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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第六章 出藍 ~呂級調教師編(後編)~
311/491

第7話 金杯

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(呂級)

・岡部梨奈…岡部の妻、戸川家長女

・岡部菜奈…岡部家長女

・戸川直美…梨奈の母

・戸川為安…梨奈の父(故人)

・最上義景…紅花会の相談役、通称「禿鷲」

・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将

・最上義悦…紅花会の会長、義景の孫

・大崎…義悦の筆頭秘書

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和

・大宝寺…三宅島興産社長

・櫛橋美鈴…紅花会の調教師(八級)。夫は中里実隆

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・杉尚重…紅花会の調教師(呂級)

・松井宗一…紅花会の調教師(呂級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(呂級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・石野経吾…岡部厩舎の契約騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・牧光長…岡部厩舎の調教師見習い

・新発田竜綱…岡部厩舎の調教助手

・垣屋、花房、阿蘇、大村、赤井、成松…岡部厩舎の厩務員

・西郷崇員…岡部厩舎の厩務員

・坂井政則…岡部厩舎の厩務員

・十河留里…岡部厩舎の女性厩務員

・荻野ほのか…岡部厩舎の女性厩務員

・小平一香…岡部厩舎の女性厩務員、父は北国牧場の小平生産顧問

・跡部資太郎…白詰会の調教師(呂級)

・香坂郁昌…跡部厩舎の専属騎手

・栗林頼博…清流会の調教師(伊級)

・松下雅綱…栗林厩舎の契約騎手

 翌日から香坂は頻繁に岡部厩舎を訪れている。

毎回手に香草の瓶を持って来て、これを試して欲しいと毎回違う香草茶を淹れている。

まるで片思いの恋人に告白した後のような初々しい態度である。

そんな香坂に岡部は二つの助言をしている。


 一つは自分の調教理論を整理し、跡部と長坂主任に教え込んではどうかという事。

これについては、呂級に来てから岡部に何度か注意されており、すでに整理し、跡部に叩きこんでいるらしい。

残念ながら肝心の跡部の方が付いて来れていないそうだが。

だが長坂の方は思った以上に飲み込みが良いらしく、徐々にわかり始めているらしい。

であれば長坂から跡部へ助言をすることで、多少はわかりやすくなるかもしれない。


 もう一つは妥協点を探る努力をして欲しいという事。

話を聞くと香坂には、これまで白詰会の先輩調教師から調教依頼や騎乗依頼の話がいくつも来ていたらしい。それを全て断っていたのだとか。

これにはちゃんとした理由があり、香坂が調教計画を立てているのがバレてしまうからというものだった。

確かにその可能性は極めて高かっただろうと岡部も納得はした。

だが騎乗しなければ競走の勘が鈍る。

事ここに至り、改めてどこまでだったら妥協できるのかをよく考えろと助言した。


 『金杯』が終わったら話を進めるから、それまでに色々と答えを用意するように。

そう跡部と香坂に勧告した。

香坂は理解したようだが、跡部はその意味がすぐには理解できなかったらしい。


「仁級に落ちて絶望して廃業しないように、どうしたら良いか、『金杯』が終わるまでに、じっくり考えておけって言ってるんだよ」


「あ、そういうことですか。わかりました」


 跡部はそう返事した。

だがそんな跡部を香坂が冷めた目で見ている。

本当にわかっていると良いのですがと苦笑いした。




 三週目、『サケロウト』は最終予選もきっちりと勝利し決勝へと駒を進めた。

別の競走で杉の『サケマイエン』も三着ながら決勝へ駒を進めた。




 翌週水曜日に竜柱が発表になると、皇都の大宿で激励会が開かれた。

今回、『ロウト』が義悦の竜、『マイエン』が競竜会の竜ということで、会は義悦の主催となっている。


 新年最初の重賞の決勝に二頭も出走なんてと喜ぶ義悦に、杉は最終予選三着だから今回は出るだけだと謙遜した。


「お前の『ロウト』はどうなんや。前回『天狼賞』は四着やったんやろ?」


「上三頭のうち、順調なのは『チクリョクチュウ』だけですからね。かなり期待してますよ」


 ダメそうな時、自信が無い時、岡部ははっきりとそう言う。

期待しているという時は勝てると思っている時である。


「武田のはどうなんや? あれも決勝残ったんやろ?」


「向こうも杉さんと一緒だそうですよ」


「ほな、あれも出すだけか。それは期待できるかもしれへんな」


 それを聞いて、義悦が誰が見てもわかるくらいほころんだ。

そんな義悦が視界に入り、杉は笑い出しそうになってしまった。


「そうは言っても『チクリョクチュウ』は重賞竜ですからね。油断はできませんよ」


「そやけど、秋山の竜がおらへんようになっても、まだ跡部がおるやろ」


 跡部の名が出ると、岡部はすっと顔から笑みを消した。


「跡部は香坂と契約を切りましたよ。例の件が問題視されて、会の方針で。小さいながら新聞記事にもなってましたよ」


「そうやったんや。で、香坂はどないなったんや?」


「今、自由騎手です。毎日うちに入り浸ってますよ」


 杉厩舎の面々も知らなかったらしく、かなり驚いた顔をしている。


「良えやないか!」


「何がです?」


「お前の竜にあれが乗ったら、世界制覇も夢やないやろ!」


 自分の事のように杉は嬉しそう言った。

だが、岡部の態度はつれなかった。


「服部の次くらいに考えておきますよ」


「なんや勿体ない! せっかく絶世の美女が、頬赤らめて向こうからすり寄ってきたいうに」


「いくら絶世でも、訳ありは御免ですよ」


 先生ってそうなんだと十河と小平が、吉弘ときゃっきゃと女子高のようなノリで盛り上がった。




 夜の八時が近づいてくる。

外は夕方からチラリチラリと雪が舞っている。


 下見所では防寒具に身を包みもこもこになった坂井が『サケロウト』を曳いている。

寒さに震えた原が豪快にくしゃみをし、各竜が気になって原の方を見た。


 岡部の『サケロウト』は五枠十番、単勝人気は二番人気。

一番人気は八枠十七番の『チクリョクチュウ』。

杉の『サケマイエン』は三枠五番で十三番人気。

武田の『ハナビシイタドリ』は四枠八番で九番人気。


 係員の合図で、各騎手が一斉に各竜に近寄って騎乗した。


「寒いっ!」


「早よ『ロウト』に乗りいな。温かいから」


「いくらここで少し暖かぁても走ったら極寒やで。この仔速いから、他のやつより余計にな」


 ぽんぽんと服部が首筋を叩くと『ロウト』は嬉しそうに大型鳥類のような嘶きをする。

 『ハナビシイタドリ』と並んで下見所を出て、薄黄緑の絨毯へ『ロウト』を乗り入れた。


 発走者が赤い小旗を振ると、発走曲が奏でられる。



――

新年最初の大一番、『金杯』の発走時刻が迫ってまいりました。

今年一年のあなたの運勢を占います。

各竜、順調に発走機に収まっていきます。


体制完了、発走しました!

各竜、綺麗に揃いました。

熾烈な先頭争い、エイユウサキョウが主張していきます。

サケロウトは二番手。

タケノサンテツ、ヒナワユウテイ、ハナビシイタドリ、タマテバコ。

チクリョクチュウ、サケマイエン、ニヒキエビス、クレナイフタラ。

キキョウアカベ、イチヒキタネヤマ、タケノタイエイ。

イナホシップウオー、カンハッシュウ、クレナイトガ、ヤナギミツカゲ。

少し離れて、最後方にジョウタイシャ。

各竜、すでに三角を回り曲線を疾走。

前半の時計は、平均やや遅めでしょうか。

先頭は早くもサケロウトに代わっています。

後方集団が徐々に差を詰め、全竜一団となって四角に向かって行きました。

最後の直線、大きく横に広がった!

先頭サケロウトが一頭抜けている!

二番手タケノサンテツが必死に追いすがる!

外からサケマイエンとチクリョクチュウ!

チクリョクチュウ、サケロウトに並んだ!

内からハナビシイタドリとタマテバコが上がってくる!

直線残り半分。

先頭チクリョクチュウが抜けたか!

いや、内サケロウトが再加速!

先頭また並んだ!

内からハナビシイタドリとタマテバコ。

外サケマイエン。

サケロウトとチクリョクチュウ、火花散るような激しい一騎打ち!

サケロウトが一歩抜けた!

サケロウトだ!

サケロウト終着!

チクリョクチュウは二着!

サケロウト、昨年の天狼賞の無念を晴らしました!

――


 服部と『サケロウト』が競技場をゆったりと一周している。

正面に戻ると服部は、観客席に向かって指を一本突き立てた。

観客席は大歓声に包まれた。


 検量室に戻り『ロウト』から降りると、服部は首筋をパンパンと叩いて労った。

坂井は鞍を外すと、服部へと手渡した。

検量室にやってきた義悦は、岡部と硬く握手をし抱きついた。

杉も近寄ろうとしたが坂井の姿を見て止めた。

検量を終えた服部は義悦と握手を交わすと、まずは一つ目ですと嬉しそうに言った。


「服部、ああいう展開は、さすがに強いな」


 そう言って岡部が服部の肩に手を置いた。


「一つくらい優れたとこ見せとかんと、あいつに竜取られかねませんからね」


 今回精彩を欠いていた『ジョウタイシャ』の香坂を服部は指差した。


「まさか、それでわざわざ追い比べに持ってったのか?」


「そういうわけやないですよ。勝とう思たら、ああなっただけです」


 こいつめと岡部は服部の額を指で突いた。

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