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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第六章 出藍 ~呂級調教師編(後編)~
321/491

第17話 違反指摘

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(呂級)

・岡部梨奈…岡部の妻、戸川家長女

・岡部菜奈…岡部家長女

・戸川直美…梨奈の母

・戸川為安…梨奈の父(故人)

・最上義景…紅花会の相談役、通称「禿鷲」

・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将

・最上義悦…紅花会の会長、義景の孫

・大崎…義悦の筆頭秘書

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和

・大宝寺…三宅島興産社長

・櫛橋美鈴…紅花会の調教師(八級)。夫は中里実隆

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・杉尚重…紅花会の調教師(呂級)

・松井宗一…紅花会の調教師(呂級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(呂級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・石野経吾…岡部厩舎の契約騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・牧光長…岡部厩舎の調教師見習い

・新発田竜綱…岡部厩舎の調教助手

・垣屋、花房、阿蘇、大村、赤井、成松…岡部厩舎の厩務員

・西郷崇員…岡部厩舎の厩務員

・坂井政則…岡部厩舎の厩務員

・十河留里…岡部厩舎の女性厩務員

・荻野ほのか…岡部厩舎の女性厩務員

・小平一香…岡部厩舎の女性厩務員、父は北国牧場の小平生産顧問

・跡部資太郎…白詰会の調教師(呂級)

・香坂郁昌…大須賀(吉)の契約騎手

・栗林頼博…清流会の調教師(伊級)

・松下雅綱…栗林厩舎の契約騎手

 翌日、岡部厩舎に義悦と光定の二人が訪れた。


 珈琲を淹れながら荒木は牧と二人で、先代の会長に比べると無駄な威圧感が無いと笑い合っている。

それが会議室の義悦に聞こえたようで、光定の顔を見て、どうしたら威厳が出るんだろうと眉をひそめた。

親しみやすいという事だから今のままで良いと思うと光定は笑い出した。

そんな二人を前に、岡部は少しバツの悪そうな顔をしている。


 先日幕府で飴おこしを大量に購入してきており、三人は飴おこしを齧りながら珈琲を飲んでいる。

何でこんな事になったんでしょうねと光定が義悦に話しかけ、いきなり本題に入る事になった。


「何があったんです? 光定さんが来たって事は電子広場関係なんでしょ?」


「実は、竜主会から呼び出しがかかったんですよ。調教示唆の疑いがあるって」



 ――岡部が筆頭調教師になった際、光定による肝入り事業として始まったのが電子広場である。

それまで宿と競竜会で別管理していた顧客情報を、紅花会会員として一元管理し、そこに会派内の従業員の情報も組み込んだ。


 そのおかげで、例えば岡部が重賞をとる度に宿泊券が抽選で当選するようになっている。

さらに昨年昇級を決めた松井厩舎の関係者には、この会員情報を元に宿泊券が贈呈されている。

こうした事が、紙の券を手渡しするのでは無く、電脳を通じてできるようになったのである。


 この話を光定が岡部にした時に、岡部は一つの広場機能を提案している。

調教師が個別に工夫して行っている財務管理や人事管理、調教管理といった業務を、会の共通機能として会内全ての調教師に提供できないかという事であった。

光定としては、現場の意見なので希望があるならやりますよという感覚であった。


 ところが、ここで問題が発生した。

 電子網で繋がった電脳を所持している調教師が全くいなかったのだ。

提案者の岡部厩舎の電脳ですら電子網には繋がっていなかった。


 そこで光定は岡部の提案で義悦の妻のすみれを巻き込んだ。

 赤根会経由で電脳を大量購入し、そこに電子広場を設定して、赤根会の情報処理会社に依頼して、通信機と一緒に各厩舎へ設置しにまわってもらう事にした。

電子網は電話回線を分散使用する事で利用可能とした。


 最初に皇都の岡部厩舎と杉厩舎に試験導入され、昨年末から、久留米、防府、福原と順に導入されていき、小田原、幕府、前橋と順調に進み、現在は愛子まで導入済みとなっている。

後は最後の盛岡を残すのみ。


 だがここに来て、紅花会が電脳を使って不正を働こうとしているという通報が執行会に入ったらしい。


 調教広場の機能は、様々な規約に触れそうな要素を含んでいる。

傍から見れば、例えば岡部が仁級や八級の調教師へ『調教指示』できるように見える。

たしかに電子郵便があるので、やってやれない事はないだろう。

調教支援の機能として調教計画管理の機能があるのだから、なおさらだろう。

下級の調教師の調教計画を、上級の調教師が変更できるように思われてしまうのも無理は無いかもしれない――



 ここまで光定の状況説明を静かに聞いていた岡部は、珈琲を飲み何かを思案していた。


「竜主会や執行会へ派遣している職員の監修は受けたんですよね?」


「もちろん。先生から、それをやらないと後ほど問題になった時に処分を受けるかもと聞いていましたので」


 光定の回答に、岡部は腕を組んで口を歪めた。


「具体的に、その職員さんから指導はあったんですか?」


「ええ。情報の保持の仕方の部分で、問題が出そうな箇所を何点か指摘いただき、仕様も一部変更になっています」


 光定の説明を聞き、岡部は珈琲を飲みながらゆっくりと考えた。


「ちなみに、どんな変更をしたんですか?」


「一番問題視されたのは、やはり調教計画の部分で、過去の計画のみを酒田の親電脳に残し、未来の計画を、先生方の電脳に残すという風に変えました」


 こくこくと小さく頷きながら、岡部は話を咀嚼するように聞いている。


「じゃあ、それまでは全部向こう側に?」


「はい。だけどそれだと、会が調教計画を指示しているように誤解を受けるからと」


 そこまで聞いていた義悦が顔を引きつらせ、言ってる意味がわかるんですかと岡部にたずねた。

そこまで難しい話はされていないと回答され、義悦は乾いた笑い声を発した。


「ここまでの話でわかるのは、指摘してきたのは紅藍(くれあい)系以外からという事だけですかね」


「え? どうして、それがわかるんです?」


「紅藍系の各会派の調教師は、そのうち自分たちも導入されるって思うでしょうから、紅花会さんだけ狡いとはならないでしょ」


 光定と義悦が同時になるほどと頷く。

だが少し考えて、久留米の三人組のような奴が他にいたらどうですかと義悦がたずねた。


「本社の競竜部の管理職は、皆、久留米の件を知ってますから、そういう事があれば竜の転厩情報などで不信がるでしょ。赤根会と火焔会はわかりませんが、だとしても、普通は導入されてから騒ぐんじゃないですか?」


 そうか、どんなものが入るか詳しい情報が入っていないのかと義悦も納得した。



 珈琲を口に運ぶと、義悦は失敗したと言って渋い顔をした。


「これだけの事ですから、事前に根回しをするべきでした……」


「え? なんでしなかったんです?」


「正直なところを言うと、計画の報告を受けた時には、問題視されるとは思っていなかったんですよね。なにせ厩舎に電脳の持ち込みが許可されてるくらいですから」


 まさかこんな、会派が違法行為で問題視されるなんていう大事おおごとになるなんて、思ってもみなかったと義悦は悔しそうな顔をした。


「確かに、紅花会に所属する全調教師の業務の利便性に関わる問題ですからね、止級の竜運船くらい、慎重に事を進めるべきだったかもしれませんね」


「今となっては、認識が甘かったと責められても仕方がないです」


 義悦が天井を見上げてため息をつく。

その態度で、すみれさんにそうとう叱られたのだろうと岡部と光定は察した。


「ところで、義悦さんは通報したのはどこだと思ってるんですか?」


「執行会に通報が入ったと竜主会から言ってきたんですよね。執行会という事ですから、紅葉会か……」


「もしくは秋水会か、はたまた山桜会か、尼子会かって事ですか」


 三人は同時に「ふむ」と鼻から息を漏らした。


「一体、何が目的なんでしょうね?」


「単純に岡部先生という存在が脅威なんだと思います。それは楓系だけじゃなく、稲妻系も、それ以外も」


 その義悦の意見を聞き、杉先生が急に成績を上げて呂級まで先生と一緒に駆けあがってきた事に疑問を呈する声があるという話を聞いた事があると光定が指摘。


「そうか! 僕が杉さんを指導していると思われているかもしれないのか!」


「なるほど! それが紅花会全体に広がったらと思われたとしたら! 確かにそう考えたら色々と合点がいきますね」


 すると岡部が突然口を尖らせ不満顔をした。


「……僕、そんなに暇に思われてるんですかね?」


 ぼそっと言う岡部に、義悦と光定が同時に大笑いした。


「先生がいかに事務の鬼といえど、確かにあれだけの調教師の調教計画を一人で指導はできませんよね」


「という事は、やはり何か裏があるという事か……」



 しばらく三人で考え込んだのだが、これという考えは出てこなかった。

少し思考が煮詰まってきていると感じ、岡部は珈琲のおかわりを淹れて来ますと言って一旦会議室を出た。


 豆を蒸らす良い香りが会議室にまで漂ってくる。


「いつも思うんだけど良い香りだよね。どこの豆なんだろう?」


「私も前から気になってたんだよね。ここの珈琲、その辺のお店のより断然美味しいんだよね」


「豆貰っていって執務中に飲みたいくらいだよ」


 光定が目を閉じ、大きく鼻で息を吸い珈琲の香りを取り込んだ。


「そう言えば、前に大宝寺さんが貰ったって言ってたから、後でうちらも頼んでみよっか」


「いやあ、それなら仕入先聞いて、岡部先生の名前付けて、うちの物販で売りに出そうよ。絶対売れると思う」


「なるほどね。それなら私も営業を理由に接客で出せるね。経費で」


 そんな事を二人が言い合っていると、岡部が珈琲を淹れて会議室に戻って来て、二人に差し出した。


「先生、この珈琲の豆って、どうやって仕入れてるんですか?」


 一口飲んで光定が岡部にたずねた。


「ああ、これですか。久留米と防府で馴染みだったお店があって、そこから個別に仕入れて、うちで混ぜてます」


「どれくらいって配合決めてるんですか?」


「ええ。久留米のお店のやつが七、防府のお店のやつが三って決めてますね。色々試してみて、それが一番美味しかったんですよね。僕の好みに合ったというか」


 そこまでちゃんとこだわってるのかと義悦は驚いた顔をしている。


「それって毎回、仕入れてるんですか?」


「ええ。もうずいぶん前から、それぞれのお店に頼んで毎月送ってもらってます。今月のはまだ余ってるので後で包みましょうか?」


「ありがとうございます。それで、ちょっとご相談があるんですけど」


 そう光定が切り出すと、岡部は察してニヤリと笑い、先に提案をした。


「定期的に酒田にも送るように言いましょうか?」


「いえ、それより会の物販で売っても良いですか? 『岡部厩舎謹製珈琲』って商品名で。これかなり人気商品になる気がするんですよ」


 恐らくは最初に目を付けるのは母さんだろうなと義悦がボソッと呟いた。

すると光定が、各大宿でこの珈琲が出たら、口コミでとんでもなく人気になりそうだと嬉しそうな顔をした。

 光定の話を聞いて、岡部はすぐに日競の吉田が真っ先に買いそうだと感じて吹き出しそうになった。


「とりあえずは、まずは豆を包みますから。商談は持ち帰って飲んでみてからにしたらどうですか?」


「わかりました。でも仕入先は教えてくださいね。俺も行ってみたいんで」


 思いもかけない儲けの予感に光定の顔がほころんだ。



「先生。先生も諮問に同席してはいただけませんか? 昇級決まって、そこまで忙しくはないんでしょ?」


 珈琲を飲んで考え込んでいた義悦がそう言って岡部を誘った。


「僕これから止級があるし、『優駿』だってあるので、暇を持て余してるってわけじゃないですよ? で、呼び出しは、いつ頃になるんですか?」


「正確な日付はまだ。今のところは今月の中頃とだけ言われています。場所は皇都の竜主会本部です」


 机の上の卓上暦を見て、岡部は中頃かと呟いた。


「わかりました。僕も立ち会いますよ。皇都の本部ならそこですし」


「当初は我々に技術者を入れてのぞむ予定でしたが、先ほどの話だと何かしら裏があるように感じますから、先生が来てくれるとあれば心強いです」


「やむをえないですね、会内の調教師たちの風通しのために、これを潰されるわけにはいきませんからね」


 二人は珈琲豆を貰い、今日は一旦酒田に戻って、日付が決まったらまた来ますと言って帰っていった。

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