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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第四章 家族 ~八級調教師編~
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第10話 謝罪

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(八級)

・戸川為安…紅花会の調教師(呂級)

・戸川直美…専業主婦

・戸川梨奈…戸川家長女

・最上義景…紅花会の会長、通称「禿鷲」

・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将

・最上義悦…紅花会の竜主、義景の孫、止級研究所社長

・大崎…止級研究所総務部長、義悦の腹心

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和

・櫛橋美鈴…紅花会の調教師候補。夫は中里実隆

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・松井宗一…紅花会の調教師(仁級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(八級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・臼杵鑑彦…松井厩舎の専属騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・国司元洋…岡部厩舎の調教助手

・阿蘇、五島、千々石、大村、内田、成松…岡部厩舎の厩務員

・宗像真波…岡部厩舎の女性厩務員

・杉尚重…紅花会の調教師(八級)

・津軽信明…紅花会の調教師(八級)

 月が替わり、岡部たち昇級者の出走登録が解禁になった。


 現在、岡部厩舎には八頭の竜がいる。

全て一勝以上は挙げており、能力戦級の竜である。


 世代戦となる五歳は『ギンザ』ただ一頭。

ここまで四戦一勝で、新竜戦が五着、その後未勝利戦が六着、五着、三度目の未勝利戦で初勝利。


 六歳は三頭おり、能力戦一の『ヒエイ』『ツルガ』と能力戦二の『テンキュウ』。

七歳は二頭で、能力戦一の『リンネ』と能力戦二の『ツバキ』。

八歳も二頭で、能力戦二の『リョウブ』と能力戦三の『キラメキ』。

六頭が牡竜で、六歳の『ヒエイ』と七歳の『ツバキ』が牝竜である。



 八級の競走形態は仁級よりも呂級に近く、能力戦は三までで、一競走は十八頭まで出走できる。

競技場も仁級のように何週もするのではなく、呂級のように広い競技場を距離毎に発走位置を変え同じ場所で終着する。

距離は短、中、長距離の三種で、それぞれ六六十間(千二百メートル)、八八十間(千六百メートル)、千百間(二千メートル)となっている。

競技場は砂地で、四場それぞれどこの海岸の砂を使用するか決められていて定期的に入れ替えている。

観客席正面の直線には意図的にかなり急な坂が作られている。

発走機は仁級のような柵式ではなく、呂級のような箱式である。




 日曜日、追切りが終わると岡部厩舎では定例会議が開催された。


「当面の方針を示しておくね。現状で即戦力になりそうなのは二頭。『キラメキ』と『テンキュウ』だと思うんだ」


 すると服部が『ツルガ』も良さそうだけど、まだ時間がかかりそうだと発言した。

国司は、それを言ったら『リンネ』もかなり良いものがあると思うと指摘。


「その辺りは秋に期待だね。で、春の最大の目標を四月の『金剛賞』と六月の『真珠賞』に設定しようと思う。それで二頭がどこまでやれるかみてみたい」


「『金剛賞』は、まあ『キラメキ』がかなりやれるとは思いますけど、『真珠賞』までに『テンキュウ』が間に合いますかね?」


 そう荒木が不安を口にした。


「もし『キラメキ』が『金剛賞』に間に合うなら、『テンキュウ』も何とかなると思うよ。疲れが出るようなら短期放牧すれば良いしね」


「いづれにしても今月の出走の結果を見てやろうね」


「今月、順次、全部出走させようと思ってるから、もし体調に少しでもおかしい所があったら些細な事でも報告してね。それといつもの繰り返しとなるけど按摩を念入りにね」


 全厩務員に周知しておきますと内田が返答した。


「最初の重賞挑戦になる『キラメキ』は万全で望みたいから特に慎重にね」




 火曜日、『サケキラメキ』が長距離の能力戦三に出走。

発走すると『キラメキ』は、するすると先頭集団に入り込んだ。

向正面で徐々に順位を上げて行き、曲線では三番手に上がっていた。

四角手前で服部が合図をすると一気に先頭に躍り出た。

最後の直線、後ろからやってくる竜はおらず、最後は流して終着。


 八級での初勝利に、服部は大喜びで検量室に戻ってきたのだが、岡部は服部ほど喜んではいなかった。


「四月までに、これをどこまで伸ばせるかだなあ」


 服部と内田はそれを聞くと肩をすくめた。



 水曜日、『サケテンキュウ』が短距離の能力戦二に出走。

元々『テンキュウ』は現状で重賞に挑戦できると目されてるだけあり、能力戦二は余裕だった。

発走した際の加速も他竜より一歩勝っており、あっさりと先頭に立つと、そのまま最後の直線まで進んだ。

服部が合図すると『テンキュウ』はさらに加速。

余裕で先頭で終着した。




 翌日、厩舎に日競の吉田が祝辞を述べにやってきた。

隣には大柄の男が侍っている。


「先生、その……貴重な時間を割いていただいて、ありがとうございます」


 岡部は一言も喋らず目も合わせない。

いつも出してもらえる珈琲も出ない。


「あれから、あの町尻とかいうんを、じっくりと問い詰めました。会わせる顔が無いいうんはこの事ですわ」


 岡部は吉田を一瞥すると大きくため息をついた。


「あいつを問い詰める為に、皇都から局次長にも来てもらいましたよ」


 吉田はこれを見てくださいと言って一枚の紙を見せた。


「局次長、中国支局長、僕、この船橋(ふなばし)、この四人で徹底的に話を聞きました。で、結果としてこうなりました」


 その紙は人事異動の告示だった。

今月付けで町尻は本社の社史編纂室への異動となっている。


「この社史編纂室って?」


「これ、うちらの界隈では有名な部署なんですわ。販売も配布もせえへん社史を編纂するんです。ここに行った以上、記者としてはもう終いです」


 ようはわかりやすい左遷場所。

そう吉田ははっきりと言い切った。


「でも、そんなの辞めて別の新聞行けばすむ話なのでは?」


「無理無理。社史編纂室いうんは、どこの新聞社でも致命的なやらかしした記者が行くとこです。そんな奴、他の新聞も絶対とりませんよ」


「で、何でそんなのが、ここに来ることになったんです?」


 吉田は急に憮然とした顔をし隣の大男――船橋を肘で突いた。

船橋は額に流れる汗をハンカチで拭き取って苦しそうに口を開いた。


「自薦じゃったんです。あがいなのでも社内では有能で通ってまして。特報を聞き出してくるって言われて」


「恫喝と恐喝で得た嘘の特報じゃ何の意味もないでしょ?」


 その岡部の発言に、吉田がそれは良い言葉だと敏感に反応。

部下にそう言って指導すると言って手帳を出して記録した。

それを見て岡部も船橋も苦笑いした。


「あいつ、帰ってから先生の事ボロカスに言いよったんです。しかもそれを記事にしたいって。変じゃと思て吉田さんに連絡したんです」


「僕の抱いてる記者像を具現化したような奴ですね……」


「あねなのを有能じゃと持て囃した風潮に対して、局次長は激怒しちょりました。じゃけえ町尻の人事は社内の心得違いを正す意味もあるんです」


 船橋はあふれ出ている汗をハンカチで何度も拭きとっている。



 岡部は、吉田の顔をまじまじと見た。


「あいつの背後に、やつらがいたりしないでしょうね?」


 吉田は焦った顔をし、がたっと椅子から立ち上がり、すぐにどこかに連絡をいれた。


「どこに電話してたんです?」


「皇都の監査室です。あいつの身辺探るようにお願いしました。何か出たら産業日報に情報売ってやりますよ」


 船橋は何の事かはわからなかったが、あまり良い類の話ではないとすぐに察したらしく、不安そうな顔をしている。



「しかしその局次長とかいう方も、よくわざわざ防府まで来ましたね」


 岡部のその言葉に、吉田と船橋は顔を見合わせた。

吉田は懐から名刺を取り出すと岡部に差し出した。


「実は、あの……僕、出世しまして。今、本社競竜部の副部長なんですわ」


「どれくらい出世したんです? 肩書きだけじゃわからないんですけど」


「平から二つほど。そやから上に話できるようになったんです」


 本当はこの方は防府にひょいひょい来るような人じゃないんだと船橋は顔を引きつらせた。


「なんでそんな偉い人たちが防府に?」


「船橋から先生が激怒してるて聞いて青ざめたんですわ。で、先日のアレでしょ。局次長に報告したら大変やって事になって」


 局次長は次の日の朝一の高速鉄道で西府の本社からすっ飛んできた。

来る早々に中国支局の受付で支局長を怒鳴りつけたため、支局中が大騒ぎになってしまった。


「別に僕との橋が壊れたからって、そこまで焦ることないでしょ?」


「焦りますよ! 競技新聞界で先生の事、厩務員時代から注目して番記者してんの僕だけなんですから!」


 吉田はかなりの熱量で説明するのだが、いまいち岡部には響いていないという感じであった。


「で、何でそれで焦るのかがわからないなあ。別に記者会見だって開いてるじゃないですか」


「先生が報道嫌いで有名やからですよ! そやから僕が先生と切れたら、報道各社は先生からの生の情報を得る術が無くなるんです!」


 つまり裏を返せば、吉田は岡部と懇意にして情報を聞き出す事で、他の新聞記者から一目置かれていると言う事になるのだろう。


「で、吉田さんが大出世と。何か僕の周り、そういう人多いなあ」


「久留米の卜部も大出世しましたよ。『大量尾切れ事件』の真実を、うちだけが最初から正確に記事にしてたいうことで。社内賞まで貰て」


「……そういえば、結果的にそうなったんでしたね」


 岡部は極めて不機嫌な顔をしている。

そんな岡部に吉田も船橋も笑顔を振りまいているのだが、二人ともどこか笑顔が引きつっている。


「あの件でうち、競技新聞界でかなり株を上げましたからね。それで僕も……」


 岡部は何か納得のいかない顔をして、じっとりとした目で二人を見た。

吉田は露骨に視線を反らした。


「あいつが変な事を言うたせいで誤解してるんかもしれませんけども、うちらは社を挙げて先生を大切に思うてるんですよ」


「金づるとして」


「そら新聞やもん。営利団体やもん。金と事件の匂いのせんとこには行かへんですよ。それ以前に、うちらは先生が、いつか国際競争を勝ってくれると期待しとるんです」


 これまでの経緯から社内にはそれだけの能力が岡部先生にはあると確信を持っている人が多数いる。

低く見積もっても武田信文、織田藤信級。

もしかしたら瑞穂競竜史に突如現れた天才かもしれないと。


「また、えらく雲の上のような事を……」


「言うだけやったらタダでしょ?」


「……言いたい放題言って、こんな事態になったのによくそれを言いますね?」


 岡部の指摘に、吉田は余計な事を言ったという顔をした。

隣では船橋が額の汗を拭きまくっている。


「先生、すぐに機嫌治してくれとは言いません。せめてこれからも、うちらを見捨てないでいて欲しいんです」


「次ああいうのが来たら日競さんとはそこまでだから、そのつもりで」


 吉田と船橋は顔を見合わせ、ほっとした顔をした。



「例の話もせんといかんのですけど、また日改めて伺わせていただきますわ」


「って事は長くなるって事ですか?」


「先生に会えへんかった二年で、だいぶ状況変わりましたんで」


 吉田は船橋と二人何度も何度も頭を下げて事務室を出て行った。

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