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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第三章 汚職 ~仁級調教師編~
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第62話 決着!

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(仁級)

・戸川為安…紅花会の調教師(呂級)

・戸川直美…専業主婦

・戸川梨奈…戸川家長女

・最上義景…紅花会の会長、通称「禿鷲」

・最上義悦…紅花会の竜主、義景の孫、止級研究所社長

・大崎…止級研究所総務部長、義悦の腹心

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば

・長井光利…戸川厩舎の調教助手

・松下雅綱…戸川厩舎が騎乗契約している山桜会の騎手

・池田…戸川厩舎の主任厩務員

・櫛橋美鈴…戸川厩舎の女性厩務員

・坂崎、垣屋、並河、牧、花房、庄…戸川厩舎の厩務員

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・松井宗一…紅花会の調教師(仁級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(仁級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・臼杵鑑彦…松井厩舎の専属騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・国司元洋…岡部厩舎の厩務員

・阿蘇、五島、千々石、大村、内田、成松…岡部厩舎の厩務員

・宗像真波…岡部厩舎の女性厩務員

・及川、中山、田村…紅花会の調教師、逮捕

・千葉、高木、神代…紅花会の調教師(仁級)

・平岩親二…紅花会の調教師(仁級)

・杉尚重…紅花会の調教師(仁級)

・坂広優…紅花会の調教師(仁級)

・浅利…竜主会監査部

・松浦…久留米競竜場元事務長、逮捕

・蒲池…松浦の代わりの久留米競竜場事務長、逮捕

・頴娃…蒲池の代わりの久留米競竜場事務長

 夕方六時半。


 織田との会食を終え個室から出ると義悦が待っていた。

個室から出て早々また個室に入ろうとしたところを武田善信会長に見られ、競竜場なんだから少しは競竜を見ろよと指摘されてしまった。

武田信勝会長は目ざとく岡部を見つけ、来年も孫をよろしくなと手を振っている。

それを聞き朝比奈会長も声をかけてきた。


 知らぬ間に随分と有名人になっていると義悦が岡部をからかった。



 個室に入ると早々に義悦は非常に良い報告があると切り出した。

麦酒と燻製肉を注文すると、呑みながら聞いてほしいと不敵な笑みを浮かべた。


「先日岡部先生のところにうちの開発の者二人を送った事がきっかけになり、開発が急速に進みました」


「完全に手詰まりになったというのを夏頃聞いたが、あれからそんなに早く何とかなったのか?」


「先生との話で出た話題を詳しく調べたんです。そうしたら、ぼぼこれまでの悩みを解消できる代物である事がわかりました」


 そこまで言うと義悦はいくつかの写真を机に置いた。


「これ『水中翼船(すいちゅうよくせん)』という船なんです。なんと速さは四十海速程度まで出るそうです!」


「その『海速(かいそく)(=ノット)』というのが、実はよくわかっておらんのだが……」


 最上が若干強張った顔で言うと、岡部も実は僕もと同調した。


「だいたい陸上で時速一里(約四キロメートル)が二海速です」


「という事は四十海速というと二十里出るのか! 水上でどうやってそんな速度を?」


 義悦は「ふふふ」と不敵に笑い別の写真を机に置いた。


「この写真をよく見てください。これは水中翼船が航行しているところを別の船から撮ったものです」


「なんだこれは! 船が浮いてしまってるじゃないか!」


「厳密には船体が浮いてるだけで、翼は水中にあるので、水上を船に付けられた翼で航行してるという感じなんですよ」


 義悦は凄いでしょうと言うのだが、最上も岡部も目をぱちぱちとしばたたかせた。

岡部は愛想笑いを浮かべ、最上は乾いた笑い声を発する。


「すまんが何を言ってるいるのかさっぱりわからん……」


「わかります。正直、私も実物に乗るまでどんな説明を受けても何を言われているのやらでしたから」


 最上は水中翼船の写真をまじまじと見ては首を傾げる。


「……なんでこれ浮いていられるんだ?」


「船体が飛ぶほどの強い推進力を出して、水中にある翼が飛び立たないように固定してるって感じなんです……それで理解できますか?」


 義悦がそう言って最上を見ると、最上は真顔で首を横に振った。


「強い推進力というと内燃が違うのか?」


「通常、船の内燃は自動二輪なんかで使われる往復内燃(=レシプロエンジン)を使うのですが、これは飛行機の羽根車内燃(=ガスタービン)を使っています」


 その説明には最上よりも岡部が驚いて船の航行写真をまじまじと見た。


「そんな空が飛べるような内燃で、ねじ羽根(=スクリュー)は持つのか? すぐに壊れそうなんだが」


「水上単車と同じ水噴式(=ハイドロジェット)なんですよ」


「じゃあ何か、水を吐き出す力でこの船体が持ち上がるのか! 凄い技術だな」


 最上は岡部を顔を見合わせ驚き合っている。


「実は何も最新ってわけじゃないんです。結構前から離島への足に使われていたんですよ、これ」


「なぬ? という事はこれにパンパンに人が乗っても浮けるだけの浮力があるということじゃないか!」


「竜を運ぶ程度の水量を化成缶で積んでみましたが、ちゃんと浮きましたよ」


 最上はよほど水中翼船の写真が気に入ったらしく、ずっと手から離さず目線も釘づけのままである。


「世の中、まだまだ知らないことというのはあるものだなあ」


「一度花蓮にお越しください。一台購入しましたので、いつでも乗れますよ」


 是非乗ってみたいと最上が言うと岡部も大きく頷いた。


「ところで、これ燃費はどの程度なんだ? 聞く感じではあまり燃費が良いようには見えないが」


「通常の内燃と同程度ですね。ですが速度が段違いですから。それを加味すれば三倍程度と考えて良いかと」


 岡部も最上も、ただただ感心するばかりである。


「しかし、よくこれにたどり着いたものだな」


「きっかけは岡部先生からいただきました。ですが……」


 岡部はすぐに僕はそこまで船の知識があるわけじゃないと謙遜した。


「いやいや、それでこれにたどり着けたのは、間違いなく大山たちの努力の成果だろうよ」


「帰ったら大山たちにそう伝えておきます。さぞかし士気が上がる事でしょう」


 ここで真っ先に部下の話が出てくるとは随分と義悦も成長したものだと、最上は口にこそ出さなかったがかなり感心していた。


「で、試作船の完成はいつぐらいになりそうなんだ?」


「今、船体を造船中です。そもそも内燃が特殊発注ですので、かなり時間はかかると思います。ですが出来上がりが今から楽しみですよ!」


 そこまで聞いた最上が船の写真を見て何かに気付き渋い顔をした。


「……ちなみにこれ、いくらしたんだ?」


「……小型飛行機くらい」


「高っ!!」


 最上が感想を素直に口にすると、隣で岡部も目を丸くして驚いた。


「今は離島への高速客船に使っているだけですから。これが竜運船で需要が増えて一般的になれば下手すれば半分以下にまで価格は落ちると思いますよ」


「量産されれば、か……」


 最上が言いたい事は義悦にもわかっている。

そこまで輸送頻度があるわけではないので一気に大量に売れるような代物ではないと言いたいのだ。


「三宅島の件もありますから、今回購入した船はそちらに流用する方向です。ですので先行投資と考えていただければ」


「おお! そういえばそうだったな。そこに結びつくとは、お前の会社も良い人材が育ってきたとみえるな」


「三宅島の方も手を付け始めていますよ。ぜひ一度、視察においでいただければ」


 義悦は三宅島の写真と共に別の船の写真を取り出した。


「今までのものはあくまで太宰府、浜名湖間の輸送用です。牧場への輸送のような急を要さない場合はこちらの貨物船を使います」


 義悦の見せた写真は、以前大山が輸送船として見せてきたそれであった。


「全部、こっちの高速艇じゃダメなのか?」


「実はこれ、一つ大きな欠点があるんですよ。時化(しけ)にあまり強くないんです。速度を落として航行すれば多少の時化は問題無いのですが」


「そういうことか……見るからに高波に弱そうだもんな」


 水上に船体を浮かさなければそこそこの高波でも航行は可能。

だがそれ以上になると船が完全に海上から離れてしまい危険になってしまう。


「瀬戸内なんかでは時化でも高速艇が使えるでしょうけどね」


「だが中の竜の事を考えると、あまり無理はさせたくないな。そういう場合は福原あたりを中継港として利用すると良いかもしれんな」


「なるほど、それは良い案ですね! 福原だと既存の整備施設が使えるでしょうしね」


 義悦は手帳を取り出すと何かを書き込んだ。


「ところで、以前南国を離れたいと言っていたが出れそうなのか?」


「近々伊級で手一杯になるだろうからと言ったら、みつば叔母さんは納得してくれましたよ」


「相変わらず、お前には甘いんだな」


 伊級調教師が出たらアレと色々話をしないといけないと思うと今から気が重いと最上は頭を抱えた。

義悦も岡部も思わず苦笑いである。


「それもこれも岡部先生のおかげですよ。『夏空三冠』で牧場の評価がぐっと上がりましたからね。種牡竜もできたそうですし」


「そうか、そういえば中野から急に慌ただしくなったって聞いたな」


「牧場持ってない会派から、肌竜の預託を依頼されたって言ってましたね」


 どの肌竜も種付けの希望は『サケヨツバ』なのだそうで、種付け料でかなり牧場経営は潤ったらしい。


「で、拠点移動はいつくらいになりそうなんだ?」


「試作船ができた時点で、本格実験を言い訳に移動してしまおうかと。来年夏くらいですかね」


「双竜会、清流会の両会派はさぞ驚くだろうな」


 最上と義悦は、顔を見合わせ、そっくりな含み笑いをした。




 夜八時が近づいている。


 下見所では戸川厩舎の花房と三浦厩舎の正木(まさき)がそれぞれ竜を曳いている。

直前の単勝人気では一番人気が三浦の『サケサイウン』、二番人気が『クレナイダイキ』、三番人気が戸川の『サケタイセイ』。

倍率は三頭とも三倍から四倍で完全に三強という雰囲気である。

係員の合図で松下と喜入が竜に跨った。


 岡部は義悦、最上と共に三浦や戸川のいる関係者観覧席に向かった。

三浦と戸川は岡部を見ると櫛橋の話をはじめた。


「岡部、もう聞いたかもしれんがな、櫛橋試験受かったぞ」


「そうなんですね。じゃあ、来年は土肥ですか」


 戸川は櫛橋じゃなくて中里でしょと笑った。

三浦は旦那との呼び別けが面倒だから櫛橋で良いだろと居直った。


「東国と西国どっちを選ぶんでしょうね?」


「東国だったらうちで研修させるよ」


 三浦はそう言うのだが、戸川は、うちの厩務員だったんだからうちで見るに決まってると張り合い始めた。

三浦がいやうちだと譲らないでいると義悦が笑い出し、そろそろ始まりますよと二人を促した。


 競技場に目を移すと、発走者が旗を振り発走曲が流れた。



――

今年最後の大一番、呂級最後は『皇都大賞典』での締めとなります。

皆さんの一年はいかがでしたでしょう?

泣いても笑っても、これが今年最後の重賞です、笑顔で新年を迎えたいところです。


各竜枠入り順調。

大外ロクモンワキザシが発走機に入り体勢完了。

発走しました!

最内エイユウカズサ好発走。

サケタイセイ先頭をうかがいます。

エイユウカズザが控えました。

正面観客席前、先頭サケタイセイが全竜を率いていきます。

二番手エイユウカズサ、その後ろイチヒキサンリク、クレナイゴンゲン、クレナイダイキ。

現在二番人気クレナイダイキはここ。

各竜正面直線から曲線にさしかかっています。

クレナイダイキから少し離れて、マンジュシャゲ、チクセンリョク、ジョウハヤテ、ロクモンワキザシ。

そこから離れてタケノショウキ、キキョウヒノキ、サケサイウン、ニヒキマイタケ。

一番人気重陽賞勝ち竜サケサイウンはこの位置です。

ヤナギダイゴ、イナホデンゲキオー。

最後尾にハナビシボッコウで全十六頭。

現在各竜曲線を抜け向正面直線を疾走中。

先頭サケタイセイ飛ばしています!

向正面、二番手エイユウカズサとは早くも六竜身ほど離れたでしょうか。

前半の時計は少し早めです。

サケタイセイ大逃げの体勢となっています。

一方、一番人気のサケサイウンは後方待機。

二番人気のクレナイダイキは早くも二番手に上がって行きました。

サケタイセイ逃げる!

二番手以下とは十竜身ほどに差を広めていきました。

三角回って向正面から曲線に移りました。

クレナイダイキ徐々に差を縮めにかかっています。

後続も徐々に上がっていきます。

サケサイウン外に持ち出し一気に四、五番手の位置へ。

それでもなお、サケタイセイとの差は五竜身ほど。

先頭サケタイセイ早くも一頭で四角を回る!

鞍上松下合図を送ります。

遅れて残りが一団となって四角に雪崩込みます!

クレナイダイキ一気に最内を突いて上がって行く!

サケタイセイとの差がみるみる縮まって行く!

大外からサケサイウン、イナホデンゲキオーも上がってくる!

先頭はまだサケタイセイ!

四頭以外の伸び足が鈍い!

クレナイダイキ必死に追いすがる!

直線、残り半分!

サケサイウン、イナホデンゲキオー外からグングン伸びてくる!

外サケサイウン、クレナイダイキを捕えそうだ!

サケサイウン、クレナイダイキに並んだ!

サケタイセイはもう安全圏か!

もう追ってくるものはいないか!

サケタイセイ終着!

サケタイセイ見事な一人旅!

金色(こんじき)斉天(せいてん)』サケタイセイ大賞典再度戴冠!

――



 『サケタイセイ』は競技場をゆっくりと一周した。

鞍上の松下は何度も何度も拳を天に突き上げている。

客席からは、斉天、斉天の大歓声が沸き起こっている。


「見たか! 誰が三番手じゃ! うちのが不動の大将なんや!」


 検量室に戻った松下が興奮そのままに吠えた。

花房から鞍を受け取ると、何度も拳を上下させ興奮を表現した。


 二着だった三浦は、これなら来年はうちのが抜けるなと満足気だった。

最上は戸川と抱き合って喜んでいる。

検量から戻った松下は岡部を見ると、さっさとここに上がって来いと発破をかけた。




――放送席、放送席、『サケタイセイ』松下騎手に来ていただきました。

『皇都大賞典』優勝おめでとうございます!


「ありがとうございます!」


――見事逃げ切り勝ち、昨年の『内大臣賞』を思い起こさせる見事な勝利でした。


「その時も言いましたが、これがこの竜の最大の持ち味ですから!」


――三強対決でしたが他の二頭はいかがでしたか?


「道中、かなり気持ちよく逃げていたんで、これやったら行けるやろうと」


――来年も期待しても大丈夫ですか?


「今年と去年の重陽賞竜はどちらも強いですが、大将はうちや思てます! 来年も関係者一同精進しますので引き続きご声援お願いします!」


――本当におめでとうございました!

以上、松下騎手でした。

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