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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第六章 出藍 ~呂級調教師編(後編)~
328/491

第24話 藤波賞

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(呂級)

・岡部梨奈…岡部の妻、戸川家長女

・岡部菜奈…岡部家長女

・戸川直美…梨奈の母

・戸川為安…梨奈の父(故人)

・最上義景…紅花会の相談役、通称「禿鷲」

・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将

・最上義悦…紅花会の会長、義景の孫

・大崎…義悦の筆頭秘書

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和

・大宝寺…三宅島興産社長

・櫛橋美鈴…紅花会の調教師(八級)。夫は中里実隆

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・杉尚重…紅花会の調教師(呂級)

・松井宗一…紅花会の調教師(呂級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(呂級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・石野経吾…岡部厩舎の契約騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・牧光長…岡部厩舎の調教師見習い

・新発田竜綱…岡部厩舎の調教助手

・垣屋、花房、阿蘇、大村、赤井、成松…岡部厩舎の厩務員

・西郷崇員…岡部厩舎の厩務員

・坂井政則…岡部厩舎の厩務員

・十河留里…岡部厩舎の女性厩務員

・荻野ほのか…岡部厩舎の女性厩務員

・小平一香…岡部厩舎の女性厩務員、父は北国牧場の小平生産顧問

・跡部資太郎…白詰会の調教師(呂級)

・香坂郁昌…大須賀(吉)の契約騎手

・栗林頼博…清流会の調教師(伊級)

・松下雅綱…栗林厩舎の契約騎手

 主競走の三つ前の競走で『サケセンカイ』が新竜戦に挑んだ。

 岡部からしたら『センカイ』は『オンタン』ほどではないと感じている。

そのため『オンタン』は六月の二週目に使ったのだが、『センカイ』は四週目に使う事になった。

だが、そこまでの素質では無いとはいえ鍛え方が違う。

周囲も呂級調教師の竜のみで、終始他竜を圧倒し一着で終着した。



 夜の八時が近づいてきた。

電光掲示板に竜柱が表示されると、係員の合図で騎手が一斉に竜に乗りこみ展示泳走となった。


 止級の竜は本来は水中を泳ぐ生態である。

呼吸は皮膚呼吸が主だが、肺呼吸もするため、定期的に水上に顔を出し嘴上の噴気孔で呼吸をする。

そんな生態のため、ある程度水中から全身を出していても生命的には何の問題も無い。


 そのまま水中で泳がれてしまうと、観客からは見えないし、騎手が溺れてしまうことになる。

その為、潜航は一周に一回と定められている。しかも直線のみ、跳躍台から二角までの間か、正面直線の発走線まで。ただし最後の直線は除く。


 止級の竜は常に体を三分の一程度水上に出して航行する。

尾びれを完全に水没させて掻くので、人間の水泳のように飛沫が飛び散る事は無いのだが、水中に小さな気泡が発生し視界が極めて悪くなる。

さらに無理に水面近くを泳ぐため、かなり水流も発生する。

止級の竜は肉食のくせに非常に憶病で、気泡や水流に敏感に反応し、本能的に泳ぎを控えてしまう。

速度を出し続けるためには、騎手はなるべく他の竜が泳いだ所を避ける位置取りが必要になるのである。


 だがどうしても二か所の反転角ではごちゃついてしまう事になる。

体を水面に浮かせているため、体当たりを受けると簡単に弾かれてしまう。

竜の能力に任せて無理に急反転すれば、強烈な遠心力に騎手が耐えられず落竜してしまう事にもなる。

そのあたりの兼ね合いをどうこなすかが騎手の一番の腕の見せ場であろう。


 展示航走が終わると一旦検量室に戻り、発走までの間、服部は何かを数えるように発走の脳内演習をしていた。


 係員の合図で各騎手が一斉に竜に騎乗し競技場に泳ぎ出した。

発走者が白旗を振ると発走曲が流れ、各竜は一斉に発走位置へと向かって行った。



――

太宰府に夏を告げる『藤波賞』の発走時刻が迫ってまいりました。

『海王賞』への前哨戦、果たしてどのような一戦になるのでしょうか。

各竜、発走位置に付いています。

一枠ナミタロウ、二枠タケノノシマ、三枠サケオンタン、四枠ロクモンショウイ。

五枠キキョウダンパ、六枠クレナイカンサイ。

七枠シミズシュモク、八枠イチヒキクルマガイ。

進入隊形決まって四、二、二。


発走者の赤旗が振られ、今大時計が動きました!

二頭加速、中二頭も加速、内四頭遅れて加速。

今、発走しました!

ほぼ揃った発走。

一角の攻防!

内から一枠、二枠を三枠が内に抑えつけて抜ける。六枠がその外を回る。七枠その間を巧く通った。

先頭サケオンタン、並んでクレナイカンサイ。

少し遅れてタケノノシマ。

各竜、跳躍台を飛越。

発走は全竜正常です。

三枠、六枠浮上して二角に向かう。

今度は六枠が三枠を抑えつけて抜ける。隙をついて二枠が三枠に並ぶ。

前三頭、わずかの差で最終周に入りました!

再度一角の攻防!

六枠内を丁寧に回る。三枠大きく外。間を割って二枠。

再度先頭代わってサケオンタン。

三頭ほぼ同時に飛越。

そのまま潜水。

三頭浮上し最後の二角!

三枠、内に切れ込む! 六枠、急反転!

クレナイカンサイ一気に先頭!

サケオンタン追いすがる!

タケノノシマは厳しい!

クレナイカンサイか!

クレナイカンサイ終着! 二着はサケオンタン!

――



 検量室に戻った服部は教来石(きょうらいし)に、最後の仁科(にしな)さんのあれは何ですかと興奮気味にたずねた。

真後ろで見てたけど、あれ凄かったよなと教来石も驚いている。

よくあんな事して竜から落ちませんよねと服部が言うと、教来石は笑い出し、それだけ仁科さんも必死だったんだろと服部の背中を叩いた。

帰ってきた仁科に服部は、最後の反転凄かったですねと、わざわざ言いに行った。


蜂須賀(はちすか)さんがよくやってるのを見様見真似でやっただけだよ。だが二度とやらん、落ちたら元も子もないし第一腰に来る」


そう言って仁科は腰をさすって笑いながら検量へと向かった。




 翌日、厩舎では、とある新聞の記事がかなり話題になっていた。

 内田の実習競走の結果である。

初回の実習競走では三着だった内田だったが、二回目は二着だったらしい。

勝ったのは前回同様赤根会の内ヶ島氏充。

三着は薄雪会の高山友和。

その内田から見学に行きたいと申請が入った。



 数日後、早速、内田が厩舎を訪れた。

これを飲むと帰ってきたと実感すると言って、内田は珈琲を飲んで微笑んだ。


「思ったより苦戦してるみたいだね」


「ばり凄かばい! 内ヶ島くんも凄か。ばってん、高山くんが!」


 内田の目は輝いており、土肥の実習がかなり充実している事が窺える。


「稲妻はそこまでじゃないの?」


「稲妻の人達も能力は高か。ばってん、それ以上にあの二人が!」


 竜の質が全然低いのに、自分と互角に張り合ってくるんだと内田は一段と目を輝かせる。


「内ヶ島さんって、たぶん南条さんのとこの人でしょ」


「ですね。何度か夜勤で一緒になった事があるばい。今、一番仲良うしてもらっとります」


 何かというと旅行に行こうと誘われると内田はげらげら笑った。


「そっかあ。下宿も賑やかなんだろうなあ」


「呑み歩いてばっかやけどね。嫁にバレたら何言われる事やら」


 自分もそうだったと岡部が笑うと内田も大笑いした。


「国司さんの息子さんはどうなんです?」


「元気にやっとりますよ。同期ん中では腕は良か方ばい。ばってん、技術はさすがに稲妻系に一日の長ばある感じばい」


「やっぱり、幕府の中学校の竜術部と広く支援契約してるのは大きいよなあ。うちは出羽郡だけだもんね」


 騎手候補たちはみんな品行方正で、自分の高校時代を思い出すと冷や汗が出ると内田は笑顔を引きつらせた。


「調教師の試験も、騎手候補がいたら全然楽になりますけん、良い騎手ば抱えられるようになれると良かなんやけど」


「確かにそうなんだけどね、でも調教師候補が用意できないって事になったら、騎手候補が捨てられたと思って落ち込んじゃうからね」


 岡部が言ってるのが服部の事だというのは内田もすぐに気が付いた。


「とは言え、服部君のように思わん出会いもあるわけでしょ。悪い事ばかりいう事やなか気がしますけど」


「まあ、騎手はね。そういう事もあるかもしれないよね。だけど会としては、やっぱり恥ずかしい話だよ」


 珈琲をすすり、岡部の話に納得して内田は小さく頷いた。


「調教師の絶対数が違うけん、門弟の人数も全然違いますけんね」


「そこに最初に気づいたってだけでも、稲妻系は尊敬に値するよ」


「俺も頑張って、門弟ば増やしていかんといけんですね」


 岡部が、夕飯たかられるかもしれないけど許してあげてねと言うと、すでに一回と笑い出した。


 その後、内田は、毎月の重賞を同期で集まって視聴しているという話をした。

岡部先生は調教師候補全員の憧れで、毎回、麦酒の空き缶が大量だと大笑いした。

岡部の頃と違い、今は稲妻の寮の者も一般寮に頻繁に遊びに来るらしい。

もちろん逆も頻繁なのだそうだ。


 武田の『求めるものは稲妻の外にある』という一言が、稲妻の寮に薫陶として受け継がれているのだとか。

跡部が香坂から聞いたようで、卒業する時に『稲妻は武器ではなく道具、大切に使え』と共に額に入れ壁に並べて飾ったのだそうだ。

あれから櫛橋と斯波が稲妻を蹴散らしており、稲妻も前のような選民的な感じではなくなったらしい。


「必ず国司君と一緒に首位ば取って、堂々と卒業してみせます!」


 拳を握って内田はそう宣言した。

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