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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第四章 家族 ~八級調教師編~
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第2話 豊川

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(八級)

・戸川為安…紅花会の調教師(呂級)

・戸川直美…専業主婦

・戸川梨奈…戸川家長女

・最上義景…紅花会の会長、通称「禿鷲」

・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将

・最上義悦…紅花会の竜主、義景の孫、止級研究所社長

・大崎…止級研究所総務部長、義悦の腹心

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和

・櫛橋美鈴…紅花会の調教師候補。夫は中里実隆

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・松井宗一…紅花会の調教師(仁級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(八級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・臼杵鑑彦…松井厩舎の専属騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・国司元洋…岡部厩舎の調教助手

・阿蘇、五島、千々石、大村、内田、成松…岡部厩舎の厩務員

・宗像真波…岡部厩舎の女性厩務員

・杉尚重…紅花会の調教師(八級)

 戸川と岡部が豊川駅で降りると駅前に服部たちが待っていた。


 服部は櫛橋に良いように玩具にされ、初対面であろう牧にまで玩具にされていた。

それを臼杵が大笑いしてからかっている。

今にも泣きだしそうな服部を見た戸川は、君のそういう性格はいづれ必ず良い武器になると慰めた。


 松井は岡部を見る早々肩に手を回し、防府だったな、近いからすぐに遊びにいけると嬉しそうにした。

そんな松井を岡部は戸川に紹介。

そこから松井は目を輝かせ『憧れの戸川先生』に付き従って歓談し続けた。




 一行は大宿に行く前に豊川稲荷へと向かった。


「服部、もう知ってると思うけど来年から防府になったから」


 自分たちはいつ防府に行ったらいいかとたずねる服部に、二週目から講習受けてもらうつもりだから、その前に一週目の金曜日に来て欲しいと案内した。

ただし、自分は色々手続きがあるからすぐに行くので、八級が気になるならそれより前に来てくれても一向にかまわない。


「年明けすぐに荒木さんに連絡してもらう予定だけど、もし久留米に戻って聞かれたらそう答えておいて」


「防府は寮は使えるんです?」


「調教師以外は使えるんだって。何か納得いかないよね」


 たまに器の小さい発言するの堪らなく笑えると服部がからかうと、松井と櫛橋にまで、わかるわかると笑われた。



 七人は豊川稲荷に参拝すると、大宿に戻り受付を済ませた。

今年の受付は北国の白糠牧場の長女の百合だった。

綺麗という感じの京香と違い、清楚という感じの百合はおじさんたちに大人気で、岡部たちが受付に向かった時には少しお疲れ気味だった。


「あ、岡部先生だ! 先生、八級に上がったんでしょ? またうちに竜見に来てよ」


「今年行けるかどうかわからないけど、近いうちに時間作って見に行こうと思ってるよ」


「ほんと? 待ってるからね!」


 可愛い百合に愛想を振りまかれて、岡部はニコニコとしていた。

櫛橋はそんな岡部の顔をまじまじと見た。


「先生、ああいう娘が良えんやろ」


「何度も会って知り合いというだけですよ。それ以上の感情は特には」


 どんな表情でそれを言っているんだと覗き込んでくる櫛橋から、岡部は全力で顔を背けた。


「ええ? ほんまにそれだけ? なんや私に対するのとずいぶん待遇が違った気がするんやけど?」


「同じだと思いますけど? 隣の芝生が青く見えてるだけじゃないんですか?」


 被害妄想だと言われ、櫛橋は少しむっとした顔をする。

だが、そんな程度では櫛橋は攻撃を止めない。


「先生、鼻の下伸びてるよ?」


「牧さんじゃあるまいし」


 急に振られた牧が吹き脱し、僕も伸びてないと文句を言った。


「私もたまには、あんな風にちやほやされたいわ」


「戸川先生とか、三浦先生とか会長とか、ちやほやしてくれてるじゃないですか」


「年齢が高過ぎるわ! 場末の風俗やあるまいし」


 思わず牧が吹き出してしまい、櫛橋に冷たい目で見られた。

戸川、松井、臼杵、服部は自分にとばっちりが来ないように必死に笑いを堪えている。


「そうそう、遅くなりましたけど合格おめでとうございます」


「ありがとう。ちょっと落ちるわけにいかへん理由あったからね。必死にやったんやわ」


「ああ、例の騎手候補のことですか?」


 その岡部の一言に、櫛橋はにやりと笑った。


「いいや。座学苦手な誰かさんが一発で受かっとんのに、私が落ちたてなったら沽券(こけん)に係わるんや!」


 牧と服部が同時にぷっと噴出した。

戸川と松井、臼杵の三人も岡部と櫛橋に背を向け声を殺して笑っている。

岡部が引きつった顔をすると、櫛橋は勝ち誇ったような顔で高笑いした。


「まあ僕は一発って言っても、補欠合格でしたからね」


「そない言うから、そこまで難しうないんやろって思うてたら、普通に難しうてびっくりしたわ」



 相変わらず楽しそうでなによりだと、三浦調教師が中里を引きつれてやってきた。

三浦は岡部を見ると嬉しそうな顔で肩をパンパン叩いた。


「三冠とか、またえらいことを簡単にやってのけるやつだな」


「がむしゃらにやってたら思った以上の結果が出ただけですよ」


 謙遜する岡部の後ろで戸川は無言で首を横に振っている。


「二十何年ぶりの快挙なんだぞ? もっと胸を張って良いことだ」


「そのおかげで同期の無念を晴らせましたからね」


 岡部は松井の顔を見て微笑んだ。

その顔を見て松井も岡部に微笑み返した。


「次は八級だな。まあ、八級も練習みたいな級だから、お前ならそこまで苦戦はしないだろ」


「でも、会内で昇格は戸川先生以降いないんですよね?」


 三浦は首を傾げて戸川の方を向いた。

戸川も苦笑いしている。


「お前は、二十数年ぶりに『夏空三冠』取っておいてそれを言うのか?」


「それ戸川先生にも言われましたけど、それはそれ、これはこれだと思うんですけど?」


「まあ、やればわかるよ」


 そう三浦が言うと、戸川もうんうんと頷いた。



 牧と中里は調教計画の話を二人でしている。


 櫛橋が調教師試験を受ける事になってから、戸川は筆頭厩務員だった牧を調教助手に抜擢し調教計画を徐々に教え込んでいる。

中里も三浦厩舎に戻ってから三浦に徹底的に調教計画を叩きこまれている。

なお筆頭厩務員は垣屋がやっており、こちらも引き続き調教計画を習っている。


「中里さんは調教計画慣れました?」


「未だに。先生から頭が固すぎるってよく怒られてます。牧さんは?」


「僕はそもそもああいうんがすこぶる苦手で……」


 牧も中里も、はあとため息をついてうなだれた。


「あれをささっとこなしてる三浦先生がいかに凄かったか改めて実感してますよ」


「僕もや。戸川先生もやけど、岡部先生も、櫛橋さんも、あれさらっとやっとったんやからな」


 私も慣れるまでかなり苦戦した、岡部先生と一緒にしないでと櫛橋が笑った。

だが牧はそれに気分を害したという顔をする。


「でも苦戦してたん最初だけやん。僕らもう半年以上やっとんのに、まだ慣れへんのやで?」


 頭が固いから慣れるまで時間がかかってるだけだと三浦が笑う。

仁級から徐々にじゃなくいきなり呂級なのだから、時間がかかるのは仕方ないと戸川が慰めた。


「だいたい、一か月も二か月も先の竜の状態を予想して計画なんて無茶すぎるんですよ」


「わかるわ。調教後の竜の体調も容易にはわからへんいうに」


 竜の体調に計画を合わせるんじゃなく、計画で竜の体調を制御するんですと岡部は指摘。

だが牧も中里もぽかんと口を開け首を傾げる。


「岡部先生の指摘は基準が高過ぎて全く意味がわからないです」


「こういう事しれっと言える人が三冠とか取れるんやろうな」


 戸川と三浦が、今のがわからんようでは二人とも一人前になるのは当分先だと言って笑い出した。



 岡部と戸川、松井の三人は開会の挨拶に連れていかれた。

まず会長が壇上に上がって挨拶を始める。

会長は今年仁級で岡部先生が三冠を取ったおかげで竜主会の会議で鼻が高かったと嬉しそうに語った。


 その後乾杯の前に岡部たちの挨拶となった。

司会の人が最初に岡部に挨拶をさせようとした。


「おいおい、ちと待ってくれよ! 岡部の後やと俺が惨めやないか。俺に先に挨拶させてくれよ」


 杉のそのあまりにも器の小さい発言が集音機に乗って会場全体に響き渡る。

一瞬の静けさの後、大爆笑が会場を包み込んだ。


 杉は戸川に頭を叩かれ、どっちからでも良いからさっさと挨拶しろと怒られた。

杉が恥ずかしさで真っ赤な顔で挨拶をすると、岡部の順番になった。

岡部は仁級での成績には一切触れず、八級でやって行く事への不安と期待で一杯だと述べた。

岡部の挨拶の後は松井が会派移籍の挨拶をした、


 その後、戸川が二人の昇級者と来年の紅花会の発展を祈って乾杯と言って乾杯をした。



 挨拶が終わると、岡部は真っ先に戸川に教えられた津軽調教師の元へと向かった。

津軽は全身筋肉質で少し威圧感のある人物であった。

顔には立派な口髭がたくわえられ、固い表情も相まって一見すると任侠の人物のようにも見える。


「来年から、杉さんと二人、防府でやることになりました。よろしくお願いします」


 岡部が挨拶すると津軽は表情を変えず、その鋭い目でぎろりと見てきた。


「戸川さんの秘蔵っ子って聞いたけど、ほんまなん?」


「訳あって養子にしていただいてます」


「そうなんや! わからへん事や、困った事あったら、うちに相談に来たら良えよ。俺も昔、戸川さんにはよう世話になったから」


 津軽は噂は本当だったのかと、かなり驚いた顔で岡部を見た。


「まあ、頼るのは俺の方かも知れへんけどな。『夏空三冠の岡部先生』」


「いやだなあ、仁級は仁級、八級は八級ですよ」


「それがわかってるんやったら、俺が今言うてやれる事は何もないよ」


 まあ一杯やれと言って、津軽は空の器を差し出し麦酒を注いだ。


「その……防府の旨い酒とか肴とかは?」


「ああ、そういうんがあったな! それは俺の方がよう知ってるわ! 防府来たらたっぷり教えたる!」


 津軽はそれまでの鬼瓦のような硬い表情を一気に緩めて笑顔になった。


「防府は他にうちの会は誰がいるんですか?」


「俺だけや。俺が上がってきた時には他にも数人おったんやけどな、皆歳で辞めていきおった」

 

「そうだったんですね。じゃあ津軽さんしか頼れる先輩がいないんですね」


 その岡部の発言に、津軽は眉をひそめて首を傾げた。


「はあ? 何言うてんねん。お前は俺に構わずさっさと戸川さんのとこに行けよ」


「まだ自分の厩舎も見てないうちに、そんなこと言われても……」


「仁級であんだけ余裕ぶっこいたやつが、何をそないに謙遜しとんのや。逆に俺はお前に聞きたいことが山ほどあんねん。防府来たらおいおい聞いていくから、よろしうな」


 津軽はがははと豪快に笑い出し岡部の背中をバンバン叩いた。



 大女将に挨拶に行こうとしたが、櫛橋と何やら話し込んでいた為、後回しにした。

松井を会長に挨拶させようと三浦たちの所へ向かおうとしたら、後ろから腕を無理やり引いてくる人がいた。


「岡部。残念ながら六位で上がれなかったよ。あれだけ見てもらったのにすまなかったな」


 口惜しさと嬉しさが合いまった複雑な顔の平岩が岡部に酌をした。


「六位って事はですよ、上五人抜けたんですから、来年は一位って事じゃないですか!」


 平岩は隣の坂の顔を見てニヤリと笑った。


「どうだろうな。まあ、坂には負けないとは思うけどな」


 坂は、僕だって九位だから単純計算なら昇級圏だと張り切っている。


 千葉は五人を代表して、岡部にお礼を言った。


「お前がおらへんかったら、今頃まだ僕らは、あの三人の下で地獄のような日々を送っとったやろう。お前には感謝してもしきれへんよ」


「そう思うのでしたら、皆さんで助け合って情報共有して、一年でも早く上に上がってください」


 岡部のその頼もしい笑顔に、千葉はにこりと微笑んだ。


「それがお前の望みなんか」


「上までの道はちゃんと整備しました。そこが通れる事も見せたつもりです。みんなが安心してその道を通ってくれるのが僕の望みです」


 上手い事言うなこいつと神代に背中を叩かれた。

高木がまあ呑めと麦酒を注いだ。

岡部が麦酒を呑むと、五人は小さく歓声をあげ喜んだ。



 久留米の面々と別れ、松井を伴って最上に挨拶に向かった。


「君が松井先生かね。話は聞いておったよ。あの質の高い期で新人賞とった先生だね」


 最上は松井と岡部の器に麦酒注ぐと、自分も注いでもらった。


「新人賞は厩務員の助力あったればこその事ですから」


 その松井の発言で、最上は松井が噂通り良い調教師らしいと判断した。


「色々大変だったとは思うが、これからはうちが全力で助力していくから、困ったことがあったら遠慮なく私に言って来なさい」


「ではお言葉に甘えて。さっそくで何ですが、是非その……お願いというか……」


 最上は岡部の顔を見て小首を傾げる。


「なんだね? 遠慮なく言ってみなさい」


「はい。一度牧場を見学させていただきたいんです。前の会派は牧場がありませんでしたので」


 そういえばそうだったなと言って最上は小さく頷いた。


「そんなことならお安い御用だ。どうせなら仁級の南国よりも八級の北国が良いだろうな。その方が来年八級に上がった時の良い勉強になるだろう。家族や岡部先生も誘って皆で来たら良い。何なら日程を言ってくれれば宿も取るよ」


「ありがとうございます! 家族も喜びます!」


 最上はちらりと岡部の顔を見た。


「ついでに……その、なんだ。幼竜も見てもらえると嬉しいんだが」


「私は八級までしか見たことが無いので、お役に立てるかどうか……」


 最上は困惑する松井の背をぱんと叩いて笑い出した。


「構わん、構わん。岡部先生に見方を聞けば良いだけの話だ。実は私はいまいちそういうのがダメでなあ」


「わかりました。日程が決まりましたらお知らせさせていただきます」


 最上は嬉しそうな顔をして、真っ直ぐで良い青年じゃないかと岡部に耳打ちした。

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