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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第七章 難渋 ~伊級調教師編~
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第31話 新年

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(伊級)

・岡部梨奈…岡部の妻、戸川家長女

・岡部菜奈…岡部家長女

・岡部幸綱…岡部家長男

・戸川直美…梨奈の母

・戸川為安…梨奈の父(故人)

・最上義景…紅花会の相談役、通称「禿鷲」

・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将

・最上義悦…紅花会の会長、義景の孫

・大崎…義悦の筆頭秘書

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和

・大宝寺…三宅島興産相談役

・櫛橋美鈴…紅花会の調教師(呂級)。夫は中里実隆

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・杉尚重…紅花会の調教師(伊級)

・松井宗一…樹氷会の調教師(呂級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(伊級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・畠山義則…伊級の自由騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・能島貞吉…岡部厩舎の主任厩務員

・新発田竜綱…岡部厩舎の調教助手

・垣屋、花房、阿蘇、大村、赤井、成松…岡部厩舎の厩務員

・真柄、富田、山崎…岡部厩舎の用心棒兼厩務員

・西郷崇員…岡部厩舎の厩務員

・坂井政則…紅花会の厩務員

・小平一香…岡部厩舎の女性厩務員、父は小平生産顧問

・香坂郁昌…大須賀(吉)の契約騎手

・栗林頼博…清流会の調教師(伊級)

・松下雅綱…栗林厩舎の契約騎手

 岡部厩舎の新春の風物詩といえば、神棚の御札の交換と書初めである。


 数年前、武田は岡部厩舎に挨拶に来て書初めで大恥をかいた事がある。

あれから武田厩舎でも書初めを始めたらしい。

武田もかなり上達はしたのだが、とにかく副調教師の逸見が達筆らしい。

新年の挨拶に来た武田が岡部の作品を見てそう話した。

岡部も挨拶がてら武田厩舎の書初めを見に行ったのだが、垣屋とどちらがというくらい達筆だった。



 大晦日のいろはとの話が新春早々に四人に通達されたらしい。

一週目の終わりに早くも全員揃って厩舎を訪れた。

そのうちの一人、長野業銑(なりざね)が杖を突きながら来た事で、荒木たちはかなり不安がった。

関口氏勉(うじかつ)、高橋圭種(かどたね)遊佐(ゆさ)孝光(たかみつ)の三人は厩務員。

長野だけ調教師補佐という役職が与えられた。

ただし調教師補佐といっても役職給は無く、給与は普通の厩務員である。

四人は早速翌週から杉たちと共に伊級の講習を受ける事になった。



 新年最初の定例会議が開かれる事になった。

参加者は牧、成松、服部、新発田、荒木、能島、西郷、坂井。


 まずは岡部から各竜の出走計画が発表された。

『エンラ』『スイコ』は、二月の『昇竜新春杯』から五月の『大金杯』へ。

『セイメン』『ダンキ』は、四月の『天皇杯』から六月の『竜王賞』へ。

『サイメイ』は、今月能力戦四に出し、三月の『総理大臣賞』へ。

『ジョウラン』は、春に能力戦に出して、秋の『雷鳥賞』を目指す。


 次に人事の発表。

今年、成松には調教師試験を受けてもらう。

成松は試験勉強になるため、副調教師は西郷と坂井にお願いする。

牧は開業まで西郷と坂井の補佐。

主任は引き続き荒木と能島。

長野には坂井、新発田と共に調教の講義を受けてもらい、四人の内では最初に試験を受けてもらう。



 伊級の一月は重賞が無い。

十二月も国際競争の『八田記念』しかないため、十二月を全休にし、一月ものんびり過ごすという厩舎も多い。

岡部もこの一月が教育のしどころだと感じたようで、長野を中心に頻繁に講義を開いている。

その中でわかったのは、思いのほか今回の四人の頭が柔らかいという事だった。

特に関口の感性はかなり良く、長野の次は確実に関口になるだろう。


 三週目、長野が周囲に合わせるために頑張りすぎてしまい、一週間丸々休んでしまった。

再度出勤してきた長野に岡部は、自分のやりやすい型を見つけろと課題を出した。

障害によって他の人と同じようにはできないというのであれば、別のやり方を模索するしかない。

他の人と同じ成果が出せるようにするにはどうしたら良いか頭を捻れ。

君がその道を開拓できれば同じように落竜によって日常生活に支障をきたした者の第二の人生が開ける。

そう言って岡部は発破をかけた。

 すると長野は、必ずその道を見つけてみますと目を輝かせた。


「ただし絶対に無理はしないようにね。それで悪化したら元も子も無いから。それだけじゃなく、開業後に上手くいかない時に絶対に無理をして、周囲に迷惑をかける事になるから」


 長野はその言葉を雑記帳の裏表紙に太字で記載した。



 能力戦四に出走した『サイメイ』は他竜を子供扱いして勝利し重賞挑戦の権利を獲得。

こうして『ジョウラン』を除く全ての管理竜が重賞挑戦の資格を得る事になったのだった。



 四週目、そろそろ開業準備が落ち着いた頃だろうと杉厩舎を訪れた。

すると杉は、岡部を応接椅子じゃなく会議室の椅子に座らせた。

昨年会派の通販で売り始めた『岡部厩舎謹製珈琲』という商品を岡部に見せ、買ったと言って笑った。


「別に言ってくれればあげますよ。取り寄せの量増やすだけなんですから」


「経費やがな。旨い珈琲、皆にも飲んでもらいたいからな」


 頻繁に岡部厩舎に行っていたのはこれが目当てだったのかと厩務員たちに言われたと杉はからからと笑った。


 伊級に昇級した事で杉厩舎も少し人事が変わっている。

主任だった弘中が副調教師となり、それまで筆頭調教師を務めていた庄と並河が主任をする事になった。

杉は並河を呼び、会議室に人を近づけるなと言い含め、会議室の扉を閉めた。


「ここは二人きりや。例の『燕理論』の話を聞かせてくれへんやろか」


「こんな事しなくても、わかってる範囲で普通にお教えしますよ。別に僕は何も隠してなんていませんから」


「まあ、他が成功できてへん以上、余裕はあるわな」


 珈琲を一口飲むと杉は旨いなと呟いた。


 そこから岡部は、これまでわかっている事を杉に全て話した。

岡部の説明によると飛燕の鍵になりそうなのはメナワ系の竜という事だったが、ここまで杉なりに情報を集めてきた感じで、どうもそれだけでは無いと感じている。


 実は杉は久留米時代からずっと一つ大きな疑問を抱いていた。

『なぜ岡部厩舎の竜だけがここまで』という点である。

これは少し前から報道もしきりに言っている事なのだが、杉は久留米時代からずっと思っていたのだ。

これまで何度も岡部厩舎に入り浸り、同じ方針で調教してみたのだが、それでも同じ結果は出せていない。

もちろん会派が全力で支援しており、良い竜が優先的に行くというのもある。

だが八級や呂級で杉厩舎に来た竜も負けず劣らずの竜だったはずなのだ。


 八級昇級くらいから、杉なりに仮説を立ててはいる。

岡部の手腕の中の何かが他より卓越しているからだろう。

幸いな事に杉は仁級からずっと岡部と同じ競竜場で、ここまでじっくりと岡部の調教を観察されてもらえた。

恐らく全ての調教師の中で一番岡部の調教を横で見てきた。

同じ昇級をしてきた同期の武田よりじっくり観察できた。

その中で岡部厩舎の調教の何が凄いのか、呂級でついに一つの結論に至った。


 竜のギリギリを攻められる驚異的な観察力と判断力。

それがあるからこそ、岡部はこれまで大きく故障をさせる事なく圧倒的に強い竜を育てあげてこれた。

故障限界が体力の二割以下だとして、他が五割からせいぜい四割で調教を緩めるところを、岡部は三割くらいまで攻める。

当然その分調教は強くできるし、強くできればその分竜も鍛えられる。

もちろんそれを精密に実行できる服部、新発田の調教力も一役買っているし、厩務員たちの観察力の鋭さもあるし、按摩の技術の高さも最上位だろう。

そう杉は分析した。


「呂級で四年かけて、俺たちも観察力を徹底的に磨いてきたつもりや。そやから、あれだけの結果が出せた。次に『飛燕』をモノにするんは、うちや!」


 そう言って杉は胸を叩いた。

その卓越した按摩術も庄から各厩務員に伝授してもらったと自信満々の顔をしている。



「もしかしたら、馴致でやれるかもって言ってましたけどね」


「え? それ、ほんまなん? それが出来たら、うちの南国牧場、どえらい事になるで」


 岡部は珈琲を一口飲むと、うちと少し味が違うかなと呟いた。


「確かに、馴致依頼で南国の牧場、悲鳴をあげる事になるかもしれませんね」


「それどころや無いやろ。下手したら海外からも、人がどっと押し寄せる事になるかもやろ」


 飛燕が『竜王賞』『八田記念』で海外竜に勝てばそういう事もありえると杉は指摘。


「それはちょっと……昔の『セキラン騒ぎ』みたいな事にならなきゃいいですけどね。あすかさんと違って、みつばさん気が短いからなあ」


「ああ、あのおばはんな。俺も昔、相談役に言われて牧場行った事あるけども、二度と行かん思うたもんな」


 そう言って杉は口をへの字にして首を横に振った。


「何があったんです? まあ、何となく想像は付きますけど」


「もう十五年以上も前の話やで。まず予定より遅い言うて怒られてな、勝手にその辺触るな言うて怒られまくって、挙句の果てには茶も出へんかった」


 予定より遅れた時点でへそを曲げたんだろうと岡部は察した。


「でもあれで、経営は三姉妹で一番感性が良いんですよね」


「まあ、そこは認めるけどもな。その成果が竜運船なわけやし」


「それが最終的に今の三宅島ですからねえ」


 岡部は珈琲の残り香を楽しんでいる。

香りは自厩舎のものと変わらないと感じる。

杉も最後の珈琲を口にし余韻を楽しんだ。


「伊級に来た以上、なんとかして俺もあのおばはんに気に入られんとな……」

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