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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第六章 出藍 ~呂級調教師編(後編)~
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第50話 式典

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(呂級)

・岡部梨奈…岡部の妻、戸川家長女

・岡部菜奈…岡部家長女

・岡部幸綱…岡部家長男

・戸川直美…梨奈の母

・戸川為安…梨奈の父(故人)

・最上義景…紅花会の相談役、通称「禿鷲」

・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将

・最上義悦…紅花会の会長、義景の孫

・大崎…義悦の筆頭秘書

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和

・大宝寺…三宅島興産社長

・櫛橋美鈴…紅花会の調教師(八級)。夫は中里実隆

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・杉尚重…紅花会の調教師(呂級)

・松井宗一…紅花会の調教師(呂級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(呂級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・石野経吾…岡部厩舎の契約騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・牧光長…岡部厩舎の調教師見習い

・新発田竜綱…岡部厩舎の調教助手

・垣屋、花房、阿蘇、大村、赤井、成松…岡部厩舎の厩務員

・西郷崇員…岡部厩舎の厩務員

・坂井政則…岡部厩舎の厩務員

・十河留里…岡部厩舎の女性厩務員

・荻野ほのか…岡部厩舎の女性厩務員

・小平一香…岡部厩舎の女性厩務員、父は北国牧場の小平生産顧問

・跡部資太郎…白詰会の調教師(呂級)

・香坂郁昌…大須賀(吉)の契約騎手

・栗林頼博…清流会の調教師(伊級)

・松下雅綱…栗林厩舎の契約騎手

 岡部は武田と二人、東海道高速鉄道に乗り幕府へと向かっている。

昇級式典に参加するためである。


 最終の『皇都大賞典』が終り、大混戦と言われていた呂級の順位が確定した。

首位は岡部、二位は武田、ここまでは圧倒的な差である。

三位の一色も二位とはかなり差があったものの安泰と言う感じであった。

四位は『大賞典』の決勝に進出した大須賀忠吉が急浮上。

五位は一つ順位を下げて山桜会の近藤がなんとか席を確保。

大須賀は昇級資格が無いので、問題は次の六位の席だった。

六位は秋水会の毛利、杉は七位だった。

しかもその差、わずか数万円。

なお松井は八位、九位が南条、十位が相良だった。



「杉のおっちゃん、今頃歯噛みしとるやろな。数万円の差で昇級できひんとか」


 悔しそうな顔が目に浮かぶと言って武田が楽しそうに笑っている。


「去年の僕と一緒だね。だけど、それだけ厩舎が充実してるって事だから、来年は間違いなく主役になると思う」


「ほな、今年の君みたいに来年大暴れするんかな」


「かもね。でも、松井くんもいるし、大須賀くんもいるし、松本くんも出てくるだろうからね」


 岡部が同期三人の名を挙げると、武田はそれまで楽しそうだった顔をすんと真顔に戻した。


「あの三人と叩き合いになる前に逃げれられて、ほんまに助かったわ」


「確かにね。来年だったら、僕もあんなに重賞勝ちまくったりできなかったかも」


「いや、君は勝ちまくってはいたやろうが、間違いなくあそこまで楽ではなかったやろうな」



 幕府駅で電車を乗換え、品川駅が近づいてくると、武田は急に表情を硬くした。

窓から外を見て、呂級の時みたいに、また変なのに囲まれるんだろうかと言いだした。

そんな武田を岡部はくすりと笑う。


「あの頃は変な新聞が工作資金をたんまり持ってたからね。今はそうじゃないから大丈夫じゃないかな」


「そやけど、そう言うといての浜名湖の事件やんか」


 全く安心はできないと言って武田は警戒を解こうとせず、さらに顔を強張らせる。


「それはまあ、そうだけども。その後、二回、執行会本部行ってるけど何も問題は無かったよ」


「それは日付が決まってへんかったからと違うの? 今回は決まっとんねんぞ」


「行けばわかるよ。多分、その、駅に出迎えが来てると思うから」


 武田は首を傾げたのだが、駅に到着すると岡部が言った意味がすぐにわかった。

岡部の予想通り、品川駅改札前には執行会の職員が何人も待機しており、数人で一人の調教師を執行会本部へ案内していた。

岡部の姿を見ると人員を配備している責任者が、いらしたぞと言って特別警護隊のような屈強な職員を護衛に付けた。

引きつった顔で、毎回こうなのかと武田はたずねた。

恥ずかしい事に毎回こうなんだよと岡部は笑った。



 執行会本部へ到着すると、岡部は警護してくれた職員に丁寧に礼を述べた。

待合に行くと斯波が岡部先生と言って駆け寄ってきた。

それを聞いた櫛橋も駆け寄ってきた。


「うわあ。櫛橋さん、えらい久々ですね。僕の事、覚えてます?」


「あらぁ、武田先生の息子さんやないの! いやあ、懐かしいわあ!」


「井戸先生のとこにおった時に、よう夜勤一緒になりましたよね。いやあ、懐かしいなあ」


 すると櫛橋が口元を歪めて悪戯っぽい表情になった。


「そういえばそやったね。岡部先生と一緒に開業したんやったね。そんで何? 八級に上がれたん?」


 それを聞いた岡部と斯波が思わず吹き出した。

武田が顔を引きつらせ、口元をひくひくさせる。


「いややわあ、冗談やん。そない怖い顔せんでも。武田先生が大活躍なんは、よう知ってるよ。伊級昇級おめでとう!」


「さっきの冗談が無かったら、素直にありがとうって言えるんですけどね」


「なんやの、小さい事言うて。そんなんやと、つるべになってまうよ」


 泣きそうな顔で、武田は口をパクパクさせる。

その様子を見ていた斯波が岡部に絶好調ですねと笑った。

武田くんがいてくれて良かったと岡部は内心で本気で喜んでいた。



 斯波、櫛橋、武田で歓談していると、係員がやってきて式典が始まる旨を知らせてきた。


 式典はまず織田繁信会長が挨拶をし、その後、来賓の武田善信会長が挨拶をした。

その後で、いよいよ昇級の表彰式となった。


 真っ先に呼ばれたのは呂級首位の岡部である。

その次が武田であった。

呂級調教師の次は八級調教師で櫛橋が呼ばれた。

ここまでは成績順であるため、淡々と進んでいく。


 次に西国と東国の仁級の調教師の番になった。

仁級の場合、昇級と共に、どこの配属になるかが注目になってくる。

斯波の配属は盛岡だった。

最後に新人賞の表彰で式典は終了した。



 式典が終わると、執行会の最上階で宴席となる。

たった七年で同期二人揃って伊級に駆け上がった岡部と武田は、岡部たちより下の期の調教師にとって、まさに憧れの的であった。

次々に人が訪れ、ここで会えたなんて同期に自慢できる、今年一年頑張ってきて良かったと言いあっていた。

そこに一人の背の高い調教師が近づいてきた。


「どうした? あまり嬉しそうじゃないね。そうか、そういえば今年三度目だもんな、ここに来るの。飽きたんだな」


 そう言って背の高い男性――毛利調教師が岡部をからかってきた。


「飽きてはいませんよ。ただ、僕らも仁級の時、伊級の先輩方に挨拶回りしたなって懐かしく思っていただけです」


「そうなんだ。誰が君らの酌を受けたのか非常に気になるところだね。その先生たちも、まさかこんなに早く追いつかれるなんて思ってもみなかっただろうね」


 岡部と武田が何人か名前を挙げると、その人たちなら来年中には抜けるんじゃないかと言って毛利は大笑いした。


「毛利先生って秋水会なんですよね。どうして移籍決意したんですか?」


 当然、毛利も松井の件を先日の放送で見て知っている。

この天才と噂される岡部を、今一番悩ませているのがそんな件なのかと思うと、何とも不思議な気持ちになった。

自分の最大の悩みは伊級で自分が通用するかどうかなのに。


「他がどうかは知らないけど、紅葉会は調教師に期待度の順位を明確に付けていてね。今のままでは、いつまでたっても良い竜がまわって来ないと思ったからだよ」


「じゃあ、毛利先生は下の方だったんですか?」


「俺、岡部君たちより七期も上なんだよ? それなのにさ、一番が四期も下の十市だったんだよ。俺の方が先に呂級に上がったってのにさ」


 その話を聞いて岡部は真っ先に三浦を思い出した。

自分と杉が昇級した事で三番手に優先順を下げられて、きっと同じような思いをしていたのだろうなと感じた。


「うちでも三浦先生がよく文句言ってきてますよ」


「三浦の爺さん、何て言ってくるの?」


「事情はわかるが納得はしてやらんって」


 あまりにも小気味の良い苦情に毛利は大笑いした。

 自分もやはり親父が一番上だったから初年度はかなり苦戦したと武田が苦い顔をした。

一年目の秋に赤松騎手と専属契約を結んで会長に本気を感じてもらえて、そこから成績が急上昇したんだと。

稲妻系でもそんな感じなんだとわかり毛利は少し納得した。


「紅花会さんは面白いよね。ここ一番ってところで、相談役の奥さんが俺の竜応援しちゃうんだもんなあ」


 『大賞典』の関係者観覧席を思い出し、三人は腹を抱えて笑った。

実はあの時、あげはは毛利の竜を軸にした竜券をしこたま買い込んでいたと岡部がばらすと、毛利と武田はさらに笑い出した。


「あの後、さすがに相談役に怒られて、しゅんとしてましたよ」


「そりゃそうだよ。しかも杉先生、昇級逃しちまったんだもん。しかもハナ差みたいな賞金額で」


「僕も去年そうだったんですよね。なんなら戸川先生も。うちの会派のお家芸なんですかね」


 そんなお家芸は嫌すぎると二人は笑い出した。


「お家芸で思い出したんだけど、大津の家ってどうなったの? 会から変な噂聞いたんだけど」


 何の話と聞く武田に、岡部は大津の一件を一から話していった。


「あいつらの家は解約して、今、裁判沙汰になってます。織田信牧会長のおかげで、別の家を建てる事ができて、今週からそっちに住んでますよ」


 しつこい奴らだ、そう言って武田が麦酒をぐっと飲みほす。

本当だよと言って毛利が武田に麦酒を注ぐ。


「うちの会長、腹黒だからなあ。恩を売ったとか、小さい事言ってなかった?」


「まあ、貸しだとは言われましたね」


「やっぱりね」


 毛利が呆れた顔をすると、武田が笑い出した。


「兄貴より頭は切れるんだけどさ、何かにつけてせこいんだよ。紅葉会に倣って、うちの会派でも初秋に月見会って懇親会やるんだけどさ、酒も料理も少なくてがっかりしたもんなあ」


「まだ稼働したばかりだから圧倒的に予算が少ないんでしょうね」


「だろうね。本業がまだ牧場だけしかないからね。まだ調教師も少ないし。うちの会派はこれからだよ」


 そう言って麦酒を飲み干した毛利に、岡部が瓶を傾けた。


「つまりは毛利先生の頑張りにかかっているって事ですね」


「うちは池田の大先生がおるからね。単身乗り込む君らよりは気が楽だよ」


 そう言って毛利は麦酒を武田と岡部に注いだ。

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