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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第七章 難渋 ~伊級調教師編~
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第4話 終戦

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(伊級)

・岡部梨奈…岡部の妻、戸川家長女

・岡部菜奈…岡部家長女

・岡部幸綱…岡部家長男

・戸川直美…梨奈の母

・戸川為安…梨奈の父(故人)

・最上義景…紅花会の相談役、通称「禿鷲」

・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将

・最上義悦…紅花会の会長、義景の孫

・大崎…義悦の筆頭秘書

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和

・大宝寺…三宅島興産社長

・櫛橋美鈴…紅花会の調教師(呂級)。夫は中里実隆

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・杉尚重…紅花会の調教師(呂級)

・松井宗一…樹氷会の調教師(呂級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(伊級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・能島貞吉…岡部厩舎の主任厩務員

・新発田竜綱…岡部厩舎の調教助手

・垣屋、花房、阿蘇、大村、赤井、成松…岡部厩舎の厩務員

・真柄、富田、山崎…岡部厩舎の用心棒兼厩務員

・西郷崇員…岡部厩舎の厩務員

・坂井政則…紅花会の厩務員

・小平一香…岡部厩舎の女性厩務員、父は小平生産顧問

・香坂郁昌…大須賀(吉)の契約騎手

・栗林頼博…清流会の調教師(伊級)

・松下雅綱…栗林厩舎の契約騎手

 翌日、朝から車椅子に乗せられ、あちこちへ検査に回された。

放射線写真を見せながら担当医が怪我の状況を説明。

血液検査の結果では白血球の数値が思わしくないが、手術の後遺症で一時的なものだろうという事だった。

病気じゃなく怪我なので、まずは食事を取って体力を戻すところから始めましょうと担当医は説明した。


 病室に戻った岡部を最上夫妻が待っていた。

 看護師に起こしたままの状態にしてもらった。

心配そうに見守る最上夫妻に、ご心配をおかけしましたと言って微笑む。

最上もあげはも、本当に心配したんだと言って微笑んだ。


 岡部が生死を彷徨う横で、最上も心労で倒れてしまったらしく、最上の看病までするハメになったとあげはが愚痴った。

最上は聞こえないふりをして、あげはから顔を背け続ける。


「ところで、何があったのか覚えてはいるのかね?」


「ええ。叙勲式で御所に行って、そこで銃で撃たれたんですよね」


 うむと最上は頷いた。


「で、犯人はどうなったんですか?」


「死んだよ。刺殺を狙った奴も、狙撃をした奴も。逃げる途中で群衆にもみくちゃにされてな。だが仲間の一人が捕まった」


「やはり例の奴らなんですか?」


 岡部の質問に、最上は黙って少し遠い目をした。

さらに小さくため息を付いた。

その最上の態度で、恐らく面識のある人物と察しがついた。


 もう九年も前の話になるのだな、そんな回顧から最上の話は始まった。


「『サケセキラン』が幕府に輸送された際、『セキラン』を傷つけた工作員がいた。君と殴り合いをした奴らだ。覚えているかね?」


「赤い翼!」


 最上は頷いた。


 その後、岡部は傷害事件として被害届を出したのだが、警察内でもみ消され、男たちは釈放になってしまった。

前科も付かず。

面目を潰されたと感じた彼らは、あの一件から何年もこの機会を伺っていたらしい。

太宰府の宿舎周辺や、豊川の大宿周辺での目撃情報もあるらしい。

叙勲者に岡部の名を見つけると、かつての仲間を集め、入念に計画を練って当日を迎えたのだそうだ。


「警備していた警察は面目丸つぶれですね」


 そんな事よりもっと重大な事になっている、そう最上は真剣な眼差しで言った。


「陛下がなあ、酷く心を痛めておるそうだ。わざわざ叙勲式の前に時間を割いて、お気持ちを表明したんだよ」


 岡部は顔を引きつらせた。


「それって、子日たちは極めて厳しい状況になったのでは?」


「ああ。彼らはもう終わりだ。全国民に『朝敵』と認知されたのだからな」


 今回は『七・一三事件』事件の時のように旗色を変えて誤魔化すような事はできないだろう。

何せあの時と異なり、擁護する新聞協会が別れてしまっているのだから。


「御所で発砲沙汰起こされて、式典にケチ付けられて、よほど腹に据えかねたんでしょうね」


「木下や竹中といった政治家の名前も表沙汰になったよ。『朝敵の頭目』としてな」


「じゃあ、これからは魔女狩りが始まりますね」


 これまで瑞穂の国民の中には、どこかで全体主義や、社会主義、共産思想といった、極右、極左思想を容認する気風があった。

だがそれも今回の件で吹き飛んでしまった事だろう。

極右も極左も単なる犯罪者予備軍と、国民一人一人に認知されただろうから。

瑞穂の暴力革命は、これで完全に潰えた事になるだろう。


「君の、奴らとの長い闘いも、これで終わったのかもしれないな」


 そう言って最上は微笑んだ。

それに合わせてあげはも優しい顔をして微笑んだ。


「しかし、それにしてもよく戻ってこれたものね。あなたは当然知らないでしょうけど、あの後何度も何度も生死を彷徨ったのよ」


 眉をひそめてから、あげはが小さく笑った。


「義父さんに会って、梨奈ちゃんが熱を出してないか様子を見に行ってくれと言われまして」


 それを聞くと最上とあげはは顔を見合わせた。

戸川さんがねえと、あげはは何かを納得したようであった。


「よく、生前仲の良かった方は向こうに呼び止めようとすると聞きますけどね。戸川さんはそうではないのね」


 そう言ってあげはが微笑んだ。

 追い返されたと言って岡部も笑い出した。


「しかし何だな。戸川は未だに梨奈ちゃんが心配でならないんだなあ」


 呆れ果てたという顔をした後、最上は豪快に笑い出した。



 そこから一週間ほどで、自分の意志で自由に病院内を歩き回れるくらいに体力が回復した。

ただし左肩はずっと固定されたまま。


 岡部の体調が最上から各所に伝えられているようで、毎日、誰かしら病室に訪れるようになった。

最初に義悦が訪れ、荒木、服部、成松が訪れ、そこから、松井一家、武田一家、大久保と松本、武田会長、織田会長と、競竜関係者が続々と見舞いに訪れた。

それにともない徐々に多くの情報が集まってくる事となった。


 岡部厩舎は岡部が不在な事で出走登録の許可が下りないらしい。

調教計画については、事前に二か月分練っていた為、滞りなく行えている。

成松と内田で少しづつ修正し、どの竜もかなり鍛えられてきている。

ただ最近、服部も新発田も口を揃えて乗りづらくなってきていると言っているらしい。

どういう事かたずねても、当の本人たちが伊級の経験が少なすぎてわからないらしく、成松たちも理解できないのだそうだ。



「ついにこんな事態にまでなってしまうとはなあ」


 痛ましい岡部の姿を見て、武田善信が悲痛な表情で言った。


「眠っている間、武田先生にお会いする夢を見ましたよ。一緒に砂利道の山を登っていったんです」


 それを聞くと武田善信が明らかに表情を強張らせた。


「そうか……本当に君の事を気に入っていたんだなあ……」


「二人で楽しく競竜の話で盛り上がりながら一緒に歩いて行ったんですよ」


 楽しそうに話す岡部とは裏腹に、武田善信の表情は強張ったままだった。


「……先生は亡くなったんだよ」


「えっ? いつの事ですか?」


「君が凶弾を受けた、その四日後だ。報道にはまだ日時は公表していないが、今、会葬の準備をしているところなんだ」


 武田善信の話によると、武田信文は、岡部が撃たれたのを中継で見てかなり衝撃を受けたらしい。

そこから朝夕と新聞を買いあさり、関連記事を読み漁っていた。

岡部が再度心停止になったという情報が報道によって流されると、椅子から立ち上がり倒れてしまった。

すぐに奥さんが救急車を呼び集中治療室へ運ばれたのだが、そのまま息を引き取ってしまったのだそうだ。


「そうですか……先生、昨年の止級で、奴らの襲撃を病床で警告してくれたんですよね」


「実を言うと、私も八級の誹謗事件の頃から、関連協会を挙げて君を守らなければならないと、何度も何度も先生から忠告されていたんだよ」


「そうだったんですね。恩返しもできず、約束も守れず、申し訳なく思いますね」


 岡部は瞼を閉じ、唇を噛んで悲痛な表情を浮かべた。


「いったいどんな約束をしていたんだね?」


「生きてるうちに、海外の国際競争に行くと」


「それは早世した先生が悪いよ。もうちょっとだけ頑張れれば普通に見れただろうに」


 田辺の墓の場所を教えておくから、気が向いたら墓参りにでも行ってやってくれと武田会長は微笑んだ。

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