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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第五章 課題 ~呂級調教師編(前編)~

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第53話 重陽賞

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(呂級)

・岡部梨奈…岡部の妻、戸川家長女

・岡部菜奈…岡部家長女

・戸川直美…梨奈の母

・戸川為安…梨奈の父(故人)

・最上義景…紅花会の相談役、通称「禿鷲」

・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将

・最上義悦…紅花会の会長、義景の孫

・大崎…義悦の筆頭秘書

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和

・大宝寺…三宅島興産社長

・櫛橋美鈴…紅花会の調教師(八級)。夫は中里実隆

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・杉尚重…紅花会の調教師(呂級)

・松井宗一…紅花会の調教師(八級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(呂級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・石野経吾…岡部厩舎の契約騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・新発田竜綱…岡部厩舎の調教助手

・巻光長…岡部厩舎の調教助手

・垣屋、花房、阿蘇、大村、内田、赤井、成松…岡部厩舎の厩務員

・十河留里…岡部厩舎の女性厩務員

・荻野ほのか…岡部厩舎の女性厩務員

・跡部資太郎…白詰会の調教師(八級)

・香坂郁昌…跡部厩舎の専属騎手

・栗林頼博…清流会の調教師(伊級)

・松下雅綱…栗林厩舎の契約騎手

 夜の八時が近づいている。

光定の持って来た大吟醸を呑みながら、岡部は自宅の居間で直美と梨奈と観戦している。

そんな岡部の膝にちょこんと座って、奈菜があすかから貰った絵本を読んでいる。


「綱一郎さんのはあかんかったの?」


「最終予選で事故があってね。競走中止になっちゃったんだよ」


 出れていれば良い結果になれたと思うのにと岡部は残念そうな顔をした。


「ふうん。なんか最近ツイてへん事が多いんとちゃう? 車の事故もあったし」


「そうだね。来年は琵琶湖だって、みんなが言ってくれてたのに、これでほぼダメになっちゃったもんね」


 競竜中継をじっと見ている岡部の袖を、隣に座っている梨奈がちょんちょんと引っ張った。


「ねえ。流れを変えるために、どこかお出かけせえへん」


「いいねえ。どこに行こうか?」


 誘いはしたものの、梨奈もそれ以上を考えていたわけではないらしく、これといった具体的な場所が出てこない。


「どっか神社がええと思うんよね。綱一郎さんはどっか行きたいとことかあらへんの?」


「僕はどこでも良いけど、車で日帰りで行ける範囲じゃないとダメだよ」


 口に指を当て少し考えると、母さんどこ行きたいと言って梨奈は直美と二人で悩み始めた。



 発走すると真っ先に『ジョウシンカゲ』が先頭に立った。

他の竜との先頭争いがかなり激しく、全体の流れが非常に速くなる。

それを見て『タケノオンワ』は、いつもより後方に位置取った。

『サケコンセイ』は先団やや後ろ、『ハナビシイシモチ』は中団やや前目外で追走。


 一角を回る頃には先頭争いは落ち着き、位置取りの変動は無くなった。

それを見越して『ジョウシンカゲ』が少しづつ速度を落しはじめる。

向正面でそれに気づいた『タケノオンワ』は、外に持ち出し位置を上げた。

それに合わせて、他の竜も位置取りを上げようと速度を上げる。

後ろから突かれる形になった『ジョウシンカゲ』は徐々に速度を上げ始めた。


 終始流れが落ち着かず、思った以上にどの竜も体力を消耗したらしい。

三角を過ぎた頃には体力の無い竜から徐々に脱落しはじめた。

曲線で各竜が徐々に加速し始めると『ジョウシンカゲ』もそれに合わせて加速。


 四角を回って各竜が加速をしても『ジョウシンカゲ』は先頭を走り続けた。

どの竜も加速が鈍く、もはやこのまま『ジョウシンカゲ』が逃げ切るかと思われたが、残念ながらそこで一杯になってしまった。

そこに『サケコンセイ』が並びかけ、さらに外から『ハナビシイシモチ』が並びかけた。

最後に一気に『タケノオンワ』が上がってきたところで終着となった。


 一着は秋山の『タケノオンワ』、二着は武田の『ハナビシイシモチ』、三着が杉の『サケコンセイ』、跡部の『ジョウシンカゲ』が四着という結果であった。



 岡部は次の『皇后杯』の下見に釘づけになっていたが、梨奈と直美は、もはや競竜そっちのけで旅行の話で盛り上がっている。



 発走すると秋山の『タケノショウモン』は先頭集団のやや後ろ目を追走。

向正面を過ぎ三角を回ると、『タケノショウモン』は少し位置を上げた。

四角を少し膨らみ気味で回った『タケノショウモン』は、直線に入ると一気に後続を突き放し、そのままその差を保って終着した。

完勝だった。

『タケノショウモン』は、この年の中距離重賞全勝という偉業を成し遂げた。


 教来石きょうらいし騎手が両手の拳を天に突き上げて大喜びしている。

この二つの勝利で秋山は伊級への首位昇級を確実なものにした。



「ねえ、旅行はいつ頃行けるん?」


「来月はそこまで忙しく無いと思うから、いつでも良いよ。場所は決まったの?」


「うん! 熱田はどうやろうか?」


 ニコニコと笑ってはいるものの、それに続く言葉が岡部の口から出て来ない。

梨奈の顔から笑みが消える。


「……ごめん、熱田ってどこだっけ?」


「もう! 勢尾(せいび)郡の稲沢の近くや! たぶんお伊勢さんと同じくらいの距離やと思うんやけど」


 熱田神宮は勝負事で有名な神社だと梨奈は説明した。


「ふうん。何か有名な美味しいものってあるの?」


「『ひつまぶし』って知ってる?」


「……『暇つぶし』なら」


 直美は大笑いしたのだが、父さんみたいな事言うなと梨奈は気分を害した顔をした。


「鰻重なんやけどね、鰻が細かく切ってあって、鰻重より食べやすうなってはるの」


「へえ、美味しそうだねえ。わかった、休み調整するよ」


 直美と梨奈はやったと大喜びした。

よくはわかっていないだろうが奈菜も一緒に喜んでいる。




 数日後、幕府に行っていた最上があげはと二人で岡部宅にやってきた。

岡部への挨拶はそこそこに、真っ直ぐ菜奈の元へと行き抱いてあやした。

菜奈は最上をじいちゃん、あげはをばあちゃんと呼んで懐いており、二人とも菜奈と遊びたくて仕方がないらしく、何かと用事を考えてはこうして岡部宅を訪れている。

今回も最上は幕府でお人形を買ってきたらしく、それで気を引いている。


 菜奈が最上の膝に乗って抱き付いたのが羨ましかったらしく、あげはが自分の膝に乗せ直しあやしはじめる。

だがそれでも最上は満足気な顔をし、岡部と酒を呑みはじめた。


「君が絶不調だから今年は何かと寂しかったが、君の休みはちゃんと杉が埋めてくれたよ」


「僕も観てましたよ。今川さんも、相手が一杯になるギリギリまで我慢したんですけどね」


 最近、杉は今川豊氏という騎手と契約した。

それからというもの、重賞にはその今川騎手ばかりを騎乗させている。


「こんな事を言ったとバレたら杉に怒られそうだが、正直あそこまでやるとは思わなかったよ」


「何着くらいだと思ってました?」


「そうだなあ。私は掲示板に載れれば御の字だと。今回は決勝に残れただけで良しかなと」


 それは確かに杉さんが聞いたら怒りそうと岡部は笑い出した。


「『タケノオンワ』『ハナビシイシモチ』杉さんの『コンセイ』はあまり差は無いかなと思いますよ。ただ、あの逃げ竜は……」


「あの逃げ竜は巧かったな! あのまま逃げ切られるんじゃないかと冷や冷やしたよ!」


「あれ香坂って騎手です。西国では天才騎手として有名なんですよ。松井くんが仁級と八級でだいぶ苦しめられてきたそうです」


 松井先生を苦しめられるんなら相当なものだと最上は感嘆の声をあげた。


「確か今回、あの竜は前走三着でギリギリで上がってきたんだったよな」


「それなんですけどね、あいつ最終予選を調整に使いやがるんですよ。だから、いつも決勝は低人気で」


「そうなのか! いやあ、白詰会さんも良い調教師を出したもんだなあ」


 お猪口を口に運び、岡部はそれについての発言を避けた。

その岡部の態度から何かあるらしいと最上は察した。


「実は香坂なんですよ。あの竜を調教してるのは」


「ん? 専属騎手なんだから、調教に乗るのは普通では無いのかね?」


「そうではなく、調教計画も香坂が自分で竜の状態見て組んでるんです。恐らく跡部の手腕では仁級を抜けれるかどうか……」


 つまりは騎手が独学で調教を学び、勝手に調教を施して出走させているという事になる。

仁級ならまだしも、呂級でそんな事が果たしてあるものなのかと最上は訝しんでいる。


「それじゃあ何か。騎手一人の力で呂級まで上がってきたってのか。そんな……」


「にわかには信じれないかもしれませんけど、事実なんですよ。だから皆、口を揃えて天才だって言うんです」


 あまりの衝撃的な話に最上はぽかんと口を開けたままになってしまっている。


「いやあ、何年この世界に身を置くか知らんが、そんな凄い話は初めて聞いたな」


「それを知る者は皆、いつか問題になるんじゃないかって危惧してるんですよね」


 小さく頷き、最上は無言でお猪口を口にした。




 九月が終わろうとしている。


 この月の服部は絶好調だった。

『ソウベン』『ケンウン』の二頭は能力戦二を突破。

『ダイトウ』は能力戦三を突破し、重賞への挑戦権を得た。


 二度の松下の特訓は確実に服部を成長させた。

見ていても以前のようなバタバタした感じが全く無くなっている。

ふんわりと竜を操っているように見える。

その上で直線では持前の剛腕を見せ、しっかりと竜を追っている。

牧も石野と比べても遜色がないと服部を褒めている。



 その牧は、来月の調教師試験に向けて岡部と一緒に連日追込みをかけている。

すでに昨年、出羽郡の竜術大会を優勝した温井(ぬくい)康宗やすむねという子が受験していて、現在騎手候補として土肥で頑張っている。


 牧はどうにも二日目の前半に難があるようで、重点的にそこを攻めているのだが、当初はスレスレで通るかどうかという状態だった。

二日目の前半は他の三科目と違い調教師としての核の知識になるため、岡部としては、できる事なら満点で終えて欲しいと思っている。


 そこで数日かけて十河や西郷、荻野、新発田も交えて講習を行った。

十河も西郷もさすがに飲み込みが早く、悩む牧に噛み砕いて教えてあげていた。

それが功を奏したのか、牧の理解度はどんどん上がっていった。

最終的には直前に模擬試験をやってもらい満点を取れるまでになっていた。


 こうして牧は自信を持って土肥に向かった。

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