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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第三章 汚職 ~仁級調教師編~
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第53話 慰労

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(仁級)

・戸川為安…紅花会の調教師(呂級)

・戸川直美…専業主婦

・戸川梨奈…戸川家長女

・最上義景…紅花会の会長、通称「禿鷲」

・最上義悦…紅花会の竜主、義景の孫、止級研究所社長

・大崎…止級研究所総務部長、義悦の腹心

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば

・長井光利…戸川厩舎の調教助手

・松下雅綱…戸川厩舎が騎乗契約している山桜会の騎手

・池田…戸川厩舎の主任厩務員

・櫛橋美鈴…戸川厩舎の女性厩務員

・坂崎、垣屋、並河、牧、花房、庄…戸川厩舎の厩務員

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・松井宗一…元樹氷会の調教師(仁級)、謹慎中

・武田信英…雷鳴会の調教師(仁級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・臼杵鑑彦…松井厩舎の専属騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・国司元洋…岡部厩舎の厩務員

・阿蘇、五島、千々石、大村、内田、成松…岡部厩舎の厩務員

・宗像真波…岡部厩舎の女性厩務員

・及川、中山、田村…紅花会の調教師、逮捕

・千葉、高木、神代…紅花会の調教師(仁級)

・平岩親二…紅花会の調教師(仁級)

・杉尚重…紅花会の調教師(仁級)

・坂広優…紅花会の調教師(仁級)

・浅利…竜主会監査部

・松浦…久留米競竜場元事務長、逮捕

・蒲池…松浦の代わりの久留米競竜場事務長、逮捕

・頴娃…蒲池の代わりの久留米競竜場事務長

 『星雲特別』に勝利した『ギュウヒ』と二着の『ジャコウ』は、紀三井寺から直接、放牧に出された。

その後、紀三井寺で開かれた会見で、岡部の口から『ジャコウ』の引退が公表された。


 久留米に帰った岡部たちは、翌日出勤して厩舎前の報道陣の数に度肝を抜かれた。

一つ離れている佐藤厩舎が非常に迷惑そうにするくらいの人数が押し寄せており、すぐに事務棟へ連絡し記者会見の申し入れをした。

荒木たちが報道陣に事務棟へ向かうよう案内したのだが、なかなか言う事を聞いてもらえなかった。

岡部は完全に激怒し、周辺厩舎への迷惑を考えろと一喝し事務棟へ向かわせた。

岡部はこうなる事を予測はしていたので、いくつかの菓子を佐藤厩舎用に購入してきており、報道がいなくなった後に皆で食べてくれと手渡した。



 報道がいなくなって静かになった事務室で事務作業を淡々とこなした後で、岡部はゆっくりと事務棟に向かった。

大量の報道が突然押し寄せた事務棟では、一番大きな会議室に会見場を急遽準備。

報道が岡部の席の前に大量の集音器を置いている。

岡部が会議室に現れると、大量の閃光が岡部を包んだ。

会見は事務長の頴娃(えい)の仕切りで、挙手質問制、制限時間二時間という事で進行した。


 仁級で『夏空三冠』を制した調教師は過去にも数人いる。

一人は呂級で病死してしまったが、それ以外は全員伊級に昇級した。

現役では伊級の平賀(ひらが)祐相(ゆうすけ)調教師が達成している。

二冠を制した調教師もそれなりにいるが、幾人かの病死を除き、全員が呂級に昇級している。

しかも記録上岡部は最年少であるらしい。


 質問の多くは三冠最後の『銀河特別』の話であった。

出せる竜はいるのか、いるのなら勝つ自信はどの程度あるか。

それについては、出せる竜はいるし勝つ気でいるが、勝負事なので終わるまではどうなるかわからないと回答。

できれば、勝って執行会会長と話がしたいと言うと大量の閃光が焚かれた。

負けたら話ができないと指摘されると、年間重賞最多勝に目標を切り替えるから大丈夫だと言い放った。


 最後に、今回の迷惑行為を鑑み、当分の間記者会見以外受けるつもりは無いので厩舎に近寄らないでほしいと苦言を呈した。

会見のすぐ後に『サケカミシモ』の『銀河特別』への登録がされ、その姿が報じられた。




 『カミシモ』が予選二を危なげなく勝利した日、岡部の携帯に戸川から電話が入った。

『銀河特別』の決勝の前日から、二泊三日で太宰府と久留米に旅行に行く事にしたというものだった。

参加者は、戸川夫妻、梨奈、最上夫妻の五人。

前日の夜に激励会をしたいのだとか。



 翌週、『カミシモ』は最終予選をきっちりと勝ち切り決勝を迎える事になった。




 月曜日の夕方、岡部は太宰府の大宿へ向かった。

事前に到着時刻を連絡すると、あげはは宿の外で出迎えて待っていてくれた。

こういうところは、さすがあげはは会派一とうたわれた紅花会の大女将だと感心する。

岡部が挨拶すると、あげはは満面の笑みで宴会場へ案内してくれた。


 宴会場の見慣れた顔に思わず顔がほころび、気分もほっこりとする。

岡部の到着に合わせて料理が次々に運ばれ、麦酒を注ぎ乾杯した。

梨奈もみかん果汁で麦酒を割って乾杯に参加した。


 乾杯するとすぐに、会見を見たと言って梨奈と奥さんは大盛り上がりだった。

戸川と最上も、うちらも見たと言って笑いあった。


「仁級の年間重賞最多勝は五勝やで? 後三つ勝てる目算があるん?」


「報道を帰らせるために吹いてみただけですよ。嫌だなあ」


 それを聞くと戸川は笑い出した。


「逆にや。勝ったらその後はどうするんや? 三冠制覇はその時点で昇級決定やぞ。四か月暇になるけども」


「そうなったら誰かに付いて調教をみようかなと」


 開業二年目の調教師の指導を大先輩の調教師たちが受ける。

そう考えたら可笑しくて戸川は大笑いである。

向こうからみて欲しいと言われたと言うと、戸川は何と情けない話だと悪態をついて麦酒を呑んだ。


「みるのは平岩、杉いうとこか?」


「杉さんは自力で上がれるでしょ?」


「まあ杉はそうやろうな。ほな平岩か」


 岡部はこくりと頷いて、後は坂さんだと言った。


「それと僕の厩舎で残った仔をそれ以外の先生たちに振り分けようかと。これまでの調教記録を付けて」


「なるほど。それで他のやつは自分で研究せい言うことか」


 平岩、坂に指導してもらって横の連携を密にしてもらおう思っていると説明すると、戸川は重要な事だと言って納得した顔をした。



「私も会見を見たんだがな、一つ聞いても良いかな?」


 最上が真面目な顔で岡部に問いかけた。


「執行会会長の事ですか?」


「うむ。朝比奈さんに会ってどうする気なんだ? というか、会いたいなら普通に会わせてやるぞ?」


 現在の執行会の会長は雪柳会会長の朝比奈孝朝(たかとも)が務めている。

最上よりも若く、最上が特に懇意にしている会長の一人である。


「いえいえ、個人的にじゃなく公人として会いたいんですよ」


「何か直訴でもするのか?」


 最上は岡部の空になった器に麦酒を注ぎながらたずねた。


「はい。『尾切れ事件』の再調査を公の場で直訴しようと思っています」


「ああ、例の報告の件か。確か松井先生だったかな。だけど何でそこまでして? 十二月には処分は明けるんだろ?」


 最上がそう指摘すると、岡部の顔からすっと笑みが消えた。


「そもそも僕が蒲池(かばち)のやつを泳がすように助言したせいで、松井くんは巻き込まれてあんな目に……」


「それは蒲池のせいであって断じて君のせいではない! 松井先生もそう言ってなかったかね?」


 確かに松井は自分は受けれるから君も受け入れろと言っていた。

それに反発して奔走しているというのはその通りである。


「でも、それで会派を追放までされちゃってるんですよ?」


「なら、うちに引き込めば良いじゃないか!」


 単純な話だと最上は言った。

戸川も同感だと言って頷いている。

何なら会派をクビになった時点でうちに引き込めば良かったとまで最上は言った。


「それはそれでお願いしたいんですけど、それ以前に再調査してもらって冤罪を晴らしたいんですよ」


 それは会派の所属云々よりも重要な話なんだと言うと、最上は『熱い友情』だと言って笑顔を向けた。


「まあ、書類は送るように小野寺に言っておくよ。先月のあの騎手の分もな。無駄になったら破棄してくれれば良い」


「ありがとうございます」


「なに、有望な調教師が手に入るかもしれんのだ。骨惜しみはしないさ」



 そこまで話すと梨奈が岡部の袖を引いてきた。


「ねえ、私の話も聞いて! 今日ね、太宰府観光してきたんよ!」


 その後、梨奈は久々に岡部に会えた事が嬉しかったようで、堰を切ったように今日の出来事を話し始めた。

皇都で最上夫妻と待ち合わせをした事、あげはが南国の時の巾着を持ってきてくれた事、太宰府天満宮に行った事、梅ヶ枝餅を食べた事。

それらを楽しそうに話した。


 戸川は話に何の興味も無いらしく飲み食いの時間に費やしていたが、岡部はいちいち相槌を打って聞いている。

最上もあげはも、あの時はああだったなどと言いあい嬉しそうに笑っている。

ところが、そこまで話すと突然梨奈は無言になった。

岡部はもしかして興奮して熱が出たのかと心配した。


「……お花摘み」


 梨奈は少しお酒が回ってきたらしく、恥ずかしそうな顔をしてそそくさと部屋を出て行ってしまった。


「ほんま自由な娘やわ。締まらないいうか、間が抜けてるいうか……」


 奥さんはそう悪態をついて大笑いした。


 あげははクスクス笑い続けており、楽しい娘だことと言い出した。

どうやら天満宮で奥さんと二人、梨奈にあっちこっちの店に連れて行かれたらしい。

お餅を食べ比べしたいと言われ、一つ買っては三つに割って三人で食べ合ったのだとか。

途中、ちりめん屋に入ったようで、三人お揃いの色違いのスカーフを買ったらしい。


「岡部さんにも、落ち着いた色の札入れを買ったんですよ」


「おい! それはまだ内緒じゃなきゃまずいんじゃないのか?」


 最上に指摘され、あげははしまったという仕草をした。


「今のは聞かなかったことにしておいてちょうだいね」


 そこにちょうど梨奈が便所から戻って来た。

座席に座るとすぐに何の話をしてたのと聞いてきた。


「餅を食べ比べたって話と、今は感じの良いちりめんの店を見つけたってとこまで聞いたよ」


「そうなんよ! そんで私と母さんと婆ちゃんでお揃いの首巻買うてね。綱一郎さんにもお土産買うてきたんよ」


 そう言うと土産の入った袋をごそごそと探り、紺と黒を基調としたちりめんの札入れを手渡した。


「お! 結構格好良いやつだね、これ!」


「それ、お札入れるやつやからね。領収書で一杯にしはったらあかんよ」


 それを聞くと最上とあげはが同時に笑い出した。


「仕事の大事なお金扱うのに使わせてもらうね。これで勝率上がったら梨奈ちゃんの功績だね」


「え? そしたら父さんに譲らなあかんかも。綱一郎さんより父さんの方が勝率悪そうやもん」


 それを聞いた戸川が麦酒を噴出しそうになってむせた。

奥さんがそれは間違いないと言って笑い出した。

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