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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第四章 家族 ~八級調教師編~
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第6話 始動

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(八級)

・戸川為安…紅花会の調教師(呂級)

・戸川直美…専業主婦

・戸川梨奈…戸川家長女

・最上義景…紅花会の会長、通称「禿鷲」

・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将

・最上義悦…紅花会の竜主、義景の孫、止級研究所社長

・大崎…止級研究所総務部長、義悦の腹心

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和

・櫛橋美鈴…紅花会の調教師候補。夫は中里実隆

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・松井宗一…紅花会の調教師(仁級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(八級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・臼杵鑑彦…松井厩舎の専属騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・国司元洋…岡部厩舎の調教助手

・阿蘇、五島、千々石、大村、内田、成松…岡部厩舎の厩務員

・宗像真波…岡部厩舎の女性厩務員

・杉尚重…紅花会の調教師(八級)

・津軽信明…紅花会の調教師(八級)

 翌日、岡部は出勤早々、戸川の厩舎に連絡を入れた。


「おお! どうや防府は。もう竜は来たんか?」


「今日、厩務員がそろったら説明して、来週から研修の予定です」


「なんや、そしたらまだ竜の顔は見れてへんのか」


 早く君の竜の話が聞きたいと戸川は電話先でうずうずしていた。


「調教は毎日見に行ってますよ。呂級よりちょっと劣る程度で思った以上に速度出ますね」


「そうやな。二足でようあの速さが出せるよな」


 世間話で会話が温まったところで、いよいよ岡部は本題に入った。


「ところで、その……梨奈ちゃんが全然帰ろうとしてくれないんですけど」


 一瞬黙った後、戸川はそうなんだと、まるで他人事のような相づちを打った。


「そんなん君も男やったらビシッと言うたったら良えやないかい」


「何て?」


「ちゃんと家に帰りなはれって、はっきり言うたったら良えやろ」


 岡部は当事者のはずの戸川がからかい気味に言うのに少し苛立った。


「なんや言えへんのか? ん?」


「わかりました。では、その『男らしさ』というのを、父親である戸川さんに範を示していただきたいので、家に帰ったら電話しますね」


「いやいやいや。僕はほら、そういうん苦手やから」


 乾いた笑い声が電話の先から聞こえてくる。

戸川がかなり焦っている事がその笑い声からもよくわかる。


「ご自分でやれないことを人にやれと言うのは、いかがなものかと」


 岡部がいつになく厳しい指摘をしてくる事で、戸川は岡部がそうとう苦戦している事を察した。


「……すまんかった。そや! 母さんに連絡して説得してもろたらどうや?」


「それはもう既に失敗しました。私も残れば良かったって言われたそうです」


「あれは……そう言うやろな……」


 電話先で二人同時に大きくため息をついた。


「こういうたら何やけど、光定さんの時の話があるから、少し好きにさせたってくれへんかな?」


「何があったかは、そのうち聞いてみるつもりですけど……」


 またも二人は同時に大きくため息をついた。


「綱一郎君。その、すまんな、忙しい時期やのに……」


「ちなみに今、また熱出して寝てます。買物で疲れちゃったみたいで」


「やれやれ、困った娘だ。まあ良しなに頼むよ」




 暫くすると徐々に厩務員が集まりだしてきた。


 真っ先に厩舎に現れたのは国司だった。

国司は、ここがずっと憧れてた八級の厩舎なのかと呟いた。

岡部が、呂級にも伊級にも連れて行くつもりだから楽しみにしててと言うと、先生に付いてきて良かったと感動で泣きそうになっていた。

国司は神棚に拍手を打つと、今年もやりましょうねと言って書初めの道具を取りだした。


「去年は大笑いされたからね。今年はもっと巧く書くよ!」


「字は心ですよ! 去年は先生色々あって心が乱れてたんやと思いますわ」


「去年ね、少し学んだんだよ。細かい字は少し浮かし気味に細い線で書けば良いって」


 そう言うと岡部は、『真摯(しんし)』という字を慎重に書いていった。

書けたと言って国司に見せると、国司は、去年からの成長を感じますと微笑んだ。


 次に荒木と大村が出勤し、書初めの用意を見ると、今年もやるのかと笑い出した。

国司は無言で『無事故』と書いている。

荒木と大村は神棚に拍手を打つと、それぞれ『健康』『平穏』と書初めを書いた。

二人は岡部の書初めを見ると、今年はちゃんと読める字だとかなり驚いた。


 その後、千々石(ちぢわ)、阿蘇、内田、五島が出勤してきて、同じように神棚に拍手を打ち書初めを始めた。

最後に宗像(むなかた)、成松、服部の若者三人が出勤し、神棚に拍手をし厭々書初めをした。

皆、岡部の書初めを見た感想は同じで、今年の書初めはちゃんと文字っぽいということだった。



 全員集まり、騒がしくなってきたところで岡部は集会を始めた。

最初に、防府まで付いてきてくれた事に感謝を述べた。

昨年色々と賞をもらったが皆の努力の賜物だと言うと、一同は各々照れた表情をする。

最後に来週以降の研修の内容を話し解散となった。



 皆を帰宅させると、残った幹部四名で初めての定例会議を行う事になった。

八級に上がり少し賞金に余裕が出るだろうからと体制の変更を発表した。

と言っても変更は国司が調教助手になっただけである。


「一つ相談があるんだ。国司さんに代わる筆頭厩務員が欲しいんだけど、誰が良いと思う?」


 そう岡部が言うと、荒木は国司と顔を見合わせた。

二人とも少し困り顔をする。


「先生は阿蘇と千々石に、どっちかにやってもらうて言うたらしいですね?」


「うん。年齢的なものを考えるとその二人かなと」


 荒木は腕を組み、ううむと唸った。


「問題あるの?」


「どっちもえらく嫌がっとるんですわ。多分僕だけやなく国司も聞いたと思うんやけど」


 小さく頷き、僕も相談されたと国司が言う。

岡部は小さく吐息を漏らした。


「困ったなあ。じゃあ二人は、その二人以外なら誰が良いと思うの?」


 荒木は、大村か内田かなと悩みながら言った。

国司も、大村、内田あたりでしょうねと進言した。


「じゃあ研修終わったら上五人集めて聞いてみるか……」




 岡部は会議が終わると杉厩舎へと向かった。

杉厩舎もまだ竜房に竜は一頭もおらず、事務室の中で一人事務作業をしていた。


 入口の壁をコンコンと叩く。


「おう、岡部! どうや、そっちは?」


「来週から研修に入ります。杉さんはどうですか?」


「事務棟でお前らが来週からやって聞いてたからな、今日、皆に来てもろたよ」


 ついさっきまで事務室が人でごった返していたと杉は笑いながら言った。


「じゃあ、合同でやれる感じなんですね」


「研修遅れたら、その分、始動も遅れるからな」


 杉は申請書を書いている手を止め、両手を上にあげて体を伸ばした。


「でも、初年度は昇級できないんですよね?」


「そうや。その代り降級もせへんけどな」


「じゃあ、この一年でそれなりに掴まないと、来年早々に降級になっちゃうかもなんですね」


 杉は岡部のその発言に下衆い笑い声を発した。


「そういうんな、『つるべ』言うんや! たまにおるんやぞ」


「上がっては降りてを繰り返すんですか?」


「下の級はコツがわかってるやろ、そやからすぐに上がれる。そやけど上の級では歯が立たへんから落ちる。井戸の釣瓶みたいやろ」


 杉は両手の拳固を互い違いに上下させて笑った。


「そういう厩舎ってその後どうなるんです?」


「さまざまやな。そのうち上に上がれへんようになったり、徐々に上のコツがわかって落ちへんようになったり、ずっと『つるべ』のままやったり」


 そもそも、昇級は毎回五人と決まっているが、降級の人数は必ずしも五人とは決まっていない。

定数があるので、引退する人がいればその分降級する人が減る。

にも関わらず『つるべ』を繰り返すというのは、中々に恥ずかしい話だと杉は真面目に言った。


「二年ごとに上下してたら、厩務員も生活が大変ですね」


「久留米にもおったな。四場制覇したとか豪語しとった厩務員」


 厩務員の場合、調教師と違い、家族の為に昇級せずに転厩を選ぶという人も多い。

四場、つまり福原、防府、紀三井寺、久留米の全てで働くというのは、引っ越しを厭わず厩舎に付いて昇級と降級を経験したという事になるだろう。


「そっか、どっちに上がるかわからない分、どっちに落ちるかもわからないんですね」


「そんなことやっとるうちに、厩務員の顔ぶれが変わって、上がれへんようになったりするんやろうな」


 まあ、お前には縁の無い話だと言って杉は岡部を指差して笑った。




 翌週から研修が始まった。


 岡部厩舎も杉厩舎も厩務員は全員八級の経験が無く、全員が午前の座学を受けることになった。

岡部は調教資格を取りたいと言って、午後の実技に参加した。

岡部は調教師免許を持っているが、初日の講習だけ冷やかしに参加、服部は騎手免許を持っているので、座学も実技も暇つぶしの冷やかし参加だった。

だがそれ以外の面々はそうではなく、皆頭を抱えながら午前の講習を受け試験に合格した。

午後の実技は岡部たち以外は三日で修了した。


 岡部、荒木、国司、宗像、成松の五人は、調教資格を取る為、二日間余計に実習があった。

荒木を除く四人はそこまで苦戦はしなかったのだが、荒木は非常に苦戦した。

服部はさすがに現役騎手なだけあり一日でコツを掴み、後はずっと荒木の実技の教練をしていた。



 週末、竜の受け入れの準備が整ったと感じた岡部は、北国の牧場に連絡し竜の入厩をお願いしたのだった。

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