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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第五章 課題 ~呂級調教師編(前編)~
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第60話 空輸

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(呂級)

・岡部梨奈…岡部の妻、戸川家長女

・岡部菜奈…岡部家長女

・戸川直美…梨奈の母

・戸川為安…梨奈の父(故人)

・最上義景…紅花会の相談役、通称「禿鷲」

・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将

・最上義悦…紅花会の会長、義景の孫

・大崎…義悦の筆頭秘書

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和

・大宝寺…三宅島興産社長

・櫛橋美鈴…紅花会の調教師(八級)。夫は中里実隆

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・杉尚重…紅花会の調教師(呂級)

・松井宗一…紅花会の調教師(八級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(呂級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・石野経吾…岡部厩舎の契約騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・新発田竜綱…岡部厩舎の調教助手

・巻光長…岡部厩舎の調教助手

・垣屋、花房、阿蘇、大村、内田、赤井、成松…岡部厩舎の厩務員

・十河留里…岡部厩舎の女性厩務員

・荻野ほのか…岡部厩舎の女性厩務員

・跡部資太郎…白詰会の調教師(八級)

・香坂郁昌…跡部厩舎の専属騎手

・栗林頼博…清流会の調教師(伊級)

・松下雅綱…栗林厩舎の契約騎手

 発走機から飛び出した『サケコウガイ』は中団外に位置取った。

三角を回る時も竜群の少し外を回った。

曲線で徐々に周囲の流れが速くなると『コウガイ』も徐々に速度を上げ、中団の位置を保つ。

四角では三列目で大外を回った。

直線に入ると他の竜より一拍遅れて加速を開始。

直線半ばでは残り三頭というところまで上がっていた。

だが先頭の脚色が良く、これは届かないと多くの者が思った。

ところが『コウガイ』は、そこからもう一段加速。

一気に先頭を捕えて、さらに突き放して終着した。


 これが本当に新竜戦なのか、観ていた多くの者たちにそう強く印象付ける内容であった。



 翌日、『サケショウチュウ』の予選の発走となった。

ポンと発走した『ショウチュウ』は、特に競り合うわけでもなく先頭に躍り出た。

出走前には番手追走を試してみるなどと言っていたのだが、どうやら服部は『ショウチュウ』の気持ちの方を優先させたらしい。

四角まで他竜を一竜身以上離して気持ちよく走っていた。

直線に入り他竜に並ばれると、『ショウチュウ』は少しだけ加速を開始。

それで少し引き離すと、そのまま終着してしまった。




 母里との対談に同席してからというもの、何かに納得したようで、十河は毎日楽しそう過ごしている。

荻野も十河から色々聞いたようで、それまでのどこか沈んだ雰囲気を払拭したようである。


 岡部が武田厩舎で談笑していると、荻野が来客だと呼びに来た。

背広の人が来ていると言うので、まさかまた母里(もり)が来たのかと思った。

来たのは母里では無かったのだが、全員見た事の無い人たちではあった。

三人のうちの一人が皆さんでどうぞと手土産を手渡した。

手土産は「梅納糖うめなっとう」という梅を砂糖に漬けたお菓子であった。


 三人はそれぞれ、長瀞(ながとろ)一栗(いちくり)里見(さとみ)と名乗った。

以前、長瀞については義悦から名前を聞いている。

元、最上運送の空輸部門の部長で、現在は新会社『紅花特運』の社長となっている人物である。

年齢は五十代前半で、実に真面目そうな顔つきをしている。


 一栗は長瀞の推薦で今回の案件の責任者の一人として来たらしい。

入社三年目の二五歳で、現在は紅花特運で空運の運送管理に従事している人物である。

目尻が垂れていて、実に優しそうな印象を受ける。


 里見は一栗の一歳上で、三宅島興産の大山副社長が、話を聞いてすぐに推薦してきた人物らしい。

入社四年目ということなので、現在の高速竜運船の設計に新入社員として携わった人物ということになると思われる。

現在は開発部の倉増部長の下で竜運船の改修を行っているらしい。

履歴を聞いた岡部は、さすが大山はよくわかっていると感心した。

地黒なのか、それとも三宅島の気候の問題なのか、はたまた趣味で何かやっているのか、かなり肌が焼けて浅黒い。


「お話はかなり前に伺っていたのですが、弊社の中でなかなか人が決まらず、大変申し訳ありませんでした」


 長瀞はまず謝罪から入った。


「いえいえ。あくまで私の案を聞いてもらうだけのお話ですから。そんな仰々しくされてしまうと、こちらが恐縮してしまいますよ」


「ですが弊社の事を思って事業案を考えてくださったというに、こんな日付になってしまったんですからね、やはり私としては申し訳なく思いますよ」


 義悦からまともだとは聞いていたが、『最上運送』の重役たちが想像を絶する人物たちであったせいで、まともと言われてもどこまでと感じていた。

だが、このほんの少しのやり取りで、まともというか、できた人という印象を受けた。


「我々にという事ですから、空運に関わるお話という事ですよね?」


「もちろんそうですね。しかも竜運の件です」


「どのようなお話なのか非常に楽しみで、つい私も付いてきてしまいましたよ」


 あははと笑いながら長瀞は珈琲を飲んだ。

すると、厩舎なんてなかなか行けるところじゃないと無理やりついて来たくせにと一栗に暴露され、長瀞は笑って誤魔化した。


「案と言うのは止級の竜運の話なんですよ。それを空輸もできないかなと」


 岡部としては、空輸を専門にやっている人たちには突飛な案と感じられるかもと思っていた。

だが長瀞の表情からすると想定の範囲内という感じに見受けられる。


「確か今は競竜場間の輸送は、高速船で行っているんでしたよね。海路で長距離を輸送できる大型船もありましたよね。それだけでは駄目なのですか?」


「ええ。空輸ができれば海外遠征が容易になるんですよ。『海王賞』に海外からの参戦が無くて寂しいなと感じてましてね」


 ご自分が海外に遠征する用じゃないのですかと言って長瀞は笑い出した。

もちろんそれもあると岡部は笑い出した。


「で、どういう青写真を描いてらっしゃるので?」


「海上で小型輸送船を積んで、そのまま飛び立って、海上に着水する飛行機って感じなんですけど、どう思いますか?」


 いまいち理解できなかったらしく里見は首を傾げて苦笑いしている。

だが開発担当になる予定の長瀞と一栗は小さく頷いている。


 珈琲を飲むとそこからは一栗が話を始めた。


「恐らく先生の仰りたいのは、『飛行艇ひこうてい』という部類の輸送機になると思うんです」


 そう言うと一栗は鞄の中に入れてきた書籍を取り出し、該当の部分を開いた。


「これを止級用の竜運機として改装するという印象で合ってますか?」


 義悦には特に何も説明していないのに、一栗がこういう資料を用意してきたことに岡部はかなり驚いた。


「これって海上に浮くんですか?」


「ええ。この線がだいたいの喫水線だと思っていただければ」


 そう言って一栗は機体の横の線を指差した。

恐らくこれだと思うと岡部は頷いた。


「これ、速度ってどの程度出るんですか?」


「回転羽式なので、そこまでは。ですが海上よりは圧倒的に早いですし、航続距離も各段に長いですよ」


 一栗の持ってきた『航空機の歴史』という図鑑に岡部は釘付けになっている。


「これって普段は全然見かけないですよね?」


「二、三世代昔の機体設計ですからね。まだ離着陸に難があった時代の代物です。ですので今はあまり需要が。ペヨーテでは山火事の消火に使ってるって聞きますけどね」


「という事は、大量の水を抱えて飛べるという事か……」


 岡部が納得しているのを見て、一栗は口元を緩めた。


「最初に止級の輸送を空輸でという事だと思うという話を聞いて、私なりに色々考えて、出た答えがこれだったんですよ」


「なるほどねえ。どうりで手際が良いわけだ」


「もちろん各級の空輸のように、音速で飛べるわけじゃないので、輸送の時間はかかります。それでも天候にあまり左右されずに、最短距離で輸送できると考えれば有用だとは思いますね」


 その当時と違って、今ならもっと色々新たな技術があるし、内燃の性能も段違いに高いので、思っている以上のものができるかもしれないと一栗は説明した。


「という事は、音速は無理なんですか」


「無理ではありませんよ。ただ、それは最先端の軍事技術になってしまうんですよ。陸にしろ空にしろ海にしろ、開発の際には必ずぶち当たる問題ですね」


 つまりは無理では無いが実質無理という事になる。

ただ、こういう技術はいずれは民間に下りて来るので、それまでの繋ぎとして開発するのはありではないかと思うと一栗は説明した。


 ゆっくりと珈琲を飲み、里見はひとつ先生に聞いておきたい事があると言い出した。


「先生は、止級の関係者で内緒で行うのと、開発関係者だけで極秘裏に行うの、どちらが良いとお考えになりますか?」


 これは非常に難しい問題であった。

最悪の場合、長年かけて研究開発した高速輸送船が不要になる可能性があるからである。

そうなれば当然売れ行きに影響が出てくる。


「竜運船がそうであったように、やはり最初は極秘裏に行うべきだと思います」


「極秘という事は、これって販売するって事なんですか?」


「それなんですよ! 私は紅花特運の独占輸送にできるのが理想だと思うんですがどう思いますか?」


 そこまで聞いた一栗が、嬉しそうな顔で面白そうな話ですねと言った。

なるほどそういう商売かと長瀞は呟いた。

長瀞としては開発よりも運用の方に頭が働いているらしい。


「独占輸送が成り立つかどうかは、機体の販売価格と輸送頻度によるんじゃないでしょうかね」


「輸送頻度は高く無いでしょうね。なんせ国内では高速輸送船があるわけですから。他と言ってもせいぜい水族館くらいでしょうか。どちらかというと販路は海外になりそうですよね」


「という事であれば、国内は一機か二機あれば全て賄える程度という事ですか」


 機数を造らないとなると、一機当たりの値段は当然高額となる。

確かにそれなら高速輸送船の方が安上がりだから普段はそちらをとなるであろう。


「独占となればそれなりに高額な輸送費を取れるでしょうね。天候不順が続いて輸送困難という緊急事態で活躍する代物でしょうからね」


「うちで開発した小型輸送船ありきの話ですから、他が開発して競合という事もないでしょうし、それなりに計算は立つ気がするのですけど」


「でしょうね。開発、建造、輸送で提供独占は可能だと私も思いますね」


 それなりに商売として成り立つと考えたようで一栗は納得した。

長瀞も納得したらしい。


 岡部の顔を見て長瀞がニヤリと口角を上げた。


「ですけどこれ、多分、大赤字でしょうね。ですが会長は乗って来ると思いますよ。『止級輸送の紅花会』という名声の魅力には抗えないでしょうから」


「そっか。そういえば紅花会の前身は廻船問屋だったって言ってましたもんね」


「ですので、まずはある程度見積もりとか諸々計算して数字を弾いてから会長に説明してみますよ」



 最後に里見が最近の輸送船の状況を始めた。

今年、岡部が呂級ながら『竜王賞』に出走したのは、輸送船の販売にかなり大きな影響を及ぼしたらしい。

呂級の、それも西国の調教師が『竜王賞』で活躍した、それは輸送が問題無いと証明したようなものだったからである。

国内も注文が一気に増えたのだが、更にデカンとパルサから、小型、高速、大型輸送船の建造依頼が大口で来ている。


「これまで海外の担当者は、天候不順時の輸送を心配されていました。そこを補えるこれの役割は、かなり大きいものになると思いますね」


「確かに大時化じゃ運べないですもんね」


「飛行機だって嵐じゃ飛べないでしょ。条件は一緒ですよ。離着水が無い分、海上の方が竜には優しいと思いますけどね」


 そう里見が説明すると、長瀞、一栗の両氏から、そうとは限らないと指摘を受けてしまった。

三人の中で里見だけが海運の出である。

改めてそれを感じたようで里見は苦笑いした。


「最終的にどの程度のものができるかですね。場合によっては高速竜運船と置き換わってしまうかもですからね」


「高速輸送船は一番開発に苦労した船だというに……片手間で作った飛行機に需要で負けるとか……」


 岡部は大笑いし、そういうもんだと言ってなだめた。



 三人は面白い話をありがとうございましたと言って岡部厩舎を後にした。

帰り道でも、ああだこうだと議論し続けている

その光景を見て、あれじゃあ企業秘密も何もないと新発田と赤井が笑いあった。

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