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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第六章 出藍 ~呂級調教師編(後編)~
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第55話 入厩

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(伊級)

・岡部梨奈…岡部の妻、戸川家長女

・岡部菜奈…岡部家長女

・岡部幸綱…岡部家長男

・戸川直美…梨奈の母

・戸川為安…梨奈の父(故人)

・最上義景…紅花会の相談役、通称「禿鷲」

・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将

・最上義悦…紅花会の会長、義景の孫

・大崎…義悦の筆頭秘書

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和

・大宝寺…三宅島興産社長

・櫛橋美鈴…紅花会の調教師(呂級)。夫は中里実隆

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・杉尚重…紅花会の調教師(呂級)

・松井宗一…紅花会の調教師(呂級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(伊級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・新発田竜綱…岡部厩舎の調教助手

・垣屋、花房、阿蘇、大村、赤井、成松…岡部厩舎の厩務員

・真柄、富田、山崎…岡部厩舎の用心棒兼厩務員

・西郷崇員…岡部厩舎の厩務員

・坂井政則…岡部厩舎の厩務員

・小平一香…岡部厩舎の女性厩務員、父は北国牧場の小平生産顧問

・香坂郁昌…大須賀(吉)の契約騎手

・栗林頼博…清流会の調教師(伊級)

・松下雅綱…栗林厩舎の契約騎手

 順調に厩務員たちの研修が進んでいる。

武田厩舎、近藤厩舎と合同で行っているので人数は思った以上に多い。

そこに新規採用された者も参加し、新年早々、会場である事務棟の大会議室は大賑わいである。


 研修はこれまでの職歴によって内容と期間が異なっている。

呂級から付いてきた阿蘇たちは、午前の座学と午後の実習を三日間受けて終わり。

新発田と服部は伊級の騎乗練習のみ。

成松たちと岡部は調教資格を得るために、一週間、午後から騎乗研修。

一番研修の内容が多いのは真柄たち酒田組で、座学だけでも一週間みっちりと行われた。

これまで竜に触れてきていない真柄たちが一番辛そうであった。

すでに調教師免許を取得している能島と内田は初日の講習のみ。

他の者が研修している間、岡部の代わりに事務作業を手伝ってもらっている。



 緩衝着を着て、防護帽を被り、防護眼鏡をして、岡部は調教場に集まった厩務員に混ざっていた。

今回調教資格を取ろうという厩務員たちは岡部、武田、近藤の厩舎の人だけでは無い。

良い機会だからと大津の全厩舎から希望者が訪れている。

そのため、そういった者たちは岡部を新規採用の厩務員だと思っているらしい。

成松や武田厩舎の逸見たちとわいわい話しているので、余計に違和感が無かった。


 だが研修担当は岡部を見てぎょっとした。


「えっ? 岡部先生どないしたんですか、そないな恰好して」


「僕も調教資格取るんですよ。聞いてません?」


 手元の資料をパラパラ見て、担当者は「うわっ、ほんまや」と呟いた。


「あの、先生。くれぐれも、怪我だけはせんように注意してくださいね」


「こう見えて、呂級まで全部調教資格取ってきたんですよ。止級の調教資格だってあるんですから」


「伊級は速度が段違いですから、く・れ・ぐ・れ・も、気ぃ付けてくださいよ」


 この世界に来てから、ずっと乗りたかった伊級の竜が目の前にいる。

鞍の位置は八級よりやや低いくらいで、全身羽毛で覆われている。

顔はかなり小さく嘴は大きい。

尾羽は短いが幅広である。

一見すると超巨大なはやぶさに見える。

隼との違いと言えば、嘴の付け根に嘴からはみ出た竜牙という大きな牙がある事。

さらに後頭部には尖った小さな角が二本生えている。

毛色は白、黄、黄緑、緑、水、青、紫の七種。

個体によっては黒縞がある。



 伊級は現在では『翼竜』とも呼ばれているのだが、空を飛ぶという性質上、世界各地で目撃され続けてきた。

元々は中央大陸内陸部や瓢箪大陸の中部などに生息していた。

古くには、瑞穂で目撃された際には『大鳳(おおとり)』という名で呼ばれていたらしい。

国によって吉兆とされたり、凶兆とされたりしているが、瑞穂では巨大な落とし物によって家屋が壊されたり、清流が汚される事があり、どちらかといえば凶兆だったそうだ。



 事前に騎乗の姿勢、竜の制御の仕方を細かく指導された。

最後に何からしら危険を感じたら、必ず自分から湖に飛び込むようにと注意された。

では誰から行くかと担当者が声をかける。

そうは言っても毎回尻込みして誰も手は挙げない。

ところが今回は張り切って手を挙げている人がいた。

嬉しそうな顔で竜に乗り込もうとしている。


「ちょ! ちょっと待った! 岡部先生! 先生は一番手は絶対にあきせん! 何かあったら後で俺が何言われるかわからへんですよ!」


 やる気満々の岡部だったのだが、全力で担当者に止められてしまった。

結局、一番手は逸見が行き、岡部は大きく順番を下げられて真ん中くらいだった。


 鞍の形状はほぼ呂級と同じ。

手綱を引いて顔を上げさせ、鐙を蹴ると竜は二歩助走をつけ大空へと羽ばたいた。

上昇するときは翼をばたつかせるため、体が上下し実に乗り心地が悪い。

ただ、上昇しきってしまえば空を滑っているような奇妙な感覚に襲われ、非常に気持ちが良い。

手綱を引き鐙を蹴ると、竜は翼を大きく広げて滑るように飛ぶ『滑翔(かっしょう)』という体制に入る。

手綱を緩め鐙を蹴ると、竜は翼を小さく畳んで高速で落下するように飛ぶ『滑空(かっくう)』という体制に入る。

驚異的な体感速度だった。

一瞬で水面が近づいて来る。

再度手綱を引き鐙を蹴ると、翼を大きくバサッと広げ、また上昇を開始。

ここまでの動作を何度か繰り返して調教場を一周。

最後に手綱を緩めて緩く滑空させ、地面近くで手綱を引くと、大きく翼を開き減速した後、翼をばたつかせ、ふわりと体を上昇させて地面にそっと着地した。



 岡部の実習は午後からなので、午前中は毎日調教を観察しに行っている。

毎朝、武田厩舎に寄って二人で観察台へと向かう。

調教方針は実に単調で、ただただ上昇と滑空を繰り返しているだけ。


 初日、たまたま秋山が先に来ていて、鞍の重さを変えて調教の強さを変えていると教えてくれた。

岡部の目から見て、他に影響があるとすれば風の強さくらいであろうか。

秋山の話によると印象としては仁級に近いらしい。

八級や呂級、止級のように勝負する筋肉を強化していくより、均衡を取って全体を最大値に近づけていく感覚だと。



 初日の調教の観察を終えると、岡部は購買で骨格標本を購入。

昼食に梨奈の作った弁当を食べながら骨格標本を動かす。

それを見た能島は、だいぶ気色悪い光景だと大笑いした。


「よく、骨格標本なんか見ながら飯が食えますねえ」


「焼き魚の骨みたいなもんじゃないですか」


 焼き魚だって身を食べたら骨が残る。

だけどそれを見て気色悪いという人はいないと岡部は反論。


「いやあ、先生にとってはそうなのかもしれないけど、一般の人は、なまら抵抗があると思いますよ」


「揚げ鳥の骨と何が違うんだろう?」


 全然違うと能島は笑った。



 伊級も距離別に、短距離、中距離、長距離と分かれている。

国際競争はほとんどが中距離で行われれている。

短距離もそれなりに人気はあるが、長距離は不人気傾向である。

骨格を見る限りではあるが、距離の向き不向きは恐らく翼の広さが影響しているのだろう。

とすれば呂級同様、適正は胴体部の長さである程度判断が効く。

肝心の速さは、胸の筋力と翼の長さが大きく影響すると思われる。

それについては胴の厚みで判断できそうである。

つまりは幼駒の頃から胴体に厚みのある仔、特に胸部に厚みのある仔が期待できる仔という事になるだろう。



 一週間後、岡部厩舎に五頭の竜が入厩してきた。

最初に入厩してきたのは『サケダンキ』という黄羽根の十歳の牡竜だった。


 伊級の竜は当歳(=一歳未満)のうちから飛ぶ事ができるのだが、人を乗せて飛べるようになるのは平均して六歳になってからである。

六歳で新竜、七歳で世代戦、八歳以降が古竜という事になる。


 『ダンキ』を見た厩務員たちは、これがうちの竜なのかとみんなで取り囲んだ。

注目を浴びて『ダンキ』もまんざらでもないようで、何度もクェェと鳴いてみせている。

その都度、厩務員たちは、今のは喜んでるんだろうか、怒っているんだろうかと言い合った。

ただ、『ダンキ』の方は途中ですっかり飽きてしまい、止まり木につかまったまま欠伸をしていた。


 最初の給餌を誰がやるかで非常に揉めた。

皆が自分が最初と譲らなかったのだ。

結局、厩舎の雰囲気に慣れてもらうために最初は女性が良いのではと岡部が言ったことで、小平が行う事になった。

伊級の竜の食性は雑食。

豆、雑穀、果実、小型生物の肉などを好む傾向にある。

何を一番好むか見るために、最初は餌箱内を綺麗に区画別けして餌を配置してみた。

どうやら『ダンキ』には食の好みは特に無いらしく、全てを雑についばんでいた。



 伊級の竜は高額の賞金を稼ぐ。

そのため、一頭一頭の取引額が極めて高額である。

南国牧場で生産しているが、やっと初年度の仔が今年新竜で入厩予定というような状況。

 今回五頭が入厩するが、全て年末の生産監査会主催の競りでこつこつと購入してきたものだった。


 翌日、さらに三頭の竜が入厩した。

うち二頭は牝竜で黄羽根の八歳の『スイコ』、黄緑羽根の九歳の『サイメイ』。

牡竜が水羽根の七歳の『エンラ』。

さらにその翌日に、五頭目となる青羽根の十歳の『セイメン』が入厩してきた。


 『セイメン』を見た岡部は胴の厚さに目を見張った。

呂級で言う足の長い竜というところだろう。

触って確認すると、翼を支える上腕骨の節がかなり太い。

十歳という竜齢を考えると、他の調教師が期待薄として流した竜という事になるのだろう。

伊級まで来ると、さすがに相竜眼が無くて手放されるという可能性は極めて低い。

おそらくは何かあるのだろう。

だが岡部はこの竜に期待しないではいられないのだった。

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