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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第六章 出藍 ~呂級調教師編(後編)~
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第15話 帰宅

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(呂級)

・岡部梨奈…岡部の妻、戸川家長女

・岡部菜奈…岡部家長女

・戸川直美…梨奈の母

・戸川為安…梨奈の父(故人)

・最上義景…紅花会の相談役、通称「禿鷲」

・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将

・最上義悦…紅花会の会長、義景の孫

・大崎…義悦の筆頭秘書

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和

・大宝寺…三宅島興産社長

・櫛橋美鈴…紅花会の調教師(八級)。夫は中里実隆

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・杉尚重…紅花会の調教師(呂級)

・松井宗一…紅花会の調教師(呂級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(呂級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・石野経吾…岡部厩舎の契約騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・牧光長…岡部厩舎の調教師見習い

・新発田竜綱…岡部厩舎の調教助手

・垣屋、花房、阿蘇、大村、赤井、成松…岡部厩舎の厩務員

・西郷崇員…岡部厩舎の厩務員

・坂井政則…岡部厩舎の厩務員

・十河留里…岡部厩舎の女性厩務員

・荻野ほのか…岡部厩舎の女性厩務員

・小平一香…岡部厩舎の女性厩務員、父は北国牧場の小平生産顧問

・跡部資太郎…白詰会の調教師(呂級)

・香坂郁昌…大須賀(吉)の契約騎手

・栗林頼博…清流会の調教師(伊級)

・松下雅綱…栗林厩舎の契約騎手

 時間的にいつもなら奈菜はとっくに夢の中という時間である。

口取り式の後、岡部が抱っこしていると奈菜は完全に眠ってしまった。

興奮によるものなのか、疲労によるものなのか、また熱がぶり返してしまっている。

岡部はまだやらなければいけない事があった為、あげはに菜奈を預けて、先に大宿へ帰ってもらった。


 奈菜にかなり母性をくすぐられたらしく、吉弘と十河は昼間からずっとこんな可愛い娘が欲しいと言いあっている。

誰もいないのかと三浦から聞かれたのだが、吉弘も十河も、うなだれて首を横に振っただけ。

吉弘が突然ニヤリと口角を上げ、ちょっと物色に行こうと十河を誘った。

十河も乗り気だったのだが、西郷と問田から山賊かよと笑われて、二人は渋々思いとどまった。

だが吉弘はそんな二人の態度に完全に気分を害してしまった。

そこまで笑うからには、ちゃんとそれなりの人を紹介してくれるんだろうねと二人を恐喝。

それじゃあいよいよもって山賊じゃないかと杉が大笑いした。


 後片付けを終え大宿に戻ると、吉弘と十河はばっちり化粧をし、めかしこんで西郷とどこかに出かけて行った。



 岡部が部屋に戻ると、あげはに見守られながら、菜奈は可愛い寝息をたてて布団で大人しく寝ていた。

 菜奈を起こさないように静かに大浴場へと向かう。

 するとすでに大浴場には、最上と杉、問田が入っていた。


「菜奈ちゃんの具合はどうなんだ?」


「ちょっと無理させ過ぎちゃいましたかね。帰ったら妻に怒られそうですよ」


 そう言って笑うと、その際は私も一緒に怒られてやると言って最上が笑い出した。

 その場では怒れなくて、帰った後で僕が怒られるだけと岡部が指摘すると、杉と問田が大笑いした。

だけど今日の事はきっと、大きくなっても幼い頃の良き思い出として残るだろうと言って杉が微笑んだ。


「そうなってくれると嬉しいのだがな。辛かった思い出として残られると困ってしまうな」


「そうならないように、また連れてきますよ。今度は皇都で拗ねてる妻も一緒に」


 奈菜を幕府に連れて行こうと言った時の梨奈の顔を思い出し、最上はぷっと噴き出してしまった。


 ポンと手を打ち、後で宿の者に言って『ショウチュウ』のぬいぐるみを手に入れてもらおうと言って最上が微笑んだ。

それは良いかもしれませんねと問田が賛同。

あの娘のおかげで勝ったからご褒美だと言って渡せば、さぞ喜ぶだろうと杉も賛同した。


「『ショウチュウ』のぬいぐるみはもう『新竜賞』のやつがあるので、別の応援商品が良いかもですね」


「ああ、そっか。それじゃあ、この際手に入るだけ入れてもらおう」


 最上が嬉しそうに言うのを見て、うちの下の坊主も今度連れて来るかと言って杉が顔を洗った。

家族の分も部屋を取るから遠慮なく連れてきたら良いと最上は微笑んだ。


「そうだ! それで思い出しましたよ! 例の電子物販の件、先日光定さんから連絡があって、目途が付いたそうですよ!」


 その報告に、何の話だと杉がたずねた。

岡部が説明をすると、それは面白そうだと杉も問田も喜んだ。


「ふむ。光定は思った以上に仕事が早いんだな」


「赤根会と火焔会も同じような電子広場を作って同じ機能を提供していくんだそうです。だからそっちからも人と金が入ったって言ってましたよ」


「なるほどな。彼らも商機だと感じたというわけか」


 なるほどと口では言ってるのだが、最上は何か釈然としない顔をしている。


「どうかしたんですか? 何か懸念でも?」


「いや、何だ、その、私はそっちの方はさっぱりだから、義悦に代わっておいて良かったなと……」


 岡部も杉も問田も、笑うわけにもいかず、うつむいて顔を湯で流した。



 風呂から帰り部屋に戻ると、大人しく寝ていたはずの菜奈が寝台の上に座って泣いていた。

岡部が寝台に座ると菜奈はすぐに膝に乗ってしがみ付いて来た。

軽く抱きしめて背中をポンポンと叩くのだが、なかなか泣き止まない。


「どうした、菜奈? どっか痛いの?」


「とうさん。いつ、おうちかえるん?」


「明日だよ。母さんに会いたくなっちゃった?」


 その岡部の優しい声に、奈菜は鼻をすすりながら大粒の涙を零し、「うん」とか細い声で答えた。


「そっか。じゃあ今から母さんに電話しよっか!」


 菜奈は無言で首を縦に振った。


 梨奈に電話すると、向こうもこれから寝るところだったようで、元気にやってるかと菜奈の心配をした。


「梨奈ちゃんに会いたくて泣いてるんだよ。限界みたい。電話変わるね」


 梨奈の声が聞こえると、菜奈はすぐに「かあさん」と言って、わんわん泣き始めてしまった。

電話先で梨奈が何かを言い続けていてるらしく、菜奈はうん、うんと頷いてる。

しばらく電話を握りしめて泣いていたのだが、徐々に泣き止んで岡部に電話を渡した。


「ごめんね。こんな時間に」


「ううん。私も菜奈の事、ずっと心配やったから」


「実は菜奈、こっちに来て二回熱出しちゃってるんだよ。やっぱり色々と無理だったのかな」


 岡部の浴衣を掴んで必死にしがみついている奈菜の背を、岡部は優しく撫でている。


「知らんとこ行きはったから興奮して熱出してはるだけで、大丈夫やと思うよ。さっき菜奈にも言うたんやけども、菜奈が行く言うたんやからね」


「いやあ、それはそうだけど……でもさあ……」


 奈菜が泣き顔を岡部の浴衣に押し付けた。

そんな奈菜の頭を岡部が優しく撫でる。


「菜奈かて、ずっと泣いてはるわけやないんでしょ? 普段なかなか一緒にいられへん網一郎さんに、思い切り甘えられて菜奈も嬉しいんやと思うよ」


「なら良いんだけどね。こうやって寂しくて泣いてるの見ちゃうとね。同じ日数でも酒田の時は平気だったのに」


 菜奈を見ると、小さな手で浴衣を握りしめ、もう片方の手の指を咥えて赤い鼻をすすっていた。

そんな菜奈の背中を岡部は優しくぽんぽんと叩いた。


「あの時は、もっとずっと幼かったんやもん。今はちゃんと寂しいって理解できるようになったんよ」


「そっか。そうなんだ。この甘えんぼも成長したんだね」


 梨奈へおやすみの挨拶をさせようとしたのだが、菜奈は岡部の浴衣に顔を埋めて嫌がってしまった。

もう眠くなってるみたいと言うと、こんな時間だものと言って梨奈は笑い出した。


 電話を切った後、菜奈を便所に行かせ、一緒の布団に入って寝た。

梨奈との電話の後から菜奈はひと言も喋らず、岡部の寝間着をぎゅっと掴んで顔を埋めていた。



 朝、目が覚めると、岡部の目の前に菜奈の小さな膝小僧があった。

どうやら寝ている間に蹴られたらしく顎が痛い。

しかも最初に寝ていた場所から岡部を挿んで反対側に脱出している。

菜奈を抱きかかえて枕の方に寝かせ、布団をかけ直してから風呂へと向かった。



 風呂から戻っても、まだ菜奈は寝ていた。

驚くほど寝相が悪く、もぞもぞとして何やら寝言を言っている。


 そろそろあさげに行く時間というところで、岡部は菜奈をそっと抱き上げて窓際の椅子に移動。

熱を計ると既に平熱に下がっている。

朝日の眩しさに菜奈はゆっくりと目を覚ました。

おはようと言うと、菜奈も目を擦りながら、おはようと挨拶を返した。


 菜奈を連れて食堂へ向かうと、すでに最上夫妻、杉、問田が来ていた。

十河と吉弘の姿が見えなかったが、恐らく遅くまで西郷とどこかで呑んでいたのだろう。


 朝食は食べ放題なのだが注文式で、食べたいものを一品から注文すると後から持ってきてくれるという方式だった。

岡部はもう慣れたものだが、菜奈は勝手がわからず、あれも食べたい、これも食べたいと言い出す。

それを無視し自分の分を多めに注文すると、菜奈は希望が通らず口を尖らせて不貞腐れた態度を取った。

だが菜奈は非常に食が細く、岡部が取り分けた分すら食べきれなかった。



 あさげの後、菜奈はあげはにおめかししてもらい、杉たちと別れて四人で幕府観光に向かった。

岡部に手を引かれた菜奈は、昨晩の帰りたいと泣いたのが嘘のように大はしゃぎして、愉しそうに両国の町を歩いた。

途中で抱っこと言い出したのは御愛嬌だろう。

両国で岡部と菜奈は、再度、直美と梨奈へのお土産を一緒に購入。


 お昼に蕎麦を食べると、そこから菜奈はお昼寝で、次に目が覚めた時はもう高速鉄道の中だった。

相変わらず寝起きが悪く、起きて少しぐずったのだが、その後は窓の外をじっと見続けている。


「ねえ、とうさん。もうかえっちゃうん?」


「そうだよ。菜奈は今回はよく頑張ったね。偉かったよ」


 そう言って頭を撫でると、奈菜は「えへへ」と笑い出した。


「ねえ、また、いけるん?」


 奈菜のその言葉に、岡部は正面の最上の顔を見て微笑んだ。


「菜奈が行きたいって言うなら、また連れてってあげるよ」


「ほんま? なな、またいきたい! とおくで、とうさんと、おとまりしたい!」


 岡部が最上の顔を見ると、実に嬉しそうな顔をしていた。


「じゃあ、爺ちゃんと婆ちゃんに、また行こうねってお願いしたら?」


「じいちゃん、ばあちゃん、また、つれてってね!」


 最上もあげはも、また行こうねと微笑んだ。

菜奈が大喜びであげはに抱き付くと、最上は、今度はどこに連れてってもらえるんだろうなと菜奈の頭を撫でた。



 家に帰った菜奈は、梨奈と直美に、二時間近くも幕府での出来事を嬉しそうに話し続けた。

梨奈も直美も菜奈の話を、うんうんと頷きながら笑顔で聞き続けた。

婆ちゃんと母さんにお土産買ってきたんだよと言って、岡部にお土産を渡すようにせかした。

ありがとうねと言って梨奈が菜奈の頭を撫でると、菜奈は満面の笑みで梨奈に抱き付いた。



 こうして、菜奈の『父さんと幕府旅行』という大冒険は無事終了した。

家に帰ってきて安心しきってしまったのだろう。

その日の夜、菜奈は岡部の布団でお寝しょした。

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