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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第七章 難渋 ~伊級調教師編~
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第22話 取材

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(伊級)

・岡部梨奈…岡部の妻、戸川家長女

・岡部菜奈…岡部家長女

・岡部幸綱…岡部家長男

・戸川直美…梨奈の母

・戸川為安…梨奈の父(故人)

・最上義景…紅花会の相談役、通称「禿鷲」

・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将

・最上義悦…紅花会の会長、義景の孫

・大崎…義悦の筆頭秘書

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和

・大宝寺…三宅島興産相談役

・櫛橋美鈴…紅花会の調教師(呂級)。夫は中里実隆

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・杉尚重…紅花会の調教師(呂級)

・松井宗一…樹氷会の調教師(呂級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(伊級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・畠山義則…伊級の自由騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・能島貞吉…岡部厩舎の主任厩務員

・新発田竜綱…岡部厩舎の調教助手

・垣屋、花房、阿蘇、大村、赤井、成松…岡部厩舎の厩務員

・真柄、富田、山崎…岡部厩舎の用心棒兼厩務員

・西郷崇員…岡部厩舎の厩務員

・坂井政則…紅花会の厩務員

・小平一香…岡部厩舎の女性厩務員、父は小平生産顧問

・香坂郁昌…大須賀(吉)の契約騎手

・栗林頼博…清流会の調教師(伊級)

・松下雅綱…栗林厩舎の契約騎手

 九月の初週、『シュツドウ』が出走し、この年の止級の競争が全て終了した。


 服部、能島、真柄と四人で厩舎の掃除をし、拝礼して神棚から御札を取り外した。

岡部と服部の事務室の掃除があらかた終えた頃、真柄と能島も竜房の掃除を終えて事務室に戻って来た。

そこに原騎手が訪ねてきて、打ち上げしましょうと言ってきた。


 打ち上げ会場はいつもの焼き鳥屋『串みつ』。

服部、能島、真柄、原、杉厩舎の二人の厩務員、計七人が参加した。


「松井くんから詳細を聞いたけど、杉厩舎絶好調だね」


 乾杯を終えてくいっと麦酒を喉に流しこんだ後、岡部がそう話を振った。

厩務員二人は喜んだのだが、原はどこか他人事のような返事をしている。

そんな原に対し、厩務員二人はそっとしておこうという態度をとっていた。


 酒がかなり進むと、突然原が悩みがあると言い出した。


「今川さんに全く歯が立たへんくて、正直どうしたら良えかわからへんのです。

このままやと専属を切られるんちゃうかと、ビクビクしとるんです」


 するとそれを聞いた服部が気分を落ち込ませ、呑んでいた麦焼酎をコトリと机に置いた。


「僕も常にその危惧は感じてますよ。専属の畠山さん、師匠の松下さん、臼杵に香坂。原さんも。他の人が先生の竜に乗る度に、このまま取られるんちゃうかって」


 無言で焼き鳥を食べながら原と服部の話を聞いていた岡部が、静かに串を皿に置いた。


「契約騎手だって、いつ切られるかわからないって気持ちでやってるって、以前喜入さんが言っていましたよ」


 原と服部は顔を見合わせ黙ってしまった。

そんな二人に岡部はさらに言葉を続ける。


「常にそういう気分で自分を追い込んで、腕を磨いてるんだそうですよ。自分の腕のみが頼りなんだって」


 そういう気概が無かったら、それは契約騎手に負けるに決まってると岡部は笑った。

競竜師に安泰や安定なんてありえないのだと。


 さらに岡部は、今回、うちの竜に乗ってみてどう感じたかとたずねた。


「良い竜やと思いました。できれば次も乗せてもらえたらと」


「皇都に帰っても、ずっとその気持ちでやったら良いんじゃないかって僕は思いますけどね。自分が跨った竜は絶対に渡さない、そんな気持ちでやったらって」


 すると原はすくっと膝立ちになり、岡部の前で土下座をした。

ありがとうございましたと、大声で震える声で言った。

頭を上げた原は、今日は呑むぞと叫んで麦焼酎をあおった。




 大津に帰った岡部は、さっそく厩舎棟の正面通路で記者の群れに囲まれる事になった。

何としてでも今話題の『飛燕』の件を直接聞き出そうとしたのだろう。


 岡部先生が来たぞと一人の記者が叫ぶと、厩舎棟にいた記者全員が一斉に岡部に群がって来た。

外から中に入ろうとした記者たちは、徐々に暴力的になっていき、ただただ体当たりをしているような状況になっていった。


 正面通路のど真ん中で記者が集まっているのを見た人たちは、何ごとだろうと思って自厩舎でその事を話した。

 話を聞いた調教師たちは、すぐに嫌な予感を覚え、厩舎を飛び出して記者の群れへと向かった。

夜勤だった富田は騒ぎを聞き、しまったと言って全力で駆けつけ、記者を乱暴に引きはがしていった。

 記者と調教師、厩務員が入り交じり、正面通路は大混乱となってしまった。


 伊東と藤堂事務長が駆けつけた時には、岡部は富田と栗林に守られ、その外を屈強な厩務員や騎手たちがとり囲んで、記者たちを牽制している状態だった。

厩務員たちが記者たちを一人一人取り押さえている。

地面に押さえつけられる者、壁に押さえつけられる者、羽交い絞めにされる者、鼻血を出して倒れている者、指が変な方向に曲がっている者もいる。

反撃を受けて倒れている厩務員が何人もいる。

まるで合戦でもあったのかというような状況であった。


 岡部は上着が破れてボロボロになっており、左目が充血し、口の端が切れて血が流れている。

さらに胸と首から流血している。

どうやら混乱に乗じて暴行を受けたらしい。

藤堂は厩舎棟を閉鎖し、記者は全員会議室へと押し込まれた。


 岡部は栗林と富田に肩を担がれ救護室へと向かって行った。

藤堂はこの件をすぐに竜主会と執行会に報告。


 救護室で応急手当を受けた岡部だったが、病院で検査をした方が良いという事になり、救急車で運ばれて行った。

充血していた目は筆記用具か指が当たったらしく、しばらく眼帯で治療する事になった。

体の所々に筆記用具が刺さった痕があり消毒が行われた。

そのうちの何か所かは胸部に刺さっていた。

さらに首は真横に引掻かれており、皮膚を縫う事になった。

同行した栗林から報告を受けた藤堂は、暴行ではなく殺人未遂らしいと警察に報告の修正をした。


 伊級の厩舎棟には、いたるところに監視装置が設置されている。

警察はすぐに映像の分析に取り掛かった。

その中で不審な行動をしている人物が三人見つかった。

一人は大声で記者を呼び寄せ、混乱の中、厩舎棟を逃げ去った競報新聞の記者。

二人目は、混乱の中、岡部の背後で岡部の襟を引き、岡部の身動きを封じていたかわら新聞の記者。

三人目は、岡部の上着を掴み、ボールペンを何度も刺していた競技新報の記者。

二人目と三人目については会議室に監禁されており、すぐに見つかった。


 一人は栗林の蹴りをくらって横腹を押さえており、もう一人は富田に腕を捻られて肩が外れてしまっている。

二人ともこんな横暴が許されると思うなと啖呵を切っている。

警察に対しても、言論封鎖だ、知る権利の侵害だ、記事にして問題視してやると喚きちらした。


 他の記者の供述で三人の身元はすぐに発覚した。

三人共に旧幕府日報の記者で、社が倒産した事で散り散りになり、別の新聞社で再雇用されていた人物だった。

逃げた一人もすぐに捕まり、三人は近江郡警察によって殺人未遂罪で逮捕される事になった。


 この事件は、すぐに郡警察の会見によって報道を通じて報告される事になった。



 翌日、三社の編集局長が事務棟の特別捜査本部に呼び出された。

竜主会から加賀美が、執行会から丹羽が駆けつけている。

丹羽は織田会長から絶対に許すなと釘を刺されて来たらしい。

だが丹羽は、加賀美ほどこの手の処理の経験が豊かではなく、結局は加賀美の仕切りで終始した。


 最終的に、この事をしっかりと記事にし、社内の不穏分子の処分をすると編集局長たちに約束させた。

さらに報告書を作成し、()()()()に竜主会に報告に来いと言い渡した。


 編集局長たちが退室した後で丹羽は、処分が緩すぎないかと加賀美に言った。

すると加賀美は、今のがわからんようでよく筆頭秘書が勤まるなと笑った。


「『各社個別に』と言っただろう。どの会社にも、ここが足らない、あれが足らないと、いちゃもんを付けるんだよ」


「まるで事務の暴力だな」


 引きつった顔で丹羽は加賀美に言った。

そんな丹羽を加賀美はキッと睨みつけた。


「暴力には暴力で返す、それくらいやらないと、必ず岡部先生の命が脅かされる事態になっていくんだよ! 戸川先生のような事件を再度起こさせるわけにはいかないんだよ!」


 加賀美の怒りに満ちた顔に、丹羽は背筋をぞくりさせ生唾を飲み込んだ。

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