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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第七章 難渋 ~伊級調教師編~
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第11話 田辺

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(伊級)

・岡部梨奈…岡部の妻、戸川家長女

・岡部菜奈…岡部家長女

・岡部幸綱…岡部家長男

・戸川直美…梨奈の母

・戸川為安…梨奈の父(故人)

・最上義景…紅花会の相談役、通称「禿鷲」

・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将

・最上義悦…紅花会の会長、義景の孫

・大崎…義悦の筆頭秘書

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和

・大宝寺…三宅島興産社長

・櫛橋美鈴…紅花会の調教師(呂級)。夫は中里実隆

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・杉尚重…紅花会の調教師(呂級)

・松井宗一…樹氷会の調教師(呂級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(伊級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・能島貞吉…岡部厩舎の主任厩務員

・新発田竜綱…岡部厩舎の調教助手

・垣屋、花房、阿蘇、大村、赤井、成松…岡部厩舎の厩務員

・真柄、富田、山崎…岡部厩舎の用心棒兼厩務員

・西郷崇員…岡部厩舎の厩務員

・坂井政則…紅花会の厩務員

・小平一香…岡部厩舎の女性厩務員、父は小平生産顧問

・香坂郁昌…大須賀(吉)の契約騎手

・栗林頼博…清流会の調教師(伊級)

・松下雅綱…栗林厩舎の契約騎手

 大津へ帰ってすぐに岡部は、週末、一泊二日で宮津に行こうと思うと最上に連絡を入れた。

最上は二つ返事で快諾。

梨奈も急な事で驚いたが、旅行の準備をしないとと直美と二人、慌ただしく準備を始めた。



 当日、出発はいつもよりかなり遅く、日が昇ってからとなった。

岡部がまだ手術から日が浅いという事で、最初は直美の運転だった。


 毎回の事になるが座席順は非常に揉めた。

まず最上夫妻は頑として幸綱の隣を譲ろうとしない。

さらに奈菜が岡部の隣じゃなきゃ嫌だと駄々をこねた。

結局、梨奈が不貞腐れた顔で助手席に座り、二列目に最上夫妻と幸綱、最後列に岡部と奈菜という順になった。


 最上夫妻は車に乗ってから幸綱から全く視線をそらさない。

後で運転があるからと岡部は寝ようとしていたのだが、奈菜がなんやかやと楽しそうに話しかけ続けている。

そんな朗らかな後部座席と違って、前の二人は非常に空気が悪い。


 皇都で山陰道高速道路に乗ると、途中、亀岡と綾部で休憩を挟みながら一気に田辺へと向かった。


 昼前に田辺に到着。

 市東部の中心部から少し西に離れた北吸という場所で降ろしてもらい、岡部と最上の二人で故武田信文の墓参りに向かった。

その間、直美たちには倉庫街を見学してもらう事にした。



 田辺市周辺はかなり峻厳な地形で、山裾を削った地に扇状地ができたというような地形をしている。

市街地も中央で五老岳という山で東西に分断されてしまっている。

その風光明媚な地形に最初に目を付けたのは船乗りたちだった。

その独特の地形から、暴風の影響を受けづらい港として注目され貿易港として栄えた。

さらにそこに海軍が目を付けた。

港が小高い丘と山に囲まれており海軍要塞に最適だったのである。


 その海路の要衝田辺に、ある時、会派の本社が置かれる事になった。

それが武田信勝の雷鳴会、同期の武田信英の会派である。

本業は北国と南国の牧場の他に、農場と宿も経営している。

どこか経営方針が紅花会に似ている。

それもそのはず、農場と宿を始めたのは今の信勝の代になってからで、紅花会の成功を見ての事だった。


 雷鳴会は先代の時に雷雲会から独立したのだが、その時点では経済基盤が非常に弱く、なかなかまともに竜を抱える事ができなかった。

一門の武田信文には非常に期待していたのだが、そんな雷鳴会の体たらくに失望し、本家の雷雲会で開業されてしまうという有様。

結局、それから三十年以上泣かず飛ばず。

信英の父信宏が初の呂級調教師で、息子の信英が初の伊級調教師となった。

未だ戦略級調教師はその二人だけという、とても稲妻系とは思えない惨憺たる状況である。

その結果、『雷雲会のパチモン』と陰では揶揄されてしまっている。



 岡部と最上が花と線香を持って向かうと、墓前に先客がいた。

一人は老婆、もう一人は背の低い細身の男性。

老婆の方は岡部を見てすぐに誰かわかったらしく、非常に驚いた顔をした。

男性の方は、それに加えて、その後ろにいるのが紅花会の相談役だと気づいたようで、さらに驚いた顔をしている。

岡部と最上は二人に会釈をし、武田の墓に花を生け、線香を立て、手を合わせた。


 その後、お寺でお茶でも飲んでいってくださいと老婆に促され、四人は近くの寺へと向かう事となった。


 岡部の予想通り、老婆は武田信文の妻であった。

男性の方は武田厩舎最後の契約騎手だった畠山(はたけやま)義則(よしのり)


 畠山は、元々、蓮華会の百々(どど)一綱(かずつな)という調教師の専属騎手として伊級に昇級してきた。

筆頭調教師として蓮華会を長年支えて来た宇喜多は、相棒ができた、後継者ができたと周囲に宣伝するほど百々に期待を寄せていた。

だが残念ながら百々は伊級に昇級して数年で、若くして癌で亡くなってしまう。

その早すぎる死に宇喜多は非常に落胆した。


 厩舎解散後、厩務員たちは稲妻系の厩舎に再雇用された。

だが伊級でじっくり育てるはずだった畠山は、どこからも引く手が無く路頭に迷う事になってしまった。

正直、この時点では八級でも通用するかどうかという状態だったのだ。

そんな畠山を拾って、じっくりと育ててくれたのが武田信文だったのだ。

武田厩舎が解散になってからは稲妻系の厩舎から条件戦の騎乗を貰い生計を立てている。

伊級は調教師にしろ騎手にしろ、年齢が高い人が多く、引退したり亡くなったりする人が多い。

そのせいで常に定員割れの状況で、一度上がってしまえば滅多に降級するという事は無い。

正直言えば、畠山はその制度に助けられてしがみ付いているという状況である。


「……結局、御恩をお返しする事ができませんでした。先生が生きてる間に立派な騎手になったところを見せたかったのですが」


 畠山はお茶を飲みながら武田の妻に無念さを滲ませながら言った。

自分も武田先生のおかげで、これまで調教師仲間からの嫉妬とは無縁で過ごせたんだと、岡部は畠山に言った。

『我々は敵同士ではあるが世界を目指す同志』

これは武田先生が広めた言葉であるらしい。


「この言葉のおかげで、僕は昨年、調教師仲間に助けられて、浜名湖で命拾いしたんですよ」



 引退後、心残りが二つあると武田は常々言っていたと武田の妻はゆっくりと語りだした。


 一つは岡部先生の事で、手を引いて世界に一緒に行ってやりたかった。

『瑞穂の至宝の原石』

生前、岡部の事を妻にそう紹介していたらしい。


 もう一つは『タケノカンザン』。

伊級に上がってくる岡部の竜にやられないようにするにはどうしたら良いか、武田は世界の竜を参考に色々頭を捻っていたらしい。


「そういう負けず嫌いな所は、ほんとに武田先生らしいですね」


「主人は根っからの競竜師でしたからね」


 岡部の指摘に武田夫人は「ふふふ」と笑ってお茶をすすった。


 ある日、家を出る時に、家の軒に作られた燕の巣から燕が飛び立つのを見て何かを閃いたらしい。

わざわざ家に戻ってきて、今日はめでたい日になるだろうから赤飯を炊けと言ってきた。

帰ってきた武田は、これで世界と勝負できると嬉しそうに赤飯をがっついて食べた。

だが、そこからなかなか成果は現れず、やっとその竜が一勝したところで倒れてしまったのだそうだ。


「『タケノカンザン』……」


「どうした? その名前に憶えがあるのかね?」


 良く手入れの行き届いた立派な庭園を窓から眺めて、岡部は腕を組みながら悩まし気な顔をしている。


「帰って調べてみないと何とも言えないのですが、『サケセイメン』の登録変更前の名前がそんな名前だったような気が……」


「ほう! ……だとしたら、なんでそんな世界に出れそうな竜を他の調教師が手放したんだろうな?」


「まあ、うちでも実際、勝ててませんしね」


 からからと笑う岡部に、やれやれという顔をし、吞気にしていられる状態じゃないだろと最上はチクリと苦言を呈した。



「ここで会うたんも何かの縁ですから、もし先生のとこで手が足りへん時は乗せてください」


 爽やかな笑顔で畠山は岡部にそうお願いした。

いかにも社交辞令という感じの営業口上であった。


「そうしてあげたいのは山々なんですけどね。まだ一勝もできてない有様でして」


「呂級の身で、あっさり止級の潮流に気づいた先生の事です。きっとすぐに重賞戦線で暴れられますよ」


 実に人の好さそうな表情で、畠山が岡部に微笑みかける。

それを見て岡部はぱんと柏手を打った。


「じゃあ、こうしましょうか。うちの竜が重賞で決勝に残る事ができたら騎手として契約しますよ」


「えっ? ほんまですか? 期待しますよ。それまで落ちへんように、しがみついて待ってますからね!」


 岡部が右手を出すと、畠山はその手を両手で握った。

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