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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第六章 出藍 ~呂級調教師編(後編)~
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第3話 豊川

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(呂級)

・岡部梨奈…岡部の妻、戸川家長女

・岡部菜奈…岡部家長女

・戸川直美…梨奈の母

・戸川為安…梨奈の父(故人)

・最上義景…紅花会の相談役、通称「禿鷲」

・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将

・最上義悦…紅花会の会長、義景の孫

・大崎…義悦の筆頭秘書

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和

・大宝寺…三宅島興産社長

・櫛橋美鈴…紅花会の調教師(八級)。夫は中里実隆

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・杉尚重…紅花会の調教師(呂級)

・松井宗一…紅花会の調教師(八級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(呂級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・石野経吾…岡部厩舎の契約騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・牧光長…岡部厩舎の調教助手

・新発田竜綱…岡部厩舎の調教助手

・垣屋、花房、阿蘇、大村、赤井、成松…岡部厩舎の厩務員

・内田修宗…紅花会の調教師見習い

・西郷崇員…岡部厩舎の厩務員

・十河留里…岡部厩舎の女性厩務員

・荻野ほのか…岡部厩舎の女性厩務員

・跡部資太郎…白詰会の調教師(呂級)

・香坂郁昌…跡部厩舎の専属騎手

・栗林頼博…清流会の調教師(伊級)

・松下雅綱…栗林厩舎の契約騎手

 毎年恒例の豊川での忘年会に向けて、岡部は高速鉄道に乗っている。

随員は来年から研修に入る内田と、三浦たっての希望で十河を連れてきた。

皇都で松井たちと待ち合わせをし、同じ電車で豊川へと向かった。


 松井の随員は、松井が天塩にかけて育てている新納。

伊級に上がった後で岡部は成松を副調教師に任命しようと考えている。

それと同じように松井も新納を育てているらしい。


 久々に再会した新納に対しては親友のように接した十河であったが、松井を前にすると露骨に緊張した面持ちになった。


「先生、ご無沙汰しております!」


「久しぶりだね、十河。どう、岡部くんのとこは? 酷い仕打ち受けてない?」


「はい! 問題が次から次へと起きますが、それだけに退屈せずに過ごせてます」


 十河の返答を聞いた岡部は、非常に心外だという顔で二人を見ている。


「岡部くんは事件を自分で引き寄せちゃう人だからね。良い勉強になるでしょ」


「はい! とっても!」


 先生を擁護したいのだが、どう擁護したもんかと内田が困った顔をする。

松井たちが笑い出すと、誰も味方がいないんだけど、どうなってるんだと岡部が文句を言った。


「ならば、満場一致という事じゃないのか?」


 松井が高笑いすると、岡部も一緒に笑い出した。


「……後で覚えてろ」


「良いのか? この後、天敵に会わなきゃいけないのに、そんな強気な態度で」


 櫛橋の事を松井は『天敵』と呼んだ。

内田と新納はすぐに誰の事が気付いて噴き出したのだが、十河は何の事かわからず新納にたずねた。

 ぷいと松井から岡部は顔を背け、頬杖をつく。


「どうせ、君じゃ戦力にならないじゃん」


「そんなのわかんねえだろ。なるかもしれんだろうが」


「こっちとしては、君が麻紀さんに全面降伏してる姿しか見てないからね。希望の持ちようが無いよ」


 岡部に指を差され、松井も少し不機嫌そうな顔をする。

 新納から事情を聞いた十河がケラケラ笑い出した。

 そんな十河を岡部と松井は同時に見て、また甘噛み会話を始める。


「逆に言えばだ、俺は、ああいう女性への扱いに長けてるという事になる。そうは思わんか?」


「へえ、そうなんだ。宗像に良いようにあしらわれてるらしいって、服部から聞いたんだけどなあ」


 すると、あしらわれてるのは臼杵で、先生はちゃんと上手に逃げていると新納が擁護した。


「新納……それ、擁護になってない」


 松井が悔しそうな顔をすると、内田と十河は爆笑であった。



 豊川駅で降りると、一行は豊川稲荷に参拝してから大宿へと向かった。

今年も受付は宿の女将見習いのあやめで、ピシッと和装に身を包み髪を結っている。


「あやめちゃん、お久しぶり。どう女将業は?」


「あ、岡部先生! 若女将は来年からですよ。この仕事まで見習いです」


「そうなんだ。ずいぶん板についてたから、てっきり」


 ずいぶんと女将って雰囲気になったと、松井も修行の成果を褒めた。


「もう、二人とも口が上手いんだから。でも、悪い気はしませんよ」


 無邪気な笑顔を浮かべ、あやめは手を合わせて口元に当てた。

 ところがその無邪気な笑顔が一瞬で曇る。


「ちょっと! 受付済んだんやったら、はよ会場いかんと! 後ろがつかえるやないですか!」


 その機嫌の悪そうな声を聞き、思わず松井が「出た」と呟いてしまった。

その呟きに櫛橋が過剰に反応した。


「は? 松井先生、今、何て?」


 慌てた松井は、お久しぶりですねと作り笑顔を浮かべた。

八級でもご活躍のようで何よりですと、ご機嫌を取ろうとした。


「松井先生。そういう悪いとこは、岡部先生を見習ったらあかんと、私は思いますよ」


「なぜ、そこで僕が出る……」


 櫛橋から顔を反らし、岡部はボソッと呟いた。


「岡部先生。何や御不満でも?」


「いいえ、滅相も無い。どうしたんですか? 何かご機嫌斜めですね」


「なんでやろうね。なんや、二人に陰口言われた気ぃがしたんよ」


 岡部と松井は青ざめ、気のせい、気のせいと全力で否定した。

それに新納と十河が大笑いしてしまった。


「そやろね。一年ぶりに会える言うに、まさか陰口言うたりするわけ無いもんね」


「当たり前じゃないですか! いやだなあ」


 なるべく自然に見えるように岡部は微笑みかけた。

だが櫛橋から見たら、笑顔は引きつり、笑い声は乾いているようにしか感じられなかったらしい。その顔は機嫌の悪いまま。


「……春海連れて来たったら良かったわ」


「冗談でしょ……」


 後ろで二人のやり取りを聞いていた池田が、相変わらず仲が良いなと笑った。

隣のあやめは、終始櫛橋を睨みつけている。


 会場に入ると、櫛橋と十河を見つけて三浦が寄ってきた。


「おお! 櫛橋、久しぶりだな。どうだ前橋は?」


「ごつい寒いです! 赤城おろし言うらしいんですけど。あまりに寒いんでびっくりしましたよ」


 わかるわかると、三浦は嬉しそうな顔で笑い出した。


「俺も前橋だったんだが、雷も異常に多いんだよな」


「ですね! 夏場の夕方は毎日。停電も多くて」


 やたら雨が降るせいで夏場とそれ以外で競技場の状態が全然違って困ると櫛橋は愚痴った。

三浦がうんうんと頷く。


「で、成績の方はどうなんだ?」


「『砂王賞』が取れたんで、来年は結構行けるんやないかと思うてますけど」


「ほう! じゃあ、二年で上がれそうなのか!」


 ふと岡部が横を見ると、松井の笑顔が引きつっている。

追い越されたとでも感じているのだろう。


「一番懸念やった輸送の問題が解決しましたからね。何も無かったらいけるん違いますかね」


「なんだ、お前も何かあったのか」


「うちも松井先生とこと一緒で、突然、輸送拒否されたんですよ。先生、何も聞いてへんのですか? 竜運車全部、事故で壊れてもうてたんですって」


 岡部をチラリと見ると、三浦は納得して小さく頷いた。


「そういえば、そんな話を聞いたな。で、拒否されて輸送はどうしてたんだ?」


「昨年の松井先生との話を聞いてましたから、急場は清流会さんに。正直、うちの奴らにはちょくちょく大遅刻かまされてたんで、代わってくれて良かったですよ」


 三浦と松井と岡部で、大きくため息をついた。



 岡部、松井、内田は、挨拶のため壇上の袖に連れていかれた。

十河と新納は櫛橋に預けることになった。

十河と櫛橋は仲良く笑いあい、時折、岡部たちを指差して何かを言っている。

絶対うちらの悪口言ってると岡部が言うと、松井が賛同し、内田は爆笑であった。


「先生方、お久しぶりです。その節は」


 岡部たちが振り返ると、本社輸送管理部長の尾花沢が立っていた。


「あ、お久しぶりです! 運送の社長に就任だそうで。……前途多難ですね」


 岡部の一言に尾花沢は苦笑いした。


「ですね……ですが、なるべく早く信頼を回復してみせますよ」


 では私はお先にと、尾花沢は義悦と壇上へと上がった。



 挨拶は最初、会長の挨拶から始り、すぐに尾花沢の番になった。

 輸送事故の一件は多くの者が報道された内容程度しか聞いておらず、ここで初めて正式に報告という形で、事故の全容が公表された。

現在あの運転手は、飲酒運転、異常追跡運転、公器物損壊で逮捕となっている。

当面は火焔会に輸送をお願いする事になるが、いつか紅花会でも自前輸送ができるように体制を整えてみせると誓った。

 会場からは暖かい拍手が起こった。


 次に岡部が壇上に上がり、幻の三冠調教師岡部ですと挨拶し失笑を誘った。

この後ちょっとした紹介があるので、それまで泥酔しないようにと言って乾杯した。


 岡部の後は相談役が挨拶した。

前半は非常に悪い事があったが、後半に嬉しいことが立て続けにやってきて終い良ければ全て良しだと締めた。


 その後、昇級者と調教師候補の紹介となった。

紅花会の今年の昇級者は松井一人で、松井がしっかりと挨拶をした。

最後に内田が挨拶して、松井たちは櫛橋の下に戻った。


 岡部は壇上に残り続け、電子広場の調教師支援機能の説明を光定にしてもらった。

最後に、詳しいことは光定さんたち製作者が来てるので捕まえて聞いてくださいと丸投げしてしまった。



「岡部先生、お久ぶりです!」


 その人物が誰か一瞬思い出せなかったが、横に斯波しば詮利あきとし調教師と斯波詮人調教師がいたことで、坂井政大(まさひろ)先生だと思い出した。

以前、戸川の葬儀の際、津軽と共に弔問に訪れ、涙していた人物である。


 かつて戸川が津軽とは同族嫌悪だと言っていたが、こうして見ると坂井も髭面で筋肉質で、まるで山賊のような風貌で妙に納得した。


「お久しぶりです、坂井先生」


「おお。覚えていただけてるやなんて!」


 久しぶりと声をかけたものの、かつて戸川に挨拶に来た時に一度だけ軽く挨拶をしただけである。

坂井も顔は覚えていてくれていても、名前までは憶えてくれていないだろうと思っていたのだろう。


「義父の葬儀に来ていただき、ありがとうございました」


「戸川さんには、何かにつけて非常にお世話になりましたから」


 そういえば以前戸川は、坂井とは同じ競竜場に所属していたと言っていた。

恐らくは紀三井寺で開業した当時、戸川が先輩としていたという感じだろう。


「ご子息の件、話はお聞きしましたが、その、よろしいのですか? 僕みたいな若輩で」


「詮人君の初年度の成績見たら、先生に預けるのに何の迷いもありませんよ」


 斯波を見て、新人賞おめでとうございますと岡部は微笑んだ。

先生のおかげですと詮人がはにかんだ。


「先生。かなりの倍率から、うちのを選んでいただいて、ほんまにありがとうございます!」


「かなりの倍率?」


「ん? いろはさんからそう説明を受けましたよ。何十人の中から先生が選んでくれたって」


 思わず会場のどこかにいるであろう義姉のいろはを岡部は探した。


「ほとんどはいろはさんが選んでて、僕は最終選考ですので詳しくは……」


「ああ、なるほど! そうやったんですね。親の私が言うんもなんですけども、うちのは根性はある方やと思います。そやから、みっちりやったってください」


「大切なのは感性、なにより竜に対する誠実さだと思いますので、そこに期待します」


 それを聞いた詮利と坂井は、さすが筆頭調教師殿だと言い合った。

相変わらず口が上手と詮人が笑うと、師になんてことを言うんだと詮利は叱った。

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