表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第六章 出藍 ~呂級調教師編(後編)~
316/491

第12話 奈菜

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(呂級)

・岡部梨奈…岡部の妻、戸川家長女

・岡部菜奈…岡部家長女

・戸川直美…梨奈の母

・戸川為安…梨奈の父(故人)

・最上義景…紅花会の相談役、通称「禿鷲」

・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将

・最上義悦…紅花会の会長、義景の孫

・大崎…義悦の筆頭秘書

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和

・大宝寺…三宅島興産社長

・櫛橋美鈴…紅花会の調教師(八級)。夫は中里実隆

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・杉尚重…紅花会の調教師(呂級)

・松井宗一…紅花会の調教師(呂級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(呂級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・石野経吾…岡部厩舎の契約騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・牧光長…岡部厩舎の調教師見習い

・新発田竜綱…岡部厩舎の調教助手

・垣屋、花房、阿蘇、大村、赤井、成松…岡部厩舎の厩務員

・西郷崇員…岡部厩舎の厩務員

・坂井政則…岡部厩舎の厩務員

・十河留里…岡部厩舎の女性厩務員

・荻野ほのか…岡部厩舎の女性厩務員

・小平一香…岡部厩舎の女性厩務員、父は北国牧場の小平生産顧問

・跡部資太郎…白詰会の調教師(呂級)

・香坂郁昌…大須賀(吉)の契約騎手

・栗林頼博…清流会の調教師(伊級)

・松下雅綱…栗林厩舎の契約騎手

 三月に入り、少しづつだが穏やかな日が増えてきた。

呂級の三月といえば『内大臣賞』と『上巳賞』という東西の重賞が目玉である。

また、新竜戦には長距離戦が追加になる。


 新聞は呂級と八級の番付作成に躍起になっており、各社の取材力が試されている。

戸川刺殺事件以降、記者の厩舎棟への立ち入りは事務棟の特別な許可が必要となっている。

その代わり、調教場に記者用の観察台が作られ、そこで調教を観察できることになった。

また、厩舎の協力を得られれば通路で調教帰りの人たちに取材ができるようになった。

残念ながら岡部は「順調です」程度しか回答しないのだが。


 現在、どの新聞も西の横綱は岡部の『サケショウチュウ』、大関は杉の『サケチタセイ』となっている。

東の横綱は三浦の『サケメイワ』。

小結以下は『新竜賞』の頃からはかなり変わり、『サケセキラン』の産駒が更に名前を出しはじめた。



 三月の定例会議が開催された。

参加者は岡部の他に、牧、服部、石野、新発田、荒木。


 今年に入り重賞二戦二勝の岡部厩舎では、これまでやってきた事が花開いたという実感があり、かなり士気が上がっている。

古竜長距離戦の『内大臣賞』には『サケタイカ』『サケテンリャク』『サケケンウン』が、世代戦初戦『上巳賞』には『サケショウチュウ』が出走予定となっている。

今回、『ショウチュウ』と『テンリャク』が服部、『タイカ』と『ケンウン』が石野の騎乗を予定している。

『テンリャク』と『ケンウン』は、そこまで期待しているわけではないが、もし決勝に残ったら臼杵か香坂に騎乗依頼するということになった。


「実は今回ちょっと色々あって、相談役夫妻がうちの娘と幕府に観戦に行く事になっちゃったんだよ」


「そしたら、先生はまた幕府に?」


「行かないわけにいかないでしょ。相談役の歳で何日も三歳児の面倒見れると思う?」


 一番手の付けられない時期だと石野が大笑いした。


「そういう事だから荒木さん、牧さんを補佐してあげてね」


「それは構いませんけど、随行はどうするんです?」


 娘の事で頭が一杯で随行の事をすっかり忘れていたと、岡部は苦笑いした。


「成松は何かあった時のためにこっちに残したいから、十河と西郷かな」


「確かに成松がいてくれた方が僕も安心ではありますね」


「じゃあ、荒木さん、牧さんよろしくね」




 一週目、木曜日に『タイカ』の予選が行われた。

さすがに『幻の重陽賞竜』といわれるだけの事はあり、予選は圧勝だった。

金曜日には『テンリャク』が出走。

『テンリャク』もなんとか予選は突破した。


 二週目、金曜日に『ショウチュウ』と『ケンウン』が予選に出走。

新竜王者『ショウチュウ』は、もはや格が違うという感じで圧勝。

『ケンウン』も無事突破する事ができた。


 三週目、いよいよ最終予選となった。

記者たちと厩舎棟の面々は『サケショウチュウ』と『サケチタセイ』が当たるのかどうかに注目している。

竜柱が発表になると様々な反応があった。

結果的には『ショウチュウ』と『チタセイ』は別の競走になった。

また『内大臣賞』の『タイカ』『テンリャク』『ケンウン』も別の競走になった。


 『ショウチュウ』『チタセイ』は共に一着で決勝に駒を進めた。

『タイカ』にいたっては、まさに圧勝という感じで決勝に駒を進めた。

『テンリャク』は、杉の『サケコンセイ』と同じ競走になった。

『コンセイ』は一着で決勝に行ったが、『テンリャク』は五着で敗退。

『ケンウン』の方は、武田の『ハナビシイシモチ』と同じ競走になってしまった。

『ハナビシイシモチ』は『重陽賞』の時に比べかなり強くなっており、完勝という感じだった。

『ケンウン』は全く歯が立たず九着敗退。




「爺ちゃん婆ちゃんに、何でも欲しいって言うたらアカンよ。それと、すぐに抱っこって言わない。わかった?」


「わかったもん! だいじょうぶや!」


 いざ明日出発という時に、梨奈が菜奈に必死に言い含めている。

そんな梨奈に、奈菜は口を尖らせ頬を膨らませて抗議している。


「菜奈は返事だけで何もわかってへんから、母さん言うんよ……」


「なな、ええこやもん!」


「あんたが良え子なんは、わかってるけども……」


 少し涙ぐんで、菜奈は「うう」と唸り声をあげている。

その隣では、くすくす笑いながら、お着替えは多目に入れておかないとねと言いながら、直美が菜奈の身支度をしている。

下着を多目にしてあげてと梨奈が言うと、直美が笑い出し、もうかなり荷物一杯だよと鞄の中を見せた。


 風呂から出てきた岡部が部屋に入ってきて、行きも帰りも僕たちと同じ電車になったから大丈夫だよと言うと、菜奈は涙ぐんで岡部の足にしがみついた。

岡部が奈菜の頭を撫で、あぐらをかいて座ると、菜奈は首に抱き付きなおした。

あまりにもガミガミ言われる菜奈が不憫で、岡部は頭を優しく撫で続けている。


「菜奈、しばらく母さんと会えないけど寂しく無いかな?」


「とうさんとも、あえへんの?」


「父さんは毎日会えるよ。お昼と夜は父さんと一緒だよ」


 岡部にしがみ付いている手にぎゅっと力を込める。


「さみしいけど、がまんする……」


「そっか。寂しかったら、爺ちゃんと婆ちゃんに甘えるんだよ」


「うん。わかった……」


 強くしがみついたまま、菜奈はわんわん声をあげて泣き出してしまった。

父さんがいるから大丈夫だよと言って岡部が背中をぽんぽんと叩く。


「ホンマに大丈夫なんやろか……」


 心配そうな表情で梨奈が菜奈を見つめている。


「義父さんたちだって何人も孫を見てきてるんだから、心配する事は無いと思うよ」


「そっちはね。問題は菜奈の方や。甘えんぼが何日も私と離れて」


 泣き止みはしたが、奈菜はまだ岡部に強くしがみついて鼻をすすっている。


「ここのところ、ずっと僕の布団で寝てるから大丈夫じゃないかな。梨奈ちゃんに会えなくて寂しくて泣くとは思うけど」


「……私も寂しうて泣きそうや」


 少し口を尖らせて、梨奈が拗ねたような仕草をする。


「電話はするよ。それで我慢して。お土産も買ってくるから。あとは競走を見てよ」


「わかった。菜奈の事お願いね」



 翌朝、目一杯のおめかしをしてもらい、菜奈は岡部に手を引かれ岡部宅を後にした。

背にはお気に入りの黄色い背負い鞄を背負っている。

中身は、ハンカチ、鼻紙、小さながま口、後はよくわからない物が数点。

菜奈からしたら大冒険の始まりだった。



 最上とあげはの姿を見ると、菜奈はじいちゃん、ばあちゃんと叫びながら駆けて行った。

さすがにあげはは慣れたもので、駄菓子を用意してきており、早速、菜奈の機嫌を取った。

だが少し遅れて服部、西郷、十河と順に到着すると、菜奈の表情が少しづつ曇っていく。

菜奈を見ると、十河はすぐに可愛いと言って近寄った。

だが菜奈は母親譲りの人見知りで、怖がって岡部に抱き付いた。


「気を悪くしないでね。うちの娘、すごい人見知りらしいんだよ」


「こない可愛い娘やもん。人見知りやないと危ないですよ」


 確かにと言って西郷も笑い出した。


「帰るまでに慣れると良いんだけどね」


「私もお菓子買うてあげたら、慣れてくれますかね?」


「虫歯になっちゃうし、ご飯食べれなくなっちゃうよ」


 初日で帰ると言われないように、岡部は菜奈を隣の席に座らせ、その前に最上夫妻を座らせ、見慣れた顔で席を囲った。

十河たちには後ろの席に行ってもらった。


 窓際に座った菜奈は、靴を脱いで座席に立って外の流れる景色を楽しんでいる。

時折振り返って、どこに行くのとか、ひるげは何などとあげはや最上に聞いている。

ちょっと最初から飛ばし過ぎてしまったのだろう。

豊川を過ぎる頃には、岡部の膝を枕にぐっすり寝むってしまった。


 急に静かになったのに気づいた十河が覗きに来て、寝ている菜奈を観て可愛いと身悶えた。

天使みたいとあげはも微笑んでいる。


 そんな天使は非常に寝起きが悪く、目が覚めると小悪魔に豹変。

幕府駅で目が覚め、岡部に抱っこされ泣いて大暴れした。

とりあえず、どこかでお昼にしましょうと岡部は最上に提案。


 幕府駅の地下には食堂街があり、その中の定食屋に入る事にした。

その頃には菜奈も泣き止んでおり、鼻をすすって、ぐずっているだけになっていた。


 お子様定食が出されると、一気に機嫌が良くなり、すぐに匙を持って食べだそうとした。


「菜奈。食べる前にする事があるでしょ?」


 はっとした顔をし、菜奈は匙を置くとパチンと小さな手を合わせ、いただきますと言って、もう一度匙を取った。

頭を撫で良くできましたと言うと、菜奈は岡部の顔を見てニカッと笑った。

先生もお父さんなんだなと、隣で西郷と十河がくすくす笑っている。


 ひるげを食べ終わった菜奈が、ちゃんと手を合わせ、ごちそうさまでしたと言ったのを見て、あげはは感心した。


「菜奈ちゃん、お父さん怖い?」


 岡部の顔を横目で見ながらあげはが聞いた。


「とうさん、やさしいよ。かあさん、こわい。そやけど、おこると、とうさんのほうがこわい」


 それを聞いた最上夫妻は大爆笑だった。

服部たちも大笑いだった。

喜んでもらえたと思ったらしく菜奈も笑い出した。

一人、岡部だけが顔を引きつらせて眼を覆った。



 定食屋から出ると、競竜場に向かうために、岡部たちは菜奈と最上夫妻と別れたのだった。

よろしければ、下の☆で応援いただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ