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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第三章 汚職 ~仁級調教師編~
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第49話 伏月賞

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(仁級)

・戸川為安…紅花会の調教師(呂級)

・戸川直美…専業主婦

・戸川梨奈…戸川家長女

・最上義景…紅花会の会長、通称「禿鷲」

・最上義悦…紅花会の竜主、義景の孫、止級研究所社長

・大崎…止級研究所総務部長、義悦の腹心

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば

・長井光利…戸川厩舎の調教助手

・松下雅綱…戸川厩舎が騎乗契約している山桜会の騎手

・池田…戸川厩舎の主任厩務員

・櫛橋美鈴…戸川厩舎の女性厩務員

・坂崎、垣屋、並河、牧、花房、庄…戸川厩舎の厩務員

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・松井宗一…元樹氷会の調教師(仁級)、謹慎中

・武田信英…雷鳴会の調教師(仁級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・臼杵鑑彦…松井厩舎の専属騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・国司元洋…岡部厩舎の厩務員

・阿蘇、五島、千々石、大村、内田、成松…岡部厩舎の厩務員

・宗像真波…岡部厩舎の女性厩務員

・及川、中山、田村…紅花会の調教師、逮捕

・千葉、高木、神代…紅花会の調教師(仁級)

・平岩親二…紅花会の調教師(仁級)

・杉尚重…紅花会の調教師(仁級)

・坂広優…紅花会の調教師(仁級)

・浅利…竜主会監査部

・松浦…久留米競竜場元事務長、逮捕

・蒲池…松浦の代わりの久留米競竜場事務長、逮捕

 『サケジャコウ』の『若草特別』好走の裏で、各竜は能力戦四に挑戦している。

さすがに能力戦四の壁は厚く、『スイヘイ』と『センテイ』は惜しい結果で終わってしまった。

だが火曜日に臼杵(うすき)が騎乗した『スズシロ』と『ヨウカン』は能力戦四を突破し重賞挑戦資格を手に入れた。

『スズシロ』も『ヨウカン』も能力戦三でつまづいたのだが、臼杵はそれを昇級初戦できっちり勝ち切ってみせた。

久留米に戻った服部がその事を荒木に煽られて、かなり悔しい思いをした。




 月が替わり、瑞穂競竜の春の大一番、世代戦『伏月盃(ふくげつはい)』の月がやってきた。

最高峰を求める伊級と開幕準備の止級以外、呂、八、仁の三級では最高峰の競争の一つとなっており、全ての生産者の目標の一冠となっている。


 重賞への登録申請は、竜の名前と騎手名を一緒に記載し基本は変更ができない。

ただ例外はあり、騎手が怪我をして乗れなくなった場合と、二頭出しし両方とも決勝に残った場合である。

岡部厩舎では先月から『ドングリ』と『ススキ』双方が決勝に残る事を想定し、追切りで臼杵と服部を両方に乗せている。


 現在臼杵は岡部厩舎の調教助手兼契約騎手扱いとなっている。

服部からは岡部厩舎の調教の仕方のようなものを教えられ、それに従っている。

契約騎手扱いなので月例会議に呼ばれてはいるが、雑賀(さいか)や高森同様首脳扱いはされていない。


 その事は実は荒木にも国司にも指摘されている。

岡部はそれに対し、彼らはあくまで松井厩舎からの客員であり、松井厩舎の首脳である事を忘れないで欲しいからと説明している。

そもそも事務室にもそこまでの椅子が無い。

国司はそれでもなお、雑賀と自分を交代してはどうか進言しようと思うと雑賀本人に相談している。

雑賀は荒木から岡部の説明を聞かされており、岡部の気遣いの方がありがたいと述べている。




 『ドングリ』と『ススキ』は、順調に予選一、予選二を勝ち上がった。

最終予選の竜柱が発表になると岡部厩舎に杉が訪れた。


「岡部。どうやらそっちは予選二騎とも抜けそうやな。二月連続の重賞決勝とは景気の良え話やな」


 杉は岡部の淹れた珈琲を啜ると、開口一番嬉しそうにそう言った。


「そういう杉さんの『アズキ』も残りそうじゃないですか」


「お前さんの二騎両方と最終予選で被らへんかったからな。なんや、あのえぐい強さは」


 予選二の『ススキ』は余裕で勝利という感じであった。

だが『ドングリ』は二着以下を大きく引き離しての勝利であった。

あまりの圧勝劇に『伏月賞の台風の目』と競技新聞はかき立てている。


「圧倒的なのは『ドングリ』だけですよ。あれはちょっとね」


「その『ドングリ』と、うちのは同じ最終予選なんやけどな」


「決勝が楽しみですね」


 岡部がカラカラと笑いながら杉を煽るように言った。

杉は思わず飲んでいた珈琲を噴き出しそうになってしまった。


「アホか! 俺はまだ決勝に残れるかどうかヤキモキしとるわ!」


「大丈夫ですよ。うちら三騎以外そこまでじゃなさそうですから」


 まあなと言って杉は顔をほころばせる。

ヤキモキしているなどと言いながらも、かなり自信はあるのだろう。


「昨日うちに平岩さんが来たよ。中継で『若草特別』見て心が躍った言うてたわ」


「うちの竜三着でしたけど?」


「あれ距離が合うてへんやろ?」


 杉はすぐにそう指摘した。

周回は早いが、どう見ても最後の直線の終わりはバテてていた。

最後の直線の短い中距離に合わせて調教されている竜に見えると。


「やっぱりわかります? 目標は『星雲特別』なんですけどね、『若草特別』でどれだけやれるか見たかったんですよ」


「『見たかった』いうだけで決勝残るんやもんな。そら平岩さんもあないなこと言い出すわな」


 岡部は珈琲を飲むと首を傾げた。


「このままやと来年おらなさそうやから、今年中に調教もっと見てもろて、しっかり学んでおきたいんやって」




 翌週、最終予選では『ドングリ』『ススキ』と杉の『アズキ』の三騎ともが残った。

土曜日、最終追い切りを終えると、岡部は紀三井寺へと向かった。

今回は国司だけでなく雑賀も帯同である。


 今回、服部も臼杵も紀三井寺に来てしまっている為、久留米の騎乗は平岩の専属騎手である柘植(つげ)正蔵(しょうぞう)騎手にお願いした。

臼杵は自分の騎乗が無いとわかると、岡部と一緒に紀三井寺に付いてきた。



 岡部は服部と臼杵を引き連れて真っ直ぐ武田厩舎へ向かった。

扉の枠を指でコンコンと叩くと、武田が顔を上げ少し憮然とした顔をする。

横で電脳でカタカタと記入していた板垣は、服部と臼杵を見ると跳ね上がって駆け寄って来た。


「なんや、また来たんかいな。そんなんやったら、もうずっとこっちにおったら良えやないかい!」


「そしたら、いつでも呑みに行けるもんね」


「そうやで。それを見込んで西国を薦めたいうに。あない伏魔殿(ふくまでん)みたいなとこに行ってもうて」


 久留米競竜場を『伏魔殿』と言われ、上手い事を言うと岡部は大笑いした。


「徐々に浄化はされてるよ。今度来た頴娃(えい)さんって事務長はちゃんとした人だったしね」


 横目で服部と臼杵を見ると、板垣と何やら嬉しそうにじゃれ合っている。


「予選見たで。僕さ、今回結構自信あったんやけどな。一気に失せたわ」


 武田も杉と同じ事を言い出した。

あの『サケドングリ』という竜の強さが尋常じゃないと。


「良い竜でしょ。あんなことが無ければ『弥生盃』も行けたと思うんだけどね」


「あんなこと?」


「勝手に出走取り消された」


 武田はかける言葉を失い、ただただ岡部を見た。


「ほんま久留米は伏魔殿やな」




 翌日、杉が決起集会をしようと言いだしたので、国司と雑賀を伴って居酒屋に向かった。

居酒屋は『梅の郷』という名のごく普通の大衆居酒屋だった。


 乾杯してすぐに杉はぐいっと麦酒を呑むと、こんな日が来るのをどれだけ夢見たことかと感慨深げに言った。


「可愛い後輩と杯を交わす日が来るのをそんなに待っていたんですか?」


 岡部がおちゃらけて杉をからかうと、杉は周囲をキョロキョロと見渡した。


「その『可愛い後輩』言うんはどこにおるんや? 少なくとも俺の目は映らへんのやけど」


「目の前にいるじゃないですか」


「一口目でもう酔うとんのかお前は」


 二人のやりとりに国司と雑賀は笑いが抑えきれなかった。

弘中という杉の厩務員も大爆笑している。


「『伏月盃』やぞ、『伏月盃』! これが喜ばずにおれるかいな。これまであいつらに好き勝手されて、世代戦なん全く縁が無かったからな!」


 杉は満面の笑みで岡部の器に麦酒を注ぐ。


「お前が来て、自分の竜を返してもろて、好きに鍛えれるようになって、やっとこの舞台に上がれるようになったんや!」


 それを聞くと弘中の顔が曇り涙を流しそうになった。


「何度もくじけそうになったよ。俺は他の先輩以上に竜を抜かれまくったからな。いつも怪我した竜か、筋量の落ちきった竜で竜房が埋まってたんや」


「まるで賽の河原ですね……」


 杉はかなりの早さで麦酒を呑んでいる。

岡部はこんな呑み方で大丈夫なのか不安に感じている。


「なのにや岡部! 俺がやっとの思いで重賞の決勝いう晴れの舞台に上がった思たら、お前の竜が立ち塞がんねん!」


 ついて無いと言って杉は机に伏せてしまった。


「実はうちの先生、お酒ごつい弱いんですよ。呑み方も下手くそで。あんな事言うてましたけど、岡部先生にはごっつい感謝しているし、岡部先生の事もごっつい気に入ってるんですよ」


 弘中はそう言って笑いながら眠った杉を見て麦酒を呑んだ。




 火曜日の夜八時が近づいた。

下見所では『ドングリ』を国司が、『ススキ』を雑賀が曳いている。


 両方が決勝に残った時点で岡部は服部にどっちに乗りたいか聞いている。

服部の回答は即答で『ドングリ』だった。

臼杵は臼杵で負かしに行っても良いのかと服部の目の前で聞いて服部を煽った。

共倒れにならなければ好きに乗って良いと言うと、臼杵は服部の顔を見て悪い顔をした。


 係員の合図で服部と臼杵が騎乗。

両騎は板垣と三人で並んで競技場へと向かって行った。


 発走者が市松模様の大きな旗を振り場内に発走曲が流れる。

発走曲に合わせ観客が大きく沸き立った。



――

世代戦の第二戦、瑞穂国内は本日からこの一戦を皮切りに優駿週間を迎えます。

その第一戦、西国仁級の『伏月盃』、まもなく発走となります。


全竜粛々と発走機に収まっています。

発走しました!

すっと先頭に躍り出たのは七枠のサケススキ。

六枠のイナホケンコウが競り掛けましたが先頭は譲りませんでした。

三番人気サケススキが全頭を率いてまいります。

今決勝、久留米の岡部厩舎は二頭出し、そのうちの一頭がこのサケススキ。

鞍上は服部から臼杵に変更になっています。

全頭一周目の向正面を疾走中。

六枠のイナホケンコウ、今回は控えて二番手。

三番手は一枠サケアズキ、こちらは久留米杉厩舎の竜です。

四番手八枠ハナビシリンプン。

五番手三枠サケドングリ。

圧倒的一番人気、久留米岡部厩舎のもう一頭、鞍上は服部騎手。

集団は二周目に入ろうとしています。

六番手は五枠トモエマンゴ。

七番手は二枠クレナイツシマ。

最後尾に四枠ロクモンワラジで全八頭。

二番人気のハナビシリンプンの板垣騎手は、岡部厩舎の二人の騎手とは同期になります。

同期がそれぞれ有力竜に騎乗という事で、板垣騎手も譲れないものがあるでしょう。

集団は二周目の向正面から曲線に向かおうとしています。

ここで先頭のサケススキ、ぐっと速度を落し流れを崩しにかかりました!

会場、割れんばかりの大歓声!

二番手のイナホケンコウが堪らず抜きにかかろうとする!

サケススキ抜かせず、また速度を上げる!

三周目に入りましたが、先ほどの揺さぶりで竜の間隔が落ち着きません。

未だに観客席は大きく盛り上がっています。

サケアズキ、ハナビシリンプン、サケドングリは淡々と自分達の速度を崩しません。

この辺りはさすがといったところ。

三周目の向正面、流れはやっと落ち着きを取り戻しました。

ここでサケススキ、またも速度を落とす!

イナホケンコウ、またサケススキを抜きにかかる!

サケススキ、徐々に速度を上げるが、イナホケンコウ、今度は食い下がります。

最終周の鐘が叩かれました!

サケススキ、徐々に速度を上げていく!

イナホケンコウ、一杯なのか追いつけない。

向正面に入り、サケアズキがジリジリとサケススキとの間隔を狭めていく!

ハナビシリンプン、サケドングリも差を縮める!

展開がかなり早い!!

早くも最後の曲線に入った!

先頭サケススキ、長距離加速に入る!。

追いすがるハナビシリンプンとサケアズキ!

少し離れてサケドングリ!

曲線から最後の直線に入った!

サケドングリ鞍上服部ここで合図! 急加速!

ハナビシリンプン、サケススキを捕えた!

サケアズキもサケススキを捕える!

大外一気にサケドングリ!!

短い直線! サケドングリ剛脚! 前を捕えにいく!

サケドングリ一気に前三頭を抜き去った!

サケドングリ後続を突き放す!

サケドングリ終着!

サケドングリ、伏月盃戴冠!

――



 服部は終着すると、ゆっくりと競技場を一周して戻ってきた。

岡部は既に雑賀と臼杵の所で何やら笑顔で話し込んでいる。


 服部が満面の笑みで検量室に入ってくると、国司は笑顔で服部の背中を叩き鞍を渡した。

岡部が国司の下へ向かうと武田がやってきた。


「いやあ、ほんま強いな、この子!」


「ほんとに良い竜なんだよ! 『新雪特別』や『弥生盃』にも出してやりたかったよ」


 『星雲特別』に出したいくらいと言うと、武田は普通に勝てるんじゃないかと言い出した。


「うちの『リンプン』は二着や。君んとこの先輩に危うくやられそうやったけどな」


 着順掲示板では一着の『サケドングリ』から二着の『ハナビシリンプン』は二竜身差となっている。

『ハナビシリンプン』と三着の『サケアズキ』は頭差。

『サケアズキ』と四着の『サケススキ』が一竜身差。


「臼杵は体力に任せて結構うまく揺さぶったんだけどね」


「あんなんにやられるうちらと違うわ。ちょろいちょろい」


 かっかっかと武田は腰に手を当て高笑いをした。


「そんなこと言うけど、五着以降は結構差が付いたんだよ?」


「ま、『長月盃』に期待やな」



 武田が自分の竜の下に戻ると、代わりに服部が検量を終え戻ってきた。


「先生! 気持ち良いっすわ!」


「まだ一戦目じゃない。来月もあるんだから」


 服部は両拳を握り腰を落として気合を入れた。


「全部勝ったる!!」


「その意気だ! 頼んだよ!」



 その後、服部は報道に連れられ中継取材となった。

服部は集音器を向けられると改めて重賞初勝利を実感したらしく、突然ガチガチに緊張し、はい、はいとしか返事できなくなってしまった。

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