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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第六章 出藍 ~呂級調教師編(後編)~
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第52話 新年

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(伊級)

・岡部梨奈…岡部の妻、戸川家長女

・岡部菜奈…岡部家長女

・岡部幸綱…岡部家長男

・戸川直美…梨奈の母

・戸川為安…梨奈の父(故人)

・最上義景…紅花会の相談役、通称「禿鷲」

・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将

・最上義悦…紅花会の会長、義景の孫

・大崎…義悦の筆頭秘書

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和

・大宝寺…三宅島興産社長

・櫛橋美鈴…紅花会の調教師(呂級)。夫は中里実隆

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・杉尚重…紅花会の調教師(呂級)

・松井宗一…紅花会の調教師(呂級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(伊級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・新発田竜綱…岡部厩舎の調教助手

・垣屋、花房、阿蘇、大村、赤井、成松…岡部厩舎の厩務員

・真柄、富田、山崎…岡部厩舎の用心棒兼厩務員

・西郷崇員…岡部厩舎の厩務員

・坂井政則…岡部厩舎の厩務員

・小平一香…岡部厩舎の女性厩務員、父は北国牧場の小平生産顧問

・香坂郁昌…大須賀(吉)の契約騎手

・栗林頼博…清流会の調教師(伊級)

・松下雅綱…栗林厩舎の契約騎手

 大津の新居に最上夫妻が来ている。

いつもは新年に挨拶に来るのだが、今年から岡部宅で年越しする事にしたらしい。


 皇都の大宿は皇都駅に隣接しており、駅の南口に職員寮がある。

現在最上はその職員寮の大家をしている。

妻のあげはは大女将として皇都の大宿の支配人室の横に執務室を貰い、各宿から経営相談を受けている。

大津の新居に来た最上夫妻は、ここなら伏見と近さは変わらんと笑っている。


 結局初宮詣は伏見稲荷で済ませちゃったねと、幸綱を抱きながらあげはが笑った。

普通は初宮詣は近場で済ますもんだと、最上がお猪口を傾けながら言った。

そんな事くらいあげはもわかってはいる。

一緒にどこかに旅行に行きたいという意味で言ったのだが、どうやら最上には伝わらなかったらしい。


「どうなの? そろそろ宮津へは行けそうなの?」


「そうですね。年初は何かとばたばたして忙しいでしょうが、暖かくなったくらいなら大丈夫なんじゃないでしょうか」


 それくらいになれば調教方針も定まり、ある程度落ち着くんじゃないかと岡部はみている。


「そういえば愛子というか、多賀城に行ったのでしょ? 松島は見に行ったの?」


「いえ、行ってないですね。色々とあって、それどころでは無かったですからねえ」


 それはもったいないと言ってあげはは笑った。

すると岡部が梨奈をちらりと見て笑顔を引きつらせた。

それをあげはは見逃さなかった。

どうやら、多賀城の件で何やら夫婦で揉めたらしいと察した。


 実は最上も忘年会の時の岡部の演説で初めてその事を知った。

義悦からあらましだけは聞いたが、それ以上は聞かない方が良さそうだと感じている。


「幸君がもう少し大きくなったら色々と遠出ができるようになるからな。その時に松島に行くのも良いかもしれんな」


「酒田から特急が出てるみたいですからね。酒田に行ったついでに行くのも良いかもですね」


 それなら江の島の弁天様も見にいかないととあげはが微笑んだ。


「そうだな。まずは近いそちらの方からだな」


 膝上の奈菜に旅行に行こうだってと梨奈が言うと、旅行行きたいと奈菜も嬉しそうにはしゃいだ。


「今年行く天橋立も蒲鉾の美味しいところだぞ」


 そう言って最上が微笑みかけると。奈菜は梨奈の顔を見て、蒲鉾あるってと大はしゃぎした。



 お猪口をことりと机に置くと、いよいよ世界を視野に入れなければいけなくなったと、最上は真剣な顔で言った。


 伊級には二つの国際競争がある。

六月の『竜王賞』と十二月の『八田記念』。

現在、どちらも外国勢に押し込まれていて、瑞穂の竜は全く歯が立っていない。

ただただ賞金を外国勢に献上しているだけの状態である。

その一方で、毎年のように有力竜を送り込んでくる調教師もいる。

ブリタニスのドレーク師やオースティン一族、ゴールのルフェーヴル卿やベルナドット一族、ペヨーテのラムビー師がその代表である。

さらには、先日岡部が会ったパルサのスィナン師や、デカンのブッカ師といった調教師も毎年決勝に残ってくる。

それら有力な調教師は、今年も間違い無く有力竜を送り込んでくるだろう。


「どうした? 小難しい顔をして?」


「……すみません。カタカナが多くて情報整理が……」


「高齢の私でもわかるカタカナだぞ! 良い若いもんが情けない!」


 綱一郎さんは座学苦手だものねと言って梨奈と直美がクスクスと笑った。

そんな二人を見て、岡部は不服そうな顔をし、お猪口をあおった。

そもそも元の世界ではカタカナが溢れていたのに。

十年もこの世界にいて、すっかり苦手になってしまったらしい。


「そんなに瑞穂の竜は弱いんですか?」


「残念ながらな。正直、何が原因かすらわからん有様なのだ」


 岡部はおもむろに『八田記念』の決勝の日の新聞を取り出した。

全八頭中、瑞穂の竜は六位と八位、確かに惨敗と言って良い状況だった。

一着から三着はブリタニス、ゴール、ペヨーテの竜で独占。

明らかに差があると言って良い。


 さらにいくつか気になる点がある。

まず血統からして全然違う。

海外の竜は、その多くが『セプテントリオン』という血統の竜となっている。

パルサとデカンの竜も同じだった。

瑞穂の竜は二頭とも『ル・スヴラン』という血統になっている。

さらに瑞穂の竜は体重が軽い。

実際に竜を見てみない事には何とも言えないが、体重が軽いという事は筋量が少ないという事になると思う。


「何かわかる事があるかね? 新聞を見てみて」


「気になるところはいくつもあります。ただ、実際に竜を見てみない事には」


「気になる部分があるという事は、それが敗因の一端かもしれんという事だな」


 お猪口をちびりと舐めながら新聞を覗き込み、岡部は唸り声をあげた。


「どうなんでしょうねえ。色々と試していきたいとは思いますけども」


「まあ、初年度は下には落ちないのだから、じっくりやれば良いさ」


 最上がお銚子を傾け、岡部のお猪口に米酒を注いだ。


 かなり前から、針金のように細い梨奈の膝を枕に奈菜はぐっすり寝ており、毛布が掛けられている。

机の上のお銚子も、かなりが空となり横倒しになっている。

岡部は、まだお猪口を舐めながら、じっくり新聞を読み、色々と考えこんでいる。

そんな岡部を、梨奈はぽっとした目で見つめて微笑んでいる。

そうこうしていると年が明けた。



 皆で新年の挨拶を交わすと、岡部は奈菜を起こした。

幸綱を連れに梨奈も寝室へと向かった。


 奈菜は、いまだに寝相も寝起きもすこぶる悪い。

ここまで寝ながら何度もあげはの足を蹴っており、その都度あげはに足を叩かれている。


「奈菜。明けましておめでとうだよ」


「……とうさん、なな、もうたべられへんよ」


 奈菜の寝言のような発言に、思わず岡部は噴き出してしまった。

最上とあげはも初笑いしている。


「ほら、奈菜、起きて! 初詣に行こうよ!」


「ううん……ねむいねん」


「じゃあ父さんたち行ってくるから、大人しく寝て待っててね。じゃあね」


 『じゃあね』という言葉だけはっきりと聞こえたようで、奈菜はぱっちり目を開け岡部に抱き着いた。


「いやや! いやや! ななもつれてって!」


「わかったわかった。じゃあ暖かい恰好しておいで」


 わかったと言って、奈菜は外套と毛糸の帽子と手袋を取り行った。



 直美の運転で西へ車を走らせた。

近江神宮付近の駐車場へ車を停め、そこからは歩いて境内へと向かう。

岡部が幸綱を抱っこしている為、奈菜はあげはと手をつないでいる。


 朱塗りの立派な本殿には、多くの参拝者で長い列ができている。

外に並んだ出店を見て、飴があるやら、綿菓子があるやらと奈菜は大はしゃぎしている。

すると、さっき食べれないって言ってただろと最上が指摘して笑った。

だが奈菜は何の事かよくわからず首を傾げる。

そんな奈菜を見てあげはがくすくすと笑い出した。


 二十分ほど並ぶと岡部たちの番になった。

一時的に幸綱を最上に預け岡部は参拝をした。

再度幸綱を抱っこすると、周辺の若者が奇声を発し、幸綱が泣き出してしまった。

いつもなら顔を見せて少し揺すってあげればすぐに泣き止むのだが、どういうわけかちっとも泣き止まない。


「もしかして僕が酒臭かったんですかね。最後まで呑んでたから」


「ううむ、私もだいぶ吞んだからなあ」


そんな岡部と最上に呆れ果て、直美が幸綱をあやした。

だが、それでも幸綱は全く泣き止まない。


 泣いた幸綱を抱きかかえながら車に戻り、梨奈が社内で汚れたおしめを変えた。

さっき大声出した人にびっくりしちゃったのねと言って、ゆっくりとあやす。

幸綱は徐々に泣き止み、目を閉じて静かに眠り始めた。

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