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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第六章 出藍 ~呂級調教師編(後編)~
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第21話 脅迫

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(呂級)

・岡部梨奈…岡部の妻、戸川家長女

・岡部菜奈…岡部家長女

・戸川直美…梨奈の母

・戸川為安…梨奈の父(故人)

・最上義景…紅花会の相談役、通称「禿鷲」

・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将

・最上義悦…紅花会の会長、義景の孫

・大崎…義悦の筆頭秘書

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和

・大宝寺…三宅島興産社長

・櫛橋美鈴…紅花会の調教師(八級)。夫は中里実隆

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・杉尚重…紅花会の調教師(呂級)

・松井宗一…紅花会の調教師(呂級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(呂級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・石野経吾…岡部厩舎の契約騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・牧光長…岡部厩舎の調教師見習い

・新発田竜綱…岡部厩舎の調教助手

・垣屋、花房、阿蘇、大村、赤井、成松…岡部厩舎の厩務員

・西郷崇員…岡部厩舎の厩務員

・坂井政則…岡部厩舎の厩務員

・十河留里…岡部厩舎の女性厩務員

・荻野ほのか…岡部厩舎の女性厩務員

・小平一香…岡部厩舎の女性厩務員、父は北国牧場の小平生産顧問

・跡部資太郎…白詰会の調教師(呂級)

・香坂郁昌…大須賀(吉)の契約騎手

・栗林頼博…清流会の調教師(伊級)

・松下雅綱…栗林厩舎の契約騎手

 翌日、岡部厩舎に差出人が書かれていない郵便が届いた。

またかと思いながら封を開ける。


”今すぐ調教師を辞めろ これ以上罪を重ねるな”


 新聞の文字の切り抜きを貼り付けた紙と剃刀の刃が封入されている。

またですかと、成松がそれを見てため息をつく。


「皇都だけやなく、太宰府にまで送ってくるなんて……」


「何度も何度も熱心な事だよね。余程うちの厩舎が好きと見える」


「愛情やとしたら、歪みすぎばい」


 鼻で笑って、郵便を机に置き、岡部は竜の状態を確認しに向かった。


 前日、潮見表を確認しながら一月分の調教計画を練っており、その計画に沿って一時間ほど経ってから竜を調教場へと向かわせた。

観察台で調教状況を確認していると、少し遅れて武田信文と秋山が現れた。

それからさらに少し遅れて伊東、大須賀、池田、松永という伊級上位の面々が姿を現した。

岡部の姿を見ると秋山は、少し早いんじゃないのかとからかった。

そっちが重役出勤なんだと指摘すると、武田信文が豪快に笑い出した。


「久々やな。今回は一回使うんか、それとも直行なん?」


「一回使う予定です」


「そうなんか。そしたら『藤波賞』はだいぶ豪勢な顔ぶれになりそうやな」


 武田信文が双眼鏡で覗きながら、かなり楽しそうに笑う。

今年は何人調整室送りになる事やらと、伊東も笑い出した。

昨年、宇喜多の代わりに総賞金五位になった池田が岡部の背中を叩く。

一緒に『海王賞』を賑わそうなと言って微笑んだ。



 調教を終え厩舎に戻ると、客が二名来ていた。

 事務室に残っていた成松が接客しており、岡部が帰ってきたのを見て珈琲を淹れに席を立った。


「ずいぶんと大暴れしてるようやね。呂級すら君には容易(たやす)いと見える」


 嬉しそうな顔で栗林が珈琲を飲むと、隣で松下が、戸川先生はあんなに苦労したというにと笑い出した。


「戸川さんが(なら)した地を行ってるんやから、そら戸川さんのようには苦戦はせんやろ」


「栗林先生の方はどうですか? 伊級の方は」


 珈琲を飲むと、これまでを思い出すように栗林は少しだけ視線上げた。


「さすがにしんどいよ。そらそうや。その道の最高峰ばっか揃っとるんやから」


「ですよね。僕はどこまでやれるんだろ……」


「まあ、さすがの君でも最初は苦戦するん違うかな。なんせ相手が強すぎるからな。そやけどすぐ慣れるよ」


 逆に何も苦戦しなかったら俺の立つ瀬がないと栗林は豪快に笑った。

 そんな栗林に、この人は呂級で『海王賞』の決勝出た人だと松下は指摘して笑い出した。


 そんな談笑の最中、ふと机の隅に無造作に置かれた封筒が気になり、栗林が手に取った。

処分するの忘れてましたと言って、岡部が焦った顔で奪い取ろうとする。

その態度に、もしかして恋文か何かかと思って、にやりとして封筒を岡部から遠ざけた。

にやにや笑いながら封を開けた栗林だったが、中身を見てすっと顔から笑みを消した。


「……何やこれ」


 睨むような目で岡部を見て、封筒を松下に手渡した。

松下も中身を見て険しい顔をする。


「……実は以前から皇都に定期的に送られてきていたんです。太宰府にまで来ちゃって。困っちゃいますよね。僕、髭剃りは電気派なのに」


「冗談を言うてる場合か!! 警察にはちゃんと相談しとるんやろうな!」


「僕はこれまで、あまりにも多くの人の恨みを買ってきてますからね。警察には相談するだけ無駄だと思うんですよね」


 どこか諦めた態度の岡部に呆れ果てて、思わず栗林から吐息が漏れる。


「あのな、戸川さんの件と、その後の破壊工作で、感覚が麻痺しとるんかもしれんがな、これはかなり危険な状況なんやで」


「ご心配くださって、ありがとうございます」


「君はこの瑞穂の至宝の一人なんやから、くれぐれも自分の身を大切にな」


 面倒がらずにちゃんと対処を考えるんだぞと釘を差し、栗林と松下は帰って行った。




 翌日、調教を終え厩舎で事務作業を行っていると、栗林が伊東と共にやってきた。


 来るなり伊東は応接椅子にどかりと座り、『例のブツ』はどこだと言いだした。

珈琲を淹れる手を止め、岡部は執務机から封筒を出し伊東へ手渡した。

封筒を裏返したり、中をのぞき込んだり、中の紙も裏から見たり、空に透かしたりして、伊東は注意深く観察した。

どう思いますかと栗林が真剣な眼差しで伊東にたずねた。


「皇都に来とるやつも見んと何とも言えへんけども、消印が太宰府になっとるいう事は、太宰府に来て投函したいう事やんな」


 つまりこれの差出人は、岡部を追って皇都から太宰府に来ているという事になる。


「皇都に来とるやつの消印はどないなっとるんや?」


「まちまちですね。皇都から投函されたものが多いのですが、幕府からのものもあれば、豊川のものもあります」


 岡部の淹れた珈琲をひと啜りして伊東は考え込んだ。


「豊川いうんはようわからへんけども、もしかしてそれ、お前がおったとこから投函されとるんちゃうか?」


「恐らくはそうじゃないかと僕も感じています。豊川は年末の会派の忘年会の時だと思います」


「なぬ? そしたらずっと尾行されとるいう事やないか! 最悪やな……」


 栗林はバンと机を叩き、なんでこれをちゃんと大ごとにしなかったんだと怒りだしてしまった。


「……飽きたんやろ。きりが無いから」


「やればやるほど僕を怨む人が増えるんですからね……」


「それこそが向こうの狙いやとは思わへんのか?」


 伊東の鋭い指摘に岡部は黙り込んでしまった。


「まあ、お前の事や。最初は警戒しとったんやろ。それで何も起こらへんから、下手に刺激せんどこうと放っておいとるんやとは思うが……」


「実は最初の封筒が来た後、しばらく何をしてくるのか様子を見ていたのですが、その後もただ手紙が来るだけで何も手を出してきませんでしたので」


「ド阿呆! 対処が逆や! 手出せへんように小さいうちから潰すんや! 周囲に身が危険やと思っといてもらうんや!」


 伊東に叱責され、岡部はこくりと頷いた。


「わかったらさっさと対処せい! お前やったら、やろう思うたらやれるやろ。周辺に危害が及んでから悔いても遅いんやぞ」


 その通りですねと岡部は大きく頷いた。



 翌日、松井と杉に例の脅迫状の件を話し、厩舎をお願いして皇都へと戻った。



 木曜日、『瑞穂優駿』の予選に『サケコウガイ』が出走。

『コウガイ』は、かつて戸川厩舎にいた『サケタイセイ』と同じナイトシェード系の竜である。

昨年輸送事故に遭った『サケケアラシ』も同じナイトシェードの血統である。

ただ、ひとえにナイトシェード系と言っても特徴は様々なのだが、豊富な体力を持つという大きな売りがある。

『タイセイ』の父『ニヒキカンショ』は圧倒的な先行力が売りであった。

『ケアラシ』の父『キキョウドウマル』は末脚の確かさが売りだった。

そんな人気の二頭に比べ『コウガイ』の父『クレナイソウイ』は、ただ『重陽賞』で決勝に残ったというだけのパッとしない竜だった。

『クレナイソウイ』の父も重陽賞竜で、『クレナイソウイ』以外これという産駒はいないのだが、母の父として良い竜を出している。

ここまで『コウガイ』は、新竜戦、能力戦と、何かを隠したような、どこか全力を出しきっていないような競走内容で勝利してきている。

ついに『コウガイ』の全力が見れると期待した人も多かったようだが、予選でも相手を子供扱いするような内容で勝利した。



 翌週、明智事務長経由で、竜主会と執行会へ脅迫状の件を報告してもらう事になった。

明智も保管してあった多くの脅迫状を見て、何で今まで黙っていたんだと怒り出してしまった。


「この件、もちろん紅花会の方には報告しているんですよね?」


 岡部が無言で目を泳がせると、明智は頭を抱え大きくため息をついた。


「犯人の目星は付いてるんですか?」


「今まで恨まれる事、たくさんしてきましたからね。はてさてどれの件やら」


 少しお道化た態度を取ったら明智に睨まれてしまったので、向こうから何かしてくるわけで無いので手の打ちようが無かったと、岡部は素直に言った。


「恐らくこの件は竜主会内で緊急の対策会議になると思います。ですので、会にもちゃんと言っておいてくださいね。でないと!」


「余計に怒られるんでしょうね」


「みんな先生の身を案じて怒ってるんです。拒絶せずに素直に受け取っていただきたいですね」


 ありがたい話だと言って岡部は頭を下げた。



 それから二日後、明智が言っていたように竜主会で緊急の対策会議となった。


 各会派の代表が集まって開く竜主会の会議には三種類ある。

担当級、代表級、会長級の三種類である。

担当級は各会派から竜主会に出向している職員が出席する。

これはそこまで重要ではない案件の時に設定される。

代表級は基本的には筆頭秘書が出席する。

どの会派も筆頭秘書は会長に近い人物でさらに最も頭の切れる者がなっている。

競竜の運営に関して、広く智慧を借りたい場合に設定される事が多い。

最後の会長級は、基本的には規約の改定、番組の改定、競竜協会絡みなど、会派の同意が必要な時に設定される。


 今回であれば、本来なら代表級が設定されなければいけなかっただろう。

ところが開かれたのは担当級であった。


 その会議で決まった事は、警察への被害届の提出と、報道への情報開示だった。

警備員を警備に付けてはどうかという意見も出たが、さすがにそれはやり過ぎではないかという意見が多く却下された。

念のため、これから岡部が立ち寄る呂級、止級の各競竜場には、警備を厳しくするという指令が出る事になった。



 竜主会で対策会議が行われている中、『サケショウチュウ』の予選が行われた。

『ショウチュウ』は二冠を狙っているだけあって圧倒的で、道中を軽快に飛ばして余裕で一着で終着。

最終予選へと駒を進めた。



 翌日の各社の競技新聞には、竜主会が公表した、岡部が脅迫を受けているという記事が掲載された。

だがこの記事を見た幾人かの関係者は、ただ犯人を刺激しただけの最悪の手だと感じた。

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