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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第三章 汚職 ~仁級調教師編~
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第57話 面談

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(仁級)

・戸川為安…紅花会の調教師(呂級)

・戸川直美…専業主婦

・戸川梨奈…戸川家長女

・最上義景…紅花会の会長、通称「禿鷲」

・最上義悦…紅花会の竜主、義景の孫、止級研究所社長

・大崎…止級研究所総務部長、義悦の腹心

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば

・長井光利…戸川厩舎の調教助手

・松下雅綱…戸川厩舎が騎乗契約している山桜会の騎手

・池田…戸川厩舎の主任厩務員

・櫛橋美鈴…戸川厩舎の女性厩務員

・坂崎、垣屋、並河、牧、花房、庄…戸川厩舎の厩務員

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・松井宗一…元樹氷会の調教師(仁級)、謹慎中

・武田信英…雷鳴会の調教師(仁級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・臼杵鑑彦…松井厩舎の専属騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・国司元洋…岡部厩舎の厩務員

・阿蘇、五島、千々石、大村、内田、成松…岡部厩舎の厩務員

・宗像真波…岡部厩舎の女性厩務員

・及川、中山、田村…紅花会の調教師、逮捕

・千葉、高木、神代…紅花会の調教師(仁級)

・平岩親二…紅花会の調教師(仁級)

・杉尚重…紅花会の調教師(仁級)

・坂広優…紅花会の調教師(仁級)

・浅利…竜主会監査部

・松浦…久留米競竜場元事務長、逮捕

・蒲池…松浦の代わりの久留米競竜場事務長、逮捕

・頴娃…蒲池の代わりの久留米競竜場事務長

 世代三冠の最後『長月盃』は一着が岡部の『サケススキ』だった。

二着は杉の『サケトウガン』。

三着に武田の『ハナビシリンプン』。

臼杵の乗った『サケドングリ』は最後の最後でバテてしまい四着に終わった。

この結果、総合順位で杉が五位になり、武田は六位に転落してしまった。



 月初の定例会議で国司が、厩務員が不安がっていると報告してきた。


「最近、管理してた竜が次々にいなくなって、厩務員が自分たちも他の厩舎に割り振られるんやないかって」


 岡部は、厩務員の処遇については今は何も考えてないと答えた。

厩務員には家庭がある人も多いから無理に転居してもらうのも悪いと思う。

十二月に松井君が来たら松井君に預けようと考えていると説明した。


 ところがその岡部の説明に、先生は他人の気持ちに疎すぎると荒木が怒り出した。


「みんな先生に付いていきたいんですよ! ええ加減そういうんわかりましょうや!」


 国司は激怒している荒木を横目に後頭部を掻いた。


「そういうところを補佐していくんが、うちらの仕事なんやろうな」


 そう言って呆れ顔で荒木をなだめた。

だが荒木の憤りは収まらない。


「先生には二つ致命的な欠点があるんですよ。他人の好意に疎いことと、仕事を全部自分でやってまうことです」


 荒木のその指摘に国司もうんうんと頷いている。


「それだけ先生に余裕が無いいう事やろ」


「さっさと嫁さん貰たら良えのに。国司、誰か良え娘知らんの?」


「会派のお嬢さんがあんだけ言い寄っとんのにあの態度なんやで? 誰が落せる言うねん、この不沈艦を」


 二人は岡部の顔を見てわざとらしくため息をついた。

服部はここで笑ったらとばっちりが来ると思い、明後日の方を向いて黙っている。

そんな服部をちらりと見て、岡部は非情に居心地悪そうな顔をする。


「で、荒木さん、僕は何をすれば良いんです?」


「来年に向けて厩務員と面接をして希望を聞いたってください。それと、先生の仕事をうちらに少し任せてみてください」


 前者については特に何の問題も無い。

もう岡部厩舎として仁級では竜を出走させる気はない為、厩務員たちもそれなりに時間がある。

問題は後者だった。

岡部は厩舎内では厩務員も全て含めて、年齢的には下から四番目である。

下には服部、成松、宗像の三人しかいない。

年齢が上である国司や荒木に仕事を任せるという事に、どうしても抵抗を感じてしまうのだ。


「じゃあ、調教計画とかやってみます?」


「一からやと難しいけど修正やったらできるって聞きましたけど?」


「そう言いますよね。じゃあ残り二か月指導しますね」


 荒木は嬉しさで思わず両拳を握りしめた。

それを国司が羨ましそうな目で見ている。

岡部が国司さんも一緒にと言うと、国司も両拳を握りしめた。


「あれ? 今二か月言いました? 三か月や無うて?」


「十二月は全休。長期休暇に当てる事にした。冬休みね。僕は平岩先生と坂先生の指導に出てくるけど」


 一か月も厩舎を全休なんて聞いたことが無いと国司は笑い出した。

三冠調教師以外そんな事できる人いないと荒木も笑い出した。


「そしたらいっその事先生はそっちに専念して、こっちうちらに任せたら良えんと違いますか?」


「ああそっか。じゃあそれでいってみようか!」


 荒木の提案が終わると今度は国司に交代した。


「先生、宗像と成松の二人、竜に乗せてみたらどうでしょうか?」


「八級になったら、国司さんに調教助手やってもらおうと思ってるんですけど?」


「それはそれ、これはこれですわ。ようは圧倒的に若い二人が舐められへんようにです」


 あの二人は八級に付いて行きたいと希望していると聞く。

だがあの二人は圧倒的に年齢が若く、今後年上の厩務員が入って来た際に軽んじられる恐れがある。

岡部厩舎はそこまででは無いのだが、厩舎というのは体育会系の職場であり、年齢の上下はそのまま立場の上下になりやすい。


「じゃあ、せっかくだから仁級の調教資格から取らせてみようか? 仁級は速度が遅いから、順序を踏んで行った方が安全かもしれない」


「良えと思います!」


「じゃあ僕も取ろうかなあ」


 岡部のその一言を国司は聞き逃さなかった。

何を言っているんだという顔をして岡部の顔をじっと見つめた。


「それに何の意味があるんです? もし怪我でもされたらうちら露頭に迷ってまいますよ?」


「過保護だなあ。僕だって呂級で調教助手やってたんだよ?」


 研修中に落竜して入院したじゃないかと荒木が笑うと、国司の岡部を見る目がさらに険しくなった。


 国司は服部にどう思うか聞いた。

服部は、そもそも先生って調教資格取れるもんなのかとたずねた。


 執行会の発行する公証には『職業免許』と『技術資格』がある。

『調教師免許』と『調教資格』は名前は似ているのだが全然別のものである。

『調教師免許』は厩務員や騎手の免許と同じ『職業免許』、『調教資格』は『技術資格』となっている。

騎手は学校で全ての級の『調教資格』を取得する。

その為、卒業して即引退、伊級の調教助手にという離れ業もできなくはない。


 ちゃんと競竜学校で習ったはずと岡部が指摘すると、服部は、先生と一緒で座学が苦手でと苦笑いした。

試験が下手なだけで座学は苦手じゃないと岡部は不貞腐れた。


 何でそんなもんが欲しいのかと聞く服部に、岡部は蒐集(しゅうしゅう)趣味と回答。

くだらねえと服部が笑い出すと、人の趣味を笑うなと岡部では無く荒木が怒りだした。


「そしたら僕も調教資格を取る! 先生も取る。宗像も成松も。みんなでじっくりやったら事故も起きにくいやろ!」


「わかった、わかった。そしたらこれからみんなでじっくりやろう。絶対無理はしないいう約束でや。それやったら良えんやろ?」


 国司が折れた事で四人の騎乗訓練が行われる事が決まった。

午前中は荒木たちは厩舎業務、岡部は平岩たちの指導、午後から騎乗訓練という事でまとまった。



 翌日から厩務員には国司からあらましが個別に伝えられ、岡部との面談が行われる事になった。

年少の成松が一番手で、宗像、内田、五島、大村、千々石、阿蘇の順で個別面談が行われた。

結局七人が七人とも岡部厩舎に残り八級へ付いていく事を希望した。

阿蘇、千々石、五島の三人は子供もいるのだが、既に家族も岡部に付いていくという事で了承してくれているのだという。

阿蘇と千々石の二人には、今後どちらかに筆頭をやってもらうと思うからそのつもりでと言い含めた。




 九月から岡部は坂厩舎と平岩厩舎に毎週通って調教の指導をしている。

木曜日が坂、金曜日が平岩と曜日が決まっているので、千葉や神代(くましろ)たちもそれに合わせて質問をしに来たりしている。

坂に比べ平岩の飲み込みはかなり早く、十月に入ると早くもいくつかの竜の能力を開花させた。

昨年まで予選一で敗退していた『サケセンリョウ』という竜が、とんとん拍子に能力戦を駆け上がり、ついには『白鳥特別』で最終予選まで残る事になったのだった。


 最終予選の竜柱が発表になると、岡部は非常に渋い顔でその竜柱を見続けた。


「先生、なんやあったんですか? そないずっと竜柱見て?」


「ちょっとね。結果次第では、また文句言われるなって思ってね……」


 服部も竜柱を見て、岡部の言いたい事をすぐに理解して笑い出した。

平岩の『サケセンリョウ』の出走する競走に、杉の『サケアズキ』も登録されていたのだった。



「先生、ちょっと相談を聞いてもらえますか?」


「どうした改まって?」


「実は大谷先生の事なんです。平岩先生にやってるみたいに大谷先生を教えてもらういう事はできしませんでしょうか?」


 岡部は小さくため息をついた。

規約の問題で異なる会派の調教師を指導すると執行会から注意を受けてしまうかもしれないのだ。

確かにこれまで注意を受けたという実績は無い。

だができる事なら規約違反を犯したくはない。


「それ何? 大谷先生から頼まれたの?」


「いえ、先日専属騎手の平田さんと食事したんですけど、その時にそうぼやいてて……」


 服部もそれが規約違反だという事は知っている。

もちろん平田も。

だから当然、大谷からも平田からも頼むとは言えない。

だが服部としては、何だかんだと良くしてくれた大谷先生に恩返しをしておきたいのだ。


「服部。お前これまで僕の何を見てきたんだよ。もう少しここを使え」


 そう言うと岡部は自分の頭を指差した。


「僕が大谷さんのところに伺う、もしくは大谷さんが僕のとこに来るような何かを考えてみろ」




 最終予選は『サケアズキ』が一着、『サケセンリョウ』が二着だった。




 翌日、大谷が岡部厩舎を訪ねてきた。

相変わらずの不機嫌そうな態度である。


「岡部。ちと言いたい事があって来させてもろた」


「どうしたんです、突然?」


「先日服部がうちに来てぼやいたんや。お前服部を今年は騎乗させへんらしいな」


 最初何かと思ったが、岡部はこの一言ですぐに服部の策に気が付いた。


「もう昇級決まっていますからね。これ以上重賞を荒らすと本気で他方に怨みを買いそうですし……」


「そしたらうちに貸してくれへんか? うちの竜に調教乗ってもろて、平田をちと楽させたろう思うんや。もちろん調教費は出すよ」


 どうやら大谷も服部の意図を理解しているらしいと岡部は感じた。

その上で問題にならなさそうな言い訳を考えたのだろうと察した。

思わず顔がほころびそうになるのを必死に我慢した。


「構いませんよ。好きにしていただいて。騎乗の勘が鈍られると困りますからね。何でしたら騎乗をいただけたらお礼にも伺いますけど?」


「考えとくよ。ほな明日から借りるな!」


「よろしくお願いします」




 日曜日、武田が岡部の厩舎にやってきた。

前回とはうって変わって非常に機嫌が悪い。

武田は来る早々応接椅子にどっかと座った。


 岡部の淹れた珈琲を飲むと不機嫌そうに話しはじめた。


「なあ。君、僕と君の先輩、どっちを応援しとんの?」


「どっちも応援してるよ」


 武田は後頭部をぼりぼり掻くと、鼻息を荒くした。


「あのな、例えばの話や、可愛い女の子にや、『私とあの娘どっちが好きなん?』って聞かれて、どっちも言うアホがおるかい!」


「それはどっちも女の子の場合でしょ? 君らどっちもおっさんじゃん」


「おっさんやったら、熱心に応援できへんのか!」


 もはや感情的になりすぎて、武田が何が言いたいのかよくわからない。

この感じだと恐らく武田本人もわかっていないだろう。


「なんか、鬼気迫ってて怖いんだけど……」


「イライラもするわい! 先月ので僕六位に落ちたんやぞ!」


「いや、それを僕に言われても……」


 少しだけ冷静になってみれば、確かに岡部の指摘する通り、それを岡部に言うのは確実に八つ当たりであろう。

武田は少し落ち着こうと珈琲を口にした。


「それとや、なんで君がおらへんのに君とこの会派二頭出てんねん。もう一頭の君が指導しとる先輩のやろ?」


「最終予選二着だよ。そんなにピリピリしなくても……」


 普段であれば武田もそれもそうかと納得したであろう。

だが昇級が決まって余裕のある相手から言われたせいで煽られたように感じた。


「……今年上がれへんかったら、大須賀くんと松本くんに言いつけたるからな」


「そんな、どっかで重賞勝てれば昇級確定なんでしょ? 余裕じゃない」


「余裕なわけあるかい!!」



 『白鳥特別』は武田の『ハナビシタイマイ』が二着。

杉の『サケアズキ』が三着。

平岩の『サケセンリョウ』は四着だった。

これでまた武田が五位に浮上した。

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