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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第四章 家族 ~八級調教師編~

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第20話 牧場

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(八級)

・岡部梨奈…岡部の妻、戸川家長女

・戸川為安…紅花会の調教師(呂級)

・戸川直美…戸川の妻

・最上義景…紅花会の会長、通称「禿鷲」

・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将

・最上義悦…紅花会の竜主、義景の孫、止級研究所社長

・大崎…止級研究所総務部長、義悦の腹心

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和

・櫛橋美鈴…紅花会の調教師候補。夫は中里実隆

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・松井宗一…紅花会の調教師(仁級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(八級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・臼杵鑑彦…松井厩舎の専属騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・国司元洋…岡部厩舎の調教助手

・阿蘇、五島、千々石、大村、内田、成松…岡部厩舎の厩務員

・宗像真波…岡部厩舎の女性厩務員

・斯波詮人…紅花会の調教師見習い

・杉尚重…紅花会の調教師(八級)

・津軽信明…紅花会の調教師(八級)

 五月の岡部厩舎の出走状況は、『ヒエイ』『ツルガ』が能力戦二に出走。

『ツバキ』『リョウブ』が能力戦三に出走。

リョウブが能力戦三に勝利し重賞出走の資格を得た。

だが残りの三頭は惜しい結果で終わってしまった。




 月が替わり六月となった。

六月の八級は『真珠賞』の月で、『サケテンキュウ』が挑戦する事になっている。



 土曜日、追切りが終り『真珠賞』への登録申請をすると、仁保から結婚おめでとうと言われた。

服部の事があるのでかなり複雑な心境ではあったが、耳に入っていない風を装い妻の話で盛り上がった。


 月曜日、竜柱が発表になり『サケテンキュウ』の予選は一週目の水曜日に記載があった。

『サケテンキュウ』はきっちりと勝ち切り最終予選に駒を進めた。




 金曜日、松井一家と岡部夫妻は北国へと向かった。

朝早く内府空港で待ち合わせをし、飛行機で室蘭空港へ行き高速鉄道で北府へ向かった。


 小夜にとっては大人数での旅行など生まれて初めての経験で終始大興奮で大騒ぎだった。

岡部に甘え、松井に甘え、梨奈にも甘えた。

麻紀は少し落ち着くようにたしなめ続けていたのだが、全くいう事を聞かず北府に着いた時点で電池切れのように寝てしまった。


 北府で少し観光する事になったのだが、その間、松井は小夜を背負いながら移動することになった。

だから言わんことじゃないと麻紀が腹を立て続けていて、いつその怒りが自分に向くかと松井が冷や冷やしていた。


 ある程度観光を済ませると、お昼をどうしようと言う話になった。

松井夫妻は北国に初めて来たようで、ここまで何を食べても美味しかったので、岡部のお薦めの場所が良いと言いだした。

ならば帯広まで行って豚丼を食べながら生麦酒はどうかと提案。

『生麦酒』という単語に二人は敏感に反応。

目を輝かせ、早く帯広へ行こうとはしゃいだ。


 その移動の途中で小夜は目を覚ました。

寝いている間は、松井に抱っこされていたのだが、起きてからは松井と隣に座った岡部の膝の上に寝転んだ。

起きたなら椅子に座りないとたしなめられたのだが、小夜は気にせず二人に甘えた。

結果的に怒りが限界を迎えた麻紀に叱られる事に。

すると小夜は大泣きしながら松井ではなく岡部に抱きついた。

そんな小夜の行動に麻紀は呆れて怒る気力を失ってしまった。


 帯広に着くと松井夫妻と岡部は生麦酒で乾杯。

梨奈はすぐ眠くなってしまうから大宿で呑むと言って小夜の相手をしていた。

豚丼は普通盛りしかなく、小夜の昼食は麻紀と梨奈が分けてあげた。

松井夫妻は生麦酒を一口呑むと、これが麦酒なら今まで呑んでたものはなんだったのかと感激。

梨奈は初めて食べた豚丼の味の方に感激していた。



 タクシーで幕別の大宿に向かい受付を済ませると最上階の来賓室を案内された。

梨奈は以前にも泊まった部屋なのでそこまで感動は無かったが、松井一家は大興奮であった。


 夕飯は、遅れてやって来た最上夫妻と一緒に、小宴会場で羊鍋を食べることになった。

あげはは自慢の宿を松井夫妻にべた褒めされ、終始顔がゆるんだままだった。

松井が紅花会に移ってきて本当に良かったと言うと最上も高笑いした。

麻紀は来賓室に興奮して何かのたがが外れてしまったようで、浴びるほど生麦酒を呑んだ。



 翌日、女性陣は富良野観光に、男性陣は白糠の牧場へ向かう事になった。


「松井先生の細君は凄い酒豪だな。あれだけ呑んで朝はケロッとしてるんだものな」


「あんなのまだまだですよ。本気で呑んだら俺の酒量なんて微々たるもんですよ。普段は節制しているんですけどね、昨晩は久々の旅行で興奮したようでして……」


 昨晩麻紀が呑んだ麦酒の大甕の杯数を思い出し、松井は笑顔を引きつらせてしまう。

そんな松井に最上は気持ちの良い飲みっぷりと評して笑った


「うちのも何日も前から君らと旅行ができるのを楽しみにしてたんだよ。昨晩は興奮して中々寝付けなかったそうだよ」


「俺も中々。あんな豪華な部屋、初めて泊まったもんですから」


「私から用を頼む事になれば、毎回宿は取るよ」


 最上の言葉を聞き、松井は改めて紅花会に来て良かったとしみじみ言った。

それに最上と岡部が大笑いした。


「そうなると南国の牧場も見てみたいとこですね」


「南国か……南国もそうだが、できれば別の所を見に行ってもらいたい」


 岡部がすぐに三宅島ですかと聞いた。


「うむ。大宝寺の話によると、かなり施設ができたらしい。義悦からも来いと何度も言われているんだが、中々機会が無くてな」


「三宅島に何かあるんですか?」


「新しい牧場を作ったんだよ。止級専用のな」


 松井も止級の番組が変わるという話は噂で聞いている。

それに合わせて専用の牧場を作っているとごく当たり前に言う最上に舌をまいた。

これが上位の方の会派のやり方なのかと。


「さすがにそっちは、家族じゃなく俺と岡部くんだけですかね」


「そうか。決まったら日程を教えてくれ。私もそれに合わせるから」


 何でと聞く岡部に松井は、昨日の小夜を見たらどうなるか大抵の予想はつくと渋い顔をした。



 白糠の牧場に着くと氏家夫妻が出迎えた。

娘の百合とあやめは、最上を見ると二人で挟んで手を引いた。

あすかは岡部の顔を見るとにやりと笑い、お姉さんに会いに来るなんて感心な弟だと言って笑い出した。


 氏家はいつものように楯岡に施設を案内させた。

松井は何を見ても興味津々で、楯岡にあれは何か、これは何かと質問を繰り返した。


 呂級の幼竜の厩舎まで行くと、氏家はまるで定例作業かのように見立てをお願いしますと言ってきた。


 幼竜は五頭おり、まずは岡部が一通り体を揉んで確認。

次に松井の番となった。

松井は何も教えられずにいきなりなのかと焦ったのだが、岡部は仁級と八級を知ってればそれの応用だと説明した。


 松井も一通り体を揉んで確かめるとすぐに岡部の言う事に気付いたようで、二頭の竜を推薦した。

一頭目は『ホウセイ』の弟の鹿毛。

もう一頭は『ケンレン』の弟の月毛。

こっちの鹿毛は非常に体が軟らかく、どの距離もこなせそう。

月毛の方は、体は硬そうだが節が太くかなり良いんじゃないかという事だった。

松井は、どちらかといえば鹿毛の方が扱いやすそうで良いという見解であった。


 岡部も、ほぼ同じ感想だが月毛の方を薦めた。

もしかしたら念願の『優駿』が取れるかもしれないと。

それを聞くと最上は氏家に、月毛の方は私が貰った、誰にもやらんと言いだし、一同の笑いを誘った。


 その後、松井は楯岡に牧場を案内され、岡部と最上と氏家は牧場の食事処へと先に向かった。

あすかは三人に珈琲を差し出すと自分も席に着いた。


「まさか、この歳になって弟ができるとはねえ」


 岡部は結婚の手続き上そういう事にしていただきましたと照れた。


「いやあ、歳の離れた弟って新鮮だわ。ねえ! 姉さんって呼んでみて!」


 あすかが岡部に迫ると、岡部は露骨に後ずさりした。

それを見て氏家は爆笑した。


「おい! 綱一郎君を困らせるんじゃない!」


 最上に窘められ、あすかは少し拗ねた顔をしてくすりと笑った。


「ところで母さんはどうしたの? 母さんも一緒だって聞いたんだけど?」


「今、二人の奥方たちと富良野を観光中だよ。何か用事があったのか?」


「あやめの事でちょっとね……」


 そう言うとあすかは、少し離れた厨房で昼食の支度をしている二人の娘の姿を見た。



 氏家夫妻には子供が二人いる。

長女の百合と次女のあやめである。


 百合は昔から内向的で、ほんわかした、どこか緩い雰囲気の娘で、そこまで勉強もできるわけでは無い。

一方で妹のあやめはかなり社交的で、しっかりした娘で、昔からどちらが姉がわからないと言われていた。


 百合は高校を卒業すると、進学には興味が無いので牧場で働きたいと言いだした。

であればと、あすかは百合に事務を仕込んだ。

ところが百合は事務を退屈と感じており、人手が足らないと聞くとすぐに応援に駆け付けてしまう。

牧夫たちも百合が応援に行くと人手が足らないとすぐにわかるので、周囲から人が集まってくる。

多くの牧夫は百合を赤子の頃から知っており、可愛らしい見た目も相まって、まるで姫のような扱いを受けている。


 あやめはそんな姉を見て牧場以外で働きたいと言いだした。



「以前、母さんが、宿を継ぐ候補を探してるって言ってたから、あやめはどうかなって思って」


「適正はどうなんだ?」


「さあ。それを母さんに見てもらおうかと……」


 あすかは再度あやめの方をちらりと見た。

それにつられるように最上もあやめを見る。


「あの娘は昔から我慢強い娘だったからな。仕事自体は問題無いだろうが、感性がどうかだろうなあ」


「他に誰か候補はいるの? 綱一郎さんは現実的じゃないでしょうし」


 最上とあすかは、同時に岡部をちらりと見た。

氏家もつられて岡部を見る。


「以前ちょっと耳に挟んだ話では、義悦の嫁を狙ってると言っていたなあ」


「えっ? 義悦にそんな子がいるの?」


 初めて聞いたと言って、あすかは氏家と顔を見合わせて驚いた顔をする。

岡部は相手の女性の事を知っているだけに、顔がにやけるのを必死に堪えている。


「先日、二人で私のところに挨拶に来たよ。来月に向こうの会派と会うことにもなってる」


「へえ、会派の一門なんだ」


「あまり気乗りしない会派だがな……」


 最上が少し不愉快そうな顔で珈琲を飲むと、その態度にあすかが眉を寄せて怒った。


「いくらそう思ってても、そういう事は口にしない方が良いわよ。絶対に本番で顔や態度に出ちゃうんだから」


 最上は面倒そうな顔で、あすかの小言を聞いた。

この歳になって娘に叱られるというのも、それはそれで少し嬉しいものがあるらしく、最上の顔はどことなくほころんでいる。


「まあ、あやめの事は後で言っておくよ。どこかで酒田に来てもらうことになるだろう」


 あすかがお願いねと言うと、ちょうどそこに松井と舘岡が戻って来た。

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