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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第七章 難渋 ~伊級調教師編~
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第8話 謁見

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(伊級)

・岡部梨奈…岡部の妻、戸川家長女

・岡部菜奈…岡部家長女

・岡部幸綱…岡部家長男

・戸川直美…梨奈の母

・戸川為安…梨奈の父(故人)

・最上義景…紅花会の相談役、通称「禿鷲」

・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将

・最上義悦…紅花会の会長、義景の孫

・大崎…義悦の筆頭秘書

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和

・大宝寺…三宅島興産社長

・櫛橋美鈴…紅花会の調教師(呂級)。夫は中里実隆

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・杉尚重…紅花会の調教師(呂級)

・松井宗一…樹氷会の調教師(呂級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(伊級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・能島貞吉…岡部厩舎の主任厩務員

・新発田竜綱…岡部厩舎の調教助手

・垣屋、花房、阿蘇、大村、赤井、成松…岡部厩舎の厩務員

・真柄、富田、山崎…岡部厩舎の用心棒兼厩務員

・西郷崇員…岡部厩舎の厩務員

・坂井政則…紅花会の厩務員

・小平一香…岡部厩舎の女性厩務員、父は小平生産顧問

・香坂郁昌…大須賀(吉)の契約騎手

・栗林頼博…清流会の調教師(伊級)

・松下雅綱…栗林厩舎の契約騎手

 皇都の大宿で燕尾服を着せてもらい、岡部は御所の紫宸殿へと向かった。

 わざわざ大宿の前まで内務省の車が迎えに来てくれ、さらに警護官二名が付き切りという厳戒態勢だった。


 一般の観衆はおらず、報道数社が録画機材を持ち込んでいるだけ。

建礼門を通り、承明門を通り、南庭を抜けて紫宸殿に上がる。

その姿を報道は南庭で機材にて見守っている。

紫宸殿で岡部は一度振り返り、軽く会釈をしてから紫宸殿奥へと進んで行った。


 そこから先は一般人で入った人物はあまり多くは無い。

最上ですら立ち入った事は無いらしい。

本来なら南庭か紫宸殿に会場が作られるのだが、誠に光栄ながら、今回はさらに上の礼が取られた。


 紫宸殿奥の引き戸が開けられ、細い廊下を進み、右手の建物、小御所へと通される。

小御所には、背の高い机と、背もたれの高い椅子が二脚置かれていて、手前の椅子に座るように案内された。

周りを見渡すと、飾られている調度品に目を奪われる。

非常に古いながら、その古さが値打ちになっているようである。

侍従の一人が、あちらの壺は千二百年前の伊万里の傑作だと教えてくれた。

年代の桁がおかしいと岡部が笑うと、ここはそういう代物で一杯だと侍従は笑った。



 しばらく待つと陛下が来室してきた。

許可があるまで頭を下げ続けるように案内されたのだが、入室してすぐに陛下は頭を上げるよう案内してくれた。

つかつかと岡部に近づき、前回渡しそびれた勲章ですと言って勲章を手渡し握手を求めてきた。

最初、陛下はいつものように左手を差し出したのだが、侍従長から案内され右手に変えた。



 陛下と岡部の分、二杯分の珈琲とお茶菓子が運ばれてきた。

珈琲を飲むように岡部に促し、陛下も珈琲を飲む。

一つ一つの所作が伝統芸能のように美しい。


 深みのある熟れた果実のような良い香りが鼻をくすぐる。

一口飲むと深いコクと程よい酸味が口内を駆け巡る。

美味しいと呟くと、陛下は嬉しそうな顔を岡部に向けた。


「先日はこちらの不手際で大変ご迷惑をおかけしてもうて、申し訳ありませんでした」


 慈悲に満ちた落ち着いた声で、陛下は丁寧に謝罪した。


「いえいえ。勿体ない事です。悪いのは襲撃犯であり、陛下ではございませんから」


 それを聞くと満足そうに微笑んで陛下は珈琲を口にした。


 最近、小笠原郡で特産品開発が盛んになっており、この珈琲はその中の一つだと陛下が説明してくれた。

先日、三宅島の新しい特産だという鳳梨のお酒をいただいたが、あれも非常に美味しかったと嬉しそうに話してくれた。


 最近話題の三宅島の鳳梨酒、紅花会の事業の産物である。

わざわざこの席のために陛下が事前に調べてきてくれたのだと思うと、岡部はかなり感激し好感を抱いた。


 あの一件から、陛下は競竜に興味を持ち、よく中継を観ているのだそうだ。

竜券を買ってみたいと冗談を言って岡部の笑いを誘った。

ゴールの帝室では竜を所持して出走させているらしい。

先々代の頃は瑞穂の皇室でも、年に一頭、二頭献上されて、出走させていたらしい。

ただどうしても忖度が発生してしまい、公正競争の原則が崩れるという事で廃止になったのだとか。

さすがにそれを復活させる事は叶わないだろうが、競竜場へは足を運んでみたいという気持ちになった、そう述べた。


 どの級が面白いと感じるかと岡部はたずねてみた。


「最初は伊級でしたね。空を飛ぶ豪快さが見ていてなんとも楽しい。そやけども、最近は呂級も楽しいと思い始めました。あれだけの頭数の竜が一斉に走るいう光景はそれだけで目に楽しいです」


「夏には止級があります。海の中を竜が泳ぐのも格別ですよ」


「年に一度づつでも観にいけたらと思うてますよ」


 すると、陛下そろそろと、侍従長が会談の終了を促してきた。

楽しい時間は一瞬だと陛下は岡部に微笑んだ。


「陛下。私は海外の競争に出たいと思っています。もしそこで勝つ日が来ましたら、またお会いしとうございます」


「その日を心待ちにしています」


「本日はこのような場を設けていただき誠に光栄の極みでした」


 深々と岡部が頭を下げる。

 会釈をして陛下は退室していった。




「率直な意見が聞きたい」


 四月の定例会議で岡部はそう切り出した。

参加者は、成松、内田、服部、新発田、荒木、能島、垣屋、阿蘇。

だが、さすがに我先にと意見を言う者はいなかった。


 では今の方針に疑問を持つ者はと岡部は聞き方を変えた。

手を挙げたのは、服部、新発田、能島、垣屋の四名。

なんとなくやりたい事が見えてきて、自分はやれる気がすると成松は言った。

だが服部の意見は違った。


「仁級の駆動を変えるような根本的な飛法改善いうのはわかるんですが、申し訳ないけど今の感じやと成功する気があまりせえへんのです。そもそも、現時点で競争での制御が極めて困難なんですよ」


 競争で実際に騎乗した者の意見は重かった。


 やりたい事があるのはわかるが、全てをそれに合わせるべきでは無かったという言い方を垣屋と能島はした。

それは岡部も失敗だったと反省している。

比較対象が無くなってしまったのである。


「これまで付き合わしていただいてですね、こん大胆な考え方が大きな成果ば出し続けてきたちう事はわかります。ただ、残念ながら今回んはさすがにやりすぎな気がしますね」


 愛想笑いを浮かべながら内田は言った。

それに対し荒木は、あの怪我が無ければ、普段ならどこかで軌道修正できていたと指摘。

内田も服部も荒木の指摘に共感する。


 皆の意見をまとめると、まだ道半ばなのでなんとも言えないが、現時点では失敗に見えるという事になるだろう。

岡部もそれは仕方がないと感じている。そもそも岡部もそう感じているのだから。


 ただ問題は、もはや後戻りが効かないという事だった。


 初戦の『エンラ』の後、『スイコ』『サイメイ』と出走させてみたが結果は全く同じ。

 最後の直線手前までは他の竜と互角以上に競えるのだが、最後の飛行で全てが台無しになってしまっている。

まるで録画の再生を見ているかのようであった。


 『サイメイ』が惨敗した時点で『セイメン』と『ダンキ』の出走計画は中止した。

恐らくは『セイメン』と『ダンキ』も同様だと思われたからだ。


 会議室に少し諦めの空気が漂い始めた中、阿蘇が少し気になる事があると言い出した。

それは『セイメン』の事であった。

『セイメン』は、ただ一頭、入厩からここまで肉は付いたが、体形自体は、あまり変わっていない。

つまり最初からこの体形だったのだ。

という事は転厩前の厩舎でも同じような試みを『セイメン』に対して行っていたのではないかと阿蘇は推測しているらしい。


 『セイメン』の前の厩舎といえば武田信文厩舎である。

もしかしたら武田師も国際競争に勝てない理由をずっと探り続け、岡部と同じ結論にたどり着いたのかもしれない。

だが確証は無い。


 どうしたものか。

悩む岡部に、一度、松下さんに乗ってみてもらってはどうかと新発田から提案があった。

すでに栗林厩舎で勝ち星を挙げている松下であれば、何かしら乗ってみたら手ごたえのようなものがあるかもしれないと。


 新発田の提案に賛同する者が多く、松下に『セイメン』の能力戦三に騎乗してもらおうという事になった。

その間、他の四頭は引き続き飛方改善のみに専念させるという事にした。

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