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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第四章 家族 ~八級調教師編~
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第14話 金剛賞

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(八級)

・戸川為安…紅花会の調教師(呂級)

・戸川直美…専業主婦

・戸川梨奈…戸川家長女

・最上義景…紅花会の会長、通称「禿鷲」

・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将

・最上義悦…紅花会の竜主、義景の孫、止級研究所社長

・大崎…止級研究所総務部長、義悦の腹心

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和

・櫛橋美鈴…紅花会の調教師候補。夫は中里実隆

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・松井宗一…紅花会の調教師(仁級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(八級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・臼杵鑑彦…松井厩舎の専属騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・国司元洋…岡部厩舎の調教助手

・阿蘇、五島、千々石、大村、内田、成松…岡部厩舎の厩務員

・宗像真波…岡部厩舎の女性厩務員

・杉尚重…紅花会の調教師(八級)

・津軽信明…紅花会の調教師(八級)

 岡部は武田の厩舎を訪れ扉の枠を叩いた。


「……君、早すぎやねん。まだ幕府で別れて四か月やで。再会に感動が無いんよ」


「僕はちゃんと感動してるよ。ここが福原競竜場なんだって」


「それ、僕の言うてる感動と位置が全然違うやん」


 武田は憮然とした表情で岡部を見続けている。


「ここって市街地のど真ん中なんだね」


「防府かて市街地やんけ」


 差し出された珈琲を飲むと、岡部は事務室内をぐるりと見渡す。


「いやあ。まさか、こんな大都会に、こんな大きな競竜場があるなんて」


「福原言うても、ここめちゃくちゃ外れやで。まあ、外れ言うても西府に近い外れやけども」



 福原駅は山陽道高速鉄道で皇都から三つ目の駅である。

皇都からであれば在来特急で来た方が安いし早いくらいの場所である。


 北は六甲山、南は瀬戸内海という実に風光明媚な土地である。

古くから海運業が盛んで、国内向けの主要港が西府の堺港であったように、外国向けの主要港が福原港だった。

その為、福原は古くから外国人との交流で栄えている。

福原市の北部には湯治で有名な有馬温泉もあり、観光業も非常に盛んである。


 福原の町は東西に非常に長い。

西は加古川から東は武庫川まで中国山脈の麓の平野を存分に利用している。

在来線は東西に二本走っており、『海岸線』と『山麓線』と名付けられている。

どちらも福原駅で交差しているため、地図で見ると罰印のように路線が通っている。

山麓線の東の終点が福原競竜場駅である。


 駅の真ん前に仁川という武庫川の支川が横たわっており、駅を降りると大きな橋を渡ることになる。

渡った先が福原競竜場である。



「武田くんはどうなの。調子の方は?」


「さすがに君ほど早くは無いけども『真珠賞』には出せるん違うかな?」


 そう言って武田は机の上の卓上暦をめくった。


「そうなんだ。やっぱ稲妻系は凄いね」


「いやいや、凄いのは君やろ。新聞の記事で読んだんやけど、わずか四か月で重賞の決勝進出、勝ったら最速記録なんやろ?」


 現在の記録の保持者は伊級の現役調教師で清流会所属の藤田和邦調教師。

専属騎手の松田繁秀騎手で『真珠賞』を制した六か月が最速となっているらしい。


 藤田調教師は仁級、八級を二年で駆け上がり、呂級を三年で抜け最速で伊級に昇級した。

仁級、八級、呂級と昇級の年は圧倒的な賞金額で昇級している。


「あの先生は天才やからな。君とどっちが凄いもんなんか今から楽しみや」


「ここ勝ったら、お近づきになれたりするのかな?」


 そう言って嬉しそうに珈琲を飲む岡部を、武田は伊級と呂級だから無理じゃないかと言って笑い飛ばした。


「そやけどあの先生、顔はいつも笑とるんやけど目が全然笑ってへんねんで」


「そういう人って怒らせたら怖いんだよね」


 岡部の発言に武田は目を細めて、少し拒絶するような表情をする。


「なんで怒らすことが前提やねん……」




 水曜日の夜八時が近づいてきている。


 下見所では内田が『サケキラメキ』を曳いている。

いつもは平静を保っている内田なのだが、別会場、大量の観客という、あまりの環境の違いに緊張でカチカチである。


 『サケキラメキ』は三枠五番、現在単勝六番人気。

予選を勝った竜は六頭いるので、単純計算で最低評価となっている。

上位五頭は全て稲妻牧場系。

この辺りは女性人気の高い仁級と違い八級は観客も玄人で、余計な扇動情報には惑わされないのだろう。


 係員の合図で服部が『キラメキ』に騎乗。

『キラメキ』と服部は、地下道を通って砂の敷き詰められた競技場へと飛び出して行った。


 発走者が小旗を振ると発走曲が奏でられる。

観客席に当てられていた照明の一部が競技場の方へ向けられ、観客席は薄っすらと暗くなる。



――

春の古竜長距離重賞『金剛賞』の発走時刻が近づいてまいりました。

今年は一頭回避し全十七頭の出走となります。

今年は何と昇級初年度の厩舎からの出走があります。

岡部厩舎のサケキラメキ、果たしてどこまでやれるのでしょうか、そちらにも注目です。


枠入り順調に進んでいます。

体制完了、発走!

全竜、前へ前へと押して行きます。

イナホシングンオーが先頭か。

全竜、正面観客席前の直線を疾走。

イナホシングンオーのすぐ後ろにサンレンセイ、クレナイシュッケ、サケキラメキ。

この競走、注目の一頭サケキラメキは先頭集団前目に位置取っています。

その後ろ、チクコンペイ、ヒナワゲキテツ、エイユウジジュウ、ニヒキインゲン、ロクモンシチョウ。

少し離れて、ハナビシタケスズメ、ヒナワキントン、ジョウグンカ。

現在一番人気のジョウグンカはここ、中団やや後ろ。

タケノリクドウ、ヤナギセンプウ、タケノネンブツ

最後方、キブンジョウジョウ、クレナイコフン。

全十七頭、現在、曲線を抜けて二角に差し掛かろうというところ。

昨年の菊花杯勝ち竜タケノリクドウは現在後方五番手。

昨年の砂王賞勝ち竜、長距離王者ジョウグンカは現在中団内。

昨年この競争を勝った、エイユウジジュウは先団外。

隊列はやや一団という感じで向正面を疾走。

先頭は依然としてイナホシングンオー。

サケキラメキはぴたりとそれを追走しています。

前半時計はほぼ平均。

ここまで大きな動き無く、淡々と流れています。

一団は三角を過ぎこれから曲線に入ります。

徐々に先頭集団が差を詰めていき、竜群は前後二つに固まってまいりました。

サンレンセイ、サケキラメキがイナホシングンオーを抜いて早くも先頭に出ました。

後続が差を詰め一気に竜群がひと固まりとなる!

全竜四角回って最後の直線に向かいます!

先頭、サンレンセイとサケキラメキ、どちらもかなり手ごたえが良い!

直線はここからキツイ坂に入ります。

前二頭、脚色が鈍る!

エイユウジジュウ、ジョウグンカ、一気に差を縮めに入る!

後方からタケノリクドウが力強く坂を上って行く!

先頭二頭坂を上り切り再加速!

サケキラメキ一気に全速!

サケキラメキ、サンレンセイを引き離す!

内からジョウグンカが一気に上がってくる!

大外一気にタケノリクドウ!

直線残りわずか!

タケノリクドウが凄い脚で上がってきた!

タケノリクドウ!

タケノリクドウ、ジョウグンカを捕えた!

先頭サケキラメキは一杯か!

タケノリクドウ、サケキラメキに襲い掛かる!

内、ジョウグンカもまだ伸びている!

三頭並んで終着!

外のタケノリクドウ、中のサケキラメキ。

内のジョウグンカは少し体勢不利か。

――



「すみません。こっち向こうより坂がキツうて……計算間違えました」


 検量室に帰ってきた服部が悔しそうな顔で『キラメキ』から降り、二着の枠に繋いだ。

内田から鞍を受け取ると、とぼとぼと検量に向かって行った。


 隣を見ると『タケノリクドウ』の陣営も一着の枠には繋いだものの、あまり自信が無いらしく、首を傾げながら話し込んでいる。


 内田が不安な顔をして岡部にどっちでしょうねとたずねた。

岡部は無言で首を傾げる。

服部は検量を終え、無言で『タケノリクドウ』の鞍上の教来石(きょうらいし)騎手と並んで競走映像を見つめている。


 既に三着には『ジョウグンカ』の十五が記載されている。

検量室の画面では、終着時の停止映像が何度も拡大して表示されている。


 『タケノリクドウ』の陣営も微妙だと言いあっている。

既に三着以下の竜は順次検量室からいなくなっている。



 中々着順が表示されず三十分が経過。

服部は緊張に耐えきれなくなり岡部のところに来ている。


「ごつい時間かかってますね……」


「そうだね。それだけ微妙ってことだとは思うけど……」


 そう言って終着の映像を腕を組んで眺めている岡部の横で、内田が胃が痛いと言いだした。



 異常に長い判定の後、一着に『タケノリクドウ』の一が書きこまれた。

『タケノリクドウ』の陣営がわっと沸く。

内田がそんなと小さく呟いたそのすぐ後、服部が「おお」と雄叫びをあげた。

そのすぐ下に『サケキラメキ』の五が記載されたのだった。


 一着同着。

内田は信じられないと言って服部に抱き付いた。

観客席にも結果が表示されたらしく、突然大歓声が沸き起こった。



 『タケノリクドウ』の秋山調教師が近づいてきて握手を求めてきた。


「最速記録更新おめでとう! 記録更新なん断固阻止したろう思うたんやけどな。思いのほか良え竜やったわ」


「ありがとうございます! 決着は次に持越しですね」


「ああ! 次もちゃんと上がってくるんやで」




 なんだかんだと雑務があり、福原の大宿に戻ってきた時には、もう十一時をまわっていた。


 岡部は何度も大きく息を吸い長く吐いてを繰り返している。

何度かの深呼吸の後、意を決して電話を取った。


「はい、戸川です」


「あ、あの……」


「あ、綱一郎さん。何やのこんな時間に? 今、何時やと思うとんのよ」


 若干不機嫌な梨奈の声に、早くも岡部は心が折れそうになっている。


「いや、あの……競走観てくれたかな?」


「うん! 観てた、観てた! 父さんも母さんも見てたよ。あの竜、同着やったよね! 父さん、珍しいもんが見れたって、えらい嬉しそうにしてはったよ」


 岡部は細く息を吐くと、もう一度気分を落ち着かせてから話を続けた。


「この競走『金剛賞』って名前で、その……指輪代わりと言っては、なんなんだけど……」


 その言葉の意味を理解した梨奈は暫く無言になった。

岡部も何と声をかけるべきか悩み、お互い持っている受話器は無音であった。


「……私のために勝ってくれはったん?」


「この間の返事をするために、どうしてもここを勝ちたくてね」


 突然電話の先から梨奈が鼻をすする音が聞こえてくる。


「そうなんや……もう、ダメやったら、どないする気やったんよ」


「その時は二か月後の『真珠賞』を……」


 実はその時には伊勢に行った話を覚えているかと言って、真珠賞を勝ちたかったと言おうとしていた。


「そこもダメやったら?」


「『橄欖賞』か『黄玉賞』、最悪来年一月の『柘榴賞』で……」


 できればそんなお寒い舞台裏の話はしたくはなかったのだが、これも自分と梨奈の距離感だと諦めて、岡部は面白おかしく話してしまっている。


「どんどん宝石の価値下がってもうてるやん……」


「だから、どうしてもここが良かったんだよ」


 冗談を言ってはいるが梨奈はかなり泣いてるらしく、鼻をすすったり、時折、声がうわずったりしている。


「今、福原だから、明日にでも挨拶に行きたいとこなんだけどね。申し訳ないけど報道対応で一回防府に戻らなきゃいけなくてね」


「うん。父さんと母さんには、そう言うておくね」


 きっと戸川はさぞかし驚くだろう。

奥さんはきっと泣き出してしまうのだろう。

そんな光景を岡部は瞬時に想像した。


「来週中には多分そっちに行けるとは思うんだけど、ちょっとまだわからないかな」


「お仕事のうちとはいえ面倒なことやね」


「ほんとだよ! 面倒極まりない」


 梨奈が電話先で鼻をかんだ音が聞こえる。


「ねね、今、外見たんやけどね。今日、満月なんやね!」


「そうだね! この部屋からでもよく見えるよ。凄い大きくて綺麗に見える!」


 岡部は急に何を言い出したのだろうと思ったが、梨奈にとっては非常に意味のある会話であった。

梨奈にとって『月が綺麗』は、夫になる人に言って貰いたいとずっと夢見ていた台詞であったのだ。


「綱一郎さん……ありがとう」


「どうだろう? これからも、ずっと一緒にいてくれるかな?」


「うん!」

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