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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第五章 課題 ~呂級調教師編(前編)~

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第18話 瑞穂優駿

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(呂級)

・岡部梨奈…岡部の妻、戸川家長女

・岡部菜奈…岡部家長女

・戸川直美…梨奈の母

・戸川為安…梨奈の父(故人)

・最上義景…紅花会の相談役、通称「禿鷲」

・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将

・最上義悦…紅花会の会長、義景の孫

・大崎…義悦の筆頭秘書

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和

・大宝寺…三宅島興産社長

・櫛橋美鈴…紅花会の調教師(仁級)。夫は中里実隆

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・杉尚重…紅花会の調教師(呂級)

・松井宗一…紅花会の調教師(八級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(呂級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・新発田竜綱…岡部厩舎の調教助手

・巻光長…岡部厩舎の調教助手

・垣屋、花房、阿蘇、大村、内田、赤井、成松…岡部厩舎の厩務員

・十河留里…岡部厩舎の女性厩務員

・十河留里…岡部厩舎の女性厩務員

・荻野ほのか…岡部厩舎の女性厩務員

・跡部資太郎…白詰会の調教師(八級)

・香坂郁昌…跡部厩舎の専属騎手

・栗林頼博…清流会の調教師(伊級)

・松下雅綱…栗林厩舎の契約騎手

 『サケテンポウ』は最終予選をきっちりと勝ち切って決勝に駒を進めた。



 最終予選の翌日、喜入は皇都の岡部厩舎に挨拶にやってきた。


「服部君はどうなの? 少しは何かつかめそうなの?」


「今、太宰府で松下さんに徹底的にやってもらってます。わずか数日で二回溺れて失神してますよ」


「それは、だいぶ厳しくやられてるねえ」


 喜入はがははと豪快に笑い出した。

喜入は現場を見ていないから笑い話で済むが、岡部はそうではなく苦い顔をしている。


「でも服部が自ら望んでやってることですからね。僕からは特には」


 そう言って珈琲をすする岡部に喜入は一際真面目な顔をした。


「こんなこと言うと先生は気分を害すかもしれないけど、俺はやはり自由騎手と契約するべきだと思うなあ」


「もちろん伊級に行ったら必須なんでしょうけど、今の段階では……」


「三浦先生も戸川先生も、俺や松下君を専属みたいに扱ってくれてるけど、自由騎手を別途契約するには、それなりに利点があると思うんだよね」


 そこまで言うと喜入は手を組んで少し身を乗り出した。


「これは僕が自由騎手だからってのもあるかもしれないけど、やはり自分の腕で勝負してる自由騎手の方が勝負に貪欲だと思うんだよね」


「今回ダメなら経験豊富そうな自由騎手との契約を考えようと思っています」


「そうか……ここまで言っても、まだ服部にこだわり続けるんだね……」


 喜入は岡部の顔を見ると一言、勿体ないと呟いた。

岡部先生ほどの腕があれば契約したいという自由騎手はごまんといるだろうに。


「二人三脚の専属騎手を大切にできない調教師を、いったい誰が信頼してくれるんだって思いますからね」


「でもそれで結果が出なかったら元も子も無いでしょ。ここは勝負の世界なんだよ?」


「それは……耳が痛いですね」


 くだらないとまでは言わないが、自己満足のこだわりにすぎないのではないか。

そう喜入は岡部に指摘した。

それに対し岡部はあえて何も言わなかった。

恐らくは岡部も頭ではわかっているのだろうと喜入は察した。


「先生。『テンポウ』疲労が溜まってしまってる。使い過ぎだよ。あたら良い竜が勿体ない」


「僕の判断が悪くて『テンポウ』には可哀そうな事をしてしまいました」


 岡部は露骨に気落ちした顔をした。

それが直視できず喜入は視線を岡部から反らした。

その視線の先にあったのは『真摯』と書かれた書初めであった。



 翌週、最終追切りの後、岡部たちは決起会に出席するため、皇都の大宿へと向かった。

垣屋と赤井が夜勤ということで、それ以外の、荒木、新発田、成松、十河、荻野が参加した。

大宿には既に最上が待っていて、少し遅れて義悦が到着した。


 最上は乾杯の音頭を取ると、早速、今回はどうかと聞いてきた。


「残念ながら今回少し調整に失敗してしまって……最終予選で限界が来てますのでちょっと……」


「まあ昇級して初の重賞挑戦だからなあ。それも昇級半年で。そう考えれば、決勝に残っただけでも御の字かもしれんな」


 そう言って最上は笑うのだが、岡部の表情は明らかにそれだけでは無いという表情をしている。


「申し訳ありません。昇級からここまで、あまり順調に行ってなくて……」


「鞍上があの子じゃなく喜入君の時点で、まあ何となく察しはするよ」


 さすがに隠し立てはできないと感じ、岡部は苦笑した。


「実はここまで駆け上がって来たがために、服部の方が付いて来れてなかったようでして……」


「ああ、そういう事なのか。なるほどな、最短昇級だと往々にしてそういう事はあるんだろうなあ。何、今年ダメでも来年がある。君がダメなら後続に期待するだけの事だよ」


 そう言って最上は笑うと、義悦は紅花会の未来は明るいと言って大笑いした。


「今回は少し僕の判断が悪かったですし、決断が遅かったと反省してます」


「気にする事は無いさ。これが一昔前ならな、稀少な好機をという所だがな。今はもう時間が解決してくれると思えるようになっておるよ」


「夏から秋の状況を見て、自由騎手と契約しようとも考えています」


 初めて聞く内容に、荒木たちは一様に驚いた顔をした。

新発田と成松は互いに顔を見合わせて驚いている。


「それであの子は納得しているのかね?」


「ものになるまでに少し時間がかかるというのは本人も感じてる事だと思います。その前に伊級に行けるようなら、そこでじっくりと大成してもらえれば良い話ですし」


「なるほどなあ。そういうことか。それならしっかりと指導してもらえるような、経験豊富な者を見つけないといけないな」


 人材を育てるというのは難しいと岡部が苦笑いすると、最上はだから以前からそう言っていると言って大笑いした。




 夜八時が近づいてきた。

この時期特有のじめじめした湿度が、夜になってもまだ不快さを保っている。

前日に降った雨は早朝には上がったのだが、競技場の状態は重のままとなっている。


 下見所では成松が『テンポウ』を曳いている。

枠順は六枠十四番。

絶好枠である。


 『テンポウ』は筋肉が張りつめており、一見すると短距離竜にすら見える状態である。

だが頭を下げ続けており、あまり覇気のようなものが感じられない。

そのせいか、前日二番人気だった単勝倍率は三番人気に落ちてしまっている。


 係員の合図で一斉に騎手たちが竜に駆け寄った。


「成松君、どう思う?」


「思うたより周りがそこまでやなか気がします。これなら!」


 喜入もうなずいて『テンポウ』に跨った。

そのまま競技場へと駆けて行った。


 発走者が壇上に上り小さな旗を振ると『優駿』の発走曲が奏でられた。



――

全国の呂級生産者の最大の目標『瑞穂優駿』の発走時刻が迫ってまいりました。

今年は一頭も回避がなく全枠出走となっております。

向正面の奥、発走機に一頭一頭枠入りが始まっております。


枠入りは極めて順調、最後、十八番エイユウミンブ収まりました。

発走しました!

ちょっとサケテンポウ出足が鈍いか。

ポンと飛び出したタケノショウモンは控えました。

先頭はチクキンセイが行くようです。

二番手ロクモンヨツツジ、内ハナビシカジノハ、外ハナビシタカノハ、タケノショウモン。

内クレナイセンソ、外エイユウミンブ、タケノアラハカ、キキョウハイダテ、タケノオイケ、その外クレナイオオミワ。

サケテンポウ、ダイガラン、ジョウシンカゲ。

イチヒキマツボリ、ジョウバッサイ、ニヒキアヤメユキ。

最後方イナホウルチで以上十八頭。

向正面、やや一団という感じで十八頭ひしめいて進んで行きます。

現在一番人気、タケノショウモンは先団やや後方。

二番人気、上巳賞竜ジョウバッサイは後方三番手から四番手。

全竜これから三角を過ぎ曲線へと入ります。

先頭はチクキンセイ、軽快に飛ばしていきます。

前半走破時計はやや遅め。

ジョウバッサイ、徐々に外を周って中団まで上がって行きました。

各竜さらに差を縮め一団のまま四角を回って行きました。

最後の直線、先頭チクキンセイ最内を回って抜けていった!

タケノショウモン良い手ごたえ!

内から一気にサケテンポウ!

サケテンポウとタケノショウモン、二頭並んで伸びてくる!

チクキンセイは一杯か!

大外からクレナイセンソ!

さらに外からジョウバッサイ!

先頭はサケテンポウとタケノショウモン!

残りわずか!

大外から一気にクレナイセンソが伸びて来る!

内サケテンポウもう一伸び!

タケノショウモンも食らいつく!

大外クレナイセンソ!

クレナイセンソ前二頭を完全に捉えた!

三頭もつれて終着!

クレナイセンソが体制有利に見えましたが、果たしてどうでしょうか?

――



 『テンポウ』と喜入がゆっくりと検量室に戻ってきた。


「こんなことなら万全だったら余裕でしたね。勿体ないことしましたね」


 喜入は成松から鞍を受け取ると、悔しそうに岡部に言った。


「……結果論だよ」


 喜入が検量に向かうと岡部はそう呟いた。

苦虫を噛んだような顔をした岡部の顔を成松はじっと見つめる。


「調教師って難しか判断を強いられるんですね」


「そうなんだよ。自分の判断に皆の生活がかかってると思うと、たまに押しつぶされそうになることがある」


「僕は今回ん先生ん判断ば支持するたい。別に『テンポウ』には『皇后杯』だって『立春賞』だってあるんやけん」


 成松のその言葉に岡部はどこか懐かしいものを感じた。

かつて『サケセキラン』が『新月賞』前に暴漢に襲撃された時、戸川がかけてくれた言葉を、ふいに思い出した。


”本番はここやないぞ。来年の『上巳賞』やで?”


 ここがダメなら次の目標に向かって行けば良いだけだと。

やっと気持ちの切り替えができた気がした。

心の中で何か踏ん切りのようなものがついた気がした。


「成松。その通りだよな。『皇后杯』取りに行こうな!」


 数分後、一着に二番『クレナイセンソ』が書き込まれた。

『サケテンポウ』はハナ差の三着だった。



「岡部、惜しかったな。もうちょいやったな」


 そう言って岡部の肩をぽんと叩く者がいた。


「ですね。秋山さんのも結構上がって来てましたよね?」


「おう。『アラハカ』人気薄やったけど六着まで上がってきたよ。次走が楽しみや」


「うちも疲労が溜まってるってだけで、特にこれと言って怪我してるわけじゃないみたいですからね。ちょっと休ませて、秋は『皇后杯』を目指していきますよ」


 それを聞くと秋山は岡部の肩をぱんぱん叩いて楽しそうに笑い出した。


「いやあ。呂級は良えな。みんな手強い! わくわくするわ!」


「どうですか? 今年、上がれそうですか?」


「いやあ、さすがにそれは無理やろ。呂級二年昇級はこれまで誰も達成してへんのやで? そやけど来年にはいけるんと違うかな。お前の方はどうなんや?」


 ううんと唸ると、岡部はもう一度着順掲示板を見た。

再度秋山に視線を戻し苦笑いする。

 

「どうですかね。うちもさすがに来年は微妙だと思いますよ」


「そっか。そしたら来年はお前がどんだけ噛みついてくるんかを楽しみにするかな」


 秋山はわんぱく坊主のような無邪気な笑顔で岡部を見た。

その表情に岡部も思わず頬が緩む。


「じゃあ、食いちぎってみせますよ!」


「おう! かかってこい! かかってこい!」


 最後に秋山は岡部の背をパンと叩いて厩務員の下へと戻って行った。

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