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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第四章 家族 ~八級調教師編~

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第55話 帰省

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(八級)

・岡部梨奈…岡部の妻、戸川家長女

・岡部菜奈…岡部家長女

・戸川為安…紅花会の調教師(呂級)

・戸川直美…戸川の妻

・最上義景…紅花会の会長、通称「禿鷲」

・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将

・最上義悦…紅花会の竜主、義景の孫、本社社長

・大崎…義悦の筆頭秘書

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和

・大宝寺…三宅島興産社長

・櫛橋美鈴…紅花会の調教師(仁級)。夫は中里実隆

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・松井宗一…紅花会の調教師(八級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(八級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・臼杵鑑彦…松井厩舎の専属騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・国司元洋…岡部厩舎の調教助手(故人)

・新発田竜綱…岡部厩舎の調教助手

・阿蘇、五島、千々石、大村、内田、成松…岡部厩舎の厩務員

・宗像真波…岡部厩舎の女性厩務員

・斯波詮人…紅花会の調教師見習い

・杉尚重…紅花会の調教師(八級)

・津軽信明…紅花会の調教師(八級)

・跡部資太郎…白詰会の調教師(八級)

・香坂郁昌…跡部厩舎の専属騎手

 『ヒエイ』と『ツルガ』を放牧に出すと、厩務員総出て竜房と事務室の清掃を行った。


 いつもの光景のように服部と成松が宗像をからかい箒を持って追われている。

それを見た千々石と阿蘇が、しょうの無い奴らだと呆れている。


 荒木は内田と事務室の掃除をしている。

内田が岡部の書いた書初めを見て思わず吹き出した。

荒木が何かあったのかとたずねると、最初の書初めが本当に酷かったと言って笑い出した。

今だからこそ言うが自分も毎回見るたびに笑えて、真面目な話の時などは体をつねって必死に堪えていたと荒木も腹を抱えて笑った。


 隅々まで綺麗に拭き掃除をして、皆で神棚に参拝の礼を行い御札を外す。


 最後に会旗を剥がし看板を外して、竜房と事務室の鍵をかけ、岡部は皆の顔を一人一人見回した。


「じゃあ、仕事収めに行こうか!」


 そう岡部が声をかけると、皆、興奮して喜んだ。




 すっかり、紅花会の行きつけになっている『居酒屋 ふく丸』に全員で集まった。


 酒と料理が運ばれてくると最初の挨拶として岡部から、千々石、五島、宗像の三名が今年で転厩になる旨が告げられた。

千々石と五島は少し前から子供の関係で皇都に行けないかもしれないと周囲に話しており、やはりという感じだった。

だが宗像については誰も聞いておらずかなり驚かれた。

宗像は成松、服部とともに岡部厩舎の賑やかし担当だったので寂しさは一入(ひとしお)である。


 岡部が乾杯の音頭を取ると、皆一斉に呑みはじめた。


「三名の補充、大変ですね」


 新発田が麦焼酎を呑みながら岡部に言った。


「そうだね。仁級の時のように募集に人が来ないという心配はしなくてすむだろうけどね」


「先生でも仁級の時はそんなやったんですね」


「理由は新発田が良く知ってるでしょ。あえて言わないけど」


 新発田はあっと言うと暫く黙ってしまった。


「もう二度とあんな事は起こさせないよ。少なくとも僕が筆頭の間はね」


 その岡部の言葉に、新発田のみでなく、近くで吞んでいた荒木と斯波も目を丸くして驚いた。


「えっ! 先生、筆頭調教師なんですか?」


「今年からね。発表は年末の予定だから会長と義父の他には三浦先生しか知らないんだけどね」


 それを聞き、荒木と斯波が、うちらも聞いて無いんだけどと少し拗ねたような顔で言い合っている。


「僕、ほんま先生には驚かされてばっかりですわ」


「発表までは移行期間だったからね。だから荒木さんたちにも黙ってたんだけど、でも、もう良いかなって」


 斯波は、心置きなく先生に相談できると嬉しそうにした。

それを受けて荒木は、あまりうちの先生の手を煩わせないでくれと釘を刺した。



 宴もたけなわになると、ここでお別れになる四人へ挨拶をお願いした。


 斯波は、土肥の研修が終わったらもう一度実地研修で来るつもりだから、それまで忘れないでいてくれと笑いを誘った。

千々石と五島は、家族とも散々相談したのだが阿蘇や大村のように理解が得られず残念な結果になったと話した。

転校が付きまとうため、多感な時期の子供を持つと、どうしても身動きが取れないと二人とも悔しそうであった。


 最後に宗像の番になった。

宗像はすっと立ち上がりはしたのだが、俯いたまま黙ってしまった。

宗像が静かに泣き出したので、岡部は結婚おめでとうと声をかけた。

それを聞くと、皆一斉に口々におめでとうと祝福した。

宗像はぼそりと、今まで本当に楽しかったですと声を振り絞る。

ぺたりと座り込んで、本当は私も皇都に付いて行きたいのにとわんわん泣き始めてしまった。


 最後に岡部は、これから二か月、慰安旅行に行って休暇を満喫して充電して、それぞれの場所へと向かって欲しいと言って締めた。




 翌日、岡部は総合商店へ行き、獺祭(だっさい)、焼酎、河豚(ふぐ)(はも)、鳥天、淡雪、紅葉饅頭を買い込んだ。

さらに直美用のハンカチ、梨奈へ首飾り、菜奈へリスのぬいぐるみと玩具を買って皇都へと向かった。


 車の車庫入れをする音に反応して梨奈が家から飛び出してきた。

岡部が車から降りると、梨奈は嬉しそうな顔で抱き付いた。

ただいまと言って岡部は梨奈の頭を撫でる。

梨奈もお帰りなさいと言って笑顔を向ける。


 荷物が多く、梨奈におみやげを持ってもらい、自分は旅行鞄を取り出した。


 客間に行くと戸川が菜奈を抱いてあやしていた。


「なんや、遅かったやないか!」


「すみません。おみやげを買っていたら遅くなっちゃって」


「君があまりに遅いもんやから、菜奈ちゃん、えらいことになったんやで」


 そう言うと戸川は、抱いていた菜奈を少し離れた所に座らせた。


「ほおら、菜奈ちゃん。おいで!」


 菜奈は、あひゃという変な声をあげて、はいはいしながら戸川の下へと向かって行く。


「よう来れた! よう来れた! 偉いでぇ!」


「見ない間に、菜奈、はいはいができるようになったんですね」


 毎日これやるんだよ、よく飽きないよねと、岡部の後ろで梨奈が呆れている。



 岡部は買ってきたおみやげを各自に分配した。


 直美にハンカチを渡し、梨奈に翠玉の首飾りを渡した。

玩具を振って音を出してみせると菜奈は岡部の方に手を伸ばした。


 戸川には獺祭の一升瓶を差し出した。

戸川はおおと感嘆の声を漏らし、菜奈を膝から降ろし獺祭の瓶を抱きかかえた。

それを見た直美は孫より酒が可愛いのかと叱った。

戸川が慌てて菜奈を抱きかかえようとした時には、菜奈は、はいはいして岡部の横に来ていた。


「ただいま、菜奈! 父さん菜奈に早く会いたいから三冠取ってきちゃったんだぞ!」


 抱きかかえると菜奈は、ひゃあと声をあげて喜んだ。

買ってきた玩具を見せると一際喜んだ声をあげた。

そんな父娘の姿を戸川は優しい目で見つめている。


「ほんまに、よう二階級で三冠なん取れたもんやな」


「良い竜を預けてもらえましたので。それより義父さんの伊級昇級の方が!」


「ほんまに、ついにやな! つるべにならへんように気張らんと!」




 その日の夜、ささやかな宴会が開かれた。

梨奈は奈菜の育児があるので、つまみは直美が用意した。

梨奈は菜奈に離乳食を食べさせ、岡部の買ってきたカラカラ鳴る玩具とぬいぐるみを持って寝かしつけに行った。


 梨奈が戻るのを待ち切れなかった戸川が、大きい銚子に獺祭を入れて持ってきて、お猪口に注いで呑みはじめてしまった。


 久々に父に会って興奮したのか、はたまた岡部の買ってきた玩具が気になっているのか、奈菜はなかなか寝てくれない。

やっと菜奈を寝かしつけて戻ってくると、三人はすっかり盛り上がっており梨奈を呆れさせた。


「これからどうするんや。まだ二か月あるけども」


「そうですねえ。伸び伸びになっていた竹生島にでも行こうかと思っています」


「おお! そしたら僕も付いていくよ。もうそこそこ暇やからな」


 奈菜と一緒に旅行に行きたいだけと直美が指摘すると、戸川は当たり前だと居直った。

奈菜と一緒にいれるなら場所などどこでも良いと。


「厩舎、全休じゃないんですね。もう賞金的には全休でも昇級できますよね?」


「誰かさんと違うて即決定やないからな。最後まで賞金稼がせてもらえるんや」


 戸川はお猪口に口を付けると岡部から顔を反らして、うししと笑い出した。


「三冠はそこがね……報道に囲まれて話題にされて、でも貰えるの小さな徽章一個ですよ。特別に賞金くらいくれても良いのに」


「十分稼いどいて残念がっとるんやないで!」


 戸川は、わははと楽しそうに笑い出した。


「今月だと新竜重賞ですけど、新竜いるんですか?」


「君用の竜を一頭預こうとるよ。『テンポウ』言う月毛の仔を」


 会長がかなり早めに確保した仔らしく、戸川厩舎に預ける際に岡部宛てだと言われて預かった。


「ああ、あの時の仔ですか! どうですか、手ごたえは?」


「今月『新竜賞』に出したろう思うたくらいや!」


 本質的には中距離向きだが、とにかく末脚が切れる。

来年の『優駿』が実に楽しみだと戸川は嬉しそうに言った。


「別に出したら良いじゃないですか」


「体が硬いねん! そやから距離の融通が効かへんのや。変に土付けるのもと思うてな。あれは完全に中距離専用やな」


「松井くんたちと北国に行った時に、『優駿』が取れるかもと言ったら、会長が絶対誰にもやらんと」


 戸川は、目に浮かぶと言って爆笑した。


「僕の見てた竜は、そのまま君のとこにいくことになるん?」


「いえ、半分だけらしいですよ。半分は杉さんのところに行くそうです」


 つい先日いろはが岡部厩舎に昇級祝いを言いに来た。

その際にそんな話をしていたのである。


「杉もあっという間に駆けあがってきはったな。ほんまに久留米やなかったら今頃……」


「そうですね……伊級だったかもしれませんね……」


「久留米のアレが無ければなあ……」


 戸川は口惜しさを表に出し、噛みしめるようにもう一度言った。


「義父さん、於保(おほ)宗嘉(むねよし)という方を知ってますか?」


「於保かあ。あれもかなり期待しとったんやけどな。一年持たずに厩舎解散してもうたんや。今、どこで何をしておるのやら……」


「解散じゃなく自殺なんですよ。あいつらに精神的に追い詰められて……」


 岡部の言葉に戸川は目を丸くして驚いた。


「何やて! そやけど、会派からの発表には解散やって……」


 そこまで言って戸川ははっとした。

戸川の脳裏に砂越と武藤の事が思い出された。


「杉さんはちゃんと報告したそうなんですよ。だけど会の方が……」


「ほんま、どこまで腐ってたんや! 人の命を何やと思うてるんや!」


 一緒に話を聞いていた直美も、かなり辛そう顔をした。

一歩間違えば綱一郎さんがそうなっていたのかもしれないんだねと、梨奈も泣きそうな顔をした。


「豊川で義父さんに相談してもらえてればね。もしかしたら……」


「確か君がうちに来たすぐ後くらいの事やったからな……確かに豊川まで生きててくれはったら……」


「僕が来るまで、あまりにも色々なことが上手くいってなかったんですね」


 二人は無念の思いを、お猪口を傾けて流した。

於保調教師の冥福を祈るかのように。



 ふいに戸川は手をポンと叩いた。


「そうや! なあ、明日大津行かへん? 土曜日やから重賞の予選しかやってへんけども」


「大丈夫ですかね? 大騒ぎになったりませんかね?」


「能力戦と予選一しかやってへんから、そこまで人はおらへんよ。心配やったら帽子でも目深に被って、新聞でも持っといたら良えよ」


 こんな曜日に来ているのはドロドロの競竜親父くらいなものだから、仮に素性がバレたとしても、きゃあきゃあ言われるような事はないと戸川は笑った。


「大津かあ。あの日以来ですね」

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