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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第六章 出藍 ~呂級調教師編(後編)~
342/491

第38話 慶事

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(呂級)

・岡部梨奈…岡部の妻、戸川家長女

・岡部菜奈…岡部家長女

・戸川直美…梨奈の母

・戸川為安…梨奈の父(故人)

・最上義景…紅花会の相談役、通称「禿鷲」

・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将

・最上義悦…紅花会の会長、義景の孫

・大崎…義悦の筆頭秘書

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和

・大宝寺…三宅島興産社長

・櫛橋美鈴…紅花会の調教師(八級)。夫は中里実隆

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・杉尚重…紅花会の調教師(呂級)

・松井宗一…紅花会の調教師(呂級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(呂級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・石野経吾…岡部厩舎の契約騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・牧光長…岡部厩舎の調教師見習い

・新発田竜綱…岡部厩舎の調教助手

・垣屋、花房、阿蘇、大村、赤井、成松…岡部厩舎の厩務員

・西郷崇員…岡部厩舎の厩務員

・坂井政則…岡部厩舎の厩務員

・十河留里…岡部厩舎の女性厩務員

・荻野ほのか…岡部厩舎の女性厩務員

・小平一香…岡部厩舎の女性厩務員、父は北国牧場の小平生産顧問

・跡部資太郎…白詰会の調教師(呂級)

・香坂郁昌…大須賀(吉)の契約騎手

・栗林頼博…清流会の調教師(伊級)

・松下雅綱…栗林厩舎の契約騎手

 家に帰ると、梨奈の様子を見に最上夫妻が来ていた。


 ちょうど良いところにと言って織田信牧会長から聞かされた話をすると、最上はすぐに契約書を見せてみろと言い出した。

老眼鏡をかけ契約書を一通り見終えるとあげはは、たしかに不備があるとため息交じりに言った。

この書面では建物はあなた方の所有物にはならないと。

そもそも、この土地の現所有者からの土地譲渡の書面が無い。

これでは現所有者の土地に、現所有者の許可を取って、岡部たちが建物を建てている事になってしまう。

もちろん、これでは仮に家が完成したとしても建物は現所有者、つまり海北不動産の物になってしまう。

詐欺にも等しいとあげはは説明した。


 それを聞くと、四釜に言って契約を全て破棄させようと最上は即答であった。

今からならまだ三か月ある。十分に家は建つだろうと、不安そうな顔の梨奈に微笑んだ。

だが、その不安が臨月の近い母体に障ったのだろうか、梨奈が急に苦しみだした。


 梨奈を抱きかかえ、岡部は急いでかかりつけの産婦人科へと連れて行った。

特に母子共に問題は無かったが、最初の子の事もあるから今回は早めに切開しようと担当医は提案。

しばらく梨奈は病院に入院する事になったのだった。


 この時期、もう岡部の仕事といえば、月一で給与計算をしに厩舎へ行く事と、一日一回、家で電子郵便の確認をする事くらいである。

すっかり暇になっており、毎日のように菜奈を連れて梨奈の病室へ足を運んだ。

 梨奈は元々寂しがりやなところがあり、毎日、岡部が来てくれるのが非常に嬉しかった。

菜奈の時は岡部が防府におり、非常に心細い思いをしていたものである。

最上やあげは、直美も頻繁に様子を見に来てくれる。

時には麻紀と華那が来てくれる事もあった。

あまり退屈する事なく、梨奈は出産の日を迎えられそうであった。



 その一方で大津の家の事は、四釜と共に激闘という状態になっていた。

 最終的に四釜は詐欺事件として立件するべきという判断を下したのだった。

ただ相手は問題の組織である。

義悦と大崎経由で竜主会にも相談。

竜主会のお抱え弁護士が岡部宅へやってきて、警察に通報する一方で訴訟の手続きを取った。

そうなると自宅と梨奈の身が危ないと四釜は判断したようで、警察に見回りをお願いするする一方で、日競の吉田に連絡し密かに見張りをしてもらった。


 裁判の手続きが取られてから一週間で、七人の人物が警察に逮捕される事になった。

七人共に共産連合の人物である。

うち二人は菜奈の幼稚園に侵入し、うち三人が梨奈の病院に侵入。

そして、残り二人は岡部宅を放火しようとした。

この七人のうち、病院に侵入した者が日競新聞の張り込みに引っかかり、写真に撮られ、各新聞に拡散され、大々的に記事にされる事となった。

それと連動するように、警察が海北不動産と雨森工務店に立ち入り調査する事になり、両社長は恐喝と詐欺で逮捕される事となった。

それ以降、岡部一家への襲撃は止む事になったのだった。


 一方の新居であるが、山桜会系の朽木(くつき)不動産という会社にお願いしなおす事になった。

できれば周りに同業者の多い鏡が浜辺りが良いと思うと、朽木不動産はいくつかの物件を案内してくれた。

その中の一か所に直美を連れて行き了解を取り付けた。


 その後、高島工務店という会社に行き建てる家の相談をした。

以前、雨森工務店で梨奈と言い合っていた条件を再度直美に言ってもらい、方位など吉兆を探ってもらい見取り図を作成してもらった。

こういう家の吉兆というのは、競竜師の家を建てる際には一番気をつかう要素なんですよと、工務店の方は言った。

なるほどこれは安心できると感じた岡部は、多くを工務店に任せる事にした。



 梨奈から出産予定は月末頃と報告を受けた岡部は、家に帰ると、墨を磨り、書道の準備をした。

隣では最上と直美と楽しく晩酌をしており、あげはは菜奈と遊んでいる。

そんな菜奈が、父さんが何かやってると言って興味深々で机にかじりついてきた。

筆に墨を含ませ、下敷きに半紙を置き、文鎮を置き、さっと二文字を書く。

小さな手で半紙を指差し、父さんこれ何と菜奈が聞いてきた。


「菜奈の弟の名前だよ」


 直美が良いわねえと言うと、元気そうで良いじゃないかと最上も喜んだ。

良い感性をしてるわねと、あげはも優しく微笑んだ。

なんて読むのと菜奈が聞いたのだが、産まれてきたら教えてあげるとはぐらかされ、不満そうに口を尖らせた。



 十月の四週。

『天狼賞』の決勝が行われた。

武田が言っていた通り『ハナビシイタドリ』は『金杯』の頃に比べ見違えるほどの力強い走りを見せた。

『チクリョクチュウ』が後方から『サケメイワ』と共に上がってきたのだが、きっちりと頭差逃げ切り一着で終着した。

二着は『サケメイワ』。

『チクリョクチュウ』は半竜身差の三着だった。




 その翌日、梨奈の帝王切開の手術が行われた。

子育てでかなり体力が付いたのか、菜奈の時に比べるとそこまで際どい状況にはならなかった。


 手術が終わると梨奈は少し眠り、普通に目を覚ました。

すぐ横で寄り添うように椅子に腰かけた岡部が、手を握ってくれている。

その膝上では菜奈が心配そうな目で梨奈を見ている。

どうやら大泣きしたらしく、鼻が赤く目も潤んで充血している。


「綱一郎さん、おはよう。赤ちゃん、どうなったん?」


 菜奈を膝から降ろし、岡部は梨奈の頭を優しく撫でた。


「無事生まれたよ。よく頑張ったね」


 梨奈も岡部に笑顔を向ける。


「やっぱ、未熟児やったん?」


「それは仕方ないよ。今、保育器の中で、か細い鳴き声をあげてる」


 それを聞くと梨奈は奈菜の顔を見てくすりと笑った。


「ほな菜奈より元気やね。菜奈ずっと静かに寝てはったもんやから、みんな心配してはったもんね」


「そうだね。特に義父さんが心配してたよね」


 すると菜奈が布団を揺らしてしまい、梨奈が痛がった。

「こらっ、母さんが痛いでしょ」と岡部が菜奈を叱り抱き上げる。

菜奈はボロボロと涙を零し、ごめんなさいと喚くように謝った。

どうにも今日の奈々は情緒が不安定だと岡部は苦笑いした。


 菜奈を膝に乗せて頭を撫でながら、岡部は梨奈の方に菜奈の顔を向ける。


「菜奈。菜奈はお姉さんになりはったんよ。嬉しい?」


 梨奈の優しい声に、奈菜は『うん』と首を縦に振ったが、岡部は首を傾げた。

それを見た梨奈が静かに笑った。


「名前はもう決めてくれはったん?」


 一旦、菜奈を膝から降ろし、袖机から封筒を取り出して梨奈に手渡す。

奈々の時と同じく、封筒を開けて中から半紙を取り出し、にこりと目を細める。


「『ゆきつな』って読んだらええの?」


「そう。『幸綱』。どうだろう?」


「良えと思う! 格好良えし、ちょっと可愛い!」


 そこに、嬉しそうな顔で直美が入ってきた。


「あ、梨奈ちゃん目覚ましてはるやないの。幸君、静かに寝てはったよ」


 その直美の言葉で、梨奈の顔からすっと笑顔が消え、眉をハの字にして納得いかないという顔になった。


「なんで、私より母さんの方が先に幸君の名前知ってはんのよ。なんやずるいわ」


「何でて、単に、それ書いてはるとこ見たからやないの」


 また始まったと岡部はそっと二人から目を反らした。


「それやったら、事前に私に教えてくれはっても良かったやないの。何でみんなして今まで黙ってはるんよ」


「こういうんはね、産まれるまでは口にせんもんなんや」


「そしたら、母さんも口にしてへんのやろね」


 梨奈の鋭い指摘に、思わず直美がバツの悪そうな顔をする。


「それは、まあ、ちょっと何度か言うてもうたけども」


「それで、よう、そないな事が言えたね!」


 二人から顔を背ける岡部を奈菜がじっと見つめている。


「面倒な娘やわあ、ほんま。絶対、父さん似やわ」


「どっからどう見ても母さん似やん!」


「無い無い。私、そないひねくれてへんもん」


 岡部がちらりと見ると、梨奈は額に青筋を浮かべていた。

 『ひねくれ者』と言われた事で梨奈は頬を引きつらせている。


「私かて素直な良え娘やろが。なんやったら菜奈より素直やわ」


「はあ? 菜奈ちゃんは天使やで。あんたのどこに、その要素があんねん」


 鼻で笑う直美に梨奈はわなわなと肩を震わせる。

それまでぐずっていた菜奈は、親子喧嘩に夢中になる梨奈を他所に岡部に甘えている。

そんな岡部は変に飛び火してくる事を恐れて黙って気配を消している。


 そんな修羅場に最上とあげはが入ってきた。


「おお、さっきまで梨奈ちゃんを見て、あんなに泣いてた菜奈ちゃんが、ずいぶんと元気になったじゃないか」


 嬉しそうな顔で岡部に甘える菜奈を見て最上がからかった。

 梨奈の頭を撫でよく頑張りましたねと、あげははやさしく微笑んだ。

早く幸君が見たいと梨奈が嬉しそうに微笑み返す。

菜奈ちゃんの時は初宮詣に行けなかったから、今回は私たちも行きたいとあげはが言うと、ぜひにと梨奈が微笑んだ。

どこに行くか考えておかないといけないと最上も微笑んだ。


「……なんや、ずいぶんと私と対応が違うやないの」


 そう直美がボソッと言うと、梨奈はキッと睨んだ。

あげはは菜奈と一緒に笑い出したが、岡部と最上は見て見ぬ振りをした。

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