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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第七章 難渋 ~伊級調教師編~
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第23話 波紋

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(伊級)

・岡部梨奈…岡部の妻、戸川家長女

・岡部菜奈…岡部家長女

・岡部幸綱…岡部家長男

・戸川直美…梨奈の母

・戸川為安…梨奈の父(故人)

・最上義景…紅花会の相談役、通称「禿鷲」

・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将

・最上義悦…紅花会の会長、義景の孫

・大崎…義悦の筆頭秘書

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和

・大宝寺…三宅島興産相談役

・櫛橋美鈴…紅花会の調教師(呂級)。夫は中里実隆

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・杉尚重…紅花会の調教師(呂級)

・松井宗一…樹氷会の調教師(呂級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(伊級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・畠山義則…伊級の自由騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・能島貞吉…岡部厩舎の主任厩務員

・新発田竜綱…岡部厩舎の調教助手

・垣屋、花房、阿蘇、大村、赤井、成松…岡部厩舎の厩務員

・真柄、富田、山崎…岡部厩舎の用心棒兼厩務員

・西郷崇員…岡部厩舎の厩務員

・坂井政則…紅花会の厩務員

・小平一香…岡部厩舎の女性厩務員、父は小平生産顧問

・香坂郁昌…大須賀(吉)の契約騎手

・栗林頼博…清流会の調教師(伊級)

・松下雅綱…栗林厩舎の契約騎手

 圧倒的な強さで『ダンキ』も能力戦二を勝利し、放牧される事になった。

代わりに『セイメン』が帰厩。

さらに『エンラ』も能力戦二を勝利。

ただ新竜の『ジョウラン』は、なかなか羽ばたき矯正がうまくいかなかった。

そこで『ジョウラン』も一度放牧に出す事にした。




 最初に報告に来た競報新聞社の報告に加賀美は戦慄を覚えた。

報告書に書かれていた一部の記者の発言が事態の深刻さを物語っていたからである。


 競報新聞社は競竜関係の記者全員に意識調査を行った。

その設問の半分は今回被害にあった岡部の事だった。

記者の半数が岡部に対し調教師として相応しくなく辞職すべきと回答したらしい。

理由は薬物使用の疑いがあり他の調教師への影響を憂慮するから。


 最下位だった竜が突然大差圧勝するという不可解な出来事に、競報新聞社競竜部としては、何かしら薬物使用があったに違いないという疑惑を抱いている。

記者の中には卑怯者相手には何をしても問題にはならないという意見もある。

はっきりと殺されてしかるべきと言い切った記者もいた。

社を挙げて社会的に抹殺するべきという意見も多いと。


 そのような報告書を提出してきた競報新聞社に加賀美は激怒した。

こんなものは報告書でもなんでもなく、単なる自己弁護と殺人予告に過ぎないと。

それも『社を挙げて』というのならば、我々にも相応の覚悟があると編集局長に報告書を叩き返した。



 ただ、加賀美にも一つ引っかかる事があるにはあった。

報告書の中にあった『最下位だった竜が突然大差圧勝するという不可解な出来事』という一文である。


 翌日、加賀美は大津競竜場へと向かい、真っ直ぐ秋山厩舎へと足を運んだ。

二、三雑談をかわした後、なぜ突然岡部の竜が強くなったか何か知っているかとたずねた。

すると秋山は、自分もまだ研究途中なのだが、今までとは全く違う調教理論で調教されていると説明。

正直、天才のやる事に頭を追いつかせるだけで一苦労だと困り顔をした。

面倒だから直接岡部から聞いたらどうだと、秋山は加賀美の手を引き岡部厩舎へと向かった。


 岡部は眼帯をしているため遠近感が取りづらいらしく、なるべく物に触れないようにしている。

ふと見ると流し台の横に割れたコップを掃除した跡がある。

常に成松が付き従い業務を行っていた。


 接客長椅子に腰かけ、岡部は成松に珈琲を淹れるように依頼。


「どうしたんです? 二人揃って珍しい」


 例の『飛燕』の事を説明して欲しいそうだと秋山は実に端的に言った。

明け透けな秋山に加賀美は慌てて、少しは包み隠せと指摘。

そんな二人に岡部は大笑いした。


 理解いただけるかどうかはわかりませんがと前置きをし、岡部は説明を始めた。

 例えば呂級の竜は、歩く時と全力で走る時では走り方が異なっている。

前脚と後ろ脚を交差する走り方から、後ろ脚で蹴って前脚で掻く走り方に変わる。

仁級も八級も歩くときと走る時では少し走り方が違っている。

仁級は後ろ脚で走るようになるし、八級は足を前後させる走り方から回転させるような走り方に変わる。

なのに何故伊級は翼の使い方が同じなのか?

実は本気で飛んでいないのではないだろうか?

 最初に立てた仮説がそれだった。


 だが普通にやっても竜は賢いので簡単に飛び方を変えたりはしない。

そこで自分から羽の使い方を変えるように追い込んだ調教しようと考えた。

それが結果として出たのが今の状態だと説明した。

飛ぶ速さを競う竜じゃなく、どれだけ速く飛べるかを競える竜になったと。


「途中まではわかるんやが、最後が何を言うとんのかさっぱりや」


 そう言って笑いながら秋山は珈琲を飲んだ。

加賀美にわかるかとたずねると、加賀美は黙って首を横に振った。


「かなり早い段階で話を見失った……」


 そう言って目頭を摘まんだ。

だが、わからないながらも加賀美は確信した。

間違い無く薬物云々ではなく、明確な理論に基づき調教した結果だという事を。

秋山の態度から、周囲からは全く勝ち目が無いと思われた最低人気の竜に全額勝負して、見事大万竜券を掴んだんだという事も。



 翌日、加賀美は武田会長に緊急の竜主会の開催を提案した。

議題の内容は海外遠征資格の変更。

現在決まっている変更時期を、五年後から来年へと修正したいと申し出た。


「今、伊級でとんでもない事が起きています。岡部先生が昇級早々に凄い事をやってくれたんです。瑞穂の各協会は全力で彼の海外行きを後押しすべきと判断します」


「何を言い出すのかと思ったら。私も岡部先生の事は気には止めているが、まだ重賞にも顔を出せていないではないか」


「『今はまだ』なだけです。このままいくと来年の古竜重賞は()()岡部厩舎が制す事になると思います。その時に慌てても遅いんです」


 その加賀美の言葉で武田の意識は変わった。

『全て』

当然、その中には『竜王賞』と『八田記念』という国際競争も含まれているだろう。

国内の国際競争で海外の竜を負かしているのに、規約で海外に出られないなどという事になったら、ブリタニスたちから何を言われるかわかったものではない。


 翌週、緊急の竜主会議が開かれた。

だが、これまで長く続いた制度なので、来年に変更というのは性急すぎると言って拒む会派も多かった。

結局、海外遠征資格の変更は少し早められ、再来年の一月から実施される事になった。



 大津の集団暴行事件は常府競竜場もざわつかせた。

もしかしてセキラン事件の時のように、また東国の記者が暴走したのではないかという噂が広まったのである。

事務長の岩城(いわき)は、念の為という事で記者の囲み取材を全面禁止した。

取材したい時は申請し、会見という形でしか許可しないという事になった。

また調教の取材も少し離れた観察台の一部のみと限定された。



 あれから宇喜多と平賀、松平は頻繁に意見交換をしている。

三人とも一頭づつ試しているが、全くうまくいく気配を感じないという状態だった。

織田も十市と研究しているが一頭故障させて予後不良にしただけに終わっている。


 藤田は、あれから重賞以外の出走計画と調教計画を全て白紙にし研究に没頭している。

理論はわかっている、だが岡部のように明確な完成図が描けないと悔しがっている。


「俺はずっと記者から天才だと言われてきた。だが本物の天才を見た今、その評価が恥ずかしくてたまらないよ」


 そう厩務員に呟いた。

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