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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第六章 出藍 ~呂級調教師編(後編)~
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第53話 大津

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(伊級)

・岡部梨奈…岡部の妻、戸川家長女

・岡部菜奈…岡部家長女

・岡部幸綱…岡部家長男

・戸川直美…梨奈の母

・戸川為安…梨奈の父(故人)

・最上義景…紅花会の相談役、通称「禿鷲」

・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将

・最上義悦…紅花会の会長、義景の孫

・大崎…義悦の筆頭秘書

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和

・大宝寺…三宅島興産社長

・櫛橋美鈴…紅花会の調教師(呂級)。夫は中里実隆

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・杉尚重…紅花会の調教師(呂級)

・松井宗一…紅花会の調教師(呂級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(伊級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・新発田竜綱…岡部厩舎の調教助手

・垣屋、花房、阿蘇、大村、赤井、成松…岡部厩舎の厩務員

・真柄、富田、山崎…岡部厩舎の用心棒兼厩務員

・西郷崇員…岡部厩舎の厩務員

・坂井政則…岡部厩舎の厩務員

・小平一香…岡部厩舎の女性厩務員、父は北国牧場の小平生産顧問

・香坂郁昌…大須賀(吉)の契約騎手

・栗林頼博…清流会の調教師(伊級)

・松下雅綱…栗林厩舎の契約騎手

 西国東端の近江郡の郡府である大津は、琵琶湖の南西に位置する都市である。

かなり古くから栄えていて、古さでは皇都、西府、明日香と並ぶ。

ごく短い時期だが、皇都で疫病が大流行した時には遷都された事もある。

さらには皇族が独立し内乱になった際に都にされた事もある。

それは、琵琶湖の水運による通行税などで非常に潤っていたからに他ならない。


 古くから琵琶湖にはたくさんの小舟が行き交っていた。

東山道や北陸道も一部は琵琶湖を利用している。

川と違い、あまり流れの無い琵琶湖は船での移動が非常にしやすく、徒歩よりも断然楽である。

それでいて竜を使って運ぶのと大差ない速さで物が運べる。

街道の西の分岐点にして皇都の玄関口が大津という湊町である。


 そんな大津だが、皇都との間は比叡山と牛尾山という山で隔てられている。

山岳信仰と仏教が結びつき、いつからか比叡山は、延暦寺という広大な敷地を持つ仏教の聖地になっていった。

仏間の灯篭には毎日灯油が足され、千年以上絶えず明かりを保ち続けてきている。

ここの寺で学んだ僧たちは各地で寺を開き、様々な教えを広めていった。


 だが徐々に延暦寺の僧たちは堕落していき、門前町だった大津に勝手に関所を設け、通行税を取るようになった。

大水運都市の大津と、大消費都市の皇都の間は、非常に、人、物の行き来が頻繁だったため、関所は莫大な富を寺にもたらした。

当然そうした行動によって何度も時の権力者と対立する事になった。

時には焼き討ちに会い、時には逆に権力者に攻めかかったりもした。

こうした歴史の中で寺社と統治者は妥協点を探っていった。


 初期の仏教は、俗世との関わりを捨て国家の安泰を願う場であった。

だが徐々に仏教の教義が生活に浸透していくと、市民に慈悲と安寧を与える存在となっていった。

寺は戒律により竜の使役を禁じられているが、市民はそうではないため、僧の代わりに市民が竜を使役してくれた。

いつからか、竜の保護と市民の心の安寧のためという理由で、延暦寺は年に数回、竜を競わせる催しを開くようになった。

当時は伊級も呂級も皇都周辺にはおらず、止級の競争である。


 時代が下ると、竜を競わせていた会場は通年で競争をするようになり、竜券を売るようになっていった。

賭博は戒律に触れるとして、比叡山は運営からは完全に手を引く事になった。

競竜の施設は市が経営することになり、公営の賭博場となった。

瑞穂最古の競竜場『大津競竜場』の誕生である。


 その後、大津競竜場は止級を止めて伊級に切り替えた。

同じ頃、東国でも霞ケ浦北西の町、常府(じょうふ)でも伊級の競竜場が運営されていた。

ある日、この二場の場長が会談する事になった。

その際、お互い競いあって重賞を開催していったら面白いのではないかという話になった。

その時に作った協会が現在の瑞穂競竜協会の前身である。


 現在では大津も常府もすっかり競竜の町となっている。

大津にいたっては市役所が競竜場に隣接してしまってる。


 大津駅は競竜場から離れているものの在来線で一駅の場所である。

大津競竜場前駅で降りると、目の前に大きくて真っ白な建物、大津競竜場が横たわっている。



 岡部はまず、厩舎棟に隣接した事務棟へと足を運んだ。

大津の事務長は藤堂(とうどう)という人物で、少し小太りのおじさんである。

受付は進藤(しんどう)真理(まり)という女性で、はっきり言って美人。

ただ、その端麗な容姿からは想像もつかないほど声が低い。


 岡部が開業の挨拶を交すと進藤は右に髪をかき上げ、事務手続きをお願いしますと言って別室を案内した。

珈琲を二杯用意して着席し説明を始める。


 伊級と呂級以下には実は大きな違いがある。

 呂級までは竜房が十部屋、管理する竜も十頭と決まっていた。

だが伊級は竜房は七部屋しかない。

その代わり管理する竜は十五頭まで許可されている。

つまりは、必要の都度、帰厩と放牧を繰り返せという事なのだそうだ。

呂級までと比べ伊級の竜には翼があり、より広い竜房が必要なのである。

一月、七月、八月は、重賞競走は無い。

ただし呂級のように全休というわけではなく、能力戦は行われている。


 そこまでを説明すると最後に関係書類と厩舎棟の配置図、厩舎の鍵を渡された。

岡部を見て進藤がにこりと微笑む。


「岡部先生、大津競竜場へようこそ」



 厩舎棟をじっくりと観察しながら、岡部は自分の厩舎へと向かった。

中央通路を右に入った南棟へ入ると、厩舎が連なるように建てられている。

竜房は非常に背が高く、とにかく大きい。

呂級以下は長方形の竜房だったのだが、伊級は正方形に近い形をしている。

事務室もそれに合わせるように大きくて立派である。

岡部厩舎は南棟のちょうどど真ん中に位置していた。


 事務室の鍵を開け中に入ると、すぐに窓を全て開け、空気の入れ替えを行った。


「ここが、義父さんがついに来る事が叶わなかった伊級の厩舎なのか……」



 まずは桶に水を張り軽く拭き掃除。

掃除が終わると執務机の後ろに『紅地に黄の一輪花』の紅花会の会旗を貼った。

戸川厩舎時代に撮った写真と、久留米時代に撮った写真の入った写真立てを鞄から取り出し執務机に置く。

書類の位置の確認をし、電脳を設置し、給茶の用意をする。

最後に正月に近江神宮で貰ってきた御札を神棚に収め拍手を打った。


 事務室を出て竜房へと向かう。

中は実に独特なつくりになっている。

左右に二部屋、正面に三部屋という間仕切りになっており、各部屋には止まり木が付いている。

伊級の竜は基本的に鳥と同じ生態であり、木につかまって生活する。

寝るときも木につかまって寝る。

食事も木につかまりながらなので、その高さに水桶と飼葉桶を置く場所がある。

ともすると竜房から飛び立ってしまうため、普段は足に枷を付けて、鎖によって止まり木から大きく飛び回れないようにしている。


 事務室に戻った岡部は、執務机に座り机に肘を付き手を組んだ。


 ついにここまで来た。

 この上には、もう世界しかない。


「世界かあ……あんまり実感沸かないな」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です。  ついに来ましたね、大津。  竜房の設定が一気に異世界公営競技めいて来て、レースの詳細とかも楽しみです。  竜房内にも二階・三階にあたる高さの作業足場がありそうですね。…
感想一覧
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