。


「この国の規定で条件を満たさないと海外には出れないんだ。お前の今の発言は、この国の協会を批判した事になるんだぞ」


 そうスィナンが指摘した。

スィナンは母国の教育方針でゴール語が堪能である。

ブッカは聞き取れるが堪能ではない。


「そんなの馬鹿げてる!」


 ベルナドットが憤りながら言うと、そこからスィナンとベルナドットはゴール語で口論を始めたのだった。


「強い竜が最高峰の舞台で競竜するのは当たり前の事ではないか! なぜそんなくだらない枷を付けているんだ!」


「それは、我々が負けると弱い竜は出てくるなと、すぐにお前たちが協会経由で苦情を言ってくるからじゃないか! そういうのを白々しい態度というのだ」


「……確かに、そういう事を言う心無い者もいるだろうが、国際競争である以上、強い竜が出るのは当然の事だ」


 それを聞いたブッカが鼻で笑い、ベルナドットを「青い」と嘲笑った。

「純粋なんだよ」とスィナンも馬鹿にしたような笑い方をした。


「主三国の多くの調教師は、お前が言ったような事を望んでなんていないさ。主三国以外の竜に完勝して、優越感に浸りたいと思っているだけだ。根が傲慢なんだよ」


 スィナンの発言にベルナドットは、そんな事は無いといきり立った。


「我ら主三国は常に他国が追いつく事を望んでいる! 真の国際競争が行える日を心待ちにしている! 私はこれまで師や父からそう教わってきたんだ!」


「粋がるのは自由だが、じゃあ聞こう。なぜここにドレークとラムビーがいないのか? お前は確かに尊敬に値する立派な競竜師だ。だが他もそうとは限らないんだよ。むしろお前のような者の方が希少さ」


 空いている三つの椅子を見て、ベルナドットが「そんな事は……」と口篭る。


「間違いなく『八田記念』には奴らは来ない。主三国の多くの調教師はそういう奴らだ。奴らは侵略者か略奪者の気分でここに来ていただけなのだよ」


 そう言ってスィナンは、ベルナドットに赤い大きな宝石の付いた指を向けた。


「私も、そこにいるブッカも、これまでその事を嫌というほど味わってきた。来年、もし岡部が海外に行く事があれば、お前にもその事がわかるはずだ」


 そこまでスィナンに言い切られてもまだ、ベルナドットは「そんな事は無いはずだ」と呟いた。


「そう信じるのならそこの岡部とよしみを結んでおけ、きっと良い勉強になるはずだ。だが先に言っておく。恐らくお前は、自分の祖国がいかに酷い国であるかを目の当たりにする事になるだろう」


 そう言ってスィナンはベルナドットから顔を背けた。


「君が岡部と好を結び、祖国ゴールの真実の姿を見て、それによってゴールが汚れた心を少しでも浄化する事を私も望むよ」


 そう言ってブッカも顔を背けた。

二人に顔を背かれ、ベルナドットは憤って唇を噛んだ。


 ここまでゴール語で会話されていて、記者の大半は理解できなかった。

ただ、何か口喧嘩をしているという事だけはわかった。

後で各社の翻訳担当がこの会話を翻訳し非常に驚く事になった。

この件は翌日記事になったにはなったが、どこの新聞も非常に小さい記事だった。



 翌日、岡部は事務棟の来賓室にベルナドットから呼び出しを受けた。

帰国前にどうしても会見がしたいと申し入れてきたらしい。


 ベルナドットは、豪奢な金髪、端正な顔に爽やかな笑顔を浮かべ、岡部に握手を求めてきた。

岡部も笑顔で握手を交わすと、ベルナドットは何かを言ってきた。


「優勝おめでとうございます。あなたの竜は非常に強かった」


 そう通訳が訳した。


 お互い椅子に腰かけると、ベルナドットは昨日のドレークたちの会見出席拒否の非礼を詫びた。

国際競争という場において、あってはならない事だったと。


「彼らは彼らで、あなたはあなたですよ。あの二人が幼児の癇癪のような態度だったからって、別の国のあなたがそれを気に病む必要は無いでしょう」


 その岡部の言葉にベルナドットは、「同じ主三国の調教師として恥ずかしい」と苦笑いした。


 そこからベルナドットは一方的に自分の事を話し始めた。

 ベルナドット家は代々調教師をしていて、皇帝陛下から竜を預託されてもいる。

自分の師は祖父のギョームで、すでに引退しているが大変尊敬できる人物だった。

父のフレデリックも素晴らしい人物だ、気位が高いのと、いびきがうるさいのが難点だがとベルナドットは笑いながら言った。

彼なりの冗談だと感じた岡部は声を出して笑った。

それを見てベルナドットも表情を崩した。


「今まで会った国内外の調教師は、皆、素晴らしい方だった。特にブリタニスのオースティン、ペヨーテのクリークは歳も近く大親友だ。彼らとは互いに尊敬しあっている」


 手を振りながら、まるで子供のように目を輝かせてベルナドットは言った。


 小さい頃から僕を実の子のようにかわいがってくれている、調教師会長のルフェーヴル師も素晴らしい人物だと思ってる。当然、昨日言い合いにはなったが、スィナン師もブッカ師も素晴らしい人物だと思っている。

 そこまで言ってベルナドットは表情を曇らせた。


「ドレーク師もラムビー師も、同様に素晴らしい方だとずっと思っていた。それなのに……あんな器の小さい事をするなんて……」


 落ち込むベルナドットを、岡部は無言で見つめた。


「私は、私の仲間たちが、スィナン師の言うような侵略者や略奪者では無いと信じている。そんな痴れ者は極少数で、少なくとも私の尊敬する人たちはそんな人ではないと信じてる。彼らは皆、あなたの竜と競竜がしたいと心から望んでいるはずなんだ!」


 まるで説き伏せるようにベルナドットは言った。


 私は個人的にあのような竜を育てたあなたを尊敬するし、オースティンたちのように尊敬しあえたらと思っている。

きっとオースティンたちもそう思うはずだ。

だから、ぜひあなたには私たちの国に来てもらいたい。

オースティンたちにも、あなたの事を紹介したいんだ。

そこまで言うと、ベルナドットは少し険しい顔をして唇を噛んだ。


「……それと、スィナン師たちの言った事が真実なのかどうか、私に見せて欲しい」


 通訳が訳し終わるまで、ベルナドットはじっと岡部を見つめて待った。



 ここまで聞き、ずいぶんと無垢な人だという印象を岡部は持った。

海外にも、このように自分の事を好意的に見てくれる人が存在してくれているという事が嬉しくもあった。

目の前の好人物が望む事を極力叶えてあげたいとも感じる。


 翠玉のような綺麗な澄んだ瞳で、ベルナドットはじっと岡部を見つめ返答を待っている。


「うちの妻が、ゴールに、あなたの国に行ってみたいんだそうですよ」


 それだけ言って岡部はにこりと微笑んだ。


「ぜひ! ぜひ来て欲しい! 私が自らご家族を美しいシテの町へ案内しますよ! 美味しいお店もたくさん探しておきます!」


 気分を高揚させるベルナドットに岡部は握手を求めた。

ベルナドットはその手を取ると、「その日が早く訪れる事を心待ちにしている」と満面の笑みで述べたのだった。

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