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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第四章 家族 ~八級調教師編~
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第11話 酒宴

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(八級)

・戸川為安…紅花会の調教師(呂級)

・戸川直美…専業主婦

・戸川梨奈…戸川家長女

・最上義景…紅花会の会長、通称「禿鷲」

・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将

・最上義悦…紅花会の竜主、義景の孫、止級研究所社長

・大崎…止級研究所総務部長、義悦の腹心

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和

・櫛橋美鈴…紅花会の調教師候補。夫は中里実隆

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・松井宗一…紅花会の調教師(仁級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(八級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・臼杵鑑彦…松井厩舎の専属騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・国司元洋…岡部厩舎の調教助手

・阿蘇、五島、千々石、大村、内田、成松…岡部厩舎の厩務員

・宗像真波…岡部厩舎の女性厩務員

・杉尚重…紅花会の調教師(八級)

・津軽信明…紅花会の調教師(八級)

 二月、岡部厩舎では『テンキュウ』と『キラメキ』の勝利以外に『リンネ』が能力一を勝利した。

それ以外も勝てはしなかったがかなり惜しい結果で、岡部厩舎の一同は、今の方針が誤りでは無いと肌で感じているようだった。

一年半岡部厩舎の厩務員をやってきて全員非常に竜への按摩が上手になり、竜の調教後の疲労をかなり軽減できている。

おかげでかなり強い調教を施しても、竜が故障(=脚の怪我をする事)せずについてこれている。



 三月の定例会議では、二月と方針は変えずこのまま続けていってみようという事になり、早々に終わるかにみえた。

じゃあ解散しようという段階で、突然内田が先生に聞きたい事があると言いだしたのだった。

最近厩務員たちの間でかなり話題になっている事があると。


「先生って結婚はされてると?」


 荒木がすぐに独身だと回答。

女に興味が無いので有名なんだと笑い出した。

うちらも何回嫁を貰えと言ったかわからんと国司と荒木が笑いあっている。


「そうですよね。いえね、厩務員の間でかなり噂ば立っとったもんですけん」


「噂ってどんな?」


「先生が可愛いか女の子と、仲良う夕飯の買物しとったとを見たちゅう」


 岡部は無言になって硬直した。

だが、荒木は無い無いと笑い飛ばした。

そんなに強く否定したら悪いだろと、国司が大笑いしながら荒木を窘めた。


 服部が岡部の顔をじっと見つめ、何か隠してる顔をしていると指摘。

岡部はすぐに隠し事なんてしてないと見得を切った。


「いつ頃、どこで見たとか言ってるの?」


「一月ん中頃らしいばい。阿蘇さんが、奥さんと八百屋行ったら見たとかなんとか。みんな他人の空似やなかとって言うとるんやけど」


 岡部は無言で後頭部をポリポリ掻いた。

その態度で、どうやら内田の噂話に心当たりがあるらしいと感じ、荒木と国司は顔を見合っている。


「まあ可愛いかどうかはともかく、たぶん僕だね。でも相手は妹だよ」


「ああ、なんや、ほんなら戸川先生の娘さんやないですか」


 期待して損したとつまらなそうにする荒木に、国司も露骨にがっかりした顔をした。


「え? 荒木さん知ってるの?」


「いやあ、見た事あるいうわけやないんですけどね。坂崎さんと池田さんから噂だけは。ごつい病弱な娘やって」


 坂崎と池田は会った事があるらしく、可愛いけど恐ろしく薄幸な雰囲気の娘と言っていたらしい。


「戸川先生夫妻と一緒に引っ越しの手伝いって言って張り切って来たんだけど、来ただけで倒れちゃってね。熱出して暫くうちにいたんだよ」


「半月以上も?」


「観光がしたいってわがまま言って中々帰りたがらなくてね。しかもその間も熱出して寝込んでを繰り返してて」


 国司と内田はそれは大変でしたねと同情するような目で見ているが、荒木だけは何か釈然としないという顔をしている。


「何? 荒木さん、何か言いたげだね」


「いやあ、そういえば以前、櫛橋と牧が言うてた事を思い出してたんですわ。先生は歳下の可愛い系が好きなんやないかって」


「否定はしないかな。歳上の綺麗系よりは、そっちが良い」


 荒木と国司はがたっと乱暴に立ち上がった。

国司は荒木の肩をガシと掴み、荒木聞いたかと声を荒げた。


「おうさ、国司! 絶対近いうちに見合いさせるんや!」


 爺や二人が変なやる気を出してしまい、岡部は思わず目を覆った。

余計なこと言ってしまってすみませんでしたと内田が謝った。

先生も何かと大変ですねと服部が岡部を慰めた。




 翌日、岡部と杉の初勝利を祝う酒宴を開くと津軽が嬉しそうに言ってきた。

岡部厩舎で参加者を募った所、服部、荒木、国司、内田、宗像、成松が参加することになった。

岡部はできれば宗像には参加して欲しくはなかったが、女性だから駄目と言うわけにもいかず、国司と内田にしっかり監視をお願いした。

服部、宗像、成松の三人は、今日はタダ飯、タダ酒だと大喜びだったが、その分、国司と内田は気が重そうだった。


 会場は防府駅から少し歩いた所にある『居酒屋 ふく丸』で、そこの二階を借り切った。

どうやら津軽厩舎のいつもの場所らしく、二階に上がると既に大量の酒と肴が用意されていた。


 主賓席に左から杉、津軽、岡部と座り、後は適当に座っていった。

意外だったのは津軽厩舎にも杉厩舎にも女性厩務員がいたことだった。

江良(えら)唯花(ゆいか)という津軽厩舎の女性厩務員が、杉厩舎の二人の女性厩務員、吉弘(よしひろ)真依(まい)田北(たきた)琴美(ことみ)と、宗像を引っ張って横の席に座らせた。

それを見て露骨にほっとした顔をした岡部を津軽は見逃さなかった。


「どないしたん? あの娘がなんかあるんか?」


「いや……その、かなり陽気な酒の呑み方する娘で。毎回ハメを外し過ぎちゃうんですよ」


「ああ、うちの江良もや。今日は女性が他におるから俺も多少は安心しとるよ」


 服部は、津軽の専属騎手の大浦(おおうら)健信(たけのぶ)と、杉の専属騎手の原に挟まれて座っている。

大浦も原も山賊のような髭面なので、服部がさらわれてきた憐れな村人のように見える。



 ざわついた場にもよく響く津軽の銅鑼のような大声で乾杯の音頭がとられると、一斉に皆が呑み食いを始めた。


 津軽の主任厩務員の石亀(いしがめ)が、二人とも初週から勝ち星上げて、しかも初月から二勝なんて凄すぎると驚嘆した。

二人とも噂以上だと津軽も褒め称えた。

たまたま低条件の良い竜がいただけのことと杉は謙遜。

どうやら杉は久留米の三人の心傷があるせいか、かなり津軽に気負されている感がうかがえる。

杉の調教助手の木幡(こわた)広清(ひろきよ)は、岡部厩舎の方が強い勝ち方だったと、岡部陣営を見て悔しそうに言った。

石亀も、確かに能力戦三の竜はかなり良い勝ち方だったと言って酒をあおった。


 岡部はやるだろうと思っていたが杉もこれほどとはと言って津軽は高笑いした。

津軽が杉に酒を注ごうとすると、もう杉は酔って寝ていた。

驚いた津軽が木幡の顔を見る。

うちの先生は宴席は好きなんですが酒量は雑魚なんですと木幡は苦笑いした。


 そこから津軽厩舎の面々や杉厩舎の面々から、岡部は代わる代わる話を聞かれる事になった。

その中には、あの四人の女の子の中の誰が良いかという話も含まれていた。

面白い事に四人はそれぞれ感じが違っている。

江良は姉御系、吉弘はかわいい系、田北は綺麗系、宗像は元気系という感じである。

岡部は、そこはさすがに自分の厩舎の娘と言っておかないと後で角が立ってしまうと言って苦笑いした。

うちは女性厩務員が二人いるせいで、酒宴になると必ずこういう話が出ると杉厩舎の弘中主任が渋い顔をした。



「そういえば岡部、前言うてたもう一つの謎いうんは解けたんか?」


「ええ、薄っすらと。もし重賞が一つでも取れたら確信できると思います」


 津軽と石亀は顔を見合わせ、かなり驚いた顔をしている。


「できれば、その、一端でも聞かせてもらえへんかな?」


「杉さんとも以前話をしたんですが、『パデューク』産駒の特徴っていうのが……」


「『切れる脚を長う使える』やろ? それが何かあるんか?」


 津軽のその発言に、国司と木幡が思わず同時に「えっ」と声をあげた。

それに津軽と石亀が不思議そうな顔をする。


「津軽さんは、それに疑問を覚えた事はないのですか?」


「それに疑問かあ。考えたこともないなあ」


 その発言に木幡、弘中、荒木、国司は顔を見合わせて驚いている。

そんな四人に、津軽厩舎の調教助手の深水(ふかみ)頼広(よりひろ)はどうかしたのかとたずねた。

石亀も少し戸惑った顔をする。


「なんや? それがそんなにおかしい事なんか?」


 そう言って津軽も困惑。

木幡は寝ている杉を見て本当は凄い先生なんだなと呟いた。


「津軽さんは『切れる脚が長く使える』ってどういう事だと思います?」


「切れるんやろ? 脚が。単純にそれが持続できるいうことと違うんか? 今まで見た感じやと、そう見えるんやが?」


 それを聞いた石亀が、それの何が変だと言うんですかと岡部に問いかけた。

木幡と国司がどう考えても変だと指摘し二人で交互に説明をした。

説明の途中で深水が「あっ」と思わず声をあげた。


「……お前は、それにいつ気が付いたんや?」


「最初に戸川先生から特徴を聞いた時に。そんなことがあるものなのだろうかと。防府に来てから競走を実際に見て確信した感じです」


 津軽はあまりの衝撃で口が半開きになってしまっている。


「俺らは皆、報道の言う事に踊らされとるいうことなんか」


「ただ、からくりがわかったとして、それに対応するとなると、それはそれでまた別の話でして……」


「八級のほとんどの調教師は、そもそもそのからくりも解けてへんと思うわ」


 岡部の説明に津軽はため息交じりに言った。


「そやけどもや、そういう事やったら末脚をじっくり鍛えたったら良えだけの話やんけ。至極単純な話やん。竜次第ではなんぼでも対応はできるやろうな」


「杉さんも僕も、今は自分達の対応が正しいかどうかを見ているんです」


 八級に来てわずか二月。

そのたった二月でそこまで解析して対応まで取っているとは。

津軽は呆然とした顔で、同じく言葉を失った石亀と深水と顔を見合わせた。


「……明日の会議は長なりそうやな」



 宴席も佳境に入ると、江良と宗像が突然上着を脱ぎだし腕相撲を始め出した。

吉弘も田北も横で囃しはじめた。

それを見た津軽と石亀が、また始まったとげんなりした顔をする。

石亀は津軽に止めましょうか?と相談。

だが津軽は、さすがに他の女の子の手前、あの程度で留まるだろと渋い顔をした。


 腕相撲は江良が勝ったらしい。

周囲の男性厩務員も喝采を浴びせた。

吉弘が江良の腕にしがみついて喜んでいる。

すると完全に出来上がった宗像が田北に煽られ、もう一戦お願いしますと食ってかかった。

江良は、じゃあ次は相撲だとスカートを短く絞った。

宗像も立ち上がり、受けて立ちますと短めのスカートを直した。


 津軽はため息をつき、石亀に止めてきてくれと頼んだ。

岡部も同じくため息をつき国司を派遣した。


 石亀と国司は、二人を後ろから羽交い絞めにして引きはがすと、二人の調教師の所まで引きずって行き後ろに正座させた。


「酒さえ入らなければ、真面目な良い娘なんですけどね……」


「うちのもや。そういう心配の無い杉が羨ましいよ……」


 うちの二人もたまたま今日大人しいだけと弘中は引きつった顔をした。

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