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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第七章 難渋 ~伊級調教師編~
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第30話 年越し

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(伊級)

・岡部梨奈…岡部の妻、戸川家長女

・岡部菜奈…岡部家長女

・岡部幸綱…岡部家長男

・戸川直美…梨奈の母

・戸川為安…梨奈の父(故人)

・最上義景…紅花会の相談役、通称「禿鷲」

・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将

・最上義悦…紅花会の会長、義景の孫

・大崎…義悦の筆頭秘書

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和

・大宝寺…三宅島興産相談役

・櫛橋美鈴…紅花会の調教師(呂級)。夫は中里実隆

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・杉尚重…紅花会の調教師(呂級)

・松井宗一…樹氷会の調教師(呂級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(伊級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・畠山義則…伊級の自由騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・能島貞吉…岡部厩舎の主任厩務員

・新発田竜綱…岡部厩舎の調教助手

・垣屋、花房、阿蘇、大村、赤井、成松…岡部厩舎の厩務員

・真柄、富田、山崎…岡部厩舎の用心棒兼厩務員

・西郷崇員…岡部厩舎の厩務員

・坂井政則…紅花会の厩務員

・小平一香…岡部厩舎の女性厩務員、父は小平生産顧問

・香坂郁昌…大須賀(吉)の契約騎手

・栗林頼博…清流会の調教師(伊級)

・松下雅綱…栗林厩舎の契約騎手

 忘年会の後、志村夫妻が酒田に帰らず皇都に宿泊している。

昨年、光定は共に仕事をしていた七つ年下の赤根会の社員と婚約したらしい。

年末年始はその婚約者と過ごすらしく、二人だけもなんだからと、両親というか岡部たちと過ごす事にしたらしい。


 大晦日、最上夫妻と志村夫妻は大吟醸の瓶とお重を持って岡部宅を訪れた。

奈菜ははっきりといろはの事を覚えていたらしく、元気に「いろは叔母さんだ!」と叫んだ。

「お久しぶりね」と言って、いろはが桜桃のお菓子を手渡す。

「おばさん、ありがとう」と奈菜が頭を下げると、「あら、偉いわねえ」と言っていろははその頭を撫でた。



 蕎麦を食べ、晩酌が進むと、仕事の事で少し相談があるといろはが言ってきたのだった。


 以前から、いろはは呂級と八級の調教師から相談を受けている。

以前であれば御用聞きの時だったので、いろはと面会する前に自己解決している事も多かった。

もちろん手遅れになっている事もそれなりにあったが。

だが電脳が各厩舎に配布になり、いつでも相談できるようになり、あからさまに頻度が増した。

その中で一番多いのは、才能のある人がいるから調教師試験を受けさせてみたいというものだった。


 調教師候補として研修を受けられるのは各会派で年一人と決められており、現状、受験者の人選はほぼ岡部が決めてしまっている。

岡部が筆頭調教師というのもあるのだが、なるべく上の級の厩舎、かつ好調な厩舎からという昔からの会派の意向があるからである。

 彼らも会派の事情は理解している。

だが、それならせめて岡部か杉、どちらかに愛弟子の才能を見てもらいたいというのだ。


「そういう事なんだけど、どうかな?」


 そのように打診しているいろはだが、眉を寄せ少し困った表情をしている。

断られる事を前提で話しているといったところだろうか。


 なぜか、幸綱はいろはをかなり気に入ったらしく、先ほどから膝に座り続けている。

あげはがおいでと言っても、しがみついている。


「そうですね。そろそろ成松を調教師にと思っているので構いませんよ」


「三人ほど候補がいるのよ。本当は四人だったんだけど一人はちょっと体が悪くてね」


 話を聞くと、いろはが却下したのは長野調教師の長男の業銑(なりざね)だった。


「長野先生の息子さんは、調教師になる気はあるんですか?」


「長野先生はそうしたいみたいだけど、本人は体調の問題で躊躇してるみたいなのよ」


 すぐに岡部の脳裏に以前長野厩舎に伺った時の杖を付いてた業銑の姿が思い浮かんだ。


「じゃあ、うちに来たら多少は躊躇も無くなりますかね」


「確かに選ばれたと知れば、そういう気概も湧くかもね」


「じゃあ四人とも一旦受け入れてみましょう。もしかしたら再来年、深刻な人手不足になるかもですし」


 岡部の発言を聞いても、最初いろはは何の事かわからなかった。

 最上から世界だよと言われて、すぐに色々と理解した。

 すると幸綱がいろはに何かを言った。

 いろははお道化た顔を幸綱に向け、世界ですってと語りかけた。


「ところで、世界は良いけど、綱ちゃん、外国語わかるの?」


 幸綱の頭を撫でながらたずねると、岡部の表情が誰が見てもわかるくらい強張った。

いろはは視線を梨奈に移し、梨奈さんはわかるのかと聞いた。

梨奈もぶんぶんと首を横に振ってしまった。


「じゃあ、今のうちに通訳を用意しないといけないわね」


「なんだ、いろはには誰か心当たりがあるのかね?」


「私より母さんの方が知ってるんじゃないの?」


 いろはと最上、二人であげはの方を向いた。

確かに業務の関係上、大宿にはそういう人物が多数いるだろう。

「多分いると思うから奈江さんに聞いてみてあげる」と言って、あげはは岡部に微笑んだ。



 そこからさらに晩酌は進み、話題はいろはの競竜会の話になった。


「やっぱりね、伊級を募集して欲しいって意見が多いのよ」


 元々競竜会は、牧場で生産した竜を買い上げ、竜主ごっこを顧客に楽しんでもらうために作られた会である。

そこには当然金が動く。


 競竜会の顧客には三種類の人がいる。

少ない投資で少ない戻りを期待する『嗜好層』。

そこそこの投資でそこそこの戻りを期待する『熱中層』。

大きい投資で大きい戻りを期待する『富裕層』。

嗜好層が仁級、熱中層が八級、富裕層が呂級と、これまでは住み分けができていた。

だが岡部が『海王賞』を勝って以降、高額賞金を目にした富裕層が呂級で満足できなくなってしまったらしい。

伊級と止級も開放して欲しい。

そういう要望が日に日に強くなってきている。


 だが義悦は反対らしい。

だから、本来募集するはずの『オンタン』『センカイ』『ジョウラン』を会の所有にした。

『コンコウ』と『シュツドウ』も最上に渡した。

いろはにも不満なら先代を説き伏せろと言ってきたらしい。

そもそも先代の方針なのだからと。


「あの野郎……面倒ごとを押し付けやがったな」


 そう言って最上は仏頂面でお猪口をあおって言った。

似た者同士だなあと岡部は思ったが黙っていた。


「ねえ、『ライカン』の時、なんで駄目って仕切りにしたの? 私たち詳しい経緯をちゃんと聞いてないんだけど」


 非常に言いづらそうな顔をして最上は岡部を見た。

だが、いろはにコンコンと机を叩かれ、渋々説明する事になった。


「綱一郎君が呂級に上がった時に、もしも『海王賞』を取るような事があった場合、客層が変わるのを恐れたんだよ。綱一郎君の腕がちょっと良すぎたもんでな」


「それってつまり、嗜好から投機になっちゃうかもって事?」


「そういう事だ。そうなると、これまでのお客様にご迷惑がかかる、そういう意見でまとまったんだよ」


 実際『オンタン』は『海王賞』を連覇しており、仮に競竜会で募集していたとしたら、一人当たりの配当金はとんでもない額になっていただろう。


 でもそれはそれだと思うと志村は言った。

例えば会員年数や、これまでの実績を条件に解放とか、やりようはいくらでもある。

募集額だって、うちら側でどうにでも設定できる問題だし。

頭ごなしに却下では、せっかくの富裕層が他所に流れかねない。

そう志村は懸念している。


「確かになあ。あの頃と違い、会員情報を統合して電脳で管理できる今なら可能かもしれんな」


 最上は折れ、試しに杉厩舎分の新竜を募集してみるように義悦に言うと述べた。

なんだかよくわからない光定の電脳がこんなに役にたつなんて、そう言っていろはは大笑いした。



 毎年の事ながら、子供たちは早々と夢の世界だった。

結局いろはの膝から離れなかった幸綱は、部屋の隅で毛布を掛けられぐっすり寝ている。

何度も寝返りをうって、あげはといろはが柔らかい頬をぷにぷにと突いて可愛いと言い合っている。

奈菜は岡部の隣に来て座布団を枕に毛布を掛けて寝ている。

神社行く時起こしてねと何度も岡部に頼んでいた。


 岡部と最上は志村に先日の南国での話をしていた。

『燕理論』という話をすると、初年度なのに凄い成果だと志村は目を丸くして驚いた。

年々岡部の知識と技術が上がっていて、頭を付いていかせるので精一杯だと最上は舌を巻いた。

勘が鈍ったとみつばに指摘されたと言うと、志村は爆笑だった。


 車の運転があるため、直美は紅茶を飲みながら、いろはからいただいた桜桃のお菓子を梨奈とつまんでいる。

来年はもっと旅行がしたいと二人で言い合って岡部の方をちらりらと見ている。

そんな二人の会話を岡部は聞こえないふりをしている。


 そうこうしていると年が明けた。



 皆で一斉に年始の挨拶をし、神社に行く支度を始めた。

ただ総勢九人と大所帯であり、直美が往復して全員を近江神社へ運ぶ事になった。

先発は最上夫妻と志村夫妻。

後発の岡部は寝起きのすこぶる悪い奈菜を起こし、幸綱を抱っこして近江神社へ向かった。


 大鳥居の前で最上たちと合流し、長い参道を歩いて本殿への列に並んだ。


「とうたあ」


 直美に抱っこされた幸綱が、喧噪で目を覚ましたようで、岡部に向かって右手を伸ばしてそう喋った。

初詣の喧噪で良く聞こえなかった岡部は、父さんだよと言って幸綱のほっぺをぷにぷにする。

ちと酒が過ぎましかねとあげはに言うと、幸綱がううと唸った後で、今度は両手を伸ばして「とうたあ!」と岡部を呼んだ。

岡部は驚き、「そうだよ! 父さんだよ!」と言って幸綱を抱っこした。


 幸綱が初めてはっきりと喋った言葉が「とうたあ」だったのだ。

幸綱は嬉しそうに、何度も「とうたあ」と繰り返し言って岡部の顔を触った。


 今年は何か良い事がありそうですと、岡部は満面の笑みで皆に言った。

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