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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第四章 家族 ~八級調教師編~

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第57話 竹生島

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(八級)

・岡部梨奈…岡部の妻、戸川家長女

・岡部菜奈…岡部家長女

・戸川為安…紅花会の調教師(呂級)

・戸川直美…戸川の妻

・最上義景…紅花会の会長、通称「禿鷲」

・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将

・最上義悦…紅花会の竜主、義景の孫、本社社長

・大崎…義悦の筆頭秘書

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和

・大宝寺…三宅島興産社長

・櫛橋美鈴…紅花会の調教師(仁級)。夫は中里実隆

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・松井宗一…紅花会の調教師(八級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(八級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・臼杵鑑彦…松井厩舎の専属騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・国司元洋…岡部厩舎の調教助手(故人)

・新発田竜綱…岡部厩舎の調教助手

・阿蘇、五島、千々石、大村、内田、成松…岡部厩舎の厩務員

・宗像真波…岡部厩舎の女性厩務員

・斯波詮人…紅花会の調教師見習い

・杉尚重…紅花会の調教師(八級)

・津軽信明…紅花会の調教師(八級)

・跡部資太郎…白詰会の調教師(八級)

・香坂郁昌…跡部厩舎の専属騎手

 翌週、数年前から名前だけは何度も出ていた琵琶湖の竹生島へ行くことになった。


 驚くべきことに、直前に最上の脅威的な嗅覚で戸川厩舎に連絡が入った。

連絡自体は、年末の忘年会の話をしたいから明日そっちに行っても良いかという内容であった。

よほど楽しみにしていたのか、戸川は明日は家族で旅行の予定がとぽろっと漏らしてしまったのだった。

最上は、もはや忘年会の話などそっちのけで旅行の話をし始めた。

戸川は車にそんなに乗れないやら、会長も仕事があるだろうからと言い訳をした。

だが祖父が孫娘に会いにいくのに何か不都合があるのかと押し切られてしまったのだそうだ。



 結局、車二台で琵琶湖北西の今津港を目指すことになった。

とにかく最上とあげはが菜奈の横の席を譲らず、その菜奈の方の車を岡部が運転した。

奈菜の面倒をみなければならないという事で梨奈は奈菜の方の助手席に乗車。

その結果、もう一台の車は戸川が憮然とした顔で運転し、助手席には直美が乗る事となった。


 途中、大津、坂本、比良、高島と小まめに休憩。

大津の時はそこまででは無かったのだが、坂本の時点で早くも戸川はかなり不満顔だった。

大津の手前で奈菜は目を覚まし、そこから車を降りるたびに最上とあげはが交代で菜奈を抱いてあやしている。

あげはは事前に菜奈におもちゃを買ってきており、嬉しそうな顔でガラガラと音を立てている。

梨奈も二人にいつもの菜奈の様子を楽しそうに話した。


 比良でついに直美の我慢が限界を迎えたらしい。

車を降りると岡部に、会長夫妻に菜奈を取られたと戸川がうるさいと愚痴った。

いつも見てるんだから、たまには良いじゃないですかと岡部が言うと、直美は、綱ちゃんより顔見てるのにねと失笑した。



 十一月にもなると風の強い日も増える。

この日も少し風があり琵琶湖は少し時化(しけ)ていた。

少し揺れるからしっかりと安全帯を付けていてくれと係員から案内があった。


「こうしてみると、あの竜運船がいかに画期的か改めて実感するな」


 最上はしみじみと感想を漏らした。

琵琶湖は湖だから常に波が穏やかと思ったら大間違いで、風が強い日は外海と同じようにかなりの波が立つ。

遊覧船はいわゆる小舟で速度も遅く良く揺れる。

ふと見ると梨奈が気持ち悪そうにハンカチを口に当てている。


「先日、大宝寺さんが来ましたよ。太宰府に営業行った帰りに寄ったのだそうで」


「何やらもの凄い注文件数らしいな。私のところにも、なんとか順番を早められないかという相談が来ておるよ」


 一応聞くだけ聞いてみると回答し、三宅島に連絡はするのだが、大宝寺社長は無理を言うなの一点張りらしい。

これでも会派関係は優先的にやっているのだから、これ以上はどうにもならないと。


「同期の武田くんは、あの鵜来(うぐる)島が決定的だったって言ってましたね」


「あれ誰の案なんだ? 反響がもの凄いんだが」


「僕も知らないですね。僕が案出した時には、もう鵜来島の名前が出てきましたから」


 それまで年金だけしか産業が無いと言われていた鵜来島は、夏の間の放牧場として大賑わいとなっている。

それに合わせて島を出て行った者が続々と帰って来ている。

村長もそれを見越して村興しを行っており、長年途絶えていた夏祭りを復活させたのだそうだ。


「つまりそれだけ、あの会社が軌道に乗っていたということか。義悦もやるではないか」


「義悦さんが後継を大山さんじゃなく大宝寺さんにしたというのは、大山さんにはまだ大宝寺さんから勉強できる部分があると感じたんでしょうかね」


「義悦自身もかなり学ぶものが多かったとみえるな」


 最上が慈愛に満ちた目であげはに抱かれた奈菜を見ていると、奈菜は目を覚ましてしまった。

奈菜は起きるとすぐに泣き出してしまった。

あげはに代わって岡部があやしていると、奈菜は徐々に泣き止み岡部の顔を触って遊び始めた。


「そういえば、曾孫はそろそろなんですか?」


「来年早々だと聞いておるよ。近くなったら酒田へ行かないといけないな」


 最上が奈菜の頬をつんつんと突くと、奈菜はその指をぎゅっと握りしめた。

それにたまらなく癒されたらしく、最上は顔をデレデレさせた。


「またいつぞやのように三渕会長と揉めないでくださいよ」


「まったく、耳の痛いことを言うなあ。舌禍はもうこりごりだよ」


 最上が笑いだすと船が大きく揺れ、菜奈もきゃっきゃと笑い出した。



 竹生島の船着き場に着いてすぐ目の前に法厳寺が広がっていた。


「なんちゅう絶景や。この島独り占めとか贅沢な寺やな」


 そう言って戸川は腰に手を当て島を見上げた。

直美が戸川に次いで船を降り、本当ねと言って島を見渡した。


「ここ、この間行った厳島と同じで弁財天のお寺なんよ。右の方には神社もあってね」


「そやけど、あそこみたいに勝負には関係あらへんのやろ?」


「そうみたいやね。芸能が主やって旅行雑誌には書いてはったわ。そやけど弁天様やからお金には関係あることやし、それになにより菜奈ちゃんが美人さんに育つかも」


 そこまで言うと直美は岡部が抱いている奈菜に視線を移した。


「そうなんや、それは大事やな」


 そう言って戸川はなぜか梨奈の顔を見た。


「ちょっ! 何でその話の流れで今私の顔見たん?」


「梨奈ちゃんの時は延命ばっか行ってたもんやから。その、申し訳なかったね」


「はあ? 私もちゃんと美人に育ったいうねん! なんでそこで謝られなあかんのよ!」


 梨奈が怒ると戸川はげらげらと笑い出した。

その二人のやり取りを聞いて、あげはも笑い出した。



 先に竹生島神社へ参拝し、その後で法厳寺の本堂へと向かった。


 神社方面はそこまで道に上下が無くすんなり辿り着いたのだが、寺は岡の上だった。

そのため非常に階段が多く、本堂付近に達した頃には戸川も直美も完全に息が切れていた。

岡部は定期的に竜に乗っているせいか体力があり、菜奈を抱いたまま何食わぬ顔で本堂まで上がり、皆が来るのを涼しい顔で待っていた。


 戸川と直美の息が整ってきた頃、やっと最上夫妻と梨奈が階段を登り終えた。

三人は長椅子に腰かけると、膝が笑うだの、心臓がだの、明日動けるかななどと言い合っている。

岡部は菜奈を抱えて三人の前に行き、菜奈の手を持ち手を振らせた。

最上は力無く微笑み手を振り返したが、あげはと梨奈は体を寄せ合いふうふう言っている。


 やっと三人の息が整ってきたところで七人揃って参拝した。



 参拝が終わると、あげははすぐに椅子に腰かけて休憩してしまった。


「ここにお金入れて、もっと参拝しやすくしてやろうかしら。これじゃあ年配の方はこわえて(=疲れて)仕方がない」


「おいおい! お前が言うと冗談じゃなくなるから……」


 最上はあげはを窘めたのだが、久々の旅行で気分が昂っているのか、あげはの舌は止まらない。


「例の高速船を使って、大津の大宿からここまで直行便を出して、食事処なんかも綺麗に作り直したら大津の大宿の観光の一つにならないかな?」


 あげはは、岡部にどう思うかと聞いてきた。

大津には競竜場と比叡山以外これという観光が無いから、長く見れば良い案だと思うと岡部が言うと、そうでしょうと満足げな顔をした。


「これだけの絶景なのよ? あなただって錆つかせてるの勿体ないと思わない?」


 あげは今度は最上に同意を求めた。

岡部がこう言っているのだから、分はこちらにあると思ったのだろう。


「……お前が毎回そういう感じだから、子供や孫たちが一緒に旅行に行きたがらなくなるのと違うか?」


「娘や孫たちが楽しく遊べるようにすれば宿の利益にもつながるの!」


「孫たちと遊びに来た時くらい仕事を忘れろと言っているんだ! まったく!」


 あげはが垂れ流した欲望を最上が必死になって留めているのだが、あげはの目は完全に大女将のそれであった。


 岡部は戸川に商魂たくましいですねと言って笑うと、戸川は多くの会派の会長が一目置くだけのことはあると引きつった笑顔を浮かべた。



 船着き場に戻ると、突然菜奈が泣きだした。

直美は菜奈の様子を見ると、おしめが濡れてるのかもと言いだした。

実際、おしめは汚れており交換した。

だが菜奈は泣き止まなかった。

時間的にお腹が空いたのかもとあげはが言った。

船着き場近くの休憩所の一角で離乳食を食べさせると、菜奈は満足して寝てしまった。


 梨奈はここまでの疲労もあって、岡部にもたれかかってぐったりしてしまっている。

そんな梨奈を見て、あげははすっかり忘れていたと言って鞄から子育て飴を取り出した。


「皇都の大宿の娘からね、幽霊が子育てした飴があるって聞いたから買ってきたのよ!」


 本来は麦芽を煮詰めた水飴だったらしいが、今はそれを固めたべっこう飴が主流らしい。

確かにあげはが買ってきた物もべっこう飴であった。

梨奈は優しい味だと言って喜んで飴を舐めた。



 梨奈の体力が少し戻ったところで船に乗り今津港へ戻った。

今津で昼食を取り、ゆっくりと帰宅の途についた。


「いよいよ来年から皇都だな」


 帰りの車の中、最上は岡部の方を見て、しみじみと言った。

それを聞くとあげはは、ここまで早かったわねと言って微笑んだ。


「先日、会合で織田さんに会ってな。例の皇都の事務長、今年一杯で更迭が決まったと言っていたよ」


「何か処分されるようなことがあったんですか?」


 相変わらず察しが良いと言って最上は鼻で笑った。

 

「ここだけの話にしておいて欲しいんだがね、どうやら収賄が発覚したらしい」


「収賄? いったいどこから?」


「織田さんは『一部の報道』とだけ言っていた。相手が相手だから穏便に済ますことにしたとな」


 正直最上の説明は納得がいかなかった。

鏡越しに見える最上の表情も納得はいっていないという表情であった。


「おそらくは、子日、日進でしょうね……」


「だろうな。執行会の監査で判明したのだそうだ。その後で全事務長が調査されたんだが、あの岩成(いわなり)というやつだけだったそうだ」


「防府の(すえ)さんも、福原の浦上(うらがみ)さんも、誘いがあったけどつっぱねたって言ってましたからね」


 以前厳島に行った時の戸川の反応からして、断り切れなかったというよりは、なんの抵抗感も無く受け取ったというところだろう。


「一定数いるもんなんだよ。賄賂の重さで全てを判断する道徳心の欠片も無い奴というのはね。その手の奴というのは収賄の誘いが来るほど自分が偉くなったと勘違いするそうなんだ」


「つまり、久留米の松浦、蒲池みたいなやつという事ですか……」


「君が皇都に来る頃には掃除されてるだろうから、さすがに久留米みたいなことにはならないとは思うが……」


 久留米の名前が出ると最上はため息をついた。

その雰囲気を不快だと感じたのか、静かに寝ていた奈菜が少しだけ目を覚まして泣き出してしまった。

隣のあげはが子守歌を歌ってお腹をぽんぽんと叩き続けると、すぐに奈菜は寝てしまった。


「織田会長、ずいぶんと頑張ってるみたいですね」


「そうだな。私も素直に感心しておるよ。このままいけば任期満了の頃には、そうとう改善が進むだろうな。もしかしたら二期、三期とやるかもしれんな」


 くすりと笑って最上は奈菜の寝顔をじっと見つめた。

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