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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第六章 出藍 ~呂級調教師編(後編)~
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第37話 秋水会

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(呂級)

・岡部梨奈…岡部の妻、戸川家長女

・岡部菜奈…岡部家長女

・戸川直美…梨奈の母

・戸川為安…梨奈の父(故人)

・最上義景…紅花会の相談役、通称「禿鷲」

・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将

・最上義悦…紅花会の会長、義景の孫

・大崎…義悦の筆頭秘書

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和

・大宝寺…三宅島興産社長

・櫛橋美鈴…紅花会の調教師(八級)。夫は中里実隆

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・杉尚重…紅花会の調教師(呂級)

・松井宗一…紅花会の調教師(呂級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(呂級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・石野経吾…岡部厩舎の契約騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・牧光長…岡部厩舎の調教師見習い

・新発田竜綱…岡部厩舎の調教助手

・垣屋、花房、阿蘇、大村、赤井、成松…岡部厩舎の厩務員

・西郷崇員…岡部厩舎の厩務員

・坂井政則…岡部厩舎の厩務員

・十河留里…岡部厩舎の女性厩務員

・荻野ほのか…岡部厩舎の女性厩務員

・小平一香…岡部厩舎の女性厩務員、父は北国牧場の小平生産顧問

・跡部資太郎…白詰会の調教師(呂級)

・香坂郁昌…大須賀(吉)の契約騎手

・栗林頼博…清流会の調教師(伊級)

・松下雅綱…栗林厩舎の契約騎手

 翌朝、香坂、喜入、三浦、三浦厩舎の清水主任たちと共に東海道高速鉄道に乗り込んだ。


 昨夜の祝賀会で、岡部が香坂を褒めるのを臼杵と服部が納得いかないという顔で見ていた。

二人は香坂に詰め寄り、勝ったのは僕なんだと服部は言い張り、あれだけ雨が降れば僕なら勝てたはずだと臼杵は言い張った。

香坂は服部の事は憧れの厩舎の専属騎手という事でそれなりに見ているが、臼杵の事は好敵手だと思っている。

剛腕派の服部とは騎乗の型が違うが、技巧派の臼杵とは同じ型だから自然とそうなるのかもしれない。

板垣もどちらかというと技巧派であるため、同じく好意的に見ていないように見える。

村井も技巧派なのだが、お世話になっている大須賀厩舎の専属騎手という事でそれなりに対応しているらしい。

田北は服部と同じ型らしく服部同様に好意的に接していると大須賀から聞いている。


「結果が全てだよ。良い竜に乗ってるのに苦戦したやつと、前回、同じ竜で予選突破できなかったやつは大きな顔はできないよ」


 岡部の言葉に服部と臼杵は歯噛みし、伊級の舞台で決着を付けるんだと香坂を煽った。


 電車の中でも香坂は上機嫌で、次は伊級での騎乗依頼をお待ちしていますと嬉しそうに申し出た。


「大須賀くんは上がれそうなの?」


「来年には上がれると思いますよ。松本先生がさぞ悔しがるでしょうね。ここまで一緒に上がってきたそうですから」


 その時の姿が今から目に浮かぶと岡部は笑った。




 三浦たちとは途中の品川駅で別れた。

 品川駅を出るとすぐに執行会の職員数人が出迎えており、岡部を護衛するように執行会本部へと向う。


 あの浜名湖の一件から脅迫状はパタリと届かなくなっている。

それはそれで奴らの仕業だったと言う答え合わせができてしまっているようではある。

そのせいか岡部としては、気分的にかなり警戒が緩んでいる。

だが織田としては未だに厳戒態勢のままであるらしい。

執行会本部の前で取り囲んで取材と言う名の暴行を加えたという事件があったのだから、当然と言えば当然かもしれない。

こういうところが織田はやはりやり手なのだと岡部は改めて実感する。


 会場では横の壁をびっしりと報道が埋め尽くしていて、中継映像を撮り、写真機を構えている。

正面に織田会長が満面の笑みで立っており、横に筆頭秘書の丹羽、反対に総務部長の笠原が立っている。

岡部が織田の前に進むと、織田は賞状の文言を読み三又の徽章を手渡した。

執行会の関係者と岡部以外誰も見比べた者はいないのだろうが、仁級は銅製、八級は銀製、呂級は金製となっている。

織田会長と握手をすると報道が一斉にその写真を撮った。


 その後、その場で記者会見となった。

 色々と聞かれたが、岡部は『海王賞』の話と、仁級、八級の話には一切触れず、三冠がとれて嬉しいという話だけをした。

三階級での三冠は史上初の事で、記者たちからしたら、それについて触れて欲しいところではある。

だが岡部にとっては、正直どうでもいい事だった。

最後に少し考えて、仁級の三冠にだけ触れた。

あの時、三冠が取れたおかげで大切な友人の冤罪を晴らしてあげる事ができたと述べた。

そうする事で、樹氷会の内部で話がまとまりやすいかもしれないという効果を狙ったものである。



 記者会見が終わると、最上階の来賓用の展望室で昼食会となった。

 昼食会は報道がいないため極めて内輪の話ができる。

最初に話題になったのは浜名湖の暴漢の話である。

あの時の暴漢、大島遥と松浦まつら真弓。

そのうちの松浦の方が、ぽつぽつと供述を始めたらしい。


 松浦は何年か前に共産連合系の自己啓発集会から、精神安定の講義に参加してみないかと誘いを受けたらしい。

精神的にボロボロだった松浦は、吸い寄せられるように講義会場へと向かった。

会場に入ると少し甘い匂いがして頭が揺れた。

その後は不思議と心と頭がすっきりとしたと言っているらしい。

何度も何度も通ううちに、講義の主催者である大島と親睦を深め、共産連合の支部へ通うようになった。

その中で岡部の写真を見せられ、あなたを不幸のどん底に叩き落としたのはこの人物だと教えられた。

その写真をめちゃめちゃにし、貰った煙草を吹かすと気持ちが晴れやかになったと松浦は語ったらしい。


「それって、もしかして……」


「ああ。血液検査、毛髪検査、尿検査、いずれからも、かなりの濃度の薬物反応が出たそうだ」


 丹羽の話によると、薬物反応が出たのは松浦だけで大島からは出なかったらしい。

松浦から聞いた講義会場を調べたのだが、会場は一般の公民館で壁紙から薬物反応が出たらしい。

なお、公民館を借りた団体は架空の名義だった。

自治体によると、新聞社の関連団体を自称していたとの事で、特に不信にも思わず貸し出したのだそうだ。


 供述のあった共産連合の支部の場所も詳しく聞いた。

警察が立入りをしたのだが、すでに撤収された後で中には誰もいなかった。

奥の机に、宴会でもしたのか、卓上のかまどと麦酒の瓶、替えの瓦斯缶などがあった。

帰ろうとした時に突然その竈の瓦斯缶が破裂し、近くに置いてあった瓦斯缶の束にも引火し、警察官に複数の負傷者が出た。


「遠隔爆弾ですか。完全にやり口が竜十字と同じですね」


「竜十字は輸入雑貨だったそうだが、共産連合は引っ越し業者の事務所だったそうだよ」



 すると突然丹羽が、大津では住居はどうする予定なのかと話題を変えてきた。

実は今、家を建てていますと岡部が言うと、さらに丹羽はその場所を聞いてきた。

不審に思いつつも、木下町というところと伝えると、丹羽は真剣な表情で織田の顔を見て、二人で無言で頷いた。

織田も真剣な表情で、私から連絡をしておくので、この後、真っ直ぐ大津の秋水会本部へ行くようにと指示した。



 秋水会は紅葉会の織田繫信会長の弟、織田信牧が一昨年開いた新会派である。

織田繫信は本部のある場所を『大津』と言ったのだが、正確に言うと琵琶湖を挿んで東側の『草津』である。

草津というと毛野郡に温泉で有名な場所があるのだが、ここはそこまで温泉は有名ではない。

大津で高速鉄道を降り、琵琶湖環状線に乗り替え一つ目の駅が草津である。

駅を降りると目の前に真新しい大きな建物がそびえ立っていて、すぐにそこが秋水会の本社だとわかった。


 受付で岡部だと名乗ると、伺っておりますと言われ最上階の応接室へと案内された。

 部屋には大きな窓があり、琵琶湖が一望でき、その先に大津競竜場の観客席が見える。


「そこの窓からね、競竜が見えるんですよ」


 後ろから男性の声がする。

声をかけてきた男性は、秋水会の筆頭秘書で蒲生(がもう)だと名乗った。

その後ろから織田繫信会長とよく似た人物が入室してくる。


「初めまして。岡部と申します」


「織田信牧です。お初にお目にかかりますね。先生のお噂はかねてから耳にしていましたよ」


 三人は挨拶を交わした後、応接椅子に腰かけた。



 この辺りは競竜競走で風の変更が起るからと建物に高さ制限があると、信牧は話し始めた。

もう少し高ければもっと良く見えるのだがと残念そうに言う。

飲み物が運ばれてくると信牧は、改めて三冠おめでとうと言って右手を伸ばしてきた。

その手を取って岡部がありがとうございますと礼を述べると、信牧はその手を離さず握り続けた。


「どうだ。うちに来んか。一緒に世界に行こまい。冗談で言っとるんではねえ。俺は本気だ」


「戯れという事にしておきます。じゃないと、多くの方から僕も怒られてしまいますから」


 岡部は手を離して引こうとするのだが、信牧は力を込めて離すまいとする。


「最上君には先生は勿体無いよ。それにあそこには杉先生がおるだろ」


「会長にだって、池田先生がいるじゃないですか」


 眉をひそめ少し困り顔をする岡部の目を信牧はじっと見続けている。


「他に誰が怒ると言うんだがね。兄貴か?」


「武田会長と朝比奈会長、それと一番怒るのは間違いなくうちの大女将だと思いますが」


 『大女将』という単語が出ると、信牧はびくりとして手を離した。


「あ、あげはさんはちょっと……悔しいが諦めざるをえんな。今の事は、その、あげはさんには黙っといてちょう」


 心底がっかりした顔で信牧は珈琲を口にした。



 信牧の戯れがひと段落したところでいよいよ本題へと入った。

 蒲生が一枚の写真を机の上に置く。


「これ、木下町の建築中の物件なんですが、先生の家で間違いありませんか」


 見ると確かに今建造中の岡部の新居である。

その後、蒲生は今度は二枚の名刺を机の上に置く。

一枚は不動産屋、もう一枚は家を建てている工務店の名刺である。


「この家を建てているのは、この『雨森(あめのもり)工務店』という会社なんですが、この会社を選ぶにいたった経緯をお聞かせいただけませんか」


 何やら問題があるらしいと感じ、岡部は珈琲を一口口にしてから話し始めた。

 三月の初旬、直美、梨奈と話し合い、家を建てようと大津へ行った。

大津駅前には地元の不動産屋が一件だけしかなく、その『海北(かいほう)不動産』という所に入った。

店の人は岡部を見るとすぐに岡部だとわかったようで、良い物件があるからと、空物件に連れていかれた。

駅から少し東に行った琵琶湖の湖岸沿いの物件を案内され、非常に良い物件だと感じた岡部たちは、その場で決めてしまった。

その海北不動産が紹介してくれたのが雨森工務店である。


 工務店に行くと事務所は非常にこじんまりしていた。

社長の名前のせいで欠陥住宅を建てられるんじゃないかと思われるのかイマイチ業績がと、担当者は苦笑いし笑いを誘った。

こんな家が良いと直美と梨奈が要望を出し、ざっくりとこんな家でどうかと担当が間取り図を出してきた。

その後、何度か工務店と不動産屋に足を運び地鎮祭を行った。

工務店の規模の問題か、建築速度が非常に遅く、今、やっと基礎の建築が終わった。



 そこまで聞くと信牧は頭を掻いた。

蒲生もため息をつく。


「残念ですが、この家は恐らく何年経っても完成はしませんよ」


「やはり、あの工務店に何か問題があるのですか?」


 その後の蒲生の説明は実に衝撃的なものだった。


 まず、岡部たちが入った海北不動産、ここの社長は共産連合の主要人物である。

さらに言えば雨森工務店の社長も共産連合の近江支部の幹部である。

最も衝撃的だったのは岡部が見た空き物件。

その隣の土地は、岡部が最初に見に行った時から空物件になっていて瓦礫が積んであった。

実はその場所こそが、かつて竜十字の拠点のあった場所だったのだ。

今岡部が家を建てている場所は、紫宸殿の花見襲撃事件の後、拠点を潰す際に被害を受けた家で、それを共産連合が二束三文で買い取った物件なのである。



「恐らく、やつらの目的は先生の家族に手を出しやすくするためだと思います」


 鋭い眼光で蒲生が岡部の目を見つめる。


「なぜ、この事がわかったのですか?」


「最初は単に、竜十字の拠点だったところに家が建つらしいという話だけでした。ところが調べれば調べるほど黒い話が……」


 現場に足を運ぶとそこの看板に『岡部』の名があり、もしかしてと確認を取ってもらう事になったのだそうだ。


「つまり僕は、偶然にも熊の穴倉に入り込んでしまったって事なのか……」


「そうでは無いんです。実はあの付近に不動産屋はあの一件しかないんですよ。ここ数年で全て潰れてしまって」


「えっ! じゃあ、このために他の不動産屋をやつらが?」


 それに関してはまだ蒲生が調査しているところなのだそうだ。

毎年伊級への昇級者はおり、今後も同じような事象が発生する恐れがあるため、ある程度の調査結果を持って竜主会に問題提起する事になっているらしい。


 彼らと交わした契約書には必ず不備があるはずだから、四釜、大崎あたりに相談して、今からでも別の場所に建て直すべきだと蒲生は進言。

あまりの話に岡部は言葉を失ってしまった。


 別の不動産屋と工務店の名刺を差し出し、これは山桜会の系列の信頼できる店だと紹介してくれた。

深く礼を言う岡部に、信牧はこれは貸しだぞと釘を刺した。

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