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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第五章 課題 ~呂級調教師編(前編)~

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第48話 多忙

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(呂級)

・岡部梨奈…岡部の妻、戸川家長女

・岡部菜奈…岡部家長女

・戸川直美…梨奈の母

・戸川為安…梨奈の父(故人)

・最上義景…紅花会の相談役、通称「禿鷲」

・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将

・最上義悦…紅花会の会長、義景の孫

・大崎…義悦の筆頭秘書

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和

・大宝寺…三宅島興産社長

・櫛橋美鈴…紅花会の調教師(八級)。夫は中里実隆

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・杉尚重…紅花会の調教師(呂級)

・松井宗一…紅花会の調教師(八級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(呂級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・石野経吾…岡部厩舎の契約騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・新発田竜綱…岡部厩舎の調教助手

・巻光長…岡部厩舎の調教助手

・垣屋、花房、阿蘇、大村、内田、赤井、成松…岡部厩舎の厩務員

・十河留里…岡部厩舎の女性厩務員

・荻野ほのか…岡部厩舎の女性厩務員

・跡部資太郎…白詰会の調教師(八級)

・香坂郁昌…跡部厩舎の専属騎手

・栗林頼博…清流会の調教師(伊級)

・松下雅綱…栗林厩舎の契約騎手

 太宰府に戻り、三週間ぶりに厩舎の様子を見ようと事務室に行くと、内田が疲れ切った顔で事務机に座っていた。


「内田さん、ご苦労さま。どうでした? こちらの方は」


「先生って、いつもこれに調教計画ばして、報道ん対応もしとるんですよね……」


 人間業じゃないと内田はため息交じりに言った。


「何かあったんですか?」


「順調そのものではありました。『オンタン』も無事能力戦二ば勝ちましたしね」


「じゃあ何がそんなに?」


 この三週間を思い出し、内田は再度ため息をつく。


「重圧が半端なか。何かて言うては、みんな俺に聞いてくるけん」


「それは良い研修になってるみたいですね。再来月もう一度ありますのでがんばってください。それと僕、新竜の受入れにも行くので、色々よろしくね」


 嬉しそうに言う岡部に内田は頭を抱えてしまった。


「あの……俺ん代わりん方ちゅうのは?」


「誰かに代わってもいいけど、もし成松や十河がそつなくこなしちゃったら、それこそ立つ瀬がないでしょ?」


「……ごもっとも」


 うなだれる内田の肩をぽんぽんと叩き、うなぎ菓子を貰ってきたので珈琲でも飲みながら、みんなで食べようと言って岡部は珈琲の準備をした。




 事務室に淹れたての珈琲の香りが充満すると、まるでそれに釣られたかのように武田信文と伊東雄祐がやってきた。

うなぎ菓子をお土産と言って二人の前に置き、珈琲を二人に差し出した。


「どやった? 『さざ波賞』は」


 珈琲を飲みながら嬉しそうな顔で武田が聞いてきた。


「いやあ、藤田先生の竜は強かったですね。真っ向勝負したんですけど、小手先でちょいっとやられちゃった感じです」


「俺もそう観たな。まともに勝負したら勝てへん思うたから、松田のやつ小手先技で逃げおった気がしたわ」


 がははと武田は豪快に笑い出した。

竜の地力だけなら圧倒的にお前の方が上だったと言って伊東がニヤリとする。


「でも、藤田先生は、まだ調整段階だって言ってましたけど?」


「調整段階やったら、わざわざ小手先技使うて勝ちにくるわけないやろ。本気も本気、全力やったんや!」


 藤田の焦った顔を想像すると菓子が旨いと言って武田はうなぎ菓子をかじった。

呂級に負けるのが恥ずかしいから言い訳を山ほど用意したんだと言って伊東も大笑いしながらうなぎ菓子をかじった。


「でも、距離短縮はイマイチでしょうね。直線は良いんですけど、反転で差を付けられちゃうと思います」


「ほう。そやけども、反転でやられても、また直線で抜き返せるんちゃうんか?」


「どうなんでしょうね。そこまで直線の距離が無いですからねえ。それに、僕は短距離竜の方が育てやすい気がしています」


 岡部の発言に武田は面食らった顔をして伊東の顔を見た。

伊東も珈琲を飲む手を止め、岡部の顔をまじまじと見ている。


「伊級でも苦戦しとるやつが山ほどおるいうに、『育てやすい』なんて言葉が呂級の坊主から出るとはなあ」


 時代が変わったと武田が言うと、そろそろ引退ですかと伊東がからかった。


「ふざけんなと言いたいとこやが、今年、秋山が上がってくるやろから、そろそろやなとは思うとる」


「あれ? 僕が上がるまで待っててくれるという約束だったのでは?」


「さっさと上がって来いとは言うたが、待っててやるとは言うてへん!」


 ふんと武田が鼻から息を漏らすと、言い訳が苦しいと伊東が笑い出した。

岡部の竜に負けるのが嫌だからってそれは無いと伊東に指摘され、武田が不機嫌そうな顔で睨む。


「お前かて呂級の竜に負けるんは嫌やろうが! 自分の事を棚に上げてよう言うわ」


 伊東を指差してそう憤った。


「もちろん負けたないに決まっとるやないですか。ただ……『さざ波賞』を見たらこれじゃあしゃあないって諦めの気持ちも……」


 泣き言のような事を言い出した伊東に、武田は情けないと言って珈琲を飲んだ。




 翌週、『サケオンタン』は能力戦三を勝利し、重賞挑戦の資格を得る事になった。



「見たで、見たで! ずいぶん良え竜がおるやないか!」


 岡部厩舎に遊びに来た秋山は、珈琲を飲むなりうなぎ菓子をひと齧りし、嬉しそうにそう言った。

興奮して食べたせいで、食べかすが机に散っている。


「秋山さんの方はどうなんですか? 僕、浜名湖に行ってたので、こっちの状況知らないんですけど」


「『潮風賞』には出すよ。決勝くらいまで行けたら行きたいな。先日のあれも『潮風賞』出すんやろ?」


 身を乗り出して秋山は聞いてきたのだが、岡部は少しバツの悪そうな顔をして頭を掻いた。


「あの仔なんですけど、実は放牧して来年に賭けようかと」


「はあ? なんでやねん! 怪我でもしたんか?」


「人手が足らないんですよ! 『海王賞』にも出すし、新竜の受入れもしないといけないし」


 『海王賞』の裏開催までは手が回らないと岡部は悔しそうに言った。


「なるほどな。確かに呂級の調教師が二頭とも東西重賞出したら、そら自然そうなるわな。新竜の受入れ遅らせるんじゃあかんのか?」


「それもちょっと考えたんですけど、でも今年の新竜の一頭がもの凄く気になるんですよね」


 恐らく仕上がりの早い竜だろうから、すぐに調教計画を組まないといけない。

それを聞いてしまうと確かにそれも外せないと秋山は唸ってしまった。


「うちらは限られた人的資源でやっとるからなあ。そや! 杉先生にお願いしたらどうや?」


「どの部分をお願いするんです?」


「新竜の受入れやがな。調教計画だけ練って、夜勤は杉先生にお願いしたらどうや?」


 岡部は頭を左右にゆっくり振りながら色々と計算をしてみた。


「確かに計算上ギリギリですけど行けそうですね」


「おし! ほな決まりやな!」


「いやいや、まだ杉さんの了承を取らないと」


 杉がうんと言ってくれなかったら残念だけど『潮風賞』は諦めるしかない。

そう言って岡部が窘めると、秋山はつまらなそうな顔をする。


「ほな、俺も杉先生んとこ付いてったろうか?」


「秋山さん来たら、まとまる話もこじれちゃいますよ」


「どういう意味やねん!」




 杉は岡部厩舎の窮状を聞くと快く承諾してくれた。

ただ、それはあくまで人手不足が解消したというだけで、やる事が減ったわけでは無い。


 月が替わってすぐ岡部は太宰府と皇都を往復している。

皇都には新発田、垣屋、赤井を伴っており、新竜の調教をお願いしている。

『ライカン』『オンタン』共に予選一を突破すると、今度は十河を連れて浜名湖へと飛んだ。



「売れっ子調教師ってのは忙しいもんなんだな」


 椅子にもたれかけぐったりする岡部を見て、うなぎ菓子を齧りながら三浦がしみじみと言った。

先生お疲れみたいですけど大丈夫ですかと十河が心配そうに聞いてきた。


「さすがに、こう移動移動では……」


「俺はまだ能力戦が突破できないから余裕たっぷりだが、他の調教師たちはどうしておるんだろうな?」


 そもそも、止級の重賞に出せるような調教師はほとんどが伊級調教師である。

伊級の調教師は副調教師という、自分の分身のような人を抱えている。

さらに呂級までと異なり、さまざまな理由から厩務員を常日頃から少し多めに雇用している。

さらに調教助手も複数人いる厩舎もあるし、専属騎手と契約騎手両方を抱えている厩舎も多い。


「なるほどなあ。それを呂級調教師が一人でこなしたら、そりゃあそうなるわな」


「宿で按摩でも雇わないと倒れそうですよ」


 そう言うと岡部は思わずあくびをした。

憐みの顔をして三浦はそんな岡部を見た。


「ところがだ。そんなお疲れの所を申し訳ないのだが、事務長の井伊から、その……」


「はあ、そっか、記者会見かあ……」


 大きくため息をついて岡部は頭を抱えた。



 二週目、『ライカン』『オンタン』共に勝利し予選二を突破した。




 翌日から三浦厩舎は、有名人が入れ替わり立ち代わり出入りする事になった。

織田と十市が岡部に会いに来たのを皮切りに、宇喜多、平賀、松平と、伊級の上位を争う調教師が岡部と話をしようと訪れた。

うちの厩舎はいったいどうなってしまったんだと、三浦厩舎の厩務員たちは困惑している。

あまりに大物が続々と顔を出すので、三浦もうなぎ菓子を大量に用意した。


 一通り訪問が終り落ち着いたところで、岡部と三浦はうなぎ菓子を齧りながらお茶を啜って、まったりと過ごしていた。


「これまで天才と言えば真っ先に名前の挙がる藤田君の竜に、あそこまで食らいついたんだからな。伊級の先生方もたいそう驚いたと見えるな」


「あれを鍛えたのは義父ですよ」


「戸川が鍛えたとしてもだ、それをここまで昇華させたのはお前さんだ。あれだけの強さを誇った十市の竜が、管理者が変わったらさっぱりになっただろ。そういうもんだよ」


 良い竜を良い竜のままにしておくのも調教師の腕の見せ所なんだと三浦は指摘した。


「十市さんは織田先生の後継者ですからね。そんな人と同じようにってのは無理がありますよ」


「そりゃあ、あれと秋山は間違いなく数年後には国際競争に出る調教師だろうからな」


 『国際競争』

呂級に来てから岡部は何度かその単語を聞く機会があった。

その都度、次の級は最高峰の伊級なんだと強く実感する。


「国際競争かあ。止級はまだ海外参戦が無いですけど、そのうち海外竜だらけになったりするんですかね」


「輸送が確立されれば、そうなる可能性は十分あるだろうな」


「輸送かあ。国内は高速船で行けるんですけどね。海外となるとやっぱり空輸を検討しないとなんでしょうね」


 三浦は単に『輸送』としか言っていないのに、岡部の口からは『空輸』という言葉が発せられた。

それを三浦は聞き逃さなかった。


「何か案があるのか?」


「あるにはあるんですがね、それが果たして実現できるものなのかどうか」


「高速船は本当に驚いたからな。次はどんなものができるのやら」


 少し疲労が取れて血色の良くなった岡部を見て、三浦はゆったりと珈琲を飲んだ。




 三週目、『ライカン』『オンタン』は共に最終予選を突破する事になった。

『オンタン』は特に危なげなく、『ライカン』は宇喜多の『ロクモンソクシャ』との一騎打ちを制し、勝利しての突破だった。

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