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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第七章 難渋 ~伊級調教師編~
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第40話 大金杯

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(伊級)

・岡部梨奈…岡部の妻、戸川家長女

・岡部菜奈…岡部家長女

・岡部幸綱…岡部家長男

・戸川直美…梨奈の母

・戸川為安…梨奈の父(故人)

・最上義景…紅花会の相談役、通称「禿鷲」

・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将

・最上義悦…紅花会の会長、義景の孫

・大崎…義悦の筆頭秘書

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和

・大宝寺…三宅島興産相談役

・櫛橋美鈴…紅花会の調教師(呂級)。夫は中里実隆

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・杉尚重…紅花会の調教師(伊級)

・松井宗一…樹氷会の調教師(呂級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(伊級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・畠山義則…伊級の自由騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・能島貞吉…岡部厩舎の主任厩務員

・新発田竜綱…岡部厩舎の調教助手

・垣屋、花房、阿蘇、大村、赤井、成松…岡部厩舎の厩務員

・真柄、富田、山崎…岡部厩舎の用心棒兼厩務員

・西郷崇員…岡部厩舎の厩務員

・坂井政則…紅花会の厩務員

・小平一香…岡部厩舎の女性厩務員、父は小平生産顧問

・長野業銑…岡部厩舎の調教師補佐

・関口氏勉、高橋圭種、遊佐孝光…岡部厩舎の厩務員

・香坂郁昌…大須賀(吉)の契約騎手

・栗林頼博…清流会の調教師(伊級)

・松下雅綱…栗林厩舎の契約騎手

 昼の三時半が近づいて来た。

下見所では赤井が『サケエンラ』を、花房が『サケスイコ』の手綱を持っている。

『サケエンラ』は大外八枠、『サケスイコ』は三枠。

現在、『サケエンラ』は圧倒的な一番人気、『サケスイコ』は単独二番人気。

梅雨独特の湿度の高さで、空からは雨が降り注いでいる。


 係員の合図で、服部と畠山が竜に乗り込んだ。


「また雨かいな。上空やと、雨、刺さって痛いねん」


「あの速さやもん、そりゃ痛いよね」


 服部と赤井が、いつもの無駄話をしている。


「この仔、速いからな、今日は血滲むかもな……」


 そう言って服部は襟巻を目の下辺りまで上げた。


 係員の合図で一枠から飛び立って行く。

『エンラ』が『スイコ』の隣の止まり木に止まった。

服部が何か言ったらしく、畠山が苦笑いしている。


 発走者が白い小旗を振り、発走曲が奏でられ、一枠から順に枠入りが始まった。



――

本日の主競争、春三冠の最終戦、短距離王決定戦『大金杯』の時間が近づいてまいりました。

天候は雨、発表では風状態は『微』となっています。

ここまで岡部厩舎が二冠を制し、『昇竜新春杯』も制しており、史上初の三冠制覇は目前です。


枠入り完了、発走信号点灯。

今、発走しました!

新春杯同様、サケエンラ、凄い速さの飛行!

二番手、サケスイコ追走!

先頭サケエンラ、滑翔に入りました。

三番手ジョウカシマ、コヅカ、ロクモンコキ。

ジョウショウデン、タケノニギハヤ、大外イナホハエヌキ。

なお、発走は全頭正常。

先頭サケエンラ、早くも滑空に入っております。

ここでイナホハエヌキ、二頭抜いて五番手浮上。

二角回って飛行に入りました。

サケエンラ、サケスイコ、まさに圧巻の速さ。

二竜身、三竜身と後続を引き離していく。

向正面、各竜滑翔に入っています。

サケエンラ、サケスイコ、ジョウカシマ、イナホハエヌキを先頭に雁行。

隊形は一、一、三、三と、かなり縦長の展開。

サケエンラ、三角を回って滑空に入りました。

サケスイコ、これを追いかける。

ここからが勝負所!

イナホハエヌキ、すっと順位を上げ、三番手集団は横並び。

サケエンラ、単騎で四角を回って最後の飛行。

サケエンラ、一追い、二追い!

サケエンラ伸びる!

もはや追走しているのはサケスイコのみ!

後続がどんどん引き離されていく!

まさに圧巻の飛行!

サケエンラ終着!

市松の大旗が振られました!

サケエンラ完勝!

史上初! 岡部厩舎、見事古竜春三冠を制覇!

――



 服部がゆっくりと競技場を一周回っている。



「これが飛燕ってやつか……映像で見るより実物はもっと化け物だな」


 検量室で松本輔三郎が目を見開いて競争の録画映像を見ている。

そんな松本に、「先月はこの比やなかったんやぞ」と大須賀忠陽が呆れ口調で言った。

「俺らは毎回目の前でこれを見せられてるんだ」と宇喜多と平賀もがっかりした顔をする。


 四人の視線が二着の枠にいる岡部に向けられる。

その四人の前に藤田が立った。


「悔しかったら飛燕を作る事ですよ! 岡部は何も隠さず、むしろ情報を積極的に出してくれてるんだから」


「ちっ、できた奴は余裕があって良いな!」


 不貞腐れた顔で松平が言うと、藤田は「まあね」と言って煽った。




 数日後、執行会から今年の止級に関する発表があった。

大津の食堂で岡部は伊東たちとその映像を見ていた。


 最も大きな変更は開催曜日の変更。

これまで止級は伊級と同様、土曜日、日曜日での開催だったのだが、金曜日、土曜日の開催になった。

どうやら協会側としては、止級は伊級と呂級の架け橋という印象を強く観客にも植え付けようとしているらしい。


「そしたら、九月の末は、金、土、日で重賞の決勝六つかいな。こらまた派手やな」


 そう伊東が言うと、「止級の九月はもう残念会だから」と松永が笑った。


 執行会の発表が終わり、司会の人が「最後にこちらをご覧ください」と言うと、一旦画面が真っ暗になった。


 一つの動画が流れ始める。

その動画は、水平線の彼方から一機の飛行機が飛んでくるところから始まった。

飛行機は上空を過ぎると、回転羽根の向きを上にし海面に静かに着水。

そこに画面外から小型竜運船が近づいてくる。

飛行機の扉が開かれ、小型竜運船が機体内に飲み込まれていく。

扉を閉め、飛行機は離水し、また水平線の彼方へ飛び立って行った。

最後に『竜運艇、堂々完成』と表示された後、『紅地に黄の一輪花』の会旗と、紅花会という文字が出て動画は終了した。


 食堂にいた全員が口をぽかんと開けて、その映像を凝視している。

全員が全員、状況が飲み込めないと言った感じである。

その場の人たちが一斉に岡部に視線を集めた。


「……何や、あれ? 今の、何や?」


 池田が精一杯の言葉をひねり出した。


「てへ。できちゃいました」


 少し照れながら、岡部が後頭部を掻いた。


「いやいや、できちゃいましたって……ごついな君ら」


 そこから食堂は騒然となってしまった。


「これで、いつでも海外に行けますよ! 来年には海外から誰か来るかも!」


「いやいやいや。行くとしたらお前だけやんけ! 今二連覇やろ。あとはせいぜい藤田くらいやろ」


「今年はわかりませんよ。『オンタン』は去年が山でしたから」


 すると、伊東が岡部の頭に手を置き、髪をくしゃっとかきまぜた。


「この中には、いったい何が入ってるんやろうな?」


 そう言って品定めする目で見始めた。


 「割って中見てみますか」と秋山と池田が言うと、「そうするか」と伊東も真顔で言った。

身の危険を感じ、岡部は全力でその場を離れた。

こっそり杉も食堂から逃げ出した。


 その姿に、食堂からは爆笑の声が聞こえてきた。




 翌日、太宰府に行き、西郷から引継ぎを受けた。

『コンコウ』は思ったより仕上がりが遅いらしく、どうやら本格化は来年以降らしいと真っ先に報告を受けた。

竜舎へ行き、『コンコウ』の様子を見てみる。

たしかにまだあまり肉が付いていないように感じる。


 その後、会議が開かれた。


 今後の方針として『オンタン』は『海王賞』に直行。

『センカイ』は『藤波賞』から『潮風賞』。

『シュツドウ』は能力戦三に勝てるようなら、同じく『潮風賞』を目指す。

『コンコウ』は能力戦二までで様子見、いけるようなら能力戦三まで。


 今回、太宰府の運営は、基本、西郷に一任している。

来月から岡部も太宰府入りするが相談に乗る程度にするつもりである。

これは今後も同様で、止級は研修の場にしていく方向だと伝えた。

そこまで説明すると、西郷にではなく能島に、よろしくお願いしますねと言って微笑んだ。

一瞬無言になる能島。

だが周囲の厩務員を見渡し、ここが腕の見せ所だと皆に気合を入れた。

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