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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第六章 出藍 ~呂級調教師編(後編)~
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第51話 豊川

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(呂級)

・岡部梨奈…岡部の妻、戸川家長女

・岡部菜奈…岡部家長女

・岡部幸綱…岡部家長男

・戸川直美…梨奈の母

・戸川為安…梨奈の父(故人)

・最上義景…紅花会の相談役、通称「禿鷲」

・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将

・最上義悦…紅花会の会長、義景の孫

・大崎…義悦の筆頭秘書

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和

・大宝寺…三宅島興産社長

・櫛橋美鈴…紅花会の調教師(八級)。夫は中里実隆

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・杉尚重…紅花会の調教師(呂級)

・松井宗一…紅花会の調教師(呂級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(呂級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・石野経吾…岡部厩舎の契約騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・牧光長…岡部厩舎の調教師見習い

・新発田竜綱…岡部厩舎の調教助手

・垣屋、花房、阿蘇、大村、赤井、成松…岡部厩舎の厩務員

・西郷崇員…岡部厩舎の厩務員

・坂井政則…岡部厩舎の厩務員

・十河留里…岡部厩舎の女性厩務員

・荻野ほのか…岡部厩舎の女性厩務員

・小平一香…岡部厩舎の女性厩務員、父は北国牧場の小平生産顧問

・跡部資太郎…白詰会の調教師(呂級)

・香坂郁昌…大須賀(吉)の契約騎手

・栗林頼博…清流会の調教師(伊級)

・松下雅綱…栗林厩舎の契約騎手

 幕府の式典の三日後に岡部は豊川へと向かった。


 紅花会本社の小野寺部長から、伊級調教師は三人まで随行を許可していると事前に連絡があった。

今回の随員は、服部、牧、小平の三名。


 また今回、松井には最後の挨拶として出席してもらうという事も連絡を受けている。

忘年会とは別に系列会派の懇親会ができればと小野寺には進言しており、そこに関してはまだ調整中らしい。呂級以上の調教師だけでもと言っているのだが、なかなか実現は難しいらしい。



 豊川の駅に着くと、すでに服部たちが岡部を待っていた。

その隣には本社競竜部管理課呂級係の戸蒔(とまき)係長がいた。

お久ぶりですねと戸蒔は手短に挨拶し、三人の男性を紹介した。

三人とも男性で、かなりがっちりした体格である。

背の高い真柄(まがら)、目つきの鋭い富田(とだ)、端正な顔つきの山崎(やまざき)

三人とも格闘技に心得があり、真柄は柔道、富田は合気道、山崎は空手を幼少期から習ってきたという。


「先生、この三人をお使いいただけませんか?」


「ああ、以前会長の言っていた例の用心棒ですか」


「そう考えられると何かと堅苦しいでしょ。普通に厩務員の補充とお考えいただければ」


 真柄から一人一人観察していく。

さすがに皆格闘技をやっていただけあり、骨太の体形である。


「体力には問題ないでしょうが、なかなか興味が無いと続きませんよ、この仕事」


「その点は問題ないと思いますよ。なにせ彼らはここ数年で、すっかり競竜に魅入られてましてね」


 戸蒔がそこまで言ったところで、真柄が拳を握りしめて良い笑顔を作って目を輝かせた。だが戸蒔の言葉はまだ続く。


「……毎回、大画面の前の席で酒盛りしているやつらですから」


 それはそれでと岡部は苦笑いした。


 大宿へ向かう途中、伊級の係長は誰になるのかと戸蒔にたずねた。

先生のおかげで全員一つ上の係長になりましたと、戸蒔は思い切り口角を上げて岡部の背中を叩いた。


「じゃあ仁級の方が新任と……仁級の調教師が最も色々と不安で、会派頼みなんですけどね……」


「それは確かにそうなんですけどね。ですが、六郷課長が目を光らせてるので、あんな事は起こらないと思いますよ」


「まあ、今なら起きたら、すぐに電子郵便で報告がくるでしょうしね」



 受付は今年も若女将のあやめだった。

あやめはすっかり和装が板についており、髪の結い方も完璧である。


「先生、ついに伊級ですね! こんなに早く伊級に昇りつめるだなんて!」


 そう言って、ごく自然に岡部の手を取った。


「後でお酌に行きますから、色々、重賞の話聞かせてくださいね!」


 じっと見つめられて照れる岡部を、あやめは悪戯っぽくくすくす笑う。

思わず岡部は後方を確認してしまったのだが、どうやらまだ櫛橋は来ていないらしい。

ところが、あらぬ方向から声がかかった。


「お姉さんと違って、ずいぶんと擦れ枯らしな人ですね」


 まさかの小平が皮肉を言ったのだった。


「ちょっと! あんな町内会の姫みたいな人と比べないでもらえます?」


 あやめが額に青筋を走らせ、牧と服部もぎょっとした顔で小平を見る。


「あなたの姉さんは慎み深かい素敵な方でしたよ?」


「私だって慎み深いですけど!」


「どうだろ?」


 あやめと小平とにらみ合いを始めてしまった。

そんな小平を牧と服部が強引に会場に連れて行こうとする。


 すると、そこにさらに状況をややこしくする人が現れた。


「ちょっと! 後ろ、受付並んでるんやけど、何で、さっきから列進まへんのよ!」


 怒鳴り声をあげた櫛橋を睨み、明らかに気分を害したという態度で、あやめは受付を続けた。

その間に岡部はこっそり逃げようとしたのだが、まさか逃げられると思ってないだろうなと櫛橋に釘を刺されてしまった。


「えっらい機嫌の悪そうな顔してるけども、そんなんで女将が勤まるん?」


 今一番言われたくない事を言われ、あやめの顔が真っ赤に染まる。

さらに横では犬童が岡部の手を取って、美鈴先生が連れてきてくれたんですよと、愛想を振りまいている。

そんな犬童の手をあやめがぴしゃりと払った。

何すんのよと犬童があやめに食って掛かる。

あやめも犬童を無言で睨む。

あんなの放っておいて会場にいきましょうと言って、小平が岡部の手を取った。


「逃がしてもらえると、思うてるんやないやろね?」


 櫛橋が岡部の腕を掴むと、小平はその櫛橋の手を掴み櫛橋と睨みあった。


 その隙に岡部は全力で会場に逃走した。



「なんや、どえらい事になってたな」


 そう杉が言うと松井が大笑いした。


「なんで毎回こんな事に……」


 女難の相が出てるんじゃないですかと内田がからかう。


 そこに便所から帰った三浦が櫛橋を連れてやってきた。


「毎回、お前は何をやっているんだ。全く」


「僕だって好きで受付で揉めてるわけでは……」


 鼻の下伸ばして、へらへらしてるからだと櫛橋が拗ねた顔で言う。

先生は鼻の下なんて伸ばしてませんと小平が櫛橋に食ってかかった。

口うるさいおばさんって言われますよと犬童も櫛橋をからかう。

犬童の頬を櫛橋がつねる。

再度、三人で睨み合いを始めてしまった。


 ここで笑ったらとばっちりが来るのが目に見えている。

杉と松井は後ろを向いて必死に笑いを堪えている。


「やれやれ。うちの筆頭調教師殿が、こんなスケこましとはな」


「誰もこましてなんていませんよ!」


「俺もそう信じてやりたいが、これを見るとなあ」


 三浦が櫛橋たちを親指で指差す。

指の先をちらりと見て、あまりの惨状に岡部は顔を凍り付かせた。

服部、牧、内田は、堪えきれずに腹を抱えて笑い出してしまった。



 岡部、牧、櫛橋、内田は、挨拶のために台上へと連れていかれた。


 まず、会長である義悦の挨拶から始まった。

何十年かぶりに、うちの会派から伊級調教師が誕生したという話を義悦はした。

さらに、うちの会派に初めて国際競争の盾がもたらされたと言った後に、『海王賞』の盾を大崎が掲げると、会場から割れんばかりの拍手が巻き起こった。

最近、本社の者達がすっかり競竜にはまってしまい、重賞というと夜遅くまで残ってる。

夜八時の食堂はまるで競技居酒屋のようだと言うと、会場からどっと笑いがおきた。


 次に岡部が壇上に昇り、なんだか凄い調教師がいるらしいと他人事のように言った。

筆頭調教師としては、それが凄い事じゃなくなるくらい、皆さんの奮起に期待しますと言って乾杯した。


 その後、相談役の挨拶の後、昇級者の挨拶となった。

 岡部は再度壇上に上がり、毎度見慣れた顔ですみませんと軽く笑いを誘ってから、昇級の挨拶をした。

次に櫛橋の番になった。

うちの筆頭殿は、女性の扱いは下手くそなのに竜の扱いは上手らしいと言って会場を爆笑させた。

私は二人の師匠の級に戻ってこれただけで感無量だと言うと、待ってたぞと三浦がヤジを飛ばした。

すると櫛橋は悪戯っぽい顔をし、次は師匠の白髪頭を踏みつけて、史上初の女性伊級調教師になってやろうと思うと言うと、会場は大爆笑であった。

三番手は斯波だった。

今の二人くらい笑いが取れないと上には行けないんですかねと、斯波は二人を見て困り顔をした。

岡部も櫛橋も斯波から顔を背け、さらに会場がどっと沸く。

竜の扱いだけじゃなく、挨拶の技術も磨かなきゃと思いましたと言うと会場から笑いが起きた。

斯波の後は内田の開業の挨拶だった。

前三人の口が達者すぎて、何を言って良いかわからないと内田は引きつった顔をした。

五月から久留米で開業することになったので、よろしくお願いしますと挨拶した。

最後が牧だった。

兄弟子がなぜか師匠になっていた牧ですと笑いを誘った後、競竜学校に行って色々な技術を磨いてきますと述べた。


 その後、松井が移籍の挨拶をした。

移籍するに至った経緯を話し、最後に、心はずっと紅花会の一員だと言うと、大きな拍手が沸き起こった。



 しばらく歓談が続いた後、またも岡部が壇上に上がった。

先日、自分にとっては、少し悲しい出来事があったという一言から話は始まった。

あえて能島の名は出さなかったが、厩舎閉鎖していただく事になったと言うと、会場はしんと静まった。

これまでこれといった方針は示さなかったが、これからは紅花会の調教師として、一つの約束をしてもらいたい。

厩舎関係者全員の叡智を寄せ集めて一頭の竜に当たるというのを、厩舎の方針としていただきたい。

全員が自分の持てる技術と感性の全てを、一頭一頭の竜に注いでもらいたい。

誰かが頑張れば良いではなく、誰かが悪いでもなく、全員が持てる愛情の全てを竜に注いで欲しい。

非常に難しい事だけど、調教師が率先して心がければ、きっと形と結果になって帰ってくると思う。


 しんとした会場から、最初にまばらな拍手が起きた。

それが徐々に大きな拍手に変わっていく。

岡部が壇上から降りる頃には大歓声に変わっていた。

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