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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第三章 汚職 ~仁級調教師編~
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第56話 接戦

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(仁級)

・戸川為安…紅花会の調教師(呂級)

・戸川直美…専業主婦

・戸川梨奈…戸川家長女

・最上義景…紅花会の会長、通称「禿鷲」

・最上義悦…紅花会の竜主、義景の孫、止級研究所社長

・大崎…止級研究所総務部長、義悦の腹心

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば

・長井光利…戸川厩舎の調教助手

・松下雅綱…戸川厩舎が騎乗契約している山桜会の騎手

・池田…戸川厩舎の主任厩務員

・櫛橋美鈴…戸川厩舎の女性厩務員

・坂崎、垣屋、並河、牧、花房、庄…戸川厩舎の厩務員

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・松井宗一…元樹氷会の調教師(仁級)、謹慎中

・武田信英…雷鳴会の調教師(仁級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・臼杵鑑彦…松井厩舎の専属騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・国司元洋…岡部厩舎の厩務員

・阿蘇、五島、千々石、大村、内田、成松…岡部厩舎の厩務員

・宗像真波…岡部厩舎の女性厩務員

・及川、中山、田村…紅花会の調教師、逮捕

・千葉、高木、神代…紅花会の調教師(仁級)

・平岩親二…紅花会の調教師(仁級)

・杉尚重…紅花会の調教師(仁級)

・坂広優…紅花会の調教師(仁級)

・浅利…竜主会監査部

・松浦…久留米競竜場元事務長、逮捕

・蒲池…松浦の代わりの久留米競竜場事務長、逮捕

・頴娃…蒲池の代わりの久留米競竜場事務長

 蒲池(かばち)が逮捕されたのに松井の事件が再調査されず、今日まで放置されていた事を非常に問題視すると伊東調教師は述べた。

竜主会と張り合うのは結構だがお粗末にもほどがあると。

この程度の事は頴娃(えい)が赴任した時に再調査し執行会に報告すれば済んだ話だ。

岡部の手を借りてやっと再調査にこぎつけるなど言語道断だと怒りをあらわにした。


 頴娃は、これが執行会の残念な現状だと悔しさをにじませた。

運営の決定権だけ執行会の本部が握り、そこの判断が誤っていても現場からは上奏する術すらない。

今回の件も執行会の全ての部署に問い合わせたが、前例がない、こちらの仕事では無いとどこも取り合ってもらえなかった。

やむを得ず竜主会の方に再調査をお願いしたいと陳情したのだが、たかが事務長が分をわきまえろと窘められてしまった。


「そんなお粗末な組織運営やと第二第三の松井が出てまうぞ。お前らも現場から変えたるんやいう気概を持ってやらな」


 伊東はため息交じりに言った。




 『長月盃』の最終予選の竜柱が発表になると、服部と臼杵(うすき)が事務室に呼ばれた。


「服部、今回はどっちに乗りたい? 何ならまた宗像(むなかた)に選んでもらうか?」


 岡部は事務机で荒木は応接椅子に座り笑っている。


「嫌ですよ! 宗像さん選んだ僕の竜、前回負けましたもん」


 日頃の行いが悪いから勝利の女神が微笑まなかったのではと荒木がからかった。

服部と臼杵は顔を見合わせ、宗像さんのどの辺に女神の要素がと言って笑い転げた。

そんな二人を岡部と荒木は冷静に見つめている。


「二人とも、ゆっくりと後ろを見てみろ」


 岡部に後方を指差され、二人が振り返ると、宗像が腰に手を当て鬼の形相で立ち尽くしていた。

宗像は二人の頭に拳を落すと、失礼な奴らだと言って去って行った。


「で、服部はどっちに乗るの?」


「今回は『ススキ』で行きます。あっちのが体力ありますもん」


「じゃあ臼杵は『ドングリ』をよろしくな」




 臼杵と服部が事務室から出ていくと、入れ替わりで杉がやってきた。

明らかに機嫌が悪く、無言で入室するとドカッと応接椅子に座り腕を組んだ。


「杉さん、今回は『伏月盃(ふくげつはい)』の時とは違う竜なんですね」


 杉は回答せず無言だった。

珈琲を淹れて差し出し、向かいの応接椅子に座るとやっと重い口を開いた。


「岡部、俺はな、これまでお前の事はそないに悪くは扱わへんかったはずやで?」


「ええ、良くしていただいてると思っています。何かありました?」


 杉は珈琲を口に含むと、岡部を睨みつけて器を机に置いた。


「昨日、平岩さんがうちにきたんや。何で平岩さんと坂の調教は見て、俺のは見てくれへんねん」


「僕がわざわざ見なくても、杉さん優秀だから自力で上に上がれるじゃないですか。現に世代戦二戦とも良い竜出してきてるんだし」


 どうにも岡部の回答が気に入らないらしく杉は腕を組んだ。

ふんと鼻から息を漏らす。


「そしたら、何でお前の竜を振り分けんのに、俺の厩舎への配当は無いんや」


「杉さんだけじゃなく平岩さんと坂さんもですよ? むしろ杉さんが一番の特別扱いですけど?」


 笑顔の引きつる岡部の顔を杉はじっと覗き込んでいる。

岡部がにこりと愛想笑いを浮かべると、杉はきっと睨みつけた。


「ほな、平岩さんと坂に、俺をどっちが抜けるか競走や言うたいうんは?」


「いや、それはほら、発破かけたというか、言葉の綾というか……」


 杉は応接机をパンと叩いて身を乗り出してきた。


「お前、現状わかっとんのか? 俺とお前の同期で五番目の枠、接戦で争っとるとこなんやぞ? 余計な敵作らんでくれよ!」


「いやいや、言っても平岩さんまだ十位でしょ? 坂さんは十六位だし」


「アホか! 誰かさんがはっちゃけたおかげで四位以下は賞金団子なんやぞ! ちょっと重賞で上まで行ったら簡単に順位が変わんのや!」


 それは全然僕のせいではないと喉の奥まで出かかったのだが、言っても挑発になるだけだと思って引っ込めた。


「もし今年ダメなら来年が……」


「ほう! もうそこまで言われるんやったらしゃあない! 先輩の意地よう見とけよ!」


 杉は珈琲を飲み干すと、相変わらずここの珈琲は旨いなと言って事務室を去って行った。




 日曜日に武田が岡部を訪ねてきた。


「へえ、ここが君の厩舎なんや。意匠は一緒なんやな」


 岡部は武田を応接用の長椅子に座らせると、自慢の珈琲を差し出した。

武田は珈琲をひと啜りすると憮然とした顔をした。


「これまでな、君が取ってへん重賞が四つあってな、君がぶっちぎりで首位、二位、三位もほぼ確定や」


「ここも取る方針だけど」


 武田はピクリと眉を動かし、必死に冷静さを保とうと努めた。


「そうなるとや、残りは三つ。どこまで取りに来る気なん?」


「『白鳥(しらとり)特別』は出さないし『新雪特別』はちょっとわからないな。他の厩舎に竜振り分けちゃったし。あと『大栄冠(だいえいかん)』も出さないよ。冬休みにするもん」


「という事はや、残りの機会は『白鳥特別』『大栄冠』の二つか……」


 厳しいなあと呟いて武田は珈琲に手を伸ばした。


「新竜に良いのいないの?」


「いたとして、どうせ君が一から鍛えた竜が出るんやろ?」


「四頭調教したけどどうかなあ……」


 武田は珈琲を飲んで旨い珈琲だと呟いた。


「で、君は杉先生に張り付いて最後の枠も狙うてくるんやろ?」


「いや、僕は平岩さんと坂さんに付いてるよ」


 武田の顔がそれまでのような深刻そうな顔から、少し希望が差したような顔に変わる。


「ほな杉先生には?」


「僕なんかが付かなくても、杉先生なら自力で何とでもやれるよ」


 武田はニンマリと笑って露骨に嬉しそうな顔をする。


「そうなんや! ほうほう! そうなんや! 来年は僕ら八級で一緒にやりたい思うてくれるよね?」


「それは、まあ……」


「思うんやったら今の現状を変えんとこうな。『同期の岡部くん』!」


 岡部は冷めた目で、ほくほく顔の武田を見て珈琲を飲んだ。



「松井くんの厩舎さっき見てきたよ。厩舎いうか……もはや厩舎跡いうか……」


「再調査してもらって無実は晴らしたよ。だけど一度執行された制裁はどうしようもないって言われた」


 岡部がため息交じりに言うと、武田もがっかりした顔をする。


「そういうもんなんやな。頭が固いいうか、融通が効かへんいうか。会派除名の件はその後どうなったん?」


「わからない。松井くんとちょっと喧嘩しちゃって家にも行けてないんだ」


「向こうから連絡も取って来へんの?」


 岡部はこくりと首を振った。


「厩舎って今どうなっとんの?」


「解散状態。先日来た伊東先生にも、その件で事務長が凄い怒られてた」


 謹慎処分で解散状態になったら、それは誰だって怒るだろうと武田は憤った。


「解散って、従業員誰も行方わからへんの?」


「うちにいる雑賀(さいか)さんと高森さんの二人だけ。あとは臼杵だね」


「そうなんや……それはキツイな……それも冤罪やったんやもんな……」


 不運にもほどがある。

それだけでは片付けられないものがあると武田は首を横に振った。


「どこか人の運が悪いんだよね。松井くんって」


「……君みたいに女運が無いよりは多少はマシやけどな」


「いや、有るし! 女運あるから!」


 武田は拗ねる岡部を見て高笑いした。



「楽しそうやけど、何を盛り上がっとんの?」


 通りがかりに二人の盛り上がる声が気になったらしく、かつて隣の厩舎だった佐藤調教師がやってきた。

岡部は珈琲を淹れながら、佐藤に武田を紹介した。


「へえ。雷鳴会の会長さんのお孫さんなんや。へえ。結婚はしてんの?」


 佐藤は出された珈琲に牛乳と砂糖をたっぷりと入れながらたずねた。


「独身だったらどうするんです?」


「玉の輿、全力で狙うてく!」


 佐藤が即答で言うので、岡部は思わず噴き出した。


「佐藤先生、結婚されてるじゃないですか!」


「良えやん! こっちのが可愛いし、こっちに乗り換えてくんや!」


 佐藤が武田に軽く抱き付くと、武田は露骨に照れた。


「残念ながら新婚ですよ」


「何やつまらん。一番つまらんやつやん」


 佐藤は武田を冷たく突き放した。


「武田先生ってあれやろ? 確か今昇格圏やろ?」


「今五位ですねん。うちの同期がこのままいらん事せえへんかったら上がれる思うんですけどね……」


 武田が岡部の顔を冷たい目で見ると、岡部は武田から顔を背けた。


「ええなあ。去年は吉良君がささっと上がって行って、今年は岡部君があっさり上がって」


「たいしたあげまんっぷりやないですか!」


「人をあばずれみたいに言うんやない!」


 佐藤はおばさん扱いされたと感じ、武田の頬をつねった。


「なんやかや理由付けて岡部君の厩舎入り浸って、調教技術盗んで、今年はかなり成績良えんやけどね」


 佐藤は岡部の顔を見ると悪戯っ子のように良い笑顔でにかっと笑った。


「同じ会派や無いから直接指導受けられへんのがしんどいとこですね」


「直接受けてもうたら怒られてまうからね。まあ、怒られたいう話は聞いた事ないんやけども」


 一応、競竜法上では、他会派の調教師を指導する事は禁止行為の一つにはなっている。

だが指導したという証拠が残ったりはしない為、これまで執行会から警告を言い渡したという事例は存在していない。


「そしたら、岡部くんと二人で八級でお待ちしてますよ」


「ああ、そないな事言うもうて、上がれへんかったら恥ずいで?」


「そやから、ガンガン言うていくんですわ!」

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