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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第六章 出藍 ~呂級調教師編(後編)~
352/491

第48話 食事会

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(呂級)

・岡部梨奈…岡部の妻、戸川家長女

・岡部菜奈…岡部家長女

・岡部幸綱…岡部家長男

・戸川直美…梨奈の母

・戸川為安…梨奈の父(故人)

・最上義景…紅花会の相談役、通称「禿鷲」

・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将

・最上義悦…紅花会の会長、義景の孫

・大崎…義悦の筆頭秘書

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和

・大宝寺…三宅島興産社長

・櫛橋美鈴…紅花会の調教師(八級)。夫は中里実隆

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・杉尚重…紅花会の調教師(呂級)

・松井宗一…紅花会の調教師(呂級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(呂級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・石野経吾…岡部厩舎の契約騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・牧光長…岡部厩舎の調教師見習い

・新発田竜綱…岡部厩舎の調教助手

・垣屋、花房、阿蘇、大村、赤井、成松…岡部厩舎の厩務員

・西郷崇員…岡部厩舎の厩務員

・坂井政則…岡部厩舎の厩務員

・十河留里…岡部厩舎の女性厩務員

・荻野ほのか…岡部厩舎の女性厩務員

・小平一香…岡部厩舎の女性厩務員、父は北国牧場の小平生産顧問

・跡部資太郎…白詰会の調教師(呂級)

・香坂郁昌…大須賀(吉)の契約騎手

・栗林頼博…清流会の調教師(伊級)

・松下雅綱…栗林厩舎の契約騎手

 岡部一家と松井一家は電車に乗って皇都の大宿へと向かった。

 義悦から家族を労ったらどうかと提案され、その言葉に甘えて家族も連れて行く事になった。

ただし、前回の修善寺の旅行の後、高熱を出した幸綱は直美と家でお留守番。


 大宿に到着すると、すでに義悦と大崎が来ており、麻紀と梨奈に挨拶をした。

そこから揃って小宴会場へと向かった。


 小宴会場にはちょっとした飾りつけがされていた。

向かって右手の壁には『紅地に黄の一輪花』の紅花会の会旗が貼られている。

左手の壁には『勿忘草色に白の針葉樹』の樹氷会の会旗が貼られている。

松井一家の席は左手奥、岡部一家の席は右手奥、右手の中央の席に義悦が腰かけた。

皆に席を案内した大崎は、小寺会長を迎えに行くと言って会場から出て行った。


「麻夜ちゃん、見ない間に大きくなりましたね」


「まなみちゃんと同じ歳ですね。まなみちゃんも大きくなったんでしょうね」


 会場には子供用の椅子が二脚用意されている。こにちょこんと座って行儀良くしている麻夜を見て義悦は微笑んだ。

隣に座る小夜に頭を撫でられ、麻夜はきゃははと笑い声をあげた。


「私はまた酒田にお招きしてはどうかと言ったんですがね、祖父から、『大賞典』が佳境という現状ではと言われてしまいましてね」


「どうせまた極上の米酒を水のように呑まれた挙句、俺が潰されるのが目に見えてますよ」


 義悦と松井が麻紀を見て笑い出した。

麻紀も顔は笑ってはいるが、そのこめかみには青筋が立っている。


「もう、心は決まったんですか?」


 義悦は静かにたずねた。

岡部の顔を一瞥すると、松井は一度唇を軽く噛み、小さく息を吐いた。


「ある程度は」


 そうですかと言って義悦は松井の顔を見て微笑んだ。



 次に会場に現れたのは最上だった。

入ってくるなり最上は義悦に愚痴を言った。


「大崎のやつ、私を出迎えに来たのかと思ったら、場所わかるでしょうから、お一人で行ってくださいときたもんだ」


「実際、到着できてるじゃありませんか。席こちらですから、どうぞ」


 冷たく返答し義悦は右手の席の椅子を引いた。


「まあ、勝手知ったる建物だからな。なんなら従業員専用の厠まで知っておる」


「あまりお偉いさん風を吹かせると、従業員に煙たがられますよ」


 義悦の忠告に、最上が「ぐぬぬ」と言葉を詰まらせてしまい、梨奈と麻紀が大笑いした。



 皆で笑い合っていると、大崎に案内されて小寺と後藤が入室してきた。

義悦たちだけじゃなく麻紀たちも立ち上がって小寺を出迎える。

自分の会旗の下の椅子の前に立ち、本日はこのような機会をいただきましてと感謝を述べ小寺は丁寧に会釈した。


 全員着席すると、大崎の合図で飲み物と食事が運ばれてきた。

今日の名目は食事会なので、まずは食事を堪能して欲しいと義悦が促すと、皆、食事を始めた。

献立は皇都特有の家庭料理の小鉢と栗ご飯、お新香、豆腐と葱の味噌汁。

子供たちには子供たち用の目に映える食事が用意されている。


 小寺はかなり子供たちに気を使っているようで、知らないおじさんばかりで怖くないかなと声をかけた。

どうやら小寺にも来年小学校三年生になる男の子と、幼稚園年長の男の子がいるらしい。

どちらもやんちゃ坊主で困っていると小寺が眉をひそめると、男の子は大変そうと真紀と梨奈が笑い合った。

お膳を食べ終えると、全員にお茶と栗ぜんざいが運ばれてきた。



 お膳を下げ、机が栗ぜんざいと焙じ茶だけになると、いよいよ今日の主課題である松井の件が話し合われる事になった。


 まずは後藤が、先日、先の誤りを訂正したのだが、あれで承知してもらえただろうかと義悦に確認した。

我々も知らなかった内部が含まれていて、かなり驚いたと義悦が言った。

どうやら納得いただけたと見た小寺は、改めて紅藍(くれあい)系への参画を希望したいと申し出て頭を下げた。


 裏に紅花会と記載された大きな封筒を大崎が小寺に手渡した。

封筒の中から書類を取り出し、まずは小寺が最初からじっくりと読み始める。

読んだ先からそれを後藤に渡していき、後藤もじっくりと読み始める。

最後の書類を後藤に渡すと、小寺はお茶をひとすすりした。

書類を読み終えると、後藤は全ての書類をまとめて封筒の上に置いた。

小寺たちが書類を読む間、他の者は栗ぜんざいを堪能している。


 読み終えたのを見て、書類の要点を大崎がかいつまんで説明していく。

現役竜の放牧は、紅藍牧場、もしくは系列の牧場を利用する事。

竜の輸送は、自社または系列の運送会社を利用する事。

引退後、紅藍系の牧場の生産竜は、紅藍系の牧場へ繋養(けいよう)する事。

生産、馴致(じゅんち)(=幼竜の教育)も紅藍系の牧場を利用する事。

所有権を有した繁殖牝竜の産駒は各会派が所有権を有する。もし所有しきれない場合は、必ず紅藍牧場に売却する事。

ただし、ここまでの件は特殊な事情が発生した場合はその限りではない。


 会派同士の経営は相互利用の原則を定めている。

紅花会は宿、火焔会は玩具と鉄製品、赤根会は電脳を提供している。

現在、樹氷会は寝具と家具が本業で、利用していただけるとありがたいと小寺が述べた。

今後は布製品と木製品の応援商品の受注生産も承っていきたいと言うと、ぜひお願いしたいと義悦も笑顔を見せた。


 会員情報を共有しないと紅花会の宿で会員割が効かないという話が大崎から出た。

だが、小寺も後藤も大崎の発言の意味が全くわからなかった。

紅花会の会員の管理方法を大崎が説明すると後藤の顔が引きつった。


「紅花会さんたちに比べたら、うちら会派は時代遅れも甚だしいですわ……」


 そう言って小寺がから笑いした。

赤根会の技術が上がっているから火焔会の例からすると二月ほどで会員情報は完成すると思うと大崎が言うと、小寺も後藤も露骨にそれとわかる愛想笑いを浮かべた。


 そんな二人をお構いなしに大崎が説明を続ける。

 現在、赤根会の全面協力で各会派毎に電子広場を運営し、電脳端末を各調教師に配布している。

紅花会は全員すでに利用していて、現在は赤根会へ配布している。

その後、火焔会に配布する事になっているが、樹氷会はこれから準備になるので、かなり先になってしまうと説明。

 小寺も後藤も、またもや何を言っているのかわからないという感じだった。

説明が面倒になってしまい、大崎は松井厩舎に参考に見に行ってみてくださいと言って笑った。

見ればすぐにわかると思うからと。

ただ、色々と管理しなければいけない機能があるので、親電脳だけは早急に樹氷会の本社に設置してもらうと説明。



 松井厩舎の名前が出て、ごく自然な流れで松井の移籍の話に移った。

紅花会としては、これまで色々と事情を聞いているため、今回に限り引き留めはしない事にしたと義悦が述べた。

ただし引き抜きという形は困ると。

樹氷会としては、自然な形でお越しいただけるのが理想だと小寺も述べる。

二人が同時に松井の方を見た。

皆の視線を感じ、松井は細く息を吐く。


「先日、相談役の言葉である程度の決心はつきました」


 それを聞いた最上が静かに頷いた。

 重大な発言を前に緊張し、松井は焙じ茶をひと啜りした。


「先日、相談役は俺を『紅花会の子供たち』と言ってくれました。小寺会長は会派の調教師に同じ事が言えますか?」


「それは……凄い器の大きな発言ですね! 私もそういう事が自然に口をつくように精進していきたいですね」


 松井を見て小寺が微笑む。


「樹氷会が紅花会に近づくために、どうしても俺が必要というのであれば……その期待に応えるのも俺の器量だと思います」


 話が動いた。

その場の全員がそう感じた。


 ただ、流れが決まったとはいえ、手法をどうするかはかなり困難を極めた。

大崎と後藤が案を出したものの、中々これという決定にはいたらなかった。

すると、ここまでただ食事を楽しんでいただけの岡部が、樹氷会さんさえ納得なら一つ案があるにはあると言い出した。


 岡部の案を聞いた大崎がかなり渋い顔をする。

それだと必要以上に樹氷会がへりくだってるように感じられたりしないだろうか、それを大崎は懸念した。

我々はあくまで盟主で、君主では無いのだからと。

だが後藤は、現状の彼我ひがの経営力の差を考えれば妥当な案だと言ったのだった。

岡部先生が言うように、今後、対等な付き合いができるように戦力を整えていくための今回の話なのだからと。

落としどころとしてはそんなところだろうと義悦と小寺も納得した。



 翌週、また事務棟から岡部は緊急の呼び出しを受けた。

杉と武田、松井、岡部の四人で食堂へと向かう。


 放送が始ると義悦と小寺が並んで座っていた。

まずは義悦から、樹氷会が紅藍系の連合に参加する事で同意したと報告をした。

その後、自分たちが追放してしまった松井先生を保護し支援してくれた事に感銘を受け、参加を決めたという話を小寺がした。

ただ、紅藍系列の経営常識からすると、自分達の会派があまりに環境が整っていないという事に衝撃を受けたと、かなりがっかりした顔で述べた。

そこで当面の間、紅花会から技術支援をしてもらう事になった。

その一環として松井先生に樹氷会に来ていただき指導を受ける事になった。

残念ながら最初は紅藍系に付いて行くだけで精一杯だろうが、いずれは肩を並べ、共に歩めるように精進していきたいと小寺は締めた。


 最後に義悦と小寺ががっちりと握手をし放送は終了した。


 食堂では集まった調教師たちから拍手が沸き起こったのだった。

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