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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第六章 出藍 ~呂級調教師編(後編)~
322/491

第18話 竜主会

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(呂級)

・岡部梨奈…岡部の妻、戸川家長女

・岡部菜奈…岡部家長女

・戸川直美…梨奈の母

・戸川為安…梨奈の父(故人)

・最上義景…紅花会の相談役、通称「禿鷲」

・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将

・最上義悦…紅花会の会長、義景の孫

・大崎…義悦の筆頭秘書

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和

・大宝寺…三宅島興産社長

・櫛橋美鈴…紅花会の調教師(八級)。夫は中里実隆

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・杉尚重…紅花会の調教師(呂級)

・松井宗一…紅花会の調教師(呂級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(呂級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・石野経吾…岡部厩舎の契約騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・牧光長…岡部厩舎の調教師見習い

・新発田竜綱…岡部厩舎の調教助手

・垣屋、花房、阿蘇、大村、赤井、成松…岡部厩舎の厩務員

・西郷崇員…岡部厩舎の厩務員

・坂井政則…岡部厩舎の厩務員

・十河留里…岡部厩舎の女性厩務員

・荻野ほのか…岡部厩舎の女性厩務員

・小平一香…岡部厩舎の女性厩務員、父は北国牧場の小平生産顧問

・跡部資太郎…白詰会の調教師(呂級)

・香坂郁昌…大須賀(吉)の契約騎手

・栗林頼博…清流会の調教師(伊級)

・松下雅綱…栗林厩舎の契約騎手

 四月に入り徐々に湿度が上がり、雨が降る日が増えてきている。

 呂級の四月は、春古竜三冠の最後の一冠『蹄神ていしん賞』が開催される。



 岡部厩舎では定例会議が開催されている。

幕府で行われる『蹄神賞』だが、今回は牧に行ってもらう事になった。

秋の『重陽賞』は岡部が行くので、牧に遠征を経験してもらうような機会がここしかないというのが理由である。

随員は成松と荻野。

もし会見の話が出たら皇都に聞いてほしいと逃げれば良いと言うと、それが一番の懸念だったと牧は胸を撫で下ろした。


 翌月から、いよいよ止級が始まる。

しかも来月には『瑞穂優駿』もあるため、厩舎を二分しないといけない。

今年の止級は、新たに購入した牝竜と、昨年『潮風賞』の決勝に残った『オンタン』の二頭。

牝竜の方は新竜戦、『オンタン』は今年は『海王賞』を目指す。

一方で『優駿』は『ショウチュウ』と『コウガイ』の両方が出走予定となっている。


 できれば久留米時代から所属している者は優先的に太宰府へ行ってもらいたいと思っている。

それを踏まえ、太宰府の責任者は成松と新発田、皇都の責任者は荒木と服部という事で決まった。

牧には、岡部と入れ違いで幕府と皇都を行き来してもらう事となった。



 『サケテンポウ』は例え苦手な周りと言っても、そこは地力が段違いで、予選は圧倒的だった。

『ダイトウ』と『ソウベン』も予選は問題無く突破した。




 二週目の予選が終わった三日後、岡部たちは竜主会本部へ向かう事になった。

 岡部以外には、義悦と光定、光定の部下の技術担当の計四人。


 竜主会の本部は皇都駅から北東に行った四条河原町という場所にある。

皇都駅から烏丸通りを真っ直ぐ北に行くと御所に突き当たる。

御所から丸太町通りを挿んで南に連合議会があり、そこから寺町通りという通りを挿んで東に行くと競竜協会の本部がある。

そこからぐっと南に下った場所が竜主会本部となっている。


 皇都の町は景観を考えて極端に高層な建築物は建てられない事になっている。さらに開発できる場所も限られている。

しかも皇都は神社仏閣など歴史的な建造物が非常に多く、その隙間を見つけて建物が建っている。

そのため、商業事務所などは洛中から離れた、桂、岩倉、山科、木幡といった地域に建てられている。

各省庁の庁舎ですら太秦に点在しているくらいである。


 竜主会本部も高さは五階建てとそこまで高くは無い。

その代り敷地面積が広い。

その為、入口から目的地までかなり歩く構造になっている。


 頻繁に来る者以外は建物内の案内図を見ても目的の場所には着けない事が多い。

この時も紅花会の職員に案内役を頼んで目的の第十二会議室へと向かった。


 入口から入り受付を抜け四階へ上がる。

竜主会の建物はロの字のような構造になっており、中央にはかなり立派な庭園がある。

一階には四隅にしか建物が無く、一般の方でも庭園を楽しむ事ができるようになっている。

また一階の隙間によって風が吹き抜けるようになっている。

皇都は夏、非常に蒸し暑いのだが、この構造のおかげで東の鴨川から冷風が吹き込むようになっており、思った以上に快適らしい。

そのご自慢の庭園を左手に見ながら奥に進んだ場所が目的の会議室だった。


 普通は通路に合わせて部屋を造るものだが、ここの建物は逆になっている。

その為、通路が屈折して入り組んでおり、完全に迷路のようになってしまっている。


 義悦は何度も来ているのだが、竜主会の定例会議を行う五階の第一会議室以外ほとんど行く事がないらしい。

食事ですら外の食堂を利用している。


「もう一回来いと言われたら確実に迷う自信があるよ」


 光定が呆れ口調でそうぼやいた。


「初めて先代の代わりにここに来た時さ、庭園見て来るって会議室出たら、方向感覚がおかしくなっちゃって帰れなくなったもんなあ」


「で、どうしたの?」


「非常に恥ずかしい事に、三渕会長が迎えに来てくれた」


 義悦の失敗談に岡部たちは大笑いした。


「そう笑うけどね、三渕会長だって、やはり初回の時は便所から帰って来れなくなったって言ってたよ」


「う、そんなこと言われたら便所に行きたくなった……」


 そう言って光定が席を立つと、岡部も僕も一緒にと言って、二人で会議室を出て便所へと向かった。

結局、岡部と光定は便所から出て迷子になり、その辺の事務員に第十二会議室まで連れて来てもらうハメになった。


「……君ら、よくそれで私を笑えたな」


 二人は悔しいながらも何も言い返せなかった。

 そんな二人を見て技術担当の人が大爆笑であった。



 しばらく待っていると、諮問官が四人、会議室に入室してきた。

その中の一人が、明らかに警戒している岡部たちを見て、少し話を伺いたいだけですから気を楽にしてくださいと頬を緩ませた。

それでも身構えている岡部たちを見て、何か飲み物を買ってきますと言って会議室から出て行った。


 残った三人のうちの一人が自己紹介を始めた。

先ほど飲み物を買いに行ったのが、この件の責任者で監査部の人。

残りの三人は、管理部、調教部、設備部の担当者となっている。


 調教部の担当者が岡部を見て、まさかこんな形で岡部先生と面識ができるとはと喜んだ。

うちらも浅利さんみたいに大出世できるのかもと管理部の担当と笑いあっている。

この三人の雰囲気的に、少なくとも懲罰を前提とした呼び出しでは無さそうだという事は感じ取れた。



「申し訳ありませんね。紅花会の重鎮の方々にお出でいただいたのに、缶の珈琲程度しかお出しできませんで」


 帰って来た監査部の人物が四人に缶珈琲を渡し席に着いた。

監査部の人物が胸の名札を見せ、猪苗代だと名乗ってから諮問が始まった。


 まず質問は、調教師支援機能でどんな事ができるのかという事から始まった。

これは想定された質問だったため、随行の技術担当が書面を彼らに手渡し説明を始めた。

あまり詳しい事は内容には記載されておらず、ざっくりとこういう事ができるという、いわゆる営業資料となっている。


「なぜ、このような機能を全調教師に使用させる事になったのでしょう?」


 この質問には岡部が回答した。


「竜主会の方であれば、数年前の久留米の大事件をご存知な事と思います」


 これだけで猪苗代は、ある程度を察したらしい。


「私が筆頭調教師になったからには、あのような事件を二度と起こさせないように、風通しを良くしようと思った次第です」


「なるほど! これがあれば、何かあれば別の調教師から個人的に先生の元に情報がくると!」


「そういう事ですね。ただ、どうせやるのならば、今、私が使っている経営管理やら竜の管理やらもやれたら、何かあった時に調査がしやすいだろうという程度の話ですね」


 四人は資料に釘付けとなり、なるほどなるほどと何度も呟いている。


「あの事件から、そういう風に思考を持っていけるのが、さすが岡部先生という感じがしますね」


 新進気鋭の調教師というのは、やはりどこか規格外だと猪苗代は舌を巻いた。


「ところでこれ、内容の監修は受けてらっしゃるんですか?」


 ここからは光定の担当となった。


「はい、もちろん。うちに開発協力いただいた赤根会の竜主会の事務員に監修いただきました」


「じゃあ、仕様としては規約にのっとったものになっていると考えて良いわけですね?」


「監修いただく前は、一部、規約に引っかかりそうな部分もあったのですが、そこはちゃんと修正しています」


 光定の言い方が少し引っかかったようで、猪苗代が眉をひそめる。


「どのような改修か、ここで言う事はできますか?」


「調教支援の情報の保持の仕方を、調教前は親電脳には持たないように変更したんです」


 その光定の説明では理解できなかったらしく、猪苗代が調教部の諮問官に相談。

調教部の諮問官はすぐに説明を理解したらしく、嚙み砕いて説明をした。


「なるほど。つまり、調教計画は本社の方では見られないという事にしたというわけですね」


「まあ、実際見たとして、うちらでは何が何やら、さっぱりわかりませんけどね」


 するとそこから調教部の諮問官が質問を続けた。


「じゃあ、調教履歴については誰でも見れるようになっているんですか?」


「いえ。管理している調教師にしか閲覧の権限を与えていませんから、他の調教師は全く見る事ができません」


 どうにも光定の回答は隙が多いらしく、調教部の諮問官が眉をひそめる。


「という事は、管理者が変わった時には無条件で閲覧できると」


「無条件ではありませんよ。前の管理者の許可がなければ見れないようになっています」


 「おお」と、調教部の諮問官が思わず感嘆の声をあげた。

 

「意外としっかりしてるんですねえ。思っていた以上だ」


「いやいや、当然でしょ。問題視されたら、巨額の開発費がパアになってしまうんですから」


 その光定の一言で、猪苗代は何かを納得したような表情をした。


「ここまでの説明で、執行会から疑惑の報告があったような代物では無いという事はわかりました」


「執行会は何と?」


 義悦の問いに猪苗代は少し身を乗り出し、声を小さくした。


「私が聞いたのは、紅花会さんが各調教師に調教指示をするような制度を採用したと」


「えっと……もしそんな事できる社員がいるのでしたら、普通に調教師にしますけど?」


 義悦の指摘に諮問官四人が一斉に笑い出した。


「実際、私も最初に聞いた時にそう思ったんですよ。ですので直接詳しい話を聞いてみようと担当者にお越しいただいたのです。それが、まさかこんな重鎮のお歴々がお越しになろうとは」


 苦笑いして猪苗代は他の三人の諮問官の顔を見た。

三人の諮問官も苦笑いしている。


「どこからの報告か、大雑把にでも教えてはいただけませんか?」


「それはご勘弁ください。ただ、現場の調教師からの報告、とだけ言っておきます」


 義悦と岡部は顔を見合わせた。


「という事は、執行会の監査に引っかかったわけではないと」


「そういう事になりますね。ですが、今後これが竜主会内で問題視される可能性は極めて高いでしょうね」


「今聞いていただいた通り、規約にのっとって作成していますが?」


 じっと義悦の顔を見て、猪苗代は小さく首を横に振った。


「最上会長。聡明をもって知られる会長なら、お察しいただけると思うのですが……」


「ああ、『横並びの暗黙の原則』ですか……」


「ええ。この機能はあまりにも便利すぎますよ」


 目に手を当て、義悦は大きくため息をついた。

ここで自分たちが問題視しなくても、近い将来で竜主会の会議で槍玉にあげられるのが目に見えていると指摘されたのである。

つまりは、事実上利用許可が下りないと言われているのと同義である。


「これの発案者は岡部先生なんですよね。これ、元々どんな企画だったんですか?」


 岡部の作成した企画書を光定は猪苗代に手渡した。

綺麗に装丁のされた『取扱い注意』と判の押された資料に一通り目を通し、猪苗代はかなり驚いた顔をする。


「えっ? これ、岡部先生がお作りになられたんですか?」


「ええ、仕事の合間を見てちょこちょこっと」


「嘘でしょ……正直、驚愕ですね。まず、こんなに綺麗にまとまった企画書を私は今まで見た事がない」


 義悦も賛同して頷き、社内に見本として回したいくらいだと言うと、猪苗代も、わかりますと頷いた。

光定が岡部を見ると、岡部は恥ずかしそうな顔をして指で頬を掻いていた。


「これを見てしまうと、逆に岡部先生が、この機能を使って各調教師を指導しようとしているという、もう一つの疑惑に現実味が……」


 岡部は完全に気分を害しており、口をへの字に曲げている。


「仮に会内の調教師を僕が指導したとして、調教指示しなければ問題にはなりませんよね? 違いますか?」


「ごもっとも。もしそれも禁止したら調教師間の接触を全面的に禁じねばならなくなりますからね」


「で、何の問題が?」


 岡部の剣幕に焦った調教部の諮問官が、猪苗代に滅多な事を言うなと注意した。

一方でまあまあと言って義悦が岡部をなだめている。


「気分を害されたのであれば謝罪いたします。私が言いたいのはこういう事です。紅花会さんだけ、もしくは紅藍くれあい系だけが使用できるとなると、公平でないと主張する会派が出るという事なんです」


「だったら、他も開発して使えば良いだけの話じゃないですか!」


「岡部先生。会長の多くは、最上会長のように若さと活力に富んだ方では無く、お年を召した方々ですよ。そういう方々にそんな理屈は通じませんて」


 猪苗代の説明が理解できるだけに、岡部は大きくため息をついた。


「じゃあこういう事で良いですか。現在は機能の試験、精査の段階で、最終的には外部の会派への販売も検討している」


「おお、さすが岡部先生! 完璧な回答ですね!」


 設備部と管理部の諮問官が驚嘆の声をあげ、思わず拍手した。


「我々は、その言葉が引き出せれば他を黙らせる事ができます。もちろん実際に販売いただけるに越した事は無いのですが」


「高額ですよ?」


「良いんじゃないですか。私もそう報告しておきますよ。あの企画書を見た我々としては、自分の会派に、それでも買うべきだと胸を張って進言できます」


 またも企画書の話が出て、岡部は再度恥ずかしそうな顔をする。


「そんなに評価されるような企画書ですかね……」


 すると光定が、じゃあ社内に回して評価してもらいましょうかと笑い出した。


「いえ、結構!」


 岡部の回答があまりに早くて、諮問官の四人が一斉に笑い出してしまった。

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