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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第四章 家族 ~八級調教師編~

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第21話 真珠賞

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(八級)

・岡部梨奈…岡部の妻、戸川家長女

・戸川為安…紅花会の調教師(呂級)

・戸川直美…戸川の妻

・最上義景…紅花会の会長、通称「禿鷲」

・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将

・最上義悦…紅花会の竜主、義景の孫、止級研究所社長

・大崎…止級研究所総務部長、義悦の腹心

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和

・櫛橋美鈴…紅花会の調教師候補。夫は中里実隆

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・松井宗一…紅花会の調教師(仁級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(八級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・臼杵鑑彦…松井厩舎の専属騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・国司元洋…岡部厩舎の調教助手

・阿蘇、五島、千々石、大村、内田、成松…岡部厩舎の厩務員

・宗像真波…岡部厩舎の女性厩務員

・斯波詮人…紅花会の調教師見習い

・杉尚重…紅花会の調教師(八級)

・津軽信明…紅花会の調教師(八級)

 北国の牧場から帰って以降、梨奈は、しきりに子供が欲しいとせがんでいる。

北国で小夜と共に行動し、すっかりその気になってしまったらしい。

義母の直美からの忠告がある為、岡部はかなり二の足を踏んでいたのだが何度か試してみてはいる。

初回はお互いかなり緊張したようで、翌日一日梨奈は熱を出して寝込んでしまった。

それでもどうしても子供が欲しいらしく、それに懲りずにせがみ続けた。

だが元々お世辞にも体の周期が整っているとは言えず、梨奈の希望はかなり期待薄だと思われた。


 ある朝、梨奈は朝から気分が悪く朝食が取れないと言いだした。

岡部が仕事から帰っても梨奈は布団に横たわったままだった。

昼食を取った形跡も無い。

そういえばと太宰府にいる直美に連絡をしてみると、明日そっちに行くと嬉しそうに言った。

翌日、仕事から戻った岡部は直美から嬉しい報告を受ける事になる。

梨奈が懐妊したのである。


 岡部はその事を酒田の最上夫婦へと報告した。

驚いた事に翌週あげはが防府の大宿にやって来た。

暫くここで執務をすると言いだしたのだった。

会長はどうしたのかとたずねると、長女のいろはに預けてきたのだとか。

一緒に来ると言っていたが長丁場の上に邪魔なだけだから捨ててきたとあげはは笑った。

申し訳なさそうにする梨奈にあげはは、誰か女性が傍にいないと妊婦は精神的に不安になるからと説明した。

それから家の事は直美が行い、梨奈は運動も兼て防府の大宿に遊びに行く日々を送る事になった。




 『サケテンキュウ』は最終予選も首位で突破。

水曜日の午後、岡部厩舎に武田がやってきた。


「岡部くん、結婚おめでとう!」


「ありがとう! 随分と耳が早いんだね」


 武田は岡部に差し出された珈琲の香りを楽しんでいる。


「おとんから聞いたんや。戸川先生んとこの娘さんやってね。義妹やんな」


「戸籍上ね。おかげで入籍がなかなか受理されなくて大変だったよ」


 岡部は武田が持ってきた求肥入り栗最中を一口齧って珈琲を飲んだ。


「役場は融通効かへんからな。結局どうやったん?」


「戸川家との孤児縁組を取り消して、会長の養子になったんだよ」


「へえ。そこまでせんとあかんのやな。まあ、重要な戸籍の話やからな。仕方ないんかもやけど」


 ちょっと聞いて欲しいと言って岡部は不機嫌そうな顔をした。


「先日、松井くんと北国行ったんだけどさ、次女の義姉から姉さんって呼べってせがまれたんだよ。心の準備ってものがあると思わない?」


 武田はその光景を思い浮かべクスクスと笑い出した。


「で、『真珠賞』はどうなの? 勝てそう?」


「うちは、やれる事はやったいう感じやけどな。君の方はどうなん?」


「『金剛賞』は長距離だったから何とでもなったけど、短距離はもう少し時間が欲しいね。今回は少し厳しいかも」


 もしここで武田が勝てるようであれば重賞制覇最速記録の二位に並ぶ事になる。

岡部が金剛賞を勝ってしまったので二位だが、それまでは最短だった記録である。


「うちとこのあの種竜は反則級やわ。八級来て改めて稲妻の恩恵を強う実感したよ」


「短いところほどあの末脚は脅威だよね」




 夜の八時が近づいてきている。

最終の単勝倍率では『サケテンキュウ』は五番人気となっていた。

武田の『ハナビシゾウゲ』は三番人気。


 本人たっての希望で斯波が下見所で『テンキュウ』を曳いている。

叔父の斯波調教師は重賞の決勝にはほとんど縁が無いらしく、斯波は嬉しそうに竜を曳いている。

係員の合図で服部が『テンキュウ』に跨った。

斯波は服部の緊張をほぐそうと、肩に力が入りすぎていると言って笑った。


 発走者が旗を振ると、場内に発走曲が奏でられた。

曲が鳴り終わると、観客席に向いていた多くの明かりが競技場に向けられ、観客席はかなり薄暗くなった。



――

夏の古竜短距離戦、『真珠賞』の時間が近づいてまいりました。

わずか六六十間の電撃戦。

最速の称号を掴み取るのは果たしてどの竜か。


現在、枠入りが行われています。

十二番ヤナギハナゾノ、少し枠入りを嫌がっています。

全頭枠入り完了、発走!

ニヒキクワイ良い発走、エイユウシュリがそれを追います。

ヤナギハナゾノ今回は控えます。

クレナイショウコク、イナホコントン、サケテンキュウ。

ヒナワダンソウ、クレナイトンデン、ロクモンセンジュ。

タケノメガミ、ジョウナガヤリ、カイテンヨク。

タケノシンデン、ハナビシゾウゲ、最後尾にロクモンカックウ。

全十五頭一団です。

早くも曲線から四角へ向かっています!

全頭一斉に鞭の合図が入る!

先頭に踊り出たのはサケテンキュウ!

カイテンヨク、ロクモンセンジュが追いすがる!

緩い長い坂に差し掛かります。

サケテンキュウ力強く坂を上る!

カイテンヨク、ロクモンセンジュ徐々に差を詰める!

来た来た!

後方から大外タケノシンデンとハナビシゾウゲが一気に上がってくる!

タケノシンデン、ハナビシゾウゲ、坂をもろともせずサケテンキュウを追いつめる。

サケテンキュウ坂を上り切り残りわずか。

タケノシンデン、ハナビシゾウゲ、サケテンキュウを捕えた!

一気に抜いた!

タケノシンデン、ハナビシゾウゲ二頭並んで終着!

わずかに外タケノシンデンが体勢有利か。

――



 服部は検量室に戻ってくると、悔しそうに無言で拳を握りしめた。

斯波から鞍を受け取り、とぼとぼと検量に向かった。


 隣に武田の陣営が帰ってきて、板垣が鞍を受けとり検量へと向かった。

武田は満面の笑みで岡部に近寄って来た。


「今これやったら、うちら来年の昇級はかなり見えてくるな!」


 武田はかなり興奮しており岡部の肩に手を回した。


「そうだね。もう少し時間があれば、もう少し鍛えられると思うし」


「来年、二人で重賞総なめしたろうな!」


 そう言って武田が笑い出すと、岡部もつられて笑い出した。


「そうなったら面白いけど、松井くんも上がってくると思うよ?」


 岡部の一言で、それまで上機嫌だった武田は急に表情を曇らせた。

 

「僕、松井くんの竜、ちと苦手な印象があんねん。研修のせいやろうか?」


「松井くん、僕とは違う鍛え方するからね」


 岡部は横目で大喜びしている秋山調教師を見た。


「しかし秋山先生は凄いね。また、あの先生の竜に敵わなかった」


「うちらの一個先輩やな。雷雲会の期待の新星やで。上でやるんが楽しみやな」


 今回ほんの少しの差で勝たれてしまったが、武田は秋山の竜とは着差以上の何かを感じていた。

恐らくは地の竜の質の違いだろう。

明らかに武田の竜の方が質の良い竜のはずなのに、最後きっちりと勝ち切られてしまったのだ。


「当たり前の事だけど、上に行けば行くほど、ああいう人たちばかりになるんだよね」


「うちら、どこまで通じるんやろな?」


 どうやら二人からの視線に気づいたらしく、秋山調教師がこちらに手を振った。




 翌日、岡部厩舎に珍しい来客があった。

かつて久留米で岡部厩舎の正面の厩舎だった吉良である。

現在は福原に所属してる。


「岡部先生、久々だね! 昨日三着だったよね。いやあ、凄いなあ。うちのも出てたんだけど残念ながら最下位だったよ」


 吉良は岡部に差し出された珈琲に口を付けると、あまりの美味しさに驚き、「おっ」と声をあげた。


「『ハナゾノ』枠入りからして渋ってましたもんね。よくあれでちゃんと出たなって」


「ほんとだよ。気性の良くない仔でさ。いつもは逃げさせるのに昨日はそれもダメで」


 もうああなったらどうしようも無いと吉良は渋い顔をして後頭部を掻いた。


「もしかして先生、『金剛賞』の時も出てました?」


「いや、あれは僕じゃないよ。同じ雪柳会の先輩だよ。君と違って、そこまで重賞の決勝に頻繁に顔を出せやしないよ」


 とにかく稲妻系の壁が厚いと吉良は珈琲を飲みながら愚痴った。


「そんな、僕だってまだ二回目ですよ。先生と安芸騎手が久留米で服部を手助けしてくれたおかげです。その節は、本当にありがとうございました」


「昨日見てて思ったけど、良い騎乗をするようになったよね。もともと剛腕だから昨日みたいな追い比べの展開だと強いね」


「本人は勝てたと思ったらしいですよ」


 岡部が笑い出すと、吉良も展開的にわからなくはないと笑い出した。


「そうだなあ。可能性はあったかもしれないね。だけど客観的に見て、前の二頭からは力負けの印象が強いかな。むしろ良く三着に粘ったという風に感じる」


「同感です。今はあれが限界ですね。でも来年の『金盃』ならもしかしたら」


「ただ単に昇級初年度の奴がそれ言ったら鼻で笑い飛ばすとこだけど、君だと本当に取りそうで怖いよ」


 吉良は、君の珈琲は相変わらず旨いと喜び、また飲みに来れるように頑張ると微笑んだ。

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