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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第六章 出藍 ~呂級調教師編(後編)~
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第23話 卜部

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(呂級)

・岡部梨奈…岡部の妻、戸川家長女

・岡部菜奈…岡部家長女

・戸川直美…梨奈の母

・戸川為安…梨奈の父(故人)

・最上義景…紅花会の相談役、通称「禿鷲」

・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将

・最上義悦…紅花会の会長、義景の孫

・大崎…義悦の筆頭秘書

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和

・大宝寺…三宅島興産社長

・櫛橋美鈴…紅花会の調教師(八級)。夫は中里実隆

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・杉尚重…紅花会の調教師(呂級)

・松井宗一…紅花会の調教師(呂級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(呂級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・石野経吾…岡部厩舎の契約騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・牧光長…岡部厩舎の調教師見習い

・新発田竜綱…岡部厩舎の調教助手

・垣屋、花房、阿蘇、大村、赤井、成松…岡部厩舎の厩務員

・西郷崇員…岡部厩舎の厩務員

・坂井政則…岡部厩舎の厩務員

・十河留里…岡部厩舎の女性厩務員

・荻野ほのか…岡部厩舎の女性厩務員

・小平一香…岡部厩舎の女性厩務員、父は北国牧場の小平生産顧問

・跡部資太郎…白詰会の調教師(呂級)

・香坂郁昌…大須賀(吉)の契約騎手

・栗林頼博…清流会の調教師(伊級)

・松下雅綱…栗林厩舎の契約騎手

 『サケショウチュウ』と『サケコウガイ』が放牧となり、皇都の全竜が放牧される事になった。

『ショウチュウ』は正式に引退が発表され繁殖入りが告げられた。

初年度は紅藍牧場の肌竜にのみ試験的に種付けされる事になるらしい。

その中には赤根会と火焔会の竜も含まれているのだとか。



 翌日、皇都の大宿で祝賀会が開催された。

 すでに厩舎の半数は太宰府に行っており、厩務員の参加者は非常に少なく、主役は紅花会という感じだった。

これが『優駿』の盾なのかと、参加者は貰った盾をまじまじと見ている。

紅花会の本社の一階に、呂級以上の全ての杯や盾が口取り式の写真と共に展示されているのだが、初めてそこに『優駿』の盾が並ぶ事になったのだ。


 ずっとこの日が来るのを夢見てきたとあすかが感慨深げに言った。

先々代から数えたら何十年になるのかわからんと最上も遠い目をする。

紅花会を大きくしてくれた斯波先生も、ついに『優駿』には手が届かず伊級に昇級してしまった。

次は斯波先生を超えてもらう事だと、小野寺は岡部の顔を嬉しそうに見た。


「斯波先生って、最高順位はどれくらいだったんですか?」


「記録によると、十二位が最高だったみたいですね」


 斯波詮二という伝説の調教師が紅花会にいたという事は、出席者の多くの人が知っている事ではあった。

だがその成績まで知っている者はごく一部で、思った以上の高い順位に一様に驚いた顔をした。


「十二位という事は、世界へは行けなかったんですね」


「ええ。ただ年々成績は上がっていましたから、もう数年やれていれば、重賞くらい取れていたんじゃないかと……」


 非常に残念そうな顔で小野寺は言った。


 『世界』

 最近徐々に周囲からこの単語が出るようになってきている。

それだけ岡部が瑞穂競竜界の頂点に近づきつつあるという事なのだろう。




 二日後、荒木、垣屋の二人を残し、岡部たちは太宰府へと向かった。

前日に武田が一緒に行こうと言い出し、同じ列車で向かう事になった。

服部と板垣は石野と三人で、先日の『優駿』の話でかなり盛り上がっている。

だが、武田と岡部の話題は例の脅迫状の件だった。


「今もこの列車に乗ってて、うちらを見とるんやろうか?」


「それならまだね。不在の間に皇都で家族に手を出される方が嫌かな……」


 確かにその方がキツイかもしれないと武田は渋い顔をする。


「おばさん、犯人見たんやろ? どんな人やったとか覚えてへんの?」


「中年の女性だったって聞いた。白髪混じりで首から写真機下げて、じっと菜奈を見てたんだって。人さらいかと思って逃げたって言ってた」


 一度はそうなんだと流してしまいそうになった武田だったが、一拍置いて、女性なのかと確認するように聞いた。

岡部は無言で頷く。


「しっかし、なんで竜主会はあないな事したんやろな。あれやと、犯人刺激して危険に晒しただけやんな」


「知恵も想像力も足らないんだよ。担当級会議に出席するような人たちには。代表級の会議ならもっとマシな決定が下されただろうに」


「確かにな。あの破壊工作の件かて、ほぼ君と加賀美さんで対処したようなもんやったもんな」


 まさかあんなに警察が無能だとは思わなかったと岡部が不貞腐れて言うと、武田は顔を引きつらせて岡部から目を反らした。


「だけど、普通こういう案件って代表級で設定して会議するのに、何で今回、担当級だったんだろう」


「総務部長がそういう判断下したんと違うの?」


「それって……もしかして、総務部長があいつらに取り込まれているって事?」


 武田もハッとして、もしそうだとしたら状況は最悪だと呟いた。




 太宰府に到着し、早々に最初の定例会議が開かれた。

主の議題は『サケオンタン』を『藤波賞』に出すかどうか。

岡部は出す方向だったのだが、思ったより直行派の意見も多い。


 直行派の理由としては、その方が調教回数が稼げるからというものだった。

この意見の筆頭が服部と石野だった。

十河と西郷は岡部と同じ意見で『藤波賞』を使って思い切り泳がせた方が、調教よりも効果があるというものだった。


 岡部としてはどちらの意見もわかる。

最終的に、万全で『海王賞』を戦うために競走の勘があった方が良いと思うと成松が発言した事で出走させる方向で決まった。



 一週目、『オンタン』は予選一に出走。

昨年『潮風賞』を三着しただけあり、予選一は余裕だった。

二週目の予選二も、正直格が違うという感じだった。



 最終予選、早くも秋山の『タケノノシマ』と当たる事になった。

 秋山も教来石(きょうらいし)騎手も口を揃えて、呂級の時は気が楽だったが伊級に上がったら呂級に負けられないという嫌な圧があると報道に語っていた。


 発走で『タケノノシマ』に負けた『オンタン』だったが、その後、ジリジリと追いつめて行った。

教来石も巧く進路を塞いだのだが、服部は食らいついていき、三着以下を大きく引き離し二着で終着した。



 『藤波賞』の決勝は非常に豪勢な顔ぶれとなった。

秋山と岡部以外にも、池田の『シミズシュモク』と松永の『ナミタロウ』も決勝に残った。

さらに東国から十市の『クレナイカンサイ』が遠征してきている。

呂級は岡部だけで、あとは全員伊級である。




 久々に秋山厩舎を訪れ、十市と三人で珈琲を飲みながら歓談していた。

来年伊級で岡部がどんな竜を育てるのか今から楽しみだと二人は言い合っている。

そこに成松が急な来客だと告げに来た。


 事務室に戻ると、実に懐かしい人物が応接椅子に座っていた。

お久しぶりですねと笑顔を見せると、男はにこりと微笑んで名刺を手渡した。

『日競新聞 九州支部統括』という肩書の書かれた卜部(うらべ)の名刺を岡部はじっと見つめた。


「この『九州支部統括』って、どれくらいの地位なんですか?」


「九州支部長の直下ですね。九州支部の二番目です。いやあ、久留米の時に先生に協力させてもらったおかげですよ!」


 久留米で厩舎に来ていた時と違い、卜部は高そうな一張羅に身を包んでいる。


「そんなそんな、卜部さんの実力もあっての事でしょ」


「そんな実力なんて、そこまで関係ありませんよ。出世なんてコネと運の要素が非常に強いんですから。久留米の先生のあの件が無ければ、間違いなく今でも一記者で、あっちこちを走り回ってると思いますよ」


 しばらく二人は久留米での思い出話に花を咲かせた。


 散々話をした後で岡部は珈琲を飲み、何かあったんですかとたずね、いよいよ本題へと入った。

この写真の人物に見覚えはありませんかと、卜部が一枚の写真を鞄から出す。

そこには一人の中年男性が写っており、写真機を構えて何かを撮ろうとしているようだった。


「誰ですか、この人は?」


 「やはり」と言って卜部はため息をついた。


「吉田部長から先生の宿舎を張りこめと言われ、部下に車で張らせていたんです。そしたら、この人物が先生の部屋を」


「女性じゃないんですね」


「ですね。皇都の不審者とは別人物。つまり相手は一人じゃないという事になると思います」


 写真をじっと見つめ、岡部は下唇を噛んだ。


「最悪だな……組織的な犯行となると、さらに危険度が増してくる」


「同じ写真を吉田部長にも送って、連合警察に渡してもらってます。ですので、これを竜主会にお渡しください」


 写真を封筒に入れると机に置き、卜部はさらに話を続けた。


「先日皇都で例の女が拘束されたそうですよ。公園で幼児を盗撮していた所を《《偶然近くにいた》》警察に職務質問されたんだそうです」


 『偶然近くに』という部分で岡部は噴出しそうになった。

警察が動いている事は相手には勘付かれてはいないと卜部は言いたいのだろう。


「で、身元はわかったのですか?」


 卜部は鞄から別の写真を取り出し机に置いた。


「捕まったのは『大島(おおしま)(はるか)』。大島やえの娘だそうです」


「確か大島やえって、女子大の客員教授として、以前頻繁に報道番組に出てた人ですよね?」


「国家公安委員長になりそこねた人ですね。先生の策略で素性がバレて、報道から尻尾切りされて、教授の席も失ったようです」


 その卜部の言い方が気に入らず、岡部は目を細めた。


「それは自業自得で僕のせいじゃないですよ」


「残念ながら、先生の考えはこの際問題じゃありませんよ。問題は大島の娘の方はそう思ってはいないだろうという事です。突然、自分の学生時代の、万引きやら、かつあげやら、いじめやら、数々のやんちゃが新聞に暴かれ、母親が職を失ったわけですからね」


 極めて冷静に指摘され、岡部は少し拗ねたように口を歪めた。


「それこそ自業自得でしょうよ」


「普通の人ならそういう思考になるんでしょうが、父親代わりの人物が共産連合の首魁ですからね。娘もそういう思想に染まりきった人物だと思いますよ?」


 大島遥を『厄介なおばさん』と言って二人はため息をついた。


「今、犯罪組織が共産連合に一本化してるからなあ。だとするとさっきの男も、共産連合の関係者なんですかねえ」


「恐らくは。そして彼らの動機は先生への個人的な私怨だと思われます」


「つまり新聞とは関係無しという事か……」


 果たしてそうなのかなあと岡部は自問。

珈琲を飲んで、しばらく無言で考え込んだ。


「何か引っかかる事でも?」


「二点ほど。まずは、何で今さらという点。それともう一つは、目的が何かという点」


 すると卜部は眉をひそめ、首を傾げた。


「私怨に目的なんてあるんでしょうか?」


「どうなんでしょうね。本当に単に私怨なのだとしたら、『調教師を辞めろ』の意味がわからない」


「そう言われてみれば確かに。さっさと害せば良いだけの話ですもんね」


 先ほどの盗撮犯の写真を岡部はもう一度じっくりと見た。


「どうしたんです? まさか、その男に見覚えがあるとか?」


 岡部は無言で首を傾げた。


「確実に知らない人なのですが……ただ、どこかで見た覚えがある気がするんですよね……」


「え? そうなんですか?」


「最近とかじゃなく、何年も前に。どこの誰だっただろう……」


 卜部は同じ写真を二枚余計に手渡し、後でゆっくり思い出してくださいと微笑んだ。



 引き続き何か情報があれば、お願いしますと岡部は卜部にお願いした。

先生から受けた御恩を返すために労は惜しみませんと、卜部は爽やかな顔ではにかんだ。

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