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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第一章 師弟 ~厩務員編~
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第32話 北国

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、戸川厩舎の厩務員

・戸川為安…紅花会の調教師(呂級)

・戸川直美…専業主婦

・戸川梨奈…戸川家長女

・最上義景…紅花会の会長、通称「禿鷲」

・長井光利…戸川厩舎の調教助手

・坂崎…戸川厩舎の厩務員

・池田…戸川厩舎の厩務員

・荒木…戸川厩舎の厩務員

・木村…戸川厩舎の厩務員

・大野…戸川厩舎の厩務員

・垣屋…戸川厩舎の厩務員

・牧…戸川厩舎の厩務員

・花房…戸川厩舎の厩務員

・松下雅綱…戸川厩舎が騎乗契約している山桜会の騎手

・三渕すみれ…皇都競竜場の事務員

・吉川…尼子会の調教師(呂級)

・南条…赤根会の調教師(呂級)

・相良…山桜会の調教師(呂級)

・津野…相良厩舎の調教助手

・日野…研修担当

 早朝、因幡(いなば)郡の福原(ふくはら)空港から国内線に乗り、北国の室蘭空港に向け飛び立った。



 梨奈先生の解説によると、瑞穂の空港はどこも国府には作られず、国府に隣接した郡に作られているのだとか。

まだ飛竜が交通に使われていた時の名残らしい。

昔から飛竜の発着場は墜落の危険性を考え都心から離れた地に作っており、それが元になっているのだそうだ。

西国は福原と府内ふない、東国は小田原と直江津と、それぞれ空港は二つづつある。


 北国は、北府(ほくふ)、宗谷、旭川、網走、釧路、室蘭、日高、函館と八つの郡に別れている。

空港は室蘭にあり、長万部駅、室蘭駅、苫小牧駅、北府駅という『空港線』という高速鉄道が出ている。

高速鉄道はそれ以外に四本。

北府から南へ行く、北府駅、小樽駅、俱知安駅、長万部駅、函館駅という『渡島(おしま)線』。

北府から北へ行く、北府駅、美瑛駅、滝川駅、旭川駅、名寄駅、音威子府駅、幌延駅、稚内駅という『北進線』。

北府から東へ行く、北府駅、美瑛駅、富良野駅、新得駅、帯広駅、浦幌駅、釧路駅、弟子屈駅、美幌駅、網走駅という『東進線』。

『空港線』と『東進線』を接続する苫小牧駅、日高駅、浦河駅、襟裳駅、大樹駅、浦幌駅という『海岸線』


合計五本の高速鉄道によって各郡は接続されている。


 かつて北国には大型の肉食竜がおらず、小型の走竜だけがいる状態だった。

そのせいで、他の地方では肉食恐竜によって駆逐できていた大型哺乳類が繁殖していた。

猛獣による獣害、毎年の雪害、火山などの自然災害も相まって、北国では中々広範囲の開拓が捗らなかった。


 歴史が大きく変わるのは、現在の呂級の駆竜が東国から持ち込まれてからなのだとか。

木の伐採、運搬、移動に輸送と駆竜は大活躍した。

さらに竜の保護用に小型の雑食竜が飼われ、大型猛獣を市街地から追い払った。

一番大きかったのは大規模な除雪ができるようになった事だろう。

それにより、当初、函館の一部だけだった市街地は内海湾を取り囲むように広がっていった。


 その後、洞爺湖や支笏湖周辺まで市街地が広がって行くと、そこで勇払平野を見つける事になる。

それまで函館にあった仮の『北府庁舎』が勇払平野北部の馬追丘陵に移され、そこから一気に北国全土に市街地が広がっていった。


 最終的に馬追丘陵の北、石狩平野に正式な『北府庁舎』が建てられ、そこから『北国』という地方行政が正式に開始された。

西国から技術者を招いて高速街道渡島線を整備した事で、北府と函館の二大都市時代となり、両都市の競争心を煽り、一気に多くの事が発展していった。




 室蘭空港に降り立った戸川家一行は、高速鉄道『空港線』に乗って北府駅に向かった。

北国の政策は地方分権の『西国派』と、中央集中の『東国派』で方針を巡って対立しているらしく、ちょうど中庸な状態で落ち着いている。

そのせいか、発展の遅かった地域ながら、北府の街は太宰府なみに発展しており、北国の経済や学業の中心となっている。


 真っ直ぐ最上が予約してくれた温泉宿のある帯広に向かいたいと戸川は言ったのだが、奥さんと梨奈の猛反対で北国観光をする事になった。


 北府駅から帯広駅までは、内陸の『東進線』と襟裳を経由する『海岸線』という二つの街道がある。

戸川家一行は直線の東進線の特急に乗り、夕張で一度降車し果物を食べ、富良野で停車し香冷菓を食べた。

戸川や岡部と違い梨奈と奥さんは完全な観光なので、あっちに行きたい、こっちに行きたいと興奮しているのだが、戸川は何度も来ているせいか、ただの疲れたおじさんになっている。

梨奈は何を食べても満面の笑みで美味しいとはしゃいでいる。



 お昼に富良野で羊鍋を食べる事になった。

すると『生麦酒』だと戸川が急に元気を取り戻した。

岡部と奥さんも生麦酒を呑み始めた。

梨奈もしれっと呑もうとしたのだが、小四が呑んで良いもんじゃないと、奥さんから手をぴしゃりと叩かれた。


「高二や!! もう誰? 私のこと小四とか言い出したんは」


 岡部は目を合わせず生麦酒をあおった。


「僕は中一って言っただけです」


「ん? あれ? 中三言うてなかった?」


 思わず岡部は口に手を当ててしまった。

その仕草のせいで、もはや単なる言い間違いという事にもできなくなってしまった。


「綱一郎さん。後でゆっくり、お話を聞かせていただきます」


 大きな目を見開き、口を尖らせて、梨奈は岡部を凝視している。

あららと岡部を見て奥さんが笑い出した。




 富良野駅を発ち帯広駅に着くと、駅からタクシーに乗って幕別というところの温泉宿に向かった。

温泉宿は宿と言うより高級ホテルといった趣で、一泊いくらするのかわからないような雰囲気だった。


 受付で戸川が話をすると、お待ちしておりましたと、奥から支配人と思しき人物が現れた。

案内されたのは最上階のいわゆる来賓室という二部屋。

中は非常に高級感漂う内装となっている。


 戸川は部屋に入る早々にさっさと浴衣に着替えだし、寝床に伏せ、疲れた、二人で来るんだったと愚痴っている。

突然むくりと起き出すと、食事の前に温泉だと言って、岡部を引っ張り大浴場へ向かった。


 大浴場は石造りにも関わらず森林の中にいるような不思議な香の湯で、少し温めだった。


「戸川さんは何度か泊まった事あるんですか?」


「まさか。いつもは自腹やぞ? こない高いとこ泊まれるかいな」


 会長の呼び出しの時にこの宿を取ってはくれているが、いつもは一般の部屋、それも一人部屋である。

よほど君の関心を買いたいと見えると戸川は笑い出した。


 顔を洗うと、戸川は湯舟に体を預けだらりとした。


「これで飯付きやぞ? 会長も、だいぶ奮発しはったんやな」


「さっき部屋にあった案内見たんですけど、ここ工場直送の生麦酒らしいですよ?」


 うほほと戸川が変な声を出した。



「朝、長井からの定時報告でな、例の『セキラン』、結局、押し切られて松下が追ったらしいで」


 そう言うと戸川はくくくと笑い出した。


「まあ、松下さん、随分気に入ったみたいですからね」


「あない肉付きの早い竜は初めてみるな。ひょっとするとひょっとするかもしれへん」


 少し場所を移動し、戸川は窓から幕別の町を眺めている。

岡部は流れる汗を湯で流した。




 浴衣姿で大広間に行くと、浴衣姿の奥さんと梨奈が既に座っていた。

早くも奥さんは、ゆうげの海鮮を肴に生麦酒をあおっている。


 戸川と岡部が席に座ると、仲居が飲み物の注文を聞きに来た。

生麦酒を二つ注文し、岡部も目の前の海鮮を食べ始めた。

ウニと蟹が大変に美味である。


 麦酒と共に追加で配膳された牛肉が、この世のものと思えないほど旨い。

極楽だと言って麦酒を勢いよく呑み、戸川は二杯目を注文しようとしている。



 気持ちよく麦酒を呑んでいると、横から、食事はいかがですかという上品そうな女性の声がする。

最高ですと岡部が力強く答える。

声の主を見ると、浴衣姿の老婆が浴衣姿の老人と共に立っていた。


「抜けたツラをしおってからに」


 そう言って浴衣姿の老人――最上会長は高笑いした。

最上の姿を見て戸川は、麦酒を吹き出しそうになってむせている。


「今回は、お招きいただき、ありがとうございました」


 岡部は立ち上がって丁寧に礼を言った。


「お気に召してくれたようで何よりだ」


 奥さんも立ちあがって、老婆に丁寧に礼を言った。


「私たちはこれから食事だが、どうかね? 一緒に一杯」


 自分はそのと戸川が言い淀んでいると、お前には言ってないと最上が冷たく言い放った。

是非にと岡部は最上に付いて行った。



 席に座ると老婆は、麦酒を三つと何か肴をと注文。

これが例の子だと最上は老婆に岡部を紹介した。

老婆は岡部に、最上の妻ですと笑顔を向けた。


 麦酒が運ばれてくると、三人は器を合わせ乾杯をした。

良いところですねと岡部が言うと、こういうのはわからんから全部これに任せてると、最上は妻を見た。

ここは紅花会直営の宿なんですよと、最上の妻が微笑んで言った。


「紅花会って競竜関係以外の事もやっているんですね。それとも、こっちが本業ですか?」


 岡部は驚いて最上に尋ねた。


「君はあまり会派について詳しくないようだが、どこの会派も競竜以外にいくつもの直営企業を持っているものなんだよ」


「紅花会は宿泊業なんですね」


「だけじゃないがね」


 説明しながら、最上は嬉しそうに麦酒を楽しんでいる。


「そういえば、何で『紅花会』って会名で『冠名(かんむりめい)』が『サケ』なんですか?」


「最上家は東国の名家でな。代々、紅花と鮭で財を成させてもらったんだ。それで会名を紅花、冠名をサケにしたんだそうだ」


「なるほど、つまりどっちも財の象徴なんですね」


 そういうことだと頷いて、最上は麦酒を呑んだ。


「冠名って、どこの会派も付けてるもんなんですか?」


黄菊(きぎく)会と笑流(しょうりゅう)会が定めてないだけで、後は全部定めてたと思うが……はて、どうだったな」


 小さく何度か頷いて岡部は麦酒をあおった。


「うちの紅花会って、結構規模の大きい会派なんですか?」


「そうだなあ。稲妻牧場系を除けば、それなりに大きい部類だと思うがなあ。もし、竜主になりたいのなら相談にのるぞ?」


「そんなお金持ってませんよ!」


 そうかそうかと最上は上機嫌で笑った。

最上の妻もくすくすと上品に笑い出した。



 肴をつまみながら岡部は麦酒を呑んでいる。


「この干肉、凄く美味しいですね」


 いわゆるジャーキーを口にし岡部は最上の妻に言った。


「これ羊の干肉の炙りでね、ここの宿の名物なんですよ」


 最上の妻は嬉しそうに微笑んだ。

おもむろに品書きを取り出し岡部は乳固を指さした。


「これを挟んで食べてみたら、さらに麦酒が進むと思いませんか?」


 それを聞くと最上の妻は、ありがとうと言って席を立った。


 暫くすると最上の妻と調理人が現れ、こんな感じかなと言って、干し肉でチーズを挿み爪楊枝で刺したものを持ってきた。

岡部が食べると最上もそれを食べた。


「うん! しょっぱいですけど味が強くて肴に良いですね」


 元々の干し肉の味が強いので、チーズでまろやかになり、いかにも酒の肴という感じの味になっている。


「私には硬いが、これは酒が止まらなくなってしまうな」


 そう言って最上もご満悦であった。


「これに黒胡椒なんてかかったら、たまらないでしょうね」


 半信半疑で調理人は一口口にし、確かにと呟き、急いで厨房に胡椒を取りに行った。

最上の妻が胡椒ありのものを食べる。

最上と調理人も口にして唸っている。


「確かにこれは冬場の麦酒の売り上げが伸びそうね! 私たちには少し硬いけど、それさえ解消できれば……」


 最上の妻は目を輝かせた。


「全く……商魂の逞しい事だな」


 仕事中の目をした妻を見て最上は笑った。

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