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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第七章 難渋 ~伊級調教師編~
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第26話 仮説

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(伊級)

・岡部梨奈…岡部の妻、戸川家長女

・岡部菜奈…岡部家長女

・岡部幸綱…岡部家長男

・戸川直美…梨奈の母

・戸川為安…梨奈の父(故人)

・最上義景…紅花会の相談役、通称「禿鷲」

・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将

・最上義悦…紅花会の会長、義景の孫

・大崎…義悦の筆頭秘書

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和

・大宝寺…三宅島興産相談役

・櫛橋美鈴…紅花会の調教師(呂級)。夫は中里実隆

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・杉尚重…紅花会の調教師(呂級)

・松井宗一…樹氷会の調教師(呂級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(伊級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・畠山義則…伊級の自由騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・能島貞吉…岡部厩舎の主任厩務員

・新発田竜綱…岡部厩舎の調教助手

・垣屋、花房、阿蘇、大村、赤井、成松…岡部厩舎の厩務員

・真柄、富田、山崎…岡部厩舎の用心棒兼厩務員

・西郷崇員…岡部厩舎の厩務員

・坂井政則…紅花会の厩務員

・小平一香…岡部厩舎の女性厩務員、父は小平生産顧問

・香坂郁昌…大須賀(吉)の契約騎手

・栗林頼博…清流会の調教師(伊級)

・松下雅綱…栗林厩舎の契約騎手

 十二月に入っても、岡部厩舎は引き続き能力戦を戦っている。

『スイコ』の能力戦四、『サイメイ』の能力戦三、『ダンキ』の能力戦四。

正直なところをいえば、『スイコ』『サイメイ』『ダンキ』はそこまで良い竜ではない。

だが燕理論を身に着けた竜たちは能力戦上位でも敵無しだった。



 最上夫妻と共に岡部一家は南国に向かっている。

みつばが牧場に来て欲しいとお願いしてきたからである。

みつばにしては珍しく、岡部の来れる時で構わないとしおらしい事を言ってきた。

じゃあ家族でと言うと、幸綱君だけは絶対だと念を押されてしまった。


 松井一家も誘ったのだが『皇都大賞典』と来年の準備で忙しくて都合が付かないと言われてしまった。

その時はそういう事であればやむを得ないと電話を切ったのだが、翌日再度電話がかかって来て、この件は麻紀と小夜には黙っていてくれとお願いされる事に。

恐らくだが、勘の鋭い麻紀さんから「どこかに旅行に行きたい」とねだられたのだろう。


 晩酌に来た最上にこの件を話すと、最上は返事を渋った。

だがあげはに、私は行くからお留守番をお願いしますと言われ、渋々付いてくる事になった。



 数日後、福原空港から飛行機に乗り台北空港へ向かった。

席を決める際、奈菜が岡部の隣を強固に主張し、あげはが奈菜の側に立った事で、最上と直美、あげはと梨奈と幸綱、岡部と奈菜という席になった。


 初めての飛行機に奈菜は大興奮。

あんまりはしゃぐとお熱が出ちゃうと梨奈にたしなめられた。

それを梨奈ちゃんが言うんだと内心で思っていたが、岡部は黙っていた。


 台北から南府へと向かい、昼食を取り、少し観光する事になった。

雑貨屋で梨奈にねだられ髪飾りを買うと、奈菜にも髪帯をねだられた。

そこの店員が奈菜を見て、買った髪帯を使って髪をお団子状にしてくれた。

鏡で自分の姿を見た奈菜は、みんなに髪型を見せてまわった。


 夕方、花蓮の大宿へと向かった。

久々の車以外での旅行であり、最上夫妻だけでなく岡部も直美もしこたま呑んだ。

最近、梨奈は完全に酒の味を覚えてしまった。

大宝寺から送られてくる小笠原郡の果実酒が口に合うらしい。

お気に入りは芒果酒。

この日も、レイシという果実のお酒を美味しいと言って呑んでいる。


 岡部にしても、最上やあげはにしても朝が早く、そこで温泉に入るとすっきりと酒は抜ける。

だが直美と梨奈はそうではなく、朝、頭が痛いと怠そうにしていた。

結局、直美と梨奈は大宿でお留守番となった。

では私もと最上が言ったのだが、あげはに睨まれて渋々牧場へ行く事になった。



 南国牧場に到着すると、みつばは真っ先に岡部の抱っこしている幸綱に興味を示した。

幸綱を抱っこさせてもらい、みつばは大喜びであった。

ところが中野が抱っこして幸君と呼ぶと、幸綱が「ああう」と声を発して顔を触った。

それが羨ましかったようで、みつばは幸綱を中野から奪い、幸君と何度も呼んだ。



 南国牧場は前回来た時から大きく様変わりしていた。

鬱蒼とした森だった区画は完全に伊級の立派な放牧場となっている。

伊級は離してしまうとどこまでも飛んで行ってしまう。

そのため、放牧場は周囲を高い網で覆われている。

花蓮はかなり頻繁に台風が来るため、網を簡単に畳めるような仕様になっている。


 ただ上部には網は無い。

一応、網の上部は内側に絞ったようになってはいるが気休め程度にすぎない。

幼竜は飛べる高さの限界が決まっているし、竜は賢いので網から外へ逃げる事はほぼ無い。

だが牧場では念のため鷹を飼っている。

万が一逃げた際には、鷹が追いかけて柵内に連れ戻す。

呂級や八級でいう牧羊犬の代わりである。


 一方で仁級の区画は大繁盛という感じになっていた。

以前、何もいなかった種牡竜の厩舎には何頭も種牡竜が繫養されている。

その中には『サケヨツバ』や『サケカミシモ』『サケドングリ』もいる。

『サケヨツバ』はかなり人気の種牡竜で、稲妻牧場や楓牧場、古河牧場も種付けに来ており、今やうちの稼ぎ頭だと中野は嬉しそうに言った。

肌竜も大幅に増え、樹氷会、赤根会の竜も預かっているため、竜房は常に一杯なのだとか。

入れない分は火焔会の鈴木牧場に行っており、そちらもかなり賑わっているのだそうだ。



 一通り見て回った後で、事務室奥の応接室へと案内された。

応接室は大きな硝子戸から伊級の竜の放牧場と海岸がよく見え、実に心地の良い部屋だった。

元は止級の厩舎になる予定だった場所である。

それを事務室に建て直した際、ぜひこの場所は応接室にと確保したらしい。


 お菓子と果汁水を貰った奈菜は、あげはと一緒に幸綱と遊んでいる。

奈菜もどうやらみつばを思い出したようで、何度も笑顔を振りまいて、みつばの顔をデレデレさせている。

やっぱり女の子は可愛くて良いと、みつばはかなりご満悦の様子である。



 応接室で珈琲を一服すると、いよいよ伊級の馴致の話になった。

牧場から説明のために馴致担当の菱刈と赤池がやって来た。


「少し難しい話になりますから、菓子で糖分を取りながら聞いてください」


 そう言って、赤池が微笑んだ。


 色々と資料を探っているのだが、岡部がやっているような矯正の資料は、どれだけ探しても見つからなかったらしい。

ただ、過去に何件か海外の例で事例が報告されている。

それをかなり調べたのだが、共通しているのはメナワ系に極稀に見られる特徴という事だけだった。


 かつて海外で『セプテントリオン』という竜の飛び方が、他と違うと話題になった事があるらしい。

現在も脈々と続いているセプテントリオン系の始祖となる竜である。

その後、『セプテントリオン』の産駒が海外では大流行し、一時期はセプテントリオン系だらけとなった。

そんなセプテントリオン系も、調教を進めると突然速くなるという情報しか無い。

『セプテントリオン』も母の父はメナワ系である。


 岡部の管理している竜の内、『エンラ』『スイコ』『サイメイ』『ダンキ』が、セプテントリオン系。

『ジョウラン』と『セイメン』がメナワ系。

これは小平の意向でそうなっている。

『ジョウラン』は試験生産だったので、高額な種牡竜が付けられなかったから偶然メナワ系というだけ。

来年の新竜も値段の関係で『ジョウラン』とは異なるメナワ系の種牡竜の仔らしい。

同じ飛燕でも『ジョウラン』と『セイメン』は少し速度が速いと岡部は感じている。


 この辺りで最上が話に全然付いていけないと言い出した。

みつばが面倒そうな顔で無視して話を続けろと指示したのだが、さすがに赤池がやんわりと説明をした。

飛燕の話は聞いていたが意味はわかっていなかった。

それがこんな話にまで発展している事に最上は驚愕だった。


「確かに馴致(じゅんち)で矯正できてしまえば、世界有数の牧場になる事は間違いないだろうな」


「もう、父さん、引退して勘が鈍ったんじゃないの。綱ちゃんのこんな重要な説明を聞き流してただなんて」


 みつばの指摘に最上は返す言葉も無かった。


 最初にこの飛び方をしたのがどれか覚えているかとみつばが岡部にたずねた。

その時の成松からの報告は、今でもはっきりと覚えている。

『セイメン』である。

羽ばたきを早めさせて、すぐに飛び方が変わったらしい。

恐らく、元々武田厩舎で矯正に手を付けていたからだと思われる。

ただ、すぐには飛ぶ速度は上がらなかったらしい。

それから『エンラ』や『スイコ』たちにそれが波及し、最初にものにしたのが若い『エンラ』だった。

それを聞くと、やはりと言って中野はみつばを見た。


 中野たちの仮説はこうだった。

どこかの猿が芋を海水で洗って食べ出すと、何百里も離れた場所の猿が同じ事をしたという話がある。

武田厩舎で『セイメン』が飛燕になりかけていたのは、それではないだろうか。

その後、『セイメン』が『エンラ』たちを刺激し、それが厩舎内に次々に伝播していったのではないだろうか。

競争の映像を見ると『エンラ』と『セイメン』では羽の使い方が違う。

『エンラ』は海外の竜とほぼ同じ飛び方である。

これまで瑞穂に伝播してこなかったのは、調教の仕方の問題か、血統の問題か、はたまた他に何か違う事があるのか。

残念ながらそこまではわからない。


「もちろん全部仮説よ。なんせ何もわかってないんだから」


 みつばも少し困り顔で言った。


 中野の『ジョウラン』の観察記録から、筋肉で体を重くするというのが一つの鍵になっていると赤池は感じている。

そこで新竜の頃から脚におもりをはめて放牧させている。

もし伝播が関わるならという事で、岡部厩舎からの放牧竜と一緒に放牧させる事にしている。


「親御さんがお箸を使うのを見せると、子供はお箸を不器用にも使うようになるでしょ。それと同じ事ができないかなと」


 幸綱を見ながら赤池が言うと、その場の全員が幸綱を見た。

幸綱もそれに気づき、「はあお」と言って手を振って喜んだ。

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