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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第七章 難渋 ~伊級調教師編~
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第25話 幕引き

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(伊級)

・岡部梨奈…岡部の妻、戸川家長女

・岡部菜奈…岡部家長女

・岡部幸綱…岡部家長男

・戸川直美…梨奈の母

・戸川為安…梨奈の父(故人)

・最上義景…紅花会の相談役、通称「禿鷲」

・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将

・最上義悦…紅花会の会長、義景の孫

・大崎…義悦の筆頭秘書

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和

・大宝寺…三宅島興産相談役

・櫛橋美鈴…紅花会の調教師(呂級)。夫は中里実隆

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・杉尚重…紅花会の調教師(呂級)

・松井宗一…樹氷会の調教師(呂級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(伊級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・畠山義則…伊級の自由騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・能島貞吉…岡部厩舎の主任厩務員

・新発田竜綱…岡部厩舎の調教助手

・垣屋、花房、阿蘇、大村、赤井、成松…岡部厩舎の厩務員

・真柄、富田、山崎…岡部厩舎の用心棒兼厩務員

・西郷崇員…岡部厩舎の厩務員

・坂井政則…紅花会の厩務員

・小平一香…岡部厩舎の女性厩務員、父は小平生産顧問

・香坂郁昌…大須賀(吉)の契約騎手

・栗林頼博…清流会の調教師(伊級)

・松下雅綱…栗林厩舎の契約騎手

 月末、西郷が笑顔で報告に来た。

その時点で調教師試験の結果は見えていたが、何も言わず報告を受けた。

西郷は胸を張り、合格しましたと言って土肥から来た合格通知を岡部に手渡した。


 出勤者を呼び寄せ、西郷合格だってと言って書面を掲げ報告。

すると皆、大喜びで西郷におめでとうと言い合った。


 ふと気になって、岡部は松井厩舎に連絡を入れた。

すると松井厩舎も何やら後ろががやがやと騒がしかった。

十河の方はどうだったかたずねると、合格だったと松井が嬉しそうに言った。

電話が十河に代わったので、おめでとうと直接祝いの言葉を贈った。

すると十河は、明らかに泣き声で、鼻をすすりながら、ありがとうございますと喜んだ。

ところが、西郷も受かったと伝えると、少し嫌そうな声を出した。


「十河も受かったんだって」


「え……十河、同期になるんですか?」


「なんでお互いそんなに嫌そうなんだよ。一緒にうちで学んだ兄姉弟子じゃんか」


 すると西郷は、周囲の喧噪に紛れて岡部にだけ聞こえるように顔を近づけた。


「あいつ、今度結婚するんすよ。俺の弟が手付けちゃって」


 そう言って西郷が顔を引きつらせると、岡部も同じように顔を引きつらせた。

兄弟揃って手癖が悪いなと喉まで出かけたが、皆の手前、さすがに飲み込んだ。


「お……おめでとう」


「……あ、ありがとうございます。と、土肥で、義兄さんとか呼ばれたらキツイですね」


 その状況が容易に想像できるだけに、岡部も西郷も顔が引きつっている。


「嫌がるとわざと呼んでくる奴だから、絶対顔に出すんじゃないぞ」


「そんなの無理ですよ! 俺、今から胃が痛いっす……」


 どうにもめでたい雰囲気ではない二人に対し、その後ろでは『串焼き 弥兵衛』に連絡だと大盛り上がりであった。




 十一月に月が改まった。

岡部厩舎は相変わらず能力戦で無双を続けている。

『エンラ』の能力戦四、『スイコ』の能力戦三、『サイメイ』の能力戦二、『ダンキ』の能力戦三。

全て圧勝だった。

もはや全く勝負にならないという感じだったのだ。


 さらに『ジョウラン』を中距離の新竜戦に出走させた。

本来体形からすると『ジョウラン』は完全な長距離竜である。

さすがにそこまで圧勝というわけでは無かったが、あっさりと勝利してしまった。

ただ短距離はさすがに難しいと判断し、次走は翌年の長距離の能力戦という事にした。


 『ジョウラン』と『エンラ』は来年の大一番に備え、競争後、放牧に出される事になった。



 ◇◇◇


 競報新聞たちの報告書の提出は未だに続いている。

 三社が提出を無視するので加賀美は何度も個別に呼びつけ、どうなっているのかと問いただした。

終いには、何を望んでいるのかが聞きたいと三社は逆に問い合わせてきた。

丹羽も加賀美も回答は同じで『納得のいく報告をしろ』だった。

ようは、調べ上げて旧日進新聞、旧幕府日報の社員を永久追放しろという事である。


 それと、加賀美も丹羽も、何度も三社に『死んで当たり前などという人物はいない』という話をしている。

そこの意識改革もしろと言っている。

かわら新聞は、そこに関しては道徳がなっていなかったと最初から折れている。

だが他の二社は頑なに拒んだ。

薬物関係の話は子日新聞たちのでっち上げかもしれないが、そういう情報を流してしまい訂正していない現状では、報道を継続するしかないというのが彼らの主張だった。

でなければ新聞の提供する情報の信頼に関わるというのだ。



 このままでは埒が明かないと感じた加賀美は、代表級で竜主会の会議を開き、今後の対応を相談した。

竜主会は二四の会派から代表を招集して協議を行っているのだが、招集の種類は三種ある。

監査の問題など比較的軽い問題であれば、事務員級に設定して、昨年の中傷記事問題のように竜主会の事務員から代表を招集する。

会長級の場合は、主に規約変更や競竜運営の問題対処の相談。

会長級会議の場合、事前に議題が通告されるので、会長の中には筆頭秘書を伴う場合もある。

今回のような代表級の場合は、主に各会派から知恵を借りる際に設定される。

出席者は基本的に筆頭秘書である。


 非常にマズイ状況というのは出席者の全員が感じた。

このままでは確実にどこかで岡部は殺されてしまう。

紅花会代表の大崎は、三人護衛を入れたが対処しきれなかったと首を横に振った。

呂級以上の調教師がいない会派からは、問題ばかり起こす調教師として処分という意見も出た。

それは呂級以上の調教師を持つ会派から猛反対された。

特に紅葉会の丹羽と雪柳会の由井が猛反発した。

岡部は瑞穂の競竜史に突如現れた天才である。

ゆくゆくは瑞穂の代表として世界を相手に戦ってもらわなければならない。

もしこんな事で世界制覇の夢が潰えたら、瑞穂競竜界は永遠に世界では勝負できないだろうと言って。


 会議が少し煮詰まってきた感を醸した頃、清流会の直江が、陛下を前面に出してはどうかと提案してきた。

紫宸殿を襲撃現場にされた事で、陛下は今、競竜に高い関心を示している。

競竜というより岡部に関心を示していると言っても良いかもしれない。

その後の勲章授与で岡部と個別会談し競竜場へ行きたいと述べたと聞く。

その結果が突然の浜名湖への行幸。

これは今まででは考えらえられなかった出来事だ。

であれば、陛下の御心と自分たちの下衆な妬み、どちらを取るか新聞に選ばせたら良いと。


 白詰会の甘利、潮騒会の稲葉が良い案だと賛同した事で、まずはそれで行ってみようという事になったのだった。



 密かに懇意にしているかわら新聞を呼びつけ、加賀美は他の二社を見限れという誘いをかけた。

そうすればかわら新聞の処分はしない。

今のままでは三社とも厳しい処分をしないといけなくなる。

かわら新聞としては系列の競報新聞の処分はすると言われている以上、容易には乗れない話だった。

迷うかわら新聞に、加賀美は止めとなる情報を出した。


「度重なる蛮行を鑑み、競竜協会が岡部綱一郎を全力で守るという方針を固めたよ」


 陛下が勲章を御自ら与えたのだから当然の事だろうと加賀美は言った。


 加賀美に言われ丹羽も、懇意の政経日報に同じ情報を流した。


「竜主会じゃない、競竜協会だ。お前らも曲がりなりにも経済新聞を称するなら、会派全部が敵にまわるという事がどういう事か理解できるはずだ」


 競技新報が今のまま折れないのであれば、親会社のお前たちもそれ相応の処遇を覚悟してもらう事になる。

どうするのが最良かよく検討しろと丹羽は忠告した。


 かわら新聞も、政経日報も、その日から何日も経営会議を重ねた。

二社が最終的に下した判断は、岡部綱一郎はもう誹謗中傷で足を引っ張れる一線を完全に超えたという事だった。

陛下も新聞は読んでくれているが、それより岡部が傷つけられる事を憂慮している。

もうこれ以上今の路線を続ければ、新聞という存在意義そのものを問われる事になってしまう。


 数日後、かわら新聞社と政経日報社は人事異動を発表した。

両新聞社では社史編纂室に大量の記者が異動となった。

競報新聞、競技新報も、親会社ほどでは無いにしても同様の人員整理が行われた。

その多くが自主退社した。


 さらに数日後、新聞協会から岡部師へ謝罪という会見がなされた。

岡部師及び戸川師への一連の誹謗記事を誤報として全て取り下げると発表したのだった。

新聞協会はこの発表を最後に解散し、子日新聞は今年一杯をもって休刊するという事も発表された。

最後に、新聞協会の会長である子日新聞社の社長が涙を流し、申し訳ありませんでしたと言って深々と頭を下げた。



 ◇◇◇



 武田の様子を見に岡部は厩舎へ行った。

だが武田は電脳を睨んで頭を抱えており、岡部の来訪に気が付かなかった。

コンコンと戸を叩くと、やっと気が付いた。

椅子から立ち上がると武田は首をコキコキと鳴らし、岡部に長椅子に座るように促した。

珈琲を二人分淹れ、自分も長椅子に座った。


「どう? 飛燕はできそう?」


 岡部の顔は少し心配そうな表情である。

武田は無言で首を横に振った。


「数日前にな、会派から筆頭秘書の粟屋(あわや)さんがな、陣中見舞いや言うて手土産持って来たんや」


 これその陣中見舞いと言って、蒲鉾の胡麻油漬けをひと瓶岡部に差し出した。

最近本社のある田辺で大人気らしく、重たかっただろうに大量に持ってきたと言って武田は笑った。


「珍しいじゃん。筆頭調教師にでもなったの?」


「いや。それはまだおとんがやってくれとる。どっかから飛燕の話を聞いたらしいねん」


 珈琲を口にし、武田は小さくため息をついた。

『どこかから』と言っても、間違いなく加賀美、武田善信の経路だろう。


「田辺に埋まっとった故武田翁の遺産や言うたら、絶対モノにしろやって。無茶言うなっちゅうねん」


 首を左右に振り、武田は口をへの字に曲げた。


「武田くんはどこで詰まってるの?」


「体重は筋肉で増やした。そやけどそこまでやねん。どう追っても飛燕にならへんのよ」


「そうなのかあ。何が駄目なんだろね。何だかみんなもう諦めちゃってる感じだもんね」


 すでに飛燕を研究しているのは大津では武田を含め伊東たち数人だけになってしまっている。

その伊東たちも、どこか諦めの雰囲気を醸している。


「まあ、言うて君でも半年近くかかったんやもんな」


「僕もまだわからない事だらけなんだよね。新竜なんて放牧したらいきなり飛燕になって帰って来ちゃったし」


「放牧かぁ。駄目で元々と思うて一度放牧してみるかなあ」


 どうやらお疲れ気味らしく、武田は目をこすって欠伸をした。

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