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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第六章 出藍 ~呂級調教師編(後編)~
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第13話 幕府

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(呂級)

・岡部梨奈…岡部の妻、戸川家長女

・岡部菜奈…岡部家長女

・戸川直美…梨奈の母

・戸川為安…梨奈の父(故人)

・最上義景…紅花会の相談役、通称「禿鷲」

・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将

・最上義悦…紅花会の会長、義景の孫

・大崎…義悦の筆頭秘書

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和

・大宝寺…三宅島興産社長

・櫛橋美鈴…紅花会の調教師(八級)。夫は中里実隆

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・杉尚重…紅花会の調教師(呂級)

・松井宗一…紅花会の調教師(呂級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(呂級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・石野経吾…岡部厩舎の契約騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・牧光長…岡部厩舎の調教師見習い

・新発田竜綱…岡部厩舎の調教助手

・垣屋、花房、阿蘇、大村、赤井、成松…岡部厩舎の厩務員

・西郷崇員…岡部厩舎の厩務員

・坂井政則…岡部厩舎の厩務員

・十河留里…岡部厩舎の女性厩務員

・荻野ほのか…岡部厩舎の女性厩務員

・小平一香…岡部厩舎の女性厩務員、父は北国牧場の小平生産顧問

・跡部資太郎…白詰会の調教師(呂級)

・香坂郁昌…大須賀(吉)の契約騎手

・栗林頼博…清流会の調教師(伊級)

・松下雅綱…栗林厩舎の契約騎手

「ずいぶんと疲れた顔をしているな。何かあったのか?」


 それが三浦の第一声だった。

それを聞いた十河たちは大笑いした。

事情を聞いた三浦も、高城、清水、正木と四人で大爆笑。

岡部だけが何故こんな事にと困惑している。


「そんなとこ悪いんだけどな。難波田が、お前と杉はいつ来るんだと週頭から聞いてきておってな」


「あれだけ紅花会の竜が東西に出たら仕方ないですね」


「だな。『上巳賞』だけで三頭だものな。今回は俺も出席だ。記者会見なんて、いつぶりだろう」


 『新月賞』の時には杉にだけ会見の依頼が来て、三浦には来なかったのだそうだ。

 もしかして『サイウン』の『優駿』以来なんじゃないかと正木が指摘。

だとすると五年ぶりという事になるだろう。


「会長が皇都でほくほく顔でしょうね」


「そうか。会長は皇都に行ってるのか」


「ええ。松井くんに出席をお願いしてきてます」


 それを聞いた三浦は、一瞬考え込んで眉をひそめた。


「……松井も災難だな。自分の竜が出ないのに激励会だなんて」


 そんな話をしていると杉がやってきた。

杉の随員は吉弘と問田で、吉弘は手土産を三浦に手渡すと、お久しぶりですと挨拶を交わした。


「杉、来た早々悪いんだがな、難波田から会見の申込が来とる」


「……俺一人ですか?」


「安心しろ。うちら三人だ」


 岡部の顔を見て、杉はほっとした表情をする。


「岡部がおるんやったら前みたいなことは無いですね」


 どういうことですかと岡部がたずねると、三浦は鼻で笑った。

前回の事を思い出し、杉は表情を曇らせ大きくため息をつく。


「『新月賞』の時はほんま地獄やった。何遍も何遍も同じ質問されて、便所に行きたぁても中座もさせてもらえへん」


「深刻な顔で黙って退席したもんだから、何か気分を害したのかもって大騒ぎになってな」


 そう言って三浦が吉弘と大笑いした。


「そういう三浦先生は、記者会見、長時間、便所は大丈夫なんですか?」


「そんなわけあるか! 俺は堂々と抜けてやる。年寄は便所が近いと言ってな」


 そんな風に笑い合っていると『サケショウチュウ』と『サケチタセイ』が到着したとの報告が入った。


 岡部と杉が十河たちを率いて様子を見に行くと、どちらも特に乗り物酔いするわけでもなく元気そのものだった。

一目見ようと周囲の厩務員が集まってきており、ちょっとした騒ぎになってしまっている。

念のため、服部と原が軽く流すように調教場を走らせると、厩務員たちから歓声があがった。



 三浦厩舎に戻ると、事務棟から間宮(まみや)という事務員が呼びに来ていた。


 報道はずっとこの三人での取材がしたかったようで『上巳賞』の話をあれやこれやと聞かれた。

回答はまず岡部から行い、杉と三浦が、それを聞いて同じような回答をしていく。

特に多かったのは『セキラン』に対する質問だった。

数年後にはソルシエ系と置き換わっていくと思うと岡部が言うと、会場からは「おお!」と驚きの声があがった。

岡部の竜に勝てますかという質問だけ、杉と三浦のみ回答。

競竜に絶対なんてありえない、恐らく最も逆転の可能性が高いのはうちの仔だと杉は言い放った。

三浦は展開次第では十分勝機はあると回答。


 三浦が便所に行きたくなる前に会見は終了した。



 事後を十河と西郷に委ね、岡部は一足先に目黒の大宿へと戻った。

部屋に入るとあげはがおり、寝床に菜奈が寝ていた。


「菜奈、どうかしたんですか?」


「あの後、買い物して庭園を見に行ったの。そこで転んでから急にぐずり出しちゃってね。そしたらお熱が出ちゃってて。きっとここまで気を張りすぎちゃって疲れちゃったのね」


 岡部が額に触れると菜奈は目を覚まし、父さんと言って両手を岡部の方に伸ばした。


「ちょっとお熱があるね。菜奈は今日のゆうげは大好きなおうどんだね」


 すると、か細い声で「かまぼこ乗ってる?」と菜奈が聞いてきた。

それを聞いたあげはが、かまぼこが好きなのねと言って笑い出した。

練り物が好きらしいですと岡部が回答すると、あげはは一際嬉しそうな顔をする。


「そうしたら、蒲鉾だけじゃなく竹輪も乗せてもらおうね。あったらはんぺんも乗せてもらいましょう」


 やったと菜奈が喜ぶと、あげはも菜奈の頭を撫でた。


「料理する人に頼んであげるからね。婆ちゃんと一緒に食べようね」


 それを聞くと菜奈は心細そうな顔をし、岡部の顔を見て「父さんは?」とたずねた。


「父さんはもう少しお仕事があるから。婆ちゃんの言う事よく聞いて、大人しく寝てるんだよ」


 泣き出しそうな顔をして菜奈は「父さんと一緒に寝んねする」とか細い声を出した。


「わかったわかった、帰ってきたらね。甘えんぼさんだなあ」


 岡部が頭を撫でると、菜奈はえへへと笑った。



 菜奈を部屋に残し、岡部は激励会の会場へと向かった。

岡部の顔を見るなり最上が、菜奈ちゃんの具合はどうだと聞いてきた。

参加者が皆、心配そうに岡部に注目する。


「ちょっと気疲れしちゃっただけですから、明日の朝には大はしゃぎしてると思いますよ」


「君らの会見を電気屋で見た時は、元気に大はしゃぎしてたんだがな。突然ぐずり出してな」


 三歳くらいだと出かけるたびに熱出す事があるからと、杉が岡部を慰めた。


「義父さんの話だと、嫁も毎回高熱出してたそうですからね」


「あの娘はほんとに毎回だったからな。それも高熱でぐったりしてしまって。私も、何度それで気をもんだかわからん」


 三浦も強く記憶に残っているらしく、そう言えばそんな感じでしたね、懐かしいですねと笑い出した。


「残念ながら、嫁は未だにどこかに行くとその状態でして」


 すると、宝物のように大事に扱いすぎるからじゃないのかと、杉がからかった。

それを受けて吉弘が、先生は大事にしなさすぎるから夫婦喧嘩が苛烈なんだと指摘。

三浦がお道化た顔をし、それは大したもんだ、うちなんか観葉植物のような扱いだぞと言うと、一同は大爆笑となった。


「そういえば、今回、競竜会の方は、どうなってるんですか?」


「いろはは皇都に行ってるよ。『タイカ』は会員の人気が高いそうでね」


「じゃあ今回はこっちには会員の方は来ないんですか?」


 まさかそんな、こっちの都合で会員に迷惑がかかるような事はできないと最上は笑い出した。


「今回、珍しく志村が来ているそうだ。本来ならこういう時は京香が来るんだが、今身重だからな」


「へえ、そうなんですね。じゃあ今まで京香さんがやってた仕事って今どうしてるんです?」


「夫の鮭延(さけのべ)が代行しておる。元は競竜会の職員だからな。それなりにしっかりやっておるよ」


 身重の妻を置いて夫は各競竜場に出張かと杉が笑うと、あの人はとりわけ浮気に厳しそうと言って吉弘が笑い出した。


「じゃあ、今回、勝ったら志村さんが口取り式に出るんですか?」


「それなんだがな、私も口取り式に出てくれといろはにお願いされたんだよ。『会報に載せた時、見栄えが良いから』だそうだ。親をなんだと思ってるんだ、まったく」


 どの家も娘に振り回されてるらしいと杉が大笑いすると、ほんとだなと三浦が笑い出した。

そんな杉家は男の子が二人、三浦家は男ばかり三人なのだとか。



 激励会が終わると、岡部は最上と杉と問田の四人で大浴場へと向かった。


「今年は誰か調教師試験は受けるのか?」


 湯舟に浸かってすぐに最上が三人に問いかけた。

すぐに、うちは今年は予定が無いと岡部が回答。

すると問田が杉の顔を見て、受けられるなら受けてみたいと申告した。


「うちは次は西郷に受けさせる予定ですけど、一年研修させた方が良いと思うので、じゃあ今年は問田君ですかね」


 すると杉が成松が良さそうなのにと岡部に言った。

あの子は私も良いと思うと最上も言い出した。


「成松は伊級を体験させてからです。副調教師をやらせます。ゆくゆくはうちの会派の柱の一本になってもらおうと思ってますから」


「あの十河という娘はどうなんだ? あの娘も中々に良い感性をしてそうだが」


「十河は、まだちょっとわからないんですよね。会派を移るかもしれませんから」


 その岡部の回答に杉は眉をひそめ、穏やかじゃないと怪訝そうな顔をした。


「昨年の樹氷会の会長交代の件ですよ。十河は松井くんの厩務員なんです」


「ん? 松井先生は移る気になったのかね?」


「いえ。むしろ今の樹氷会には絶対に行きたくないと言ってます」


 視線を天井に向け最上は少し考え込んだ。


「ということは、条件次第という事か」


「そうなんでしょうけど、その条件は厳しいですよ。まずはあの件の公式の謝罪。そこが成されない以上は何を言われても話は動きませんよ」


「だな。それがわからない以上は、彼らがどれだけ口で心を入れ替えたと言っても誰も信じはしまいよ」


 彼らにそれがわかる日が果たして来るのかどうか。

そう呟いて最上は顔を湯で洗った。


「それに、もし引き抜かれたとなったら、どんな形にせよ次が来ますよ」


 その言葉に最上と杉が顔を見合わせた。


「次って他に誰が?」


「えっと、娘が心配なのでそろそろ。その件は今度お話しします」



 風呂から部屋に戻ると、菜奈は布団に入って静かに眠っていた。

あげはが幸せそうな顔で奈菜の寝顔を見続けている。


 あげはに礼を言い部屋に戻ってもらい、窓際の椅子に座って、ゆったり町を眺めていた。

すると寝床の方から岡部を呼ぶ声が聞こえてくる。


 いつの間にか菜奈が起きており、寝床の上に座って便所に行きたいとか細い声で言った。

急いで奈菜の元に向かい、便所へ抱えて行く。


 便所が終り寝間着を直している菜奈の額を触ると、薬が効いているのか、熱はすっかり下がったようだった。


「とうさん、いっしょにねんね」


「そうだね、約束だもんね。じゃあ寝床くっ付けるから、枕持ってそこで待ってて」


 嬉しそうな顔で頷き、奈菜は枕を抱えて寝床の上でぴょんぴょん飛び跳ねている。

自分の寝床を菜奈の寝床にくっつけ、岡部は布団に入った。

嬉しそうに菜奈ももぞもぞと布団に入ってきて岡部にしがみつく。


「あしたも、おでかけするん?」


「菜奈のお熱次第だよ。父さんも明日は昼から一緒にいられるから、良い子にしてたらお昼からどこか行こうか」


 嬉しそうに「うん」と頷くと、菜奈はしがみついたまま寝てしまった。

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