表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第三章 汚職 ~仁級調教師編~
182/491

第60話 帰省

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(仁級)

・戸川為安…紅花会の調教師(呂級)

・戸川直美…専業主婦

・戸川梨奈…戸川家長女

・最上義景…紅花会の会長、通称「禿鷲」

・最上義悦…紅花会の竜主、義景の孫、止級研究所社長

・大崎…止級研究所総務部長、義悦の腹心

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば

・長井光利…戸川厩舎の調教助手

・松下雅綱…戸川厩舎が騎乗契約している山桜会の騎手

・池田…戸川厩舎の主任厩務員

・櫛橋美鈴…戸川厩舎の女性厩務員

・坂崎、垣屋、並河、牧、花房、庄…戸川厩舎の厩務員

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・松井宗一…紅花会の調教師(仁級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(仁級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・臼杵鑑彦…松井厩舎の専属騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・国司元洋…岡部厩舎の厩務員

・阿蘇、五島、千々石、大村、内田、成松…岡部厩舎の厩務員

・宗像真波…岡部厩舎の女性厩務員

・及川、中山、田村…紅花会の調教師、逮捕

・千葉、高木、神代…紅花会の調教師(仁級)

・平岩親二…紅花会の調教師(仁級)

・杉尚重…紅花会の調教師(仁級)

・坂広優…紅花会の調教師(仁級)

・浅利…竜主会監査部

・松浦…久留米競竜場元事務長、逮捕

・蒲池…松浦の代わりの久留米競竜場事務長、逮捕

・頴娃…蒲池の代わりの久留米競竜場事務長

 岡部厩舎は十二月はほぼ全休となっている。

八級へ上がるための引っ越しの準備をしておいて欲しいと皆には伝えてある。



 『大栄冠(だいえいかん)』の最終予選が終わった翌日、岡部は松井厩舎に顔を出した。

明日忘年会をするのだが松井厩舎も一緒にどうかと誘いにきたのだった。


 雑賀(さいか)も高森も、今年散々世話になったから、ぜひご一緒したいと松井にせがんだ。

松井は翌週に別の会場でやろうと思っていたらしいが、こういうのは人が多い方が断然楽しいと雑賀に指摘され、ならばと誘いに乗ってくれた。


 会場は昨年同様久留米駅近くの串焼き屋『とり貫』。

昨年と違い大部屋を予約した。


 店に着くとお店の大将から、店に飾りたいから色紙へ署名してくれれば割引させてもらうと言ってもらえた。

それを聞いた雑賀と高森は、松井先生も自分の名前で割り引いて貰えるようにならないとと囃したてた。

松井は岡部に、うちの爺やも大概だと耳打ちし二人で大笑いした。


 松井厩舎は完全な男所帯で、年齢層も岡部厩舎より上である。

爺やの雑賀、高森からして荒木、国司よりも年上である。

その為、若い女性である宗像は大人気だった。

終始ちやほやされた宗像は、決してお酒に強いわけでもないので、すっかり酔っぱらった。

宗像は酔うと陽気になる。

突然野球拳をやろうと言いだし上着を脱ぎ始めた。

松井厩舎の面々は大喜びしたのだが、爺や四人に取り押さえられ、離れた場所で正座させられ水を持たされた。


「ずいぶん愉快な厩務員抱えてるじゃん。俺も女性厩務員雇おうかな」


「お恥ずかしい限りだ。酒呑まなきゃちゃんとした娘なんだけどね」



 ある程度酒が進むと、調教師二人の話題は今年の昇級枠の話になった。


「実は非常にまずい事になったんだよね。杉さんが五位、武田くんが六位、そこまでは良かったんだよ」


「いやいや、良かないだろ! それじゃあどっちかしか上がれないんだから。同期をちゃんと応援してやれよ!」


 松井の指摘に岡部はじっとりした目で松井を見つめた。


「……先輩も応援しろよ」


「あ、そうか! 俺も紅花会だったわ」


 松井は麦酒を呑んでゲラゲラ笑いだした。

岡部ががっくりした仕草をすると、雑賀と高森が大笑いした。


「まあいいや。それだけなら良かったんだけどさ、先月、平岩さんが『新雪特別』勝って七位に浮上しちゃってさ」


「君が調教見てあげてるんだっけ?」


 岡部は渋い顔をして無言で頷いた。


「元々良いもの持った人だったからさ、めきめき才能発揮しちゃってさ」


「あれ? 確か『大栄冠』に『サケセッタ』って平岩さんの竜、決勝に残ってたよな?」


 岡部は特大のため息をつくと、やけ酒のように麦酒を勢いよく呑んだ。


「これでもし最後の枠平岩さんが取ったなんて事になったら……ああ、今から胃が痛い……」


 松井は弱り果てている岡部を見て苦笑した。

ふと目線を周囲に移すと、国司と荒木も非常にまずいと言い合っており、雑賀と高森もどうしたもんだろうと言い合っている。


「でもそれはそれで良いんじゃないの? 今年それなら、武田くんだったら来年には上に上がれるでしょ。杉先生も」


「実はさ、僕この三か月ずっと武田くんと杉さん代わる代わる怒られてるんだよ。余計な事するなって」


 自分の竜の競争結果の話なのだから岡部は関係無いのだろうが、二人からしたら溜まった鬱憤を誰かにぶつけたいのだろう。

そしておあつらえ向きに『夏空三冠』なんぞを制してしまった岡部が近くにいると。


「最後の一枠を争ってる二人からしたら気持ちはわからんでもないがね」


「ああ……何でこんなことに……」



 酔いが多少冷めた宗像は、服部、臼杵、成松の若者たちと再び呑みはじめていた。

すると四人とも徐々に若者特有のノリで大はしゃぎし始めた。

調教資格を持つ四人は、突然その場で騎乗の話になり、身振り手振りを交えて談義し始める。

最初は松井もそれを見て調教資格をうちでも取らせないとなどと話していた。


 ところが不意に成松が麦酒をこぼした。

だが四人は全く気にせず、串焼きの串を鞭に見立てて騎乗談義を継続。

爺や四人はそれに怒りだし、四人を摘み上げると部屋の隅に離して正座させ水を持たせた。


「重ね重ね、お恥ずかしい限りだ」


「元気だねえ。臼杵まですっかり君のとこのノリに染まっちゃって」


「もうしわけない。酒呑まなきゃ、みんな真面目なんだけどね……」



 最後に二人の調教師から締めの挨拶があった。

松井が皆で一丸となって八級昇級をもぎ取ろうと締めると、松井厩舎の面々は両拳を握りしめたり、「おお」と言って拳を突き上げたりした。

岡部が八級では平穏無事に昇級に専念したいと言うと、その場の全員から無理だろ、期待してないなどと失笑が起きた。


 忘年会が終わると岡部は松井に豊川で会おうと言って別れた。




 忘年会の翌日、岡部は平岩から教えてもらった芋、米、麦の焼酎をそれぞれ購入し戸川宅へ送付した。

それに合わせて、かすてら、とおりもん、けいらん、やせうまなど、周辺の銘菓をいくつか合わせて送付。


 翌日、久留米の百貨店で奥さんと梨奈への贈り物を選んだのだが、それがかなり難攻した。

散々悩んだ末、奥さんには絣のストールを、梨奈にはスズランの髪飾りを購入し電車に乗った。

太宰府駅で、イカの一夜干し、辛子蓮根、一文字ぐるぐる、とり天など、酒の肴になりそうなものを購入し皇都駅へと向かった。



 師走の皇都駅は盆地地形ゆえに非常に底冷えし時折粉雪が舞っている。


 周囲を見回すと奥さんが迎えに来てくれていた。

荷物を後部座席に乗せようと扉を開けると、いつものように梨奈が後部座席に乗っていた。

梨奈にただいまと優しく微笑むと、梨奈もお帰りと微笑み返した。

心なしか梨奈の笑顔に元気が無いように感じる。



 戸川宅に帰ると客間に戸川が新聞を読んで待っていた。


「ただいま帰りました」


「おかえり。今年はそこそこ早いが、相変わらずのんびりやな」


「今年は去年の轍を踏まないように、お土産を事前に買って送っておきましたからね」


 岡部は荷物を畳に置くと客間に座り込んだ。


「松井くんうちの会派に来てくれましたよ。戸川先生に憧れてるらしく、豊川で会うの楽しみにしてましたよ」


「ほお、そうなんや。どっちかいうと今やと『夏空三冠』を制した岡部先生の方が憧れるやつ多そうやけどな」


 そう言って戸川は岡部の事をからかった。

だがかなり本心が入っているらしく、どこか目が笑っていない。


「嫌だなあ。どこまで行っても、僕は戸川先生の愛弟子にすぎませんよ」


「そう言うがな、僕がどんだけ竜勝たせても、あないにぬいぐるみなん買うてくれへんかったで?」


 そう言うと戸川は後ろの棚を指さした。

棚には岡部が重賞を勝たせた五頭の竜のぬいぐるみが飾られていた。

仁級は女性人気が高いからと苦笑いをしたのだが、客間は微妙な空気に包まれてしまった。


 岡部は話題を変えねばと、お土産買ってきたんですよと辛子蓮根などを机に並べた。

下手くそかと指摘する戸川を無視して次々にお土産を並べていく。


「おお! 『一文字(ひともじ)ぐるぐる』やないか! ようこれ知ってたな! 葱の辛さが旨いんやこれ!」


「呑み屋で食べてから、ちょっと癖になってて」


 その言葉に戸川はじっとりした目で岡部を見た。


「なんや君の旨い食いもんの情報はここんとこ呑み屋ばっかりやな。ちゃんと飯食うてはんのやろうな?」


「そんな日野さんじゃあるまいし」


 乾いた笑いをする岡部に、戸川はさらにじっとりとした視線をぶつけた。


「あれは酒が飯やからな。そうや言い忘れとった。ちゃんと三本届いとるで。まだちゃんと蓋開けずにとってある」


「今年はちゃんと三種呑み比べできるようにしましたから、あとでじっくりと」


 そこに台所で夕飯の仕込みを終わらせた奥さんと梨奈が戻ってきた。

岡部は奥さんにストールと、梨奈に髪飾りを渡した。

梨奈はすぐに自分の髪に髪飾りを差し、似合うかなと岡部にたずねた。

奥さんがそれ正装の時に付ける用だよと言うと、梨奈は、じゃあ大事にしまっておくと非常に嬉しそうにした。




 夜、ささやかな宴会が行われた。

梨奈と奥さんの二人で次々に料理が運ばれてきた。


 戸川は下品にも一気に三種全ての蓋を開け香りを嗅いだ。


「おほお、全部良え匂いや! たまらん! どれからいこう」


「僕は麦ですかねえ。何にでも合う気がしますから」


 そう言うと岡部は麦焼酎を水割りにした。

梨奈も麦焼酎をたっぷりの果汁で割った。

奥さんと戸川は、まずは昨年呑めていない芋からだと言って芋焼酎を水割りにした。

奥さんが、綱ちゃんの『夏空三冠』と、世代二冠と、八級昇級を祝して乾杯と言うと、梨奈に盛り過ぎと笑われた。


「この感じやと皇都で一緒にやるんも、そこまで遠い日やなさそうやな」


 戸川は芋焼酎をくいっと呑むと次は米だと言って米焼酎の水割りを作った。


「仁級でやれたからって、八級も同じようにやれるとは限らないですよ」


「仁級であれやったら八級なん余裕やと思うがなあ」


 戸川は米焼酎に口を付けると、これはこれでと思わず笑みをこぼした。


「まだ竜の顔も見てないのに。八級は仁級の上の級なんですよ?」


「どっちも練習の級やがな。本番は呂級からや。基礎がわかっとったら大した事あらへんよ」


 戸川は芋よりは米焼酎の方が好みかななどとボソッと呟いた。


「でもうちの会派、戸川さん以降呂級調教師出てないんでしょ?」


「はあ? それを二十何年ぶりに『夏空三冠』取った君が言うんか」


 岡部が一文字ぐるぐるに酢味噌を付けて食べると梨奈も真似をした。

梨奈には、ちょっとえぐみがきつかったようで泣きそうな顔をした。


「京香さんの話だと、稲妻に化け物種牡竜がいてそれに敵わないって話を聞きましたけど」


「『パデューク』やろ? あれは良え種やで。今、あれの曾孫が天下取っとるな」


 奥さんも芋焼酎を呑み終え米焼酎の水割りを作っている。

それを見て、梨奈は芋焼酎をたっぷりの果汁で割っている。


「で、どんな感じなんですか? その特徴というか」


「もちろん仔にもよるんやけどな、圧倒的に終いが速い。『キレる脚を長く使える』って評判やな。一見したらバケモンや」


 岡部はその戸川の説明に、何かはわからないが少しだけ違和感を感じた。


「でも、勝てるってことなんですよね?」


「そやろうね。実際、毎年重賞総舐めいうわけやないからな。まあ、君やったらすぐに気づくよ。言うてもうたら楽しみが減ってまうやろ?」



 戸川は炙った一夜干しを食べると、これ凄いなと驚きもう一切れ口に運んだ。

奥さんはかなりとり天が気に入ったようで、ほぼ一人じめしている。


 戸川はすでに麦焼酎に移行している。


「これは完全に好みの問題やな。僕は米や。クセが無うて良え」


 奥さんも全部飲み比べて、私は芋かなと改めて芋焼酎の水割りを作り始めた。



「これから豊川までどうするんや?」


「実は織田会長からの呼び出しで、『大賞典』の日、来賓席に行くことになってます」


 かなり酔いが回っている戸川は、それを聞くと笑い出した。


「ついに他所の会派の会長に直接呼び出されるようになったんか!」


「うちの会長の随行で行くんですよ。会長にもちゃんと立ち会ってもらおうと思ってます」


 会長も引き抜かれるんじゃないかと気が気じゃないだろうと言って戸川は大笑いしている。


「そやけど紅葉会の会長が君に何の用なんや?」


「執行会の会長選挙の件だと思います。松井くんの件でやり直しになったみたいですから」


 それに君が何の関りがあるのやらと戸川は苦笑いをした。


「しかしなんやな、君がまた来賓で観に来るとなると、恥ずかしいとこは見せられへんな」


「『タイセイ』勝たせてくださいよ! というか三浦先生に負けても、紅葉会さんの竜には負けないでくださいよ?」


「おい! うちの仔なめんなよ! 三浦さんにも勝って見せるたるわ! うちの仔が一番やいうとこ見せたる!」


 そう言うと戸川は口を尖らせて焼酎をくっと呑んだ。

よろしければ、下の☆で応援いただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 戸川家に戻ってくると一段落という感じでホッとします。 松井家も会話が可愛らしくて好きですが、戸川莉奈ちゃんが、なんかいるいるって感じで、好きです。あんまりうじうじしている子好きじゃないんで…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ