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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第一章 師弟 ~厩務員編~
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第19話 落竜

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手

・戸川為安…紅花会の調教師(呂級)

・戸川の妻…専業主婦

・戸川梨奈…戸川家長女

・長井光利…戸川厩舎の調教助手

・三渕すみれ…皇都競竜場の事務員

・吉川…尼子会の調教師(呂級)

・南条…赤根会の調教師(呂級)

・日野…研修担当

 研修はすでに五日目に入っている。


 その間も毎日朝三時半に起床し、戸川と共に厩舎に出勤し、厩務員の仕事を見学させてもらっている。

それが終わると事務棟へ向かい、珈琲をいただきすみれの話を聞くのもすっかり日課になっている。

すみれはとにかく話好きで、毎日毎日とりとめのない話を非常に面白そうに話してくる。

場所が場所なだけあり五日間で数人の調教師と顔見知りになれている。



 午前の座学は競竜全体の話から、福利厚生の話や呂級個別の話に移っている。

新しい知識としては馬とは毛色の種類が若干違うことだろう。

(しろ)(あし)(つき)(くり)(あか)鹿()(くろ)(あお)の八色。

月毛と赤毛は元の世界では座学でしか聞いた事がないが、こちらではそれなりに個体数がいるらしい。

佐目(さめ)毛、河原(かわら)毛、栃栗(とちくり)毛、黒鹿(くろか)毛、青鹿(あおか)毛といった中間色は分類しないらしい。



 この日の座学は年間の重賞番組と昇降格の話だった。

呂級の竜は産まれた歳を当歳(とうさい)とし、明け五歳で新竜(しんりゅう)として入厩(にゅうきゅう)する。

六歳で世代戦を戦い、七歳から古竜戦となる。

呂級は世代戦が主軸で、特二の『上巳(じょうし)賞』、特一の『瑞穂(みずほ)優駿(ゆうしゅん)』、特二の『重陽(ちょうよう)賞』の三競走が世代三冠となっている。

この三競走が伊級並みに盛り上がり呂級の人気の柱となっている。


「何度も全部特一にという案が出るのだけど、今日まで実現できないでいるんだよ」


「呂級が伊級以上に盛り上がられると困るとか?」


「いや、特一に賞金上げたほど売り上げは上がらないんじゃないかってことらしいよ」


 実はまだ呂級の競争を直接目にしておらず、どの程度観客が入るのかもわかっていない。

その為、日野の説明が岡部にはいまいちピンと来ていないのだった。


「特一だけ竜券買うって人もいるんじゃないんですか?」


 岡部の指摘に日野は少し言いづらそうにした。

岡部に顔を近づけると小声て囁いた。


「大きい声では言えないけど、安い賞金で高い売上があった方が運営が楽になるってことだよ」


 日野は顔を離すと、苦笑いしている岡部の顔を見て笑い出した。


 古竜では、『大竜(たいりゅう)三冠』と言われる特一の競走体系が設定されている。

内大臣(ないだいじん)賞』『皇后(こうごう)賞』『皇都大賞典(こうとだいしょうてん)』の三競走がそれなのだが、残念ながらこれまで制覇した調教師はいないらしい。

『大竜三冠』は中々制覇が難しいということで、『春三冠』『秋三冠』が設定されている。

『春三冠』は『内大臣賞』に『金杯(きんぱい)』と『蹄神(ていしん)賞』を加えたもの、『秋三冠』は『皇后賞』『皇都大賞典』に、『天狼(てんろう)賞』を追加したものになっている。

計四つの三冠競走が呂級の番組の柱となっている。



 東西合わせ賞金の上位五位までの調教師が伊級へ昇格する。

それ以外に四つの三冠競走を一つでも制した時点で昇格が確定する。

普通三冠を制すれば賞金は上位五位に入るのだが、もし五位以内に入らない場合昇級者は四位までとなる。

逆に昇格二年目以降の調教師で賞金が下位十位以下の者は八級へ降格となる。



 相変わらずこの日も岡部の小試験の結果は散々で、講師の日野を呆れさせた。

初日の小試験の出来の悪さを日野から聞いていた戸川は、昼食の時間を補習の時間とした。

毎日、奥さんの手作り弁当を食べながらわからない所を聞いていった。


「そういえば新竜って五歳なんですね。意外と遅いというか」


「日野くんから習ったと思うんやけど、卵生(らんせい)の生き物は育成が遅いんや」


 まさか君が午前で躓くとは思っていなかったと戸川は爆笑している。




 三日目から午後の研修には、戸川厩舎の調教助手の長井が補助についた。


 本来であれば七日かけて『常歩(なみあし)』から『速歩(はやあし)』『駈歩(かけあし)』を覚える。

だが岡部は元の世界で散々馬に乗っており、そこまでを二日目で終わらせてしまった。

そこで三日目からは早くも調教資格の研修に入り、長井の補助で『襲歩(しゅうほ)』を始めている。

四日目には調教形式での強め追いとなっていた。



 五日目のこの日は並走(へいそう)追いを行うことになった。


 前日に長井からは、もっと手綱を長めにしないと竜牙への負担が大きすぎると指導を受けた。

長めに手綱を持ち、長井の竜を後ろから追う体制で竜を追っていた。



 調教場に警報が鳴り響いた。



 異変に気が付いたのは、戸川の隣の厩舎の相良(さがら)頼清(よりきよ)調教師だった。


 相良は初日から岡部を見ていたし、隣の厩舎ということもあり毎日岡部と会話を交わしていた。

相良もご多分に洩れずこの時期はかなり暇で、三日目から調教場の高台で双眼鏡を持って岡部の実習を見ていた。

とても素人とは思えない綺麗な騎乗姿勢だと双眼鏡越しに見て毎日関心しており、今朝には岡部の前で戸川に、手が空いた時に貸してくれと言うほど打ち解けていた。


 この日も岡部が竜を追うのを双眼鏡で楽しそうに覗いていた。

だがいつもと違い、曲線から直線に向く頃に岡部の体の軸が大きくぶれたように見えた。

相良からは急に脱力したように見えた。

竜は岡部に追われ速度をどんどん上げていたので、非常に危険な状況だと判断しすぐに警報のボタンを押した。


 双眼鏡で再度確認すると岡部は落竜していて、体をコの字にして横たわっている。

相良はすぐに近くの内線で事務棟に連絡し救急搬送の手配を依頼。


 長井は先行している上に一杯で追ってる状況で、すぐには異変に気が付かなかった。

日野は調教場の入口におり、かなり距離のある場所での出来事で気が付かなかった。


 警報を聞き日野は急いで現場に駆け付けた。

戸川、吉川をはじめ幾人かの調教師が調教場に駆けつけてきた。

戸川、吉川、相良も急いで落竜現場に向かって走った。


 警報で異変に気が付いた長井は、岡部の乗っていた空の竜を捕まえると手綱を引き、岡部の元に駆け寄った。

長井が駆けつけると岡部は全く意識が無く体を小刻みに震わせていた。


 長井は岡部を動かそうとした。

だが駆け付けた吉川が触るなと制した。

長井と日野は、救急車が来るまでなるべく動かさず、救急車到着後に慎重に担架に乗せた。


 救急車には戸川が乗り込み、病院に到着するまで、綱一郎君と何度も何度も呼びかけ続けた。




 病院に到着する寸前に岡部は意識を取り戻した。

だが精密検査をする為入院する事になった。

一度は目を覚ました岡部だったが、暫く後また意識を失い、眠ったままになってしまった。



 戸川から連絡を受け、奥さんと梨奈が病院に駆けつけてきた。

梨奈は終始目を潤ませている。

梨奈が見た岡部は色々な機械が取り付けられ点滴を受けている状態で、とても軽傷には見えなかったからである。


 戸川が厩舎に連絡すると、相良によって緊急連絡体制が取られていた。

日野と相良が交代で戸川厩舎で電話番をし、事務棟のすみれが厩舎に常駐し関係各所へ連絡してくれていた。


 戸川は待合室で長椅子に座り、どうしてこうなったのか考え込んでいる。

もし岡部に何かあったら取り返しのつかない事になると思うと、えも言えぬ焦りを感じる。


 戸川と梨奈は翌日の事があるので一旦家に帰ることになり、病院には奥さんが残ることになった。

梨奈は自分も残ると駄々をこねたが、戸川に引きずられるように連れていかれた。



 こうして悪夢の研修五日目が過ぎ去っていった。

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